医学界新聞

 

〔印象記〕第31回北米神経科学会

三井真一(京都府立医科大学脳血管系老化研究センター・細胞生物学部門)


 第31回北米神経科学会が,昨(2001)年11月10-16日に,米・サンディエゴのコンベンションセンターにおいて開催された。9月のアメリカ同時多発テロや炭疽菌テロの影響で,一時は開催が危ぶまれたが,準備委員会から安全対策は十分になされているので安心して参加してほしいと,事前に電子メールが配信され,生来楽天的な筆者は何の躊躇もなく参加することにした(念のため,抗生剤は持参したが)。確かに空港では非常に厳しいセキュリティチェックが行なわれ,サンディエゴへの乗り継ぎが行なわれるサンフランシスコ国際空港では,ゲートの前に長蛇の列ができていた。筆者はその影響で乗り継ぎ便に乗り遅れ,ポートランド経由でサンディエゴ入りするというおまけまでついた。また,テロの恐れがあるとされたサンディエゴのコロナド橋では,ライフルを持った州兵が警備しているところも目にした。しかし,サンディエゴ市内はきわめて平穏で,日本やヨーロッパから,参加のキャンセルがいくつかあったものの,2万5000名近くの研究者が参加して,会場のいたるところで熱い議論を行なっていた。
 今年は1万5266題の一般演題がエントリーされた。その他にPresidental symposiumでは2000年ノーベル医学生理学賞を受賞したEric Kandelによる「学習記憶の分子機構」や,日本でも問題となってる狂牛病をはじめとするプリオン病に関するStanley Prusinerの講演などが行なわれた。Presidental special lectureでは,ノーベル賞受賞者Paul Greengardがドーパミンによる情報伝達機構についてユーモアあふれる講演を行なった。それらすべてについてこの紙面上で触れることはとてもできないので,その中から近年関心が高まっている神経幹細胞移植に関する研究と,アルツハイマーに関する演題,最後に筆者らの専門とする中枢神経系のプロテアーゼに関する演題についていくつか述べてみたい。なお,本大会の要旨集は同学会のホームページ(http://www.sfn.org/)から閲覧が可能なので,興味がある方は参照されたい。

神経幹細胞移植について

 近年,非常に注目されている再生医学分野では幹細胞移植による神経機能の回復が試みられている。神経幹細胞や胚性幹細胞の単離・培養と分化についての研究が精力的に進められている。その一方で,神経幹細胞のソースについていっそうの広がりを見せている。McGill大のMillerのグループは,ヒトやマウスの皮膚にも神経細胞やグリア細胞に分化し得る幹細胞が存在していることを報告した。真皮の細胞を成長因子を含む培地で培養後,成長因子を除くと神経幹細胞のマーカーであるネスチンを発現する細胞が現れる。さらに培養を続けると神経細胞,オリゴデンドロサイト,アストロサイト,および脂肪細胞のマーカーを発現する各種の細胞が見られるようになる。また,Iacovittiらはヒトの骨髄ストロマ細胞を培養し,TPAやフォルスコリンを含む分化誘導剤を用いることでGABA陽性の神経細胞に分化させる方法を報告した。
 Hessらは蛍光を発するマウスをドナーとして骨髄移植を行なった。移植細胞が生着後,レシピエントマウスの脳に虚血を起こすと傷害部位に蛍光を発する細胞が存在していた。すなわち,骨髄由来の細胞が虚血傷害部位に存在していたのである。この骨髄由来の細胞は傷害直後は内皮細胞様の形態を示すが,傷害4日目から神経細胞のマーカーを発現する細胞が認められた。彼らは,脳の障害時に骨髄に存在する幹細胞をうまく利用することが有効な治療法の開発につながるとしている。
 その他にも,臍帯血に多分化能を持つ細胞が存在しており,神経細胞やアストロサイト様の細胞に分化することがスライドセッションでも議論された。臍帯血の前駆細胞を移植することで,梗塞や外傷による脳の機能障害を改善することができたとSanbergらが報告した。しかし,こうした非神経組織由来の幹細胞から分化した細胞は神経細胞とグリア細胞のマーカーを共発現するなど,通常の神経幹細胞が分化した神経細胞とは少し性質が異なるようである。今後,非神経系由来の神経幹細胞様の細胞についての有用性・安全性がいっそう検討されていくと思われる。

アルツハイマー研究-特にAβの産生・代謝について

 1998-99年にかけての本学会では,プレセニリンのγセクレターゼ仮説やβセクレターゼ(BACE)の発見といったビッグニュースに沸いたが,少し落ち着きを取り戻してきたようである。BACEについては過剰発現するトランスジェニックマウスを用いてβアミロイド(Aβ)の産生が増加することなどが,BordendorfらやChioccoとLambから報告された。また,BACEのノックアウトマウスは正常に発生し,脳にも形態学的な異常は認められないことがRoberdsらによって報告され,BACE阻害剤が比較的副作用の少ないアルツハイマー治療薬となる可能性が示唆された。
 一方,理研の岩田らはNeprylisinと呼ばれる中性エンドペプチターゼがAβの分解に主要な役割を果たしている報告した。Neprylisinのノックアウトマウスでは,Aβの分解活性が低下しており,海馬>大脳皮質>線条体/視床>小脳の順に,内在性のAβが蓄積していた。
 ハーバード大のSelkoeのグループは,阻害剤を用いた脳抽出液中のAβ分解活性はエンドペプチダーゼよりもインスリン分解酵素(IDE)が主要であると主張していた。さらに彼らは,孤発生アルツハイマー患者を遺伝学的に検討して第10染色体長腕のIDE遺伝子の近傍にアルツハイマー病の危険因子が存在することを明らかにしている。
 筆者らは,カリクレインファミリーの一員であるNeurosin(KLK6)が老人斑や神経原線維変化に一致して局在することを示した。さらに脳脊髄液中のNeurosin含量は,健常人の場合は加齢とともに増加するが,一部のアルツハイマー患者では極端に低値を示す症例があることを報告した。われわれは,Neurosin量の低下により,Aβ等の分解除去に支障をきたし,Aβが蓄積してアルツハイマー病の発症に至る場合があると考えている。Aβ分解系とアルツハイマー病の発症機構との関連については,今後の議論が楽しみなところである。

脳内のプロテアーゼ

 ここ10年ほどで,神経系の発生や可塑性にプロテアーゼが重要な役割を果たしていることが明らかになりつつある。本大会においてもいくつかの興味深い報告がなされた。大脳発生時の層構造を形成する際にreelinという分子が重要な役割を果たすことが知られている。Quattrocchiらは,この分子にセリンプロテアーゼのコンセンサス配列を見出し,細胞間マトリックスであるフィブロネクチンを切断することを報告した。293細胞にreelinを発現させるとフィブロネクチンへの結合性が低下することから,この分子のプロテアーゼ活性が神経細胞の移動の抑制に一役買っている可能性を示唆した。
 理研の俣賀らは,組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)のノックアウトマウスを用いて単眼遮蔽後の大脳皮質一次視覚野での眼優位性変化を検討した。その結果,tPAノックアウトマウスでは眼優位性変化が野生型マウスに比べて有意に低下していたが,tPAを大脳皮質に投与すると,この抑制は回復した。tPAは海馬神経細胞の可塑性に重要であることが知られていたが,視覚野における可塑性にも重要な役割を果たしているようである。
 こうしたtPAの作用にはそのインヒビターもまた重要である。tPAの生理的なインヒビターであるニューロセルピンは視覚野で発現しており,その発現は視神経からの入力を抑制すると低下することをRagerらが報告した。奈良先端大の塩坂のグループは,マウスの海馬神経細胞の活動に依存して発現誘導されるカリクレイン様プロテアーゼneuropsinが,シナプス接着因子であるL1を切断することを報告した。筆者らはさらに,中枢神経系で初めて見出された膜結合型セリンプロテアーゼspinesin/TMPRSS5についても報告した。spinesinは脊髄に多く発現しておりトリプシン様の酵素活性を示すが,興味深いことに,その局在は運動神経のシナプスおよび脊髄側索の神経軸索に認められた。今後,その生理的な基質と活性化機構について検討していく予定である。トロンビンは海馬神経細胞に対してNMDAレセプターの反応性を増強するように作用するが,脊髄神経に対しては逆に抑制的に作用することをFangらが報告した。NMDAを脊髄に投与することで掻き行動などが誘導されるが,あらかじめトロンビン処理をしておくと,このNMDAの作用が抑制される。彼らは,このトロンビンの作用がトロンビンレセプターの1つであるPAR-1を介していることを特異的なアゴニストを用いて確かめている。その一方で,ラット脊髄後根神経節の神経細胞ではPAR-1の活性化がプロテインキナーゼC&εの細胞内局在を変化させることから,PAR-1が痛覚過敏に関与している可能性をVellaniらが指摘した。PARの作用は神経細胞に限ったものではなく,グリア細胞においても重要な役割を担っている。各種の神経疾患や外傷時に重要な機能を果たすマウスのミクログリアにもPAR-1が発現しており,トロンビン刺激によってMAPキナーゼの活性化が生じて細胞増殖が促進されたり,TNF-αの産生が誘導されることをSuoらが報告していた。
 Wangらは,アストロサイトにおけるPARの機能はもっと複雑であることを指摘した。PARには1-4までの4種類のサブタイプが知られているが,アストロサイトには4種類とも発現しており,いずれもプロテアーゼ刺激によって細胞内のCa++イオンが上昇した。しかし,PAR-1とPAR-2の刺激はアストロサイトの増殖を促進するのに対して,PAR-4の刺激は毒性的に作用した。

おわりに

 この他にも,軸索伸長機構,神経細胞死のメカニズム,シナプスでの情報伝達,転写調節機構など興味深い報告が目白押しであった。当初に述べたように,紙面の関係上そのすべてについて触れることができないことをご容赦いただきたい。本年は11月2-7日に米・フロリダはオーランドで開催される。1人でも多くの若い神経科学者がこうした国際学会に目的意識を持って参加することに期待したい。
 最後になりましたが,今回の学会参加にあたり,ご援助いただきました金原一郎記念医学医療振興財団(伊藤正男理事長)にこの場を借りて深謝いたします。