第2478号 2002年3月18日

Vol.17 No.3 for Students & Residents

医学生・研修医版 2002. Mar


【読書特集号2002年春】

医学生・研修医のために私が選ぶこの10冊


大森安惠氏

河合隼雄氏

北野邦孝氏

木村 健氏

佐伯晴子氏

中井久夫氏

二木 立氏

松村理司氏

吉田一郎氏
 今年も新学期・入局の季節を迎えます。この時期,読者のみなさんもきっと,書店へ足を運ばれる機会が多くなるのではないでしょうか? 
 「週刊医学界新聞」では,今年も,医療・医学などの分野でご活躍中の方々に「医学生・研修医のために私が選ぶこの10冊」をお寄せいただきました。ぜひ,これらの本を書店や図書館で手に取ってみてください。そこにはすばらしい出会いがあるかもしれません。
(執筆者名の五十音順で掲載)


■大森安惠氏
(東京女子医科大学名誉教授)

 推薦したい本は,相手の立場によって異なるので,今回は先達が乗り越えた苦難を知り,医学の発達に尽くした先輩を常に尊敬し,己れの謙虚さを保つという観点から選んだ10冊である。
(1)吉村 昭「ふおん・しいほるとの娘」(新潮文庫・上下巻,1993)
 国定の医師免許制度ができる前の,わが国における女医第1号である楠本いねの生涯を描いた吉村昭氏の力作である。男尊女卑の思想の強い中で,敢然と女医になっていく姿は感動的である。
(2)吉村 昭「雪の花」(新潮文庫,1998)
 わが国の天然痘撲滅に全心全霊を捧げた笠原良策が,種痘を植えついで雪の福井に運びこむ姿が生き生きと描かれている。
(3)吉村 昭「白い航跡」(講談社文庫・上下巻,1994)
 東京慈恵会医科大学の創建者,高木兼寛は薩摩藩軍医として,戊辰戦争に参加し,西洋医学に開眼した。イギリスに留学し,臨床医学の重要性を学び,海軍において脚気の予防法を樹立。ドイツ医学に対抗して英国医学を貫き通した強い精神力と博愛のこころは医学生1人ひとりに読みとっていただきたいものである。
(4)渡辺淳一「長崎ロシア遊女館」(講談社文庫,1982)
(5)渡辺淳一「くれなゐ」(集英社文庫・上下巻,1982)
 2001年4月23日の「週刊医学界新聞」に向井万起男氏が渡辺淳一の『白き旅立ち』を紹介しているが,その続きとして(4)も読んでいただきたい。歴史の流れの中で,常に医師が考えていなければならない患者さんのこころと史実を教えてくれる。(5)は,現代の物語であるが,28歳にして子宮を摘出された女性の「性」の悩みが描かれており,産婦人科医になることを希望する方には必読の書だと思っている。特に男性産科医に読んでいただきたい書である。女性患者が日常語らないことを知ることができる。
(6)小川正子「小島の春-ある女医の手記」(長崎出版/復刻版,1995)
 著者は肺結核で亡くなり今はいない。現在ハンセン病の病院拘束が社会問題になっているが,著者は東京女子医専卒業後,ハンセン病の患者さんをいつくしみ,病院へ収容させた時のドキュメント。人間愛に満ち,崇高な女医の姿と業病に悩む人々の悲しい姿を知ることができ,おのずと衿を正される。
(7)古川 明「切手が語る医学のあゆみ」(医歯薬出版,1986)
 医学切手の研究で有名な著者のライフワークの名著と言える。切手の話としてでなく,医学史として実におもしろい。本書をひもとくと,切り口の違った医学研究を感じる。
(8)神谷美恵子「人間をみつめて」(みすず書房,1986)
 著者は(6)小川正子とほぼ同時代の方で,私たち東京女子医大の大先輩である。13冊に及ぶ全集の1冊であるが,ハンセン病の歴史を知る上にも重要な書である。
(9)Lars Hagbard「Pregnancy and Diabetes Mellitus」(American lecture series,C. Thomas社,1961)
(10)大森安惠「女医のこころ」(河出書房新社,1996)
 (9)(10)ともにもう売られていないが,(9)は糖尿病と妊娠に関する名著で,私はこの本によって糖尿病と妊娠の問題に開眼され,教えられた。(10)は自著でいささか気がひけるが,家庭を持ちながら仕事を続ける苦しみを共有でき,悩んでいるのは1人だけではないことに勇気を感じてもらえられると思うので,図書館に行った折りにでも読んでいただきたい。


■河合隼雄氏
(文化庁長官)

(1)西村昭男編「医療科学-原点から問いなおす」(医療文化社,1999)
(2)トリシャ・グリーンハル,他「ナラティブ・ベイスト・メディスン」(齋藤清二,他訳,金剛出版,2001)
(3)岸本寛史「癌と心理療法」(誠信書房,1999)
(4)角野善宏「たましいの臨床学」(岩波書店,2001)
(5)柳田邦男「犠牲(サクリファイス)」(文春文庫,1999)
(6)中村雄二郎「臨床の知とは何か」(岩波書店,1992)
(7)市川浩「<身>の構造」新装版(青土社,1997)
(8)キューブラー・ロス「新・死ぬ瞬間」(秋山剛,他訳,読売新聞社,1985)
(9)多田富雄・河合隼雄編「生と死の様式」(誠信書房,1991)
(10)アンリ・エレンベルガー「無意識の発見(上・下巻)」(木村敏,中井久夫監訳,弘文堂,1980)
 現代の医学は西洋の近代科学を基にして発展してきた。研究者は対象を自分から切り離し,客観的に研究し,その成果を基にして,いろいろと処置や技術などを考える。その方法は大いに成功し,今後も発展を続けていくであろう。しかし,「医療」の現場においては,生きている人間を全体としてみることが必要になるし,そこに,いろいろな人間関係が入ってくる。このために,医学の知識や技術に加えて,人間や人間関係についての理解が必要になる。
 このような観点から医療に従事するために参考になるような書物を,できるだけ医者による著書を取りあげるようにして,上記の10冊を選んだ。もちろん,私自身も心理療法家として多くを学び,考えさせられた書物である。
 (1)は,これからの「医療」を考えてゆく上で,文章どおり「原点から問いなおす」考えが述べられている。(2)は最近強調されるEvidence-Based Medicineについて,それももちろん大切であるが,それを補完するものとしての,医療における「物語」の重要性を説くものとして,興味深いものであった。


■北野邦孝氏
(松戸神経内科院長)

(1)G. Bryan Young,他「Coma and Impaired Consciousness : A Clinical Perspective」(McGraw-Hill, 1998)
 「意識障害」の患者さんの的確な診断と治療は神経内科領域で最も大切な仕事の1つである。以前は,Fred Plum and Jerome B. Posnerによる『Diagnosis of Stupor and Coma』という名著があった。臨床の現場での実践を踏まえた見事な書物であって,私は若い頃“小説よりおもしろい”と思いながら赤鉛筆片手に興奮して1週間で一気に読み上げた経験がある。その名著はその後版を重ねたが,残念ながら絶版になってしまったようである。その後継書として本書『Coma and Impaired Consciousness』が挙げられる。これも最新知見をふんだんに盛り込んだ見事でプラクティカルな書物である。わかりやすく整理した表が多く,文献も充実している。第13章「Metabolic Encephalopathy」などは神経内科医や脳神経外科医のみでなく一般内科医などにもぜひ目を通しておいてもらいたい内容である。
(2)小宮英美「痴呆性高齢者ケア:グループホームで立ち直る人々」(中公新書,1999)
 いわゆる「痴呆」に対して残念ながら現代医学は治療の手段を持たない。医学・医療の敗北は必然的に有効な“ケア”のあり方の重要性を要請する。本書は従来の施設収容型や患者さん個人個人の人間性や個性を無視したデイ・ケアなどの「痴呆患者」のケアのあり方がいかに間違いであるかを,現場に入り込み十分に取材したドキュメントとして書き上げている。いわゆる「痴呆」老人の個性と人格を大切にし,生活の自立を上手に援助することが実は「痴呆(周辺)症状」の見事な改善をもたらすことが本書を一読するとよくわかる。個性を無視したケア・システムや3分診療の中で,いわゆる「痴呆」の改善剤(例えば,アセチルコリン活性剤など)をポイポイと投与しても問題は解決しないのである。
 なお,著者は「痴呆」や「ぼけ」という言葉自体を問題視しているが,以前から小生もこの点については大きな疑念を感じていたし,まったく同感の至りである。今後は「痴呆・ぼけ」という言葉はやめて,「認知機能障害症候群」と呼ぼうではないか。もっと,認知機能の側面から1人ひとりの患者さんにアプローチしようではないか。老人の人格と個性を大切にして,認知機能障害があっても社会性をもって生きていく生活力を支えるには医療関係者が“もっと認知機能障害の問題を深く理解しないとダメだな”と思わせる1冊である。
(3)北野邦孝「神経内科の外来診療-医師と患者のクロストーク」(医学書院,2000)
 自分の著書を推薦するというのも誠に恐縮な話であるがあえて本書を取りあげさせていただく。神経内科という医療自体が医学界でも一般社会の中でもまだ十分には認知されていないことは大きな問題である。本書はそのような状況のもとで,臨床医にこれからますますニーズの増える神経疾患・神経内科関連の訴え(脳血管障害,頭痛,めまい,しびれその他きわめて多い)について解説した。「神経内科は難しい・治らない」というとんでもない誤解を解いていただくために,患者さんの訴えから入って神経疾患を解説するというスタンスで書かれている。
 あるメーリングリストでの批評に「この本は専門家が読んでも参考になりまた素人が読んでも勉強になる。ここまで平易な言葉で書かれた専門書は恐らく本邦初……とゆーか世界初だと思う。医学生なら押しつけてでも読ませたいし医者なら目の中に無理やり突っ込んでも読んでいただきたいくらいの本。学問的に突っ込みたければ参考文献も一渡り網羅されている。それでいて医療系以外の人には神経疾患に関するさまざまな偏見の除去に役立つとゆー優れものだ。非常に示唆に富んだ名著である……。医学生諸君は這いつくばって泥まみれになって踏んづけられてあざだらけになっても入手しなさい。それくらいの価値のある本なのだから」と。ありがたい批評である。上記のように自著を採用するという非常識をあえて承知の上で推薦書の1冊に加えさせていただいた。


■木村 健氏
(アイオワ大学名誉教授)

(1)宮澤賢治全集(筑摩書房)
(2)石坂洋次郎集(新潮社)
(3)下村湖人「次郎物語」(講談社,他)
(4)マルセル・プルースト「失われた時を求めて」(筑摩書房,他)
(5)レマルク「西部戦線異状なし」(新潮社)
(6)山崎豊子「白い巨塔」(新潮社)
(7)ジョン・スタインべック「エデンの東」(早川書房)
(8)トールワルド「外科の夜明け」「近代外科を開拓した人々」「大外科医の悲劇」(講談社,他)
 本の印象は読者の感性によって左右される。感性は,読者のときどきの境遇により変動する。強烈な印象を持って読んだ本も歳月を隔てて再読すると,なぜこんなにつまらないものに感動したのかと自嘲することがある。その逆も然り。それゆえ,今読んでも感動し,人生の転機に影響を与えてくれたという条件のもとで,いくつかの本を選んでみた。
 宮澤賢治の熱狂的なファンであった母に,その作品をなかば強制的に読まされた。小学校低学年の頃のことである。当時不治の病だった結核のため,30数年を生きただけでこの世を去った賢治の作品は,生きることのすばらしさといのちに限りがあることを,教えてくれた。
 それと正反対に,『青い山脈』『山の彼方に』『丘は花ざかり』『美しい暦』などに代表される石坂洋次郎の作品は,戦後,人々が人間であるという原点に戻って生きはじめた時代を,生きる喜びと躍動する青春を背景に綴っている。中学高校時代を通じてもっとも愛読したシリーズである。筆者と同年代の人なら,今読んでも胸に熱いものが湧いてくるだろう。医学生・研修医諸君が,読後どう感じるか大変興味深い。
 大学に入った年に読んだ下村湖人の『次郎物語』は,人の営みの原理原則を教えてくれた。現代の“オタク族”に一読を薦めたい。
 同じ頃,現代文学全集の中でプルーストの『失われた時を求めて』は,“意識”を意識することにめざめさせてくれた。
 レマルクの第1次世界大戦の前線を描いた『西部戦線異状なし』では,戦争という異常な環境下での,集団の人間性を無視した狂気を知る。
 山崎豊子の『白い巨塔』は,大学医局のさまざまな不条理を克明に描いた作品である。私は,今も医学部は本質的に変わったと思っていない。この作品を読んで,何とも言えぬ不快感を感じたら,普通の人間であると安心してよい。
 スタインベックの名作『エデンの東』は,アメリカンドリームを如実に描いた作品である。50歳を目前にアメリカ社会にチャレンジを試みた筆者の原動力となったのは,30年前に読んだこの作品であった。
 トールワルドの『外科の夜明け』『近代外科を開拓した人々』『大外科医の悲劇』は,筆者にとって座右の書である。わずか100余年間に近代外科を築き上げた先人たちの労苦をストーリー風に描いた作品である。何度読みかえしても感動を禁じ得ない。すべての医学生・研修医に一読を強く薦める。


■佐伯晴子氏
(東京SP研究会)

 私は本が嫌いではない。朝日と日経の読書欄と広告で気になった本や雑誌を,よほど高くない限り買う。買いに行くと他の本がいろいろ目につき,結局は10冊ほどがその日から私の部屋に住み始める。三島由紀夫や池波正太郎などの,寝食を忘れるような心踊る読書からは遠ざかって久しい。心が踊らなくなったのだろうか。私的な感情移入が少なくなった分,物事をあちこちから眺めたり,国や時代の動きを知りたいと強く思うようになった。小説よりむしろ現実への興味が今は優っているのだろう。自分がどの位置に立って何をしているのか,もっとわかるようになりたい。私という一瞬の命がどこから来ていてどこへつながろうとしているのか,答えを見つけたくて本を買っている。
(1)中井久夫編「1995年1月・神戸―― 『阪神大震災』下の精神科医たち」(みすず書房)
 母は宝塚のマンションで被災した。早朝のニュースを東京で見た私は連絡のとれない母を心の中でなかば見殺しにしていた。その日,東京SP研究会を立ち上げる最初の会合が予定されており,まだ形さえないこの活動を親より優先させた私がいた。幸いなことに2日後避難所の母を迎えに行くことができた。見慣れた町が潰れ,自分も壊されたように感じた。震災直後からの医療者の活動を,冷静に克明に記録しておられる姿勢に,心打たれた。
(2)橋本治「二十世紀」(毎日新聞社)
 高校で文系の日本史を選択していても,今現在までの流れをつかむことは難しい。第2次世界大戦後は,平和国家としての日本が明るく先進国入りを果たしたという簡単な記述で片づけられる。それで今が見えるのだろうか。学者の説く歴史ではなく,日本を世界の中において,ざっと説明してくれる。本当に私(私たち)は何も知らない。同著者による『「わからない」という方法』(集英社新書)も,おもしろい。
(3)村上陽一郎「安全学」(青土社)
(4)ぬで島次郎「先端医療のルール-人体利用はどこまで許されるのか」(講談社現代新書)
 (3)と(4)では,わが国の医療現場には先端技術はあっても,それを安全に利用するための理念,制度,環境,教育が他国に比べていかに杜撰であるか,納得させられる。課題山積だ。
(5)立岩真也「弱くある自由へ-自己決定・介護・生死の技術」(青土社)
 治療する,異常を正常にする,援助するのが医療では「当たり前」だ。そのための検査や手術をするかどうかを決めるのは患者で,その結果は決定した側が引きうけるというのが「自己決定」であり「自己責任」であるらしい。だが本当にそうなのか。単純な図式でよいのだろうか。患者,障害者の立場の声をじっくり聴きながら,医療を社会の一活動として位置づけ,その可能性と限界を探っている。
(6)石川准「人はなぜ認められたいのか-アイデンティティ依存の社会学」(旬報社)
 この本のテーマと内容もさることながら,わかりやすい文体に私は感動した。自分らしさとは何か。感受性を殺してしまわないうちに,また復活させたい時に読んでほしい。
(7)ホックシールド「管理される心-感情が商品になるとき」(世界思想社)
 感情労働という言葉を聞いたことがあるだろうか。「それはたいへんですね」と共感を示せば2点という医療面接のマニュアルがある。相手の感情を思いやる,自分の感情を殺す,そうしたことが職業上求められるとき,その人の中では何が起こるのだろう。無理に応えるとどうなるのだろう,ではどうすればいいのか。感情社会学の出発となった書物。
(8)鷲田清一「だれのための仕事-労働VS余暇を超えて」(岩波書店)
 なぜ働くのか,何を目的にどう生きるのかを考える道筋を示してくれている。同著者の『「聴く」ことの力-臨床哲学試論』(TBSブリタニカ)は,写真もことばも私を魅了した。
(9)苅谷剛彦「知的複眼思考法」(講談社)
 これからの医療者に私が求めたいのは,医学知識・技術は当然だが,医療を多角的に見る視点である。時間と手間のかかる思考を省略するとテクノロジーに使われてしまう。日常から物事を常識や慣習にとらわれずに,考え抜いてほしい。これが教養人の姿勢だろう。
(10)平木典子「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」(金子書房)
 コミュニケーションの基本は,自分を知ることである。自分が何を考え感じているか,それをどう表現するのか,相手とどのような関係をとりたいと思っているのか,自分の中で明確になっていることがまず必要だ。アサーションは,自分も相手も大事にする生き方のヒントでもある。ハンディな書物だが大切なノウハウが読みやすくまとまっている。
<番外1>クラインマン「病いの語り-慢性の病いをめぐる臨床人類学」(誠信書房)
 「語り(ナラティブ)」「説明モデル」は,患者という人を理解するのに欠かせない概念。
<番外2>佐伯晴子・日下隼人「話せる医療者」(医学書院)
 素人の患者と専門家の出会いはひとつの異文化交流である。医療面接例を患者の立場と医療者の立場から解説。日下医師の注釈は教養書の充実したブックガイドにもなっている。


■中井久夫氏
(神戸大学名誉教授/甲南大学教授)

(1)ブローダル「神経解剖学」
(2)ワーテンベルグ「反射の検査」
(3)ユーリウス・バウアー「内科診断学」
(4)ラボリ「侵襲に対する生体反応とショック」 ※以上すべて絶版
(5)祖父江逸郎「臨床の視点」(名大出版会),「臨床の心得」(医歯薬出版)
(6)高久史麿監「診察診断学」(医学書院)
(7)Illustratedシリーズ(Churichill Livingston)
目から鱗が落ちた何冊か
 最初に感銘を受けたのはノルウェーのブローダル教授の『神経解剖学』の英訳で,神経学臨床との関連の記述が素晴らしかった。教師も,解剖対象が示す病いを求めに応じて教えてくれた。でなければ脳解剖実習も無味乾燥だったろう。一回生で臨床が学べた。
 内科の講義では「骨反射」,「腱反射」とわけがわからなかったが,ワーテンベルグの『反射の検査』にバビンスキ反射を除いてすべて「筋-筋反射」であると喝破されて目から鱗が落ちた。ユーリウス・バウアー教授の『内科診断学』も素晴らしかった。2人とも,カリフォルニアに戦乱を逃れたウイーン学派の奥深い臨床家で,医学とは学問とアートの総合であることが記述の一行一行から匂い立ってきた。
 同じ思いをラボリの『侵襲に対する生体反応とショック』でした。冬眠麻痺の開発者,クロルプロマジンの導入者だが,この本で自律神経系概念が一挙にわかった。
 とはいえ,すべて半世紀前の遠い昔の本である。皆とうに絶版だ。今を探せば,まず,神経内科医の祖父江逸郎・名大名誉教授がワーテンベルグの弟子で,その香気を継いでおられる。『臨床の視点』(名大出版会)は神経内科学を述べつつ医学者・医師としての姿勢がおのずと伝わってくる名著で,読んで元気になる。先生の近著書『臨床の心得』(医歯薬出版)もお薦めする。
 医学生にも医師にも薦めたいのは,高久史麿監修『診察診断学』(医学書院)だ。めったにない全科の診察室診断法だ。診察室診断を軽視するのは日本の悪しき伝統であった(欧米の医者はよく知っているぞ)。この本を読んで臨床実習に臨み,国試の勉強すれば,必ずトクをする。またポカをしない医師になる確率が大になる。私も68歳の手習いだ。
 なお,英国Churichill Livingston社のIllustratedシリーズはすべて写真でなく,巧みな図版を使い,簡にして要を得た解説で,洋書が急に身近に感じられるだろう。一見やさしそうで,中身が濃い。私は「Pathology篇」を座右に置いて,何かにつけ使っている。第一線を退いても,病気についての質問を,知人,友人,医学生から受けるからだ。


■二木 立氏
(日本福祉大学教授・医療経済学)

(1)川上武「現代日本医療史」(勁草書房,1965)
(2)川上武「戦後日本医療史への証言」(勁草書房,1998)
(3)上田敏「リハビリテーションを考える」(青木書店,1983)
(4)池上直己・J.C.キャンベル「日本の医療」(中公新書,1996)
(5)二木立「21世紀初頭の医療と介護」(勁草書房,2001)
(6)滝上宗次郎「福祉は経済を活かす」(勁草書房,1995)
(7)V.R.フュックス「保健医療政策の将来」(勁草書房,1995)
(8)S.M.リプセット「アメリカ例外論」(明石書店,1999)
(9)網野善彦「日本社会の歴史(全3冊)」(岩波新書,1997)
(10)木下是雄「理科系の作文技術」(中公新書,1981)
 私は,臨床医(リハビリテーション医)生活を経て,日本医療の実証分析と医療政策の批判・改革提案という「二本立」の研究を続けてきました。最近強く感じるのは,医療改革は日本医療(広くは日本社会)の歴史と現実に根ざして行なうべきであり,それを無視した外国直輸入の改革は成功しないということです。この視点から医学生や研修医に読んでほしい本を選びました。
 (1)は,「開業医制」という視角から,明治時代-1960年代前半までの日本医療の変遷を跡づけた医療史研究の金字塔です。(2)は,川上氏の50年に及ぶ医療史研究の全体像をまとめた迫力ある「個人史」です。(3)は,欧米の借り物でない,メイドインジャパンの優れた医学・医療論です。
 (4)は,医療費問題を軸にして,日本の医療制度の特徴・メカニズムと歴史を簡潔にまとめた,この分野の最良の概説書です。(5)は自著ですが,21世紀初頭の医療と介護の将来像を可能な限り具体的に予測するとともに,私自身の改革案を示しています。両書とも,通説とは逆に,医療制度の「抜本改革」ではなく,部分改革の積み重ねを提唱しています。(6)は高齢化社会の論点に本音で答えた快著です。
 (7)の著者フュックス氏は世界最高の医療経済学者で,医療経済学の理論,実証研究,政策分析の三者を見事に統合しています。分析対象はアメリカ医療ですが,日本医療の改革や経済分析を行なう上でも,学ぶことが多い本です。
 (8)の著者リプセット氏はアメリカを代表する政治学者で,「日欧とも異質」な超大国アメリカの本質・特殊性を体系的に分析しています。逆に,日本列島における人間社会の壮大な通史である(9)を読むと,日本社会の歴史的特徴がよくわかります。
 (10)は,理科系・文科系を問わず,明快でしかも論理的な文章(特に実証研究論文)を書くための必読書です。私も,20年前に,この本をバイブルにして博士論文を書きました。


■松村理司氏
(市立舞鶴市民病院副院長)

(1)「新共同訳小型和英対照新約聖書」(文庫,日本聖書協会)
(2)夏目漱石「漱石文明論集」(岩波書店)
(3)吉本隆明「マチウ書試論・転向論」(講談社文芸文庫)
(4)高橋和巳「悲の器」(新潮文庫)
(5)松田道雄「(定本)育児の百科」(岩波書店)
(6)徳永 進「死の中の笑み」(ゆみる出版)
(7)加藤周一「日本文学史序説」(ちくま学芸文庫)
(8)小浜逸郎「癒しとしての死の哲学」(王国社)
(9)宮台真司「これが答えだ!」(飛鳥新社)
(10)加藤周一・鶴見俊輔「二〇世紀から」(潮出版社)
 地域医療は疲れる。平日の帰宅はまず深夜になる。好きな赤ワインと桂枝雀の落語が見られれば至福である。休日は,やや遅い起床がひたすらうれしく,各種委員会や講演会に東奔西走し,また,締め切りから1か月以上遅れている原稿の前でため息が出る。だから,ボランティアの心境とはほど遠い。列車の旅は,新聞と安物の週刊誌の乱読で始まり,睡眠に至り,しばしばそのまま終わる,と露悪趣味めいているのは,まともな研修は忙しくあるべきであり,どっしりとした書物などを繙く暇はないと信じているからである。実際,当院の研修医は,座れば眠ってしまう事態にこと欠かない。しかし,人生は不思議なもので,たまには,硬い本,真面目な本,感動を誘う本への渇望が生じる。
 (1)は,特に海外へ1週間程度出る機会があれば,持参することが多い。祈りのためではなく,まったくの散読で,自由な解釈を楽しむ。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか」と言うイエスに,30年前の学園紛争時,「うちの子を紛争に引き入れないでください」と学園中を探し回る母親から逃げ回っていた学生運動時代の闘士の姿が重なる。
 (2)の中では,『現代日本の開花』が好きだ。「西洋の開花は内発的であって,日本の現代の開花は外発的である」。学生時代のひと夏,(3)の『マチウ書試論』にある<関係の絶対性>という概念にどういうわけか感激して以来,30年以上にわたる吉本隆明のファンである。宗教者としての麻原彰晃に対する肯定の評価には滑稽さを禁じえないが,氏の対談集『夜と女と毛沢東』(辺見庸)も『日本人は思想したか』(梅原猛・中沢新一)も欠かさず読んでいる。(4)からは,「アカデミーのインテリの情事による蹉跌」というメッセージを強く受け取った。
 私の小児科の臨床力は,(5)のごく一部を出ない。「私の医者としての2つの幸運。開業医の家に育ったこと。育児書を書いたこと」に,開業医・市井の評論家の原点をみる。(5)より多くを購入し,プレゼントした(6)は,同窓のよしみだからでもある。「死ぬのはつらいだろうなー。だったらその時,その横に立っていて,手を握ってあげる仕事をしよう,と思ったのが高校2年生の時でした」。
 完読していない(7)をあげるのは,医師でもあった加藤さんの,「日本における思想の移ろいやすさ」に関する戦後の論考の総決算らしいからである。
 日本でのインフォームド・コンセントの論議の深まりには,(8)にみられる「相手を気にすることで自分を立たしめる民族」という視点が欠かせない。学者ぶらない気鋭の社会学者の宮台さんからは,社会の切り口の現代的角度についていつも多くを教わるが,(9)が比較的わかりやすい。
 ごく最近,2001年9月5日発行の(10)を読んで,お2人の対談者のいつもながらの視野の広がりと深さと確かさに驚いた。「石油がなくなれば砂漠しかない中東からの,恨みを晴らす表現手段としてのテロ」に何度も言及されていたからだ。京都での「家の会」に徳永進君に連れられて参加し,鶴見俊輔さんの博識と人格に触れ,行動するインテリとはこういうものか,と感じさせられて30年が経つ。


■吉田一郎氏
(久留米大学教授・医学教育学)

(1)田中まゆみ「ハーバードの医師づくり」(医学書院)
 すばらしい本が出版された。世界の医学部の頂点に立つハーバード大学医学部での卒前・卒後教育がストレートに伝わってくる。医学生の皆さんは,米国におけるクリニカルクラークシップ,チーム医療の実際を知ることができるし,卒後の研修中の皆さんにとっては,どのように研修がよいのかを考える格好の手引書にもなろう。米国の医療の実態が鋭く紹介されており,医学生や研修医のみならず,医療に携わるすべての方々にも読んでいただきたい。このような本が日本の卒前・卒後の医学教育を変えるであろう。
(2)R. バックマン「真実を伝える-コミュニケーション技術と精神的援助の指針」(診断と治療社)
 日本でもいよいよクリニカルクラークシップが本格実施される。研修医だけでなく,医学生もがん告知(Bad News Telling)などの場面に立ち会うことになる。事実,この本の中には医学生も登場している。第3章の基本的なコミュニケーション技術の部分だけでも読んでみると,目からウロコが落ちるであろう。コミュニケーションは,医療の基本である。臨床の現場ですぐに役立つ本というのは,この本のような書物のことであり,類書の中でも傑出している。医学生,研修医にとっての必読書であろう。
(3)尾島昭次監修「アメリカ臨床留学への道-You can do it」(南山堂)
 近年,臨床のトレーニングで米国に留学する日本人が激減しているという。このことが将来,日本の医療にどのように影響するのかと不安を感じる。米国での臨床研修の経験が大きな収穫をもたらすことは,長期間,米国に臨床留学した同僚の臨床能力のすばらしさをみるとすぐに理解できる。若い医学生や研修医は進んで,米国に臨床研修に出かけてほしい。本書にはそのような場合,実際に役立つ情報が満載されている。なお尾島昭次氏は,野口医学研究所や日米医学医療交流財団を介して米国臨床留学を志す医学生や若い医師のための留学セミナーを毎年,精力的に開催しておられる。
(4)長浜正彦「It's My Challenge」(篠原出版新社)
 人生はふとした出会いで,その後の生き方が違ったりする。著者は日頃はラグビーに熱中する医学生であったが,日本医大4年生の冬に米国旅行をして,フィラデルフィア小児病院での浅倉稔生教授の回診につき,学生留学を勧められるという幸運に恵まれた。そのチャンスを生かしてペンシルバニア大学に留学した著者の日々の記録がこの本の中味である。ペンシルバニア大学での卒前・卒後教育がストレートに伝わってくる。また,米国生活の大きな魅力は「人種のるつぼ」と言われる環境の中で,世界各地からの医学生や医師と友人になれることであろう。医学生や研修医のような若い人々の特権はこの本のタイトルのように,何度もチャレンジできることである。この本は,米国での臨床留学を希望する医学生や研修医の皆さんに大きな希望を与えるだろう。
(5)日本医学教育学会臨床能力教育ワーキンググループ編集「基本的臨床技能の学び方・教え方-エッセンシャルミニマムとOSCE」(南山堂)
 現在,共用試験や医師国家試験にOSCE(客観的臨床能力試験)が導入されつつある。今後は研修終了後の臨床能力評価にも利用される可能性がある。このようなことから,日本での基本的臨床能力の修得は今後,医学生や研修医にとり,必須のものとして重視される。このような時代にまさにタイムリーな本が出版された。医療面接,身体診察など基本的な臨床能力の学び方や教え方が具体的に記載されている。医学生や研修医の必携の本。同ワーキングブループ作成のビデオ「OSCE実施のてほどき」(メディカル情報センター)も併用すればOSCEへの理解がさらに容易になろう。
(6)日本外来小児科学会編集「小児プライマリ・ケア 虎の巻-医学生・研修医実習のために」(医学書院)
 この本の執筆者らによって,現在わが国の小児科卒前臨床実習,卒後研修のあり方が変わりつつある。小児科のプライマリ・ケア実習の魅力,楽しさがこの本の中にあふれている。写真で見る医学生の新鮮で喜びに満ちた表情が何よりもこの小児科クリニック実習のすばらしさと成功を物語っている。超多忙で経済的に恵まれない小児科開業医が全科のトップをきって,自発的に医学教育への新しい取り組みを始められたことに敬意を表したい。この本は,「臨床医学教育は講堂ではなく,臨床の現場でしか行なえない」とのオスラーの言葉を思い出させるし,この小児科開業医を中心とする執筆者の方々はSchwenkの名著『The Physician as Teacher』(Williams & Wilkins)をまさに実践しておられることになる〔Schwenkは『Residents as Teachers:A Guide to Educational Practice』(University of Utah)というすばらしい本も出版している〕。このプライマリ・ケアの現場での医学生,研修医実習が小児科以外にも,拡がってほしいと願うものである。医学生,研修医にとっては,写真やマンガなどが多く,読みやすいお薦めの1冊である。
(7)V. E. グリック「庭仕事から学んだ人生のレッスン」(白水社)
 医療の現場で最も重要なことは,「気づき」すなわち感性であろう。したがって, 医学教育の最も重要な目的の1つは,感性を持った医師を養成することである。他人のこころの痛みがわかる医師に育つということは,実際にはなかなか難しいことであろう。ありふれた日常診療の中で,気づく能力をどのように育てるか。
 この小さな書物の中には,庭仕事を通じてのありきたりの自然の中での気づきが実は,ヒトのこころの中で起こるさまざまな現象の比喩であることを,わかりやすく述べている。珠玉の1冊。
(8)J. L. Burton「Aids to Undergraduate Medicine」(Churchill Livingstone)
 英国および旧英国植民地圏で版を重ねているベストセラー,シンガポール国立大学医学部の売店にも横積みしてあった。わずか170頁の薄い本であるが,基本的に重要なポイントがぎっしりつまっている。一見,国家試験対策用のポイントを集めた豆本のようにもみえるが,奥の深い英国医学ならではの本である。胸写や心電図はわかりやすい図解つきで解説されている。この本は医学生用であるが,同じ著者により『Aids to Postgraduate Medicine』(Churchill Livingstone)が研修医向けに出版されている。英国ではこのようにシンプルでしっかりした内容の医学生,研修医用の廉価本が数多く出版されている。
(9)R. E. Behrman「Nelson Essentials of Pediatrics」(Saunders)
 内科のバイブルと言えばハリソン,小児科のバイブルはネルソンの教科書ということはよく知られている。この本は,ネルソンの第16版のコアの部分を医学生,研修医用にまとめたものである。しかし,これは16版の単なるアウトライン版ではない。随所に新しく書き加えられた部分があり,第15版の時の第3版同様,オリジナルよりもすぐれている部分もある。このエッセンシャル版は,小児科クリニカルクラークシップ中の医学生や小児科研修医にほどよい内容であり,英語も比較的,平易である。皆さんに特に強くお薦めしたい。
(10)H. Markel「The Portable Pediatrician」(Hanley & Belfus)
 この魅力的なタイトルの本の中味は,決してタイトルに負けていない。小児科の臨床実習を学ぶ医学生や研修医が,この本を片手に実習すれば,実習はより深く意味のあるものとなり,何よりも楽しいものになろう。この本の初版を手がけたF. A. Oskiは亡くなられたが,彼のフィロソフィーはこの本にも十分に生かされている。見やすい表や挿し絵が多く,眺めるだけでも小児医学のおもしろさ,多様性が理解できる。この本を読んで,皆さん自身がすぐれたPortable Pediatricianになっていただきたい。