第2478号 2002年3月18日


【座談会】

「精神医学を学ぶということ」


堀川直史
(東京女子医科大学教授
・神経精神科学)

山内俊雄
(埼玉医科大学教授
・精神医学)
<司会>

野村総一郎
(防衛医科大学校教授
・精神科学)

樋口輝彦
(国立精神・神経センター
国府台病院長)


■精神医学のリアルな姿を語る

変化を遂げる精神医学

山内〈司会〉 本日は,精神医学の現状や今後の展望などについて,お話をうかがいたいと思います。
 私は1963年に医学部を卒業しましたが,私の時代は,「インシュリン・ショック療法」の最後の時代にあたります。1950年代にクロルプロマジン,レセルピンから始まる抗精神病薬が登場して,精神医学は急速な進歩と変化を遂げてきました。先生方はそれよりほぼ10年後のご卒業です。
 この30年間の精神医学の変化について,どのようにお感じになっていますか。
野村 私は,精神医学とはロマンの香りに満ちた医学という思いがあり,学生時代からその魅力を感じてきました。精神医学を志して,その中で見てきた精神医療は,世の中の変化を敏感に受け止め,それにしたがって変化してきた感があります。また,対象とする患者さんの変化も現場で感じます。精神医学は世の中の動きに対して最も敏感で,世の中を反映している医学と言えるのではないですか。
 加えて,先端科学の影響を受けて,精神医学の大きな変化を感じてもいます。
堀川 最近の生物学的精神医学の発展はめざましいと思います。薬の使い方にしてもだいぶ理屈がわかり,副作用も起こりにくくなっています。
 もう1つの大きな変化として,精神科へのニーズの拡大があります。これほど世の中で「心のケア」が叫ばれている時代はないと思います。私はリエゾン精神医学を専門にしていますが,その対象領域も拡大しつつあります。これらに精神科医がどう対応できるかが,新しい時代の課題です。
樋口(紙上参加) 3つのことを感じます。第1はこの30年で精神医学・医療の対象が狭い精神病から,より広いメンタルヘルスへと広がってきたことです。第2は精神疾患の多くが「治らない病気」から「治る病気」へと変化してきた点です。薬物療法の発展はこれを加速しましたが,それのみでなく心理・社会的治療法の体系化も大きな役割を果たしたと思います。第3はこの30年の間に,さまざまな苦難を乗り越えて医学・科学の一員として認知されたことが大きな変化と思います。

「操作的診断基準」の登場

山内 精神医学における大きな変化の1つとして,操作的診断の登場がありますね。
野村 DSMなどのような操作的診断基準,(例えば「疾患Xの診断を下すには,Aがなくてはならず,B,C,D,Eのうち2つ以上がなくてはならない」のような操作的な診断基準)が作られたことが,最もインパクトの大きなことでしょう。ただ,これが金科玉条のようになってはいけません。脳の機能は複雑系の世界で,線形数学では解明できません。これを操作的に決めることは,あくまで近似値を取ることで,真実ではないからです。
 とは言いましても,「操作的診断」に悪いイメージを抱く必要はありません。従来の診断基準は,ものを考える時のガイドや地図としては曖昧でしたが,この点を西欧合理主義で合理的に決めていくことに,操作的診断基準の意味があります。いわば海図として,皆が知っておくべきものです。
堀川 正しく使うことが大切だと思います。実際に臨床で使う時には,単に診断だけではなく,いろいろな身体的,心理社会的な因子を合わせて考えることが必要で,そのためにはさまざまな知識を学ばなければなりません。
野村 これがアメリカの世界戦略の一環という説もあるようですが(笑),アメリカ主導で国際診断基準のマニュアルを作ろうと,おそらくよい意味で一種のグローバリゼーションであり,世界共通のスタンダードとして評価できると思います。
樋口 操作的診断基準の精神医学に果たす役割は大変大きいと思います。従来は各人各様の診断基準があり,極端に言えば100人精神科医がいれば100通りの診断が存在しました。これは学問の発展を阻害します。国際間の共同研究などもできませんでした。操作的診断基準は精神科医の間の共通言語の役割を果たしていると思います。私はよく学生に,操作的診断基準は内科で言えば関節リウマチの診断基準と同じような性質のものだと説明しています。ある意味では次善の策と言えましょう。将来,病因・病態が明らかにされれば,当然基準は変更されることでしょう。
山内 これまではそれぞれの学説によって基準や分類が違うところがありましたが,この基準により,ある程度の共通認識が持てるようになりました。診断にあたっては生物学的な因子もあれば,社会・心理的な因子も,それぞれの個人の特徴もあります。それらを全体として包括的に捉えて,症状や診断を考えていくことが,精神医学の診断と治療には必要ですね。

精神医学におけるEBM

山内 最近の医療界は,クリティカルパスで治療計画を立て,それに従った治療を行ない,治療効果を判断・推定する傾向にありますが,その方法が,精神医療においてはどの程度フィットするかということについてはいかがでしょうか。
野村 治療のアルゴリズム(精神科薬物療法のアルゴリズム)は,EBMに基づいていると思いますが,現場からは,この通りに運ぶことはむしろ少ないと聞きます。EBMと称しているものが,現場の実感と離れているのではないかという疑問があります。精神科のEBMを検証し吟味する必要がありますね。
 例えば薬の治験でも,ハミルトンのうつ病評価尺度の点数が50%低減した時を「有効」と判定しています。つまり,40点が20点になったら「有効」と評価されるわけですが,20点というのは状態としてはかなり悪いわけです。逆に15点が8点となっても「有効ではない」とされるわけで,このあたりの数字の処理の仕方が,案外臨床実感との解離の基になっているのかもしれません。
山内 EBMもそうですが,もしアルゴリズムのようなものがあれば,治療に非常に有効です。しかし,まだそこまで確実なものではないということですね。
野村 そうです。決してアルゴリズム否定ではなく,操作的診断と同様に注意しながら用いるということです。現在の日本における精神科の治療技術は,残念ながら基礎がまだきちんとしていません。その基礎を提供するものとして,アルゴリズムは「世界のスタンダード」と言われるものを示すことに意味があると思います。
樋口 野村先生のおっしゃる通りで,まだ精神科治療学のエビデンスは十分ではありません。これが充実してこないと,本当の意味の治療ガイドラインやアルゴリズムはできないでしょう。ただ,治療に関しても従来は経験のみに基づいて行なわれてきました。研修の場面でも,オーベンが変われば薬物選択が大きく変わることは日常茶飯事でした。それが味があって精神科らしいという評価もありますが,私はガイドラインやアルゴリズムは有用であり,必要だと思います。ただ,その使い方はその通り機械的にレシピのように使うものではない。最終的にはこれらのガイドラインを頭に置いた上で,個々のケースに最適な治療選択を組み立てることが必要と考えてます。
山内 何が本当の意味でのEBMかという検証は必要ですが,EBMという考え方自体は必要だということですね。

精神医学の科学性

山内 今のお話は「精神医学は科学たり得るか」というテーマに結びつきますが,その点ではいかがでしょう。
野村 「精神医学は科学ではない」という意見はよく聞きますし,患者さんや社会からもそのような批判があります。科学とは,因果律で論理的に考えられ,現象が説明できるものですが,精神医学にはその面が弱いのは確かです。また,「数字で表せないものは科学ではない」という考えがその言葉の基にあります。
 しかし,精神医学を表面的な論理で片づけるには相当無理があります。必ずしも論理的には説明できないものを,精神医学はいく分か内在しているのですが,だからといって,「科学でなくていいじゃないか」と居直ることは許されません。
 数値化や,近似値であってもできるだけ合理的な考え方を持ち,論理性を重んじることも必要です。また,先端的な神経科学との融合が重要になります。
堀川 他科の先生が「精神医学はわかりにくい」とおっしゃる理由の1つに,認識の方法が基本的に違うことがあげられます。精神医学の認識の仕方には,自然科学の他に,心理学や人間学,社会学などが入り,そこが精神医学の独自性で,楽しいところでもあります。例えば心理学や人間学などは人文科学であり,人文科学としての方法論を持っています。今は自然科学が優勢ですが,精神医学はこの2つの方法を使い分けるべきものだと思います。
樋口 確かに,精神医学の方法論には自然科学の方法論と心理学や社会学の方法論があると思います。それぞれの方法論を駆使して精神疾患を理解するのがよいと思いますし,それだけアプローチの方法の間口が広いところが精神医学の魅力ではないかと思います。ただ,臨床精神医学の場面では1つの方法論のみでは診断も治療もできないので,どうしてもファジーな要素は加わりますが……。
山内 学生も「精神医学はわかりにくい」と言います。他分野と情報の取り方が違うことが原因の1つだと思います。精神医学は,検査値ではなく,面接や治療者を通して症状や現象を把握するという方法を取ります。皆そのことに慣れてなく,「わけがわからない」ということになるのでしょう。
 トレーニングを積んだ人間が同じ方法で精神症状を評価すると,ほぼ同じ評価に落ち着くというデータが多く出されています。精神症状を評価し把握するトレーニングができていないために「わからない」となるのですね。これからは,精神症状の把握についてきちんとした教育をする必要があるのでしょうね。
 加えて,心の科学における因果律は1対1ではなく,その間に介在する因子が非常に多いことも特徴ですね。心理的・社会的な要因,性格因などを総合して人間を理解することが必要です。それは心の働きが多面性を有していることを意味しています。このことは精神疾患の患者だけでなく,身体疾患を持つ人たちの理解においても重要なことだと思います。
 一方,精神医学教育はかつて,学生に理解されにくく,また「精神医学は哲学ではないか」と言われたりもしてきましたが,今はずいぶん変わってきていますね。
野村 操作的診断基準やアルゴリズムなどは論理的で,学生にも受け入れられやすいようです。そのあたりの学生の受け止め方から,精神医学の変化を如実に感じます。
堀川 私が学生時代は難しい話が多く,また入局後もそうでした。今はずいぶん変わりましたね。
野村 私の学生時代には,精神科の講義でそれほど難しい哲学的な講義を聴いた印象はありません。むしろ,単純な詰込み主義的な,記憶を中心とした他の無味乾燥な医学からみると,多少の哲学性や文学性を持った,幅広い内容に魅力を感じました。あまりにもメカニカルに,科学性だけを重視すべきではないと,その点は自分の授業の中で意識しています。私は,ギャグでも精神医学を語りますから(笑)。難しい問題を包んでおもしろく言えるのが精神医学の魅力だろうと思います。

■臨床現場でなぜ精神医学が必要か

医療面接の意味

堀川 最近は,医療における人間関係の講義などにも精神科医がかかわるようになってきています。具体的には面接技法の指導などですが,教育における精神科医の仕事は広がってきています。
山内 今はいろいろな領域で「面接」が重要視されるようになってきました。ただ,精神科医の言う面接と,他科の先生方の言う面接とは,多少違った意味ではないかと感じているのですが。
野村 OSCEでも「医療面接」が設けられ,そこで指導します。必ずしも精神科医が担当してはいませんが,精神医学的な発想や教育体系を入れたほうがよいかなと感じることは多いですね。
 以前に笠原嘉先生も著書『予診・初診・初期治療』(診療新社)の中で「医療面接とは出会いである」とおっしゃっていました。精神科医の面接は,「これは出会いである」という意識が強いんじゃないでしょうか。哲学的という意味になるのかもしれませんが。そこが,ただ情報収集のためだけの面接,また感じよく情報を集めるだけの発想とは違うと思います。どこかに対人関係論がある。
 また,卒前教育の面接訓練に,多少精神分析的な感覚を入れるとよいと思っています。例えば,精神科医の面接の大きな特徴は,「転移(クライエントが過去の重要な人物に対する感情や関係を治療者に対して投影し,再現すること)・逆転移(治療者がクライエントに対して感情反応を起こすこと)」といった精神分析医が使う用語も,患者さんとの間で意識しながら面接をすることにもあるわけです。
 面接というのは,こちらが診断機械で,患者さんは病気という関係ではなく,人間と人間という関係の中で考えるべきなのです。つまり「患者さんの気持ちはどうだろう」,「今,お互いにどう感じているだろう」と考えていきます。このあたりを面接技法として医学生に教えるとよいのではないか,と思うことがあります。

医療面接は治療である-単なる情報収集ではない

山内 学生が学ぶ面接技法は,OSCEも含めて情報収集が目的で,「相手に対する配慮を持ってやりなさい」というレベルだと思います。精神科では,診断的意味と同時にもう少し治療的意味が強いものだと思います。しばしば精神医学の現場では,面接が同時に治療的意味も持つわけです。したがって,きちんとした面接が行なわれた時,それだけで患者さんはだいぶ気が楽になると言います。そのあたりに他科の先生がおっしゃる「面接」と意味の違いを感じます。
堀川 例えば,アメリカ家庭医学会のレジデントのカリキュラムを見ると,「情報収集」と「治療関係をきちんとつくる」が並べて書いてあります。他科でもそのようなことを考える人が増えてきているのでしょう。
 本来,医療面接とは治療の一部であり,単なる情報収集でなく,ラポール(互いに親しい感情が通い合う状態)の形成や,病気の説明や動機づけも含みます。面接が本来,治療的な意味を含むことは精神医学の基本ですが,これは全科共通ですから,その点は精神科医が指導するべきなのだろうと思っています。
野村 防衛医大では「総合臨床医」と呼ばれる,基本的に科ごとの区別をつけない教育をしています。6年時には臨床心理の講義として「初歩カウンセリング論」を設けています。ここではカウンセリング技術を教えていて,まだ実習はしていませんが,わりと学生に評判がよいですね。OSCEが正式に導入されれば,役に立つと思います。今後は,学生の時に臨床心理学的なこと,例えばロジャースのカウンセリング理論を教えることも必要かもしれません。
樋口 私は,野村先生ほど目標は高く置きません。とにかく,まともに患者さんと話ができないのでは困る。説明すべきことをきちんとする。患者さんにに聞かれたことにきちんと答える。このような,ごく基本的な対応を,まず身につけてほしいと思います。まだ,日本の医療の現場ではインフォームド・コンセント,診療情報の提供が自然に行なわれている状況にはないので,当面はこれが目標ではないでしょうか。
野村 私の大学では,精神科にローテートした研修医(現在は他科の医師)に,「精神科に回ってよかったか」と,「今の現場で役に立っているか」とアンケート調査をしたところ,78%が「イエス」でした。回らなかった人には,「回ればよかったと後悔しますか」と質問してみると,40%が「イエス」と答えています。6割は回らなくても後悔していないということにもなるのですけれど(笑)。
堀川 以前,初期臨床研修を終えた研修医に行なったアンケートの結果が「日本総合病院精神医学会誌」に掲載されていましたが,日常診療で不眠,せん妄,痴呆,不安,興奮の症状で苦慮した経験のある医師が多く,精神科をローテートして現在の仕事に非常に役に立っていると答えた医師が多かった,というデータがあります。

精神医学の卒前・卒後教育

山内 精神医学では多面的に,その人の生活や社会心理的な問題,バイオロジカルなものも含めてダイナミックに患者さんを診る能力が要求されます。今後,社会のニーズに応えるためには卒前・卒後教育における精神医学の役割が重要になると思いますが,この点はいかがでしょうか。
野村 その点は未成熟な部分ですね。実際に教育の場でも,歯切れよくいかず試行錯誤です。特に他科医への教育ですが,皆で方法論を検討しなければいけない部分ですね。
堀川 医療全般に関係する問題として,面接の仕方,コミュニケーション,チーム医療なども守備範囲に入るとなると,今までの方法では不足です。新しいカリキュラム作成を検討しているところです。
野村 私のところでは,実際の面接風景のビデオを研修医に見せています。患者さんの了解を得て,ビデオを見た後に皆で討議や,診断一致率を計算したりしています。面接の仕方をきちんとチェックして,フィードバックしようということです。このような普通の職人なら当たり前にやっているようなことが,案外,精神医学界では行なわれていないのです。
堀川 私もそう思います。外科なら大事な手技は,手術を通して教えます。精神科で最も大事なのは面接の技術だと思いますが,それについてお互いに「あそこがよかった」「ここはこうしたほうがいい」と言い合う場がありませんでした。
 学生や研修医が面接する場面に指導者がついて,終わった後に話をする「シャドウイング(shadowing)」という方法を始めたところです。ビデオで診察する場面を撮影して,後で話をするという方法をもっと普及したほうがよいと思います。
山内 私たちも,教室の研修として,研修医に診察させて,それをビデオで撮影したものを皆で見て批評しあうことをしているのですが,とても勉強になりますね。
 これからは,時代の要請に応えられるように,どの医学生にも精神医学の素養を身につけてもらう必要があります。卒後研修でも他科の医師になろうとする人にも精神医学の修錬が求められていると思います。

コンサルテーション・リエゾン精神医学が臨床にもたらすもの

山内 コンサルテーションやリエゾン精神医学を推進するには,他科の先生方に,精神科医がどのように診断し,対応するかを見てもらうことが一番だと思いますが。
堀川 リエゾン精神医学の場合は,他科の先生方やナースとよく話し合うことが特に大切です。その時にいろいろなことを明確にすることも重要です。診断やその説明だけでなく,何がわかって,何がわからないか,何ができて,何ができないかを説明する必要があります。加えて,さしあたりの方針とフォローアップ,具体的な方法や変化の予想までをできるだけく詳しく説明します。すぐに治療の効果が現れないことも多いのですが,こうしておけば他科の医療者も少し待つゆとりを持ってくれるようになります。
野村 リエゾン精神医学で教育できる部分というのは確かにあって,例えばせん妄は経験を積み重ねれば治療のノウハウをつかめますから,熱心にリエゾン活動をやるほど精神科に依頼されなくなるという効果があります。しかし一方で,コンサルテーションに熱心に応じるほど丸投げしてしまうという傾向も出てきかねません。その善し悪しはあるのでしょうが。
堀川 一緒に話し合う機会があると,病院全体の「医療の質」は確実に上がりますね。
山内 実際の事例を通して精神医学の素養を身につけてもらい,治療の仕方を理解してもらうことは重要でしょうね。
堀川 リエゾンがうまくいくと,精神疾患の患者さんに対するネガティブな先入観が修正されてくることもあります。これもとても大切なことだと思います。
野村 私はかつて,MPU(medical psychiatry unit)という,精神科医が患者さんの身体的な医療を含めて見る,精神科版総合臨床部的なユニットを主催していたことがあります。そこでは,精神科が逆に他科にコンサルテーションを依頼する立場ですから,結果として精神科以外の医師がMPUの病棟にしょっちゅう出入りするようになります。私たちも感動するのですが,他科の先生が精神病の患者に何度も会っていくうちに,偏見や意識がどんどん薄れていくんですね。特に若い先生は,目に見えて変わっていきます。このように,他科と精神医学との接点をどんどん増やすことも,リエゾンの1つの役割なんだと思いますね。
樋口 国府台病院は総合病院ですが,その約半分のベッドが精神科です。総合病院としてはきわめてめずらしい環境です。当院の果たすべき役割の1つに精神疾患の合併症治療があります。合併症の患者を一般科に入院させるか精神科に入院させるかは,合併症の重さと精神症状の重症度のいずれかにウエイトがあるかで決まります。このシステムは10年がかりでできたようですが,やはり一般科の医師が実際に精神疾患の患者を診ることで,偏見が薄れていったわけです。

救急医療の現場に精神科医を

山内 最近では,どの施設でも救急医療が行なわれるようになりました。そこでは精神科医に求められる場面も多いと思いますが。
野村 当院の場合,他科から精神科への診療依頼のうち,42%が救急部から(1999年のデータ)で,精神医療のニーズを感じています。救急の現場に精神科医も常勤する必要があると思います。
堀川 東京女子医大病院では精神科研修の一環として,研修医が誰か必ず救急救命センターにローテートするという形で関係しています。常勤とまではいきませんが,救急医療の現場との関わりを深くしておくことが大事でしょう。
山内 救命救急の現場では,救命すればそこでいったん役目が終わりという感覚があって,治療が途切れてしまうことも起こっているようです。例えば自殺などで精神医学的に問題を持つ人たちが救命された後のフォローがされないことも多いようです。
野村 救急医療は,患者さんの心の問題,家族の背景なども含めて総合的に診ていく精神科医の特性を生かせる場です。
山内 最近はプライマリ・ケアが重視されていますが,それに対して精神医学はどんな貢献ができるでしょう?
堀川 精神疾患の有病率は高いので,プライマリ・ケアまたは他科の先生方の精神疾患に対する理解を得ることや,診断能力や治療能力向上のための工夫は大切です。一緒に症例検討会を作るなど相互の知識を共有しあえば双方の生涯研修にもなり,ぜひ実現したいと思っています。
野村 欧米の論文を見ても,「プライマリ・ケア医に対する精神医学教育は本当に難しい」と書いてあります。日本だけの悩みではないようです。

■精神医学の新しい展開

精神医学の魅力

山内 医療現場の変化が次々起こっているわけですが,精神医学の今後を考えてみたいと思います。
野村 精神医学の魅力は,その幅の広さにあります。先端科学ももちろんですが,心理的,社会的,多少哲学的な側面と,さまざまな面があります。老人から子どもに至るまで幅広い年齢の方に対応し,社会からの期待も大きく,今後も活動範囲を広げて対応する必要があります。
 精神医学の歴史を見ると,ある時期は狭い医学の中にいくべきとされたと思うと,ある時はどこにでも精神医学が顔を出したりする。今は,明らかに広がる方向にあるのですが,これは社会の要請があり,それだけ期待が大きいということでしょう。
 他領域の人との連携も重要です。他科の医師はもちろん,コメディカル,心理学者やPSW,MSWなどの社会福祉関係の職種との連携・調整も,オーガナイザーとして精神科医に要求される能力だと思います。
堀川 患者全体をバイオ・サイコ・ソーシャルに診ることの教育も精神科医の役割だと思います。それともう1つは,医療者自身のメンタルヘルスの問題で,医療者自身のセルフケアを援助することも精神科医に求められるようになってきています。
野村 こういう言い方をすると怒られるかもしれませんが,かつては精神病院が典型的な精神医学の場であって,それをベースとした機能があったと言えます。現在では総合病院にシフトしつつあり,一般社会とのヴィヴィッドな関係の中で精神医学を考えていく傾向が出てきました。そこが大きな変化であり,今後さらにその方向にいくと思います。もちろん精神病院にはスペシャリストとしての重要な役割があります。
山内 精神医療も医療構造そのものが変化してきて,入院を減らして外来で診る方向になっていますし,実際に入院も治療病棟と療養病棟に分けて機能分担する状況になっています。そういう変化の中で,地域で患者さんが生活することへの対応など,まだまだ対応しきれていない点もあります。
 そのような変化が精神医療の中で着実に進んでいるのに,古い精神医学を学んだ人たちは「精神科の患者さんは治らない」というイメージを依然として持っています。
 しかし,現在では多くの治療手段を持ち,薬だけでなく,リハビリテーションや社会復帰への資源もそうです。このあたりの精神医療の変化を,他領域の先生方にも理解してもらう必要がありますね。

なぜ精神科医になったのか

山内 最後に,お2人の先生方が若い時に感じられた精神医学の魅力についてお聞きしたいと思います。なぜ精神科医になろうと考えられたのですか。
野村 医学部5年の夏休みに,田舎にある精神病院に寝泊りして,看護士みたいなことを1か月ほどやりました。患者さんと海水浴に行ったり,キャンプをしたり。当時はまだ若くて人生経験もなく,患者さんの話を聞いて単純に感動していました。学生が実習に来るような病院ではなく,めずらしがられたのか,とても可愛がってもらいました。医学の勉強というより,人生勉強になったと思います。
 その病院は海のそばにあり,夜になると蛍が飛びます。星空がすごくきれいで,星が蛍と一緒になって,波の音が聞こえるといった具合でした。蛍と海というのがアンバランスで,そこが精神病院らしい不思議な感じがしました。そういうロマンチックな美しさが,私の精神医学の原点にあります。
 また講義で受けたインパクトがとても大きいものでした。他の医学の講義が暗記物ばかりで,無味乾燥で人間らしさを感じられずに飽き飽きしていました。その中で精神科の授業には人間味を感じたのです。
堀川 私は学生の頃,心や精神と脳との関係を勉強したかったのです。生理学のゼミに出て,生理学の大学院に入ろうと思っていました。その頃,生理学の基礎研究を考えていて,「これが人の心や精神のどこにつながるのだろう」と,素朴な疑問を持って,先生に訊いたのです。すると,「難しいことを考えるな」と言われてしまって(笑)。それが不満であり,非常に不安でした。精神科の先生に話したところ,もう少し心理学的な知識を学んだ上で,生物学的精神医学を選んではどうかと言われ,それで精神科に入局しました。ところが,実際は臨床ばかりで……。でも臨床で,いろいろな頭の使い方をするのがとても楽しかったですね。
山内 精神医学の魅力を語っていただきましたが,これからますます,精神医学が医師のコアの科目としての役割を果たすことになることを願っています。本日はありがとうございました。