医学界新聞

 

Vol.16 No.11 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Dec

座談会

高齢者医療はここがポイント! ここが魅力!

桑島 巌氏
東京都老人医療センター
循環器科部長

門松拓哉氏
東邦大学医学部6年

秋元和美氏
宮崎医科大学5年

吉満 誠氏
九州循環器病センター
研修医

 未曾有の高齢社会が到来しつつある中,高齢者医療とその教育の遅れが指摘されている。高齢者への医療とは成人への医療とどこが違うのか,医学生・研修医はそれをどう学ぶべきなのか,高齢者医療の第一線で活躍する桑島巌氏に医学生・研修医らと語っていただいた。


■高齢者医療の特徴

桑島<司会> 最近の報告によりますと,日本における高齢者人口(65歳以上)は2200万人であり,全人口の18%に達し,初めて15歳未満の年少人口を上まわりました。高齢者人口は今後も増加し,2020年には4人に1人が高齢者という社会になると予想されています。したがって,これからの時代には,高齢者への医療というものが大事になってくることはもちろんですが,これに対する医学部教育,研修医教育の充実が求められてきます。
 そこで今日は,高齢者医療の拠点で研修された研修医と,高齢者医療に関心を持たれている2人の学生さんと一緒に「高齢者医療をどう学ぶか」という点を中心にお話したいと思います。吉満先生は卒後3年目になりますが,大学での研修を終えて2年目に,私どもの東京都老人医療センター(以下,老人医療センター)で研修をされました。研修での経験を踏まえて,先生の把握された高齢者医療の特徴についてお話しください。
吉満 桑島先生がご指摘のように,「高齢者医療」ということが近年盛んに言われています。最近では高齢者の増加に伴い医療を受ける側はほとんど高齢者が占めています。したがって,「高齢者医療イコール医療」と言っても過言ではない時代です。しかし,いまだ医療従事者は高齢者医療・福祉について認識不足の感があり,社会から「もっと高齢者医療について勉強しなさい」と言われている,つまり社会のニーズをまだ十分に満たしていないと考えられます。

【ポイント1】
医療は病院の中で完結しない

吉満 研修医の高齢者医療についてのトレーニングも不十分であるのが実情です。臨床の基礎中の基礎を学ぶ時期にあって,時間の制約の中で高齢者医療について興味や疑問を持つのは実は大変です。私は以前,大学病院で研修をしていたわけですが,いざセンターで研修するにあたり,「高齢者医療って具体的に何を学ぶのだろう?」とうまく想像できませんでした。
 しかし実際のセンターの研修では,そこにいるだけで高齢者医療を常に意識することができました。何の治療をするにも,成人ではこうして,高齢者ではこのようにと対比させて考える習慣のようなものを求められました。また,高い専門性のある医療機関では,医療が病院の中だけで完結してしまいがちですが,これまでの研修では実感しにくかった「患者と社会との接点」,「患者の背景」,「社会への橋渡し」などを常に意識させられました。
桑島 よく,「医者は患者が病院に来た時の状態しかわからない」と言われますが,実際にそれぞれの患者さんには家庭があり,社会環境があるわけです。しかし,医者にはなかなか患者さんのバックグラウンドが把握できません。そこで,トータルなケア,全人的医療を実践するには,看護婦さんやソーシャルワーカー,薬剤師などの協力を得て,チーム全体で患者さんをサポートする必要性があるわけですね。

【ポイント2】
患者さんの生活をいかに支えるか

桑島 次に秋元さんから,自己紹介もかねてお話しいただきたいと思います。
秋元 私は,薬学部を一度出ておりますが,高齢者医療をやりたいという目的を持って医学部に入りなおしました。高齢者医療というものは,患者さん1人ひとりの人生の最終ステージにあるわけですが,そこを医療の側がかえって駄目にしているような,惨めなものにしてしまっている可能性があるのではないか,それをなんとかしたい,という問題意識を持っています。
 残念ながら,私の大学には高齢者医療に関する講義などカリキュラム的なものはほとんどありません。ですから,高齢者医療について何か積極的にアプローチしたいと思えば,自分でアンテナを張って活動しなければならないというのが現状です。そこで,この夏休みには,私も老人医療センターで実習をさせていただいたり,診療所など地域医療の最前線を見学にいったりしました。その時に,やはり高齢者医療というのは病院の中だけで終わるものでなく,地域との繋がりが大切なのだということが,私にもはっきりわかりました。
桑島 門松さんは医学部の6年生ですが,高齢者医療についてどうお考えですか?
門松 僕は大学入学前から地域医療に興味がありました。しかし,なかなか大学の講義や実習では地域医療について見たり聞いたりする機会がなく,自然に大学の外に目が向くようになりました。実際に地域医療を見せてくれる病院や診療所に実習に行ったり,在宅のお年寄りのお話を聴くというサークル活動をずっとしてきています。
 地域医療の対象は高齢者がほとんどです。病院ではなく,日常生活に近いところで病気や障害を抱えているお年寄りを数多く見てきて,思ったことは,高齢者の健康問題というのは,その病気を治療したらそれで終わりということではなくて,実際に病気や障害を抱えて退院した後,つまり治療が終わった後,どうやって日常生活をしていくかというところを見ていかないと,解決にはならないということです。実際に疾患だけを治療しても,お年寄りが帰った日常の中でどう生活するのかというところが,本当に大事なのだということを,いままでの実習を通じて強く感じています。
 去年,ポリクリをしたのですが,大学病院は急性期の疾患を診るところなので,そこで実習をしても退院した後どうなっているのかということを,ほとんどイメージできないと思います。僕自身は,診療所での実習を通じて,退院した後の生活をある程度イメージできるようになってきていますが,大学病院の中で入院患者さんだけを診ていると,退院した後の生活がイメージできませんから,退院後の生活のためにどういったメニューを入院中からやっておかなければいけないのかというような視点が学べないのです。そこに医学教育の1つの問題があるという気がしました。

【ポイント3】複数の疾患を
併せ持っていることに注意

桑島 私自身は,高齢者医療に携わって25年になりますが,私の経験なりに老年医学,老年者の医療の特徴をまとめますと,まず,老人は持っている病気が1つだけということはなくて,いくつかの病気を併せ持っているということがあります。たまたま「胸が痛い」と訴えて来られて,狭心症なり心筋梗塞の診断や治療の経過の中で,悪性腫瘍が発見されることがしばしばあります。数日前にあった症例では,心筋梗塞で入ってこられて,すぐに冠動脈造影を行なおうとしたのですが,実は腎機能が非常に悪く,心臓カテーテルすらできないという状況でした。ですから,1つの病気だけを診るのではなくて,他の病気を診るということも大事です。

【ポイント4】
複雑な社会的背景を的確に捉える

桑島 それからもう1つ,社会的な背景が複雑だということがあります。独り暮らしで,病気を治して帰ってもケアする人がいないというようなことがある。ですから,患者さんの持っている他の疾患やバックグラウンドなど,すべてを見ながら治療していかなければならないのが,高齢者医療の大きな特徴です。

【ポイント5】
大きな個人差,複雑な病態に注意

桑島 さらに,個人差が非常に大きいということがあります。例えば,痛みの激しさでも,個人差がかなりあります。同じ程度の心臓疾患で,胸痛のある人もない人もいますし,薬剤の反応性についても個人差があって,副作用の出やすい人,出にくい人がいます。また,腎機能や肝機能が障害されている患者さんでは,薬物に対する感受性が非常に高いことがあって,薬物管理のうえでも常に考慮しなければいけません。
 また,症状は非典型的です。教科書に載っているような症状はむしろ少ないように思います。例えば,心筋梗塞で「胸が痛い」という方は半分ぐらいで,他の人は,お腹が痛かったり,食欲がないと訴えたりするわけです。このような複雑な病態の患者さんを診た後で若い人の病態を診ると,非常にシンプルに感じます(笑)。つまり,老人の病態は単純ではなく,また単純な見方をしてはいけないという特徴があります。これは高齢者医療の奥の深さであり,学問的興味をかき立てるところでもあります。

【ポイント6】
入院時からソフトランディングに向けて退院後のプランを立てる

吉満 私も同感です。診療にあたり患者の社会的背景を含め治療しなければ意味がありません。成人の場合,その病気を治せば,あとは自力で社会復帰していくわけです。また自分ですべてのことができてしまう。しかし,高齢者ではそうはいきません。老人医療センターでは,退院前の状態と現在の疾患を踏まえ,退院後の家族のサポート体制を含めた介護のキーパーソン探しなど,退院後の生活,つまり,着地点を入院時に意識して治療方針を決めます。入院した時にどこにどのように「ランディング」するか,ソフトランディングするにはどうしたらよいか,家族に対してお話するわけです。
 普通の病院では,患者さんは早く退院したいものですよね。入院の時に退院の話をされるのは嬉しいはずです。しかし,高齢者の入院の時にはそうではない場合があります。こうなると家族も一緒に治療をするわけです。ソーシャルワーカーを含め家族の負担を軽減できる介護サービスの紹介なども行ないます。そのうえでこの病院の地域における位置づけ,役割を説明します。センターの医療は高齢者急性期医療を中心とするものであり,慢性期への橋渡しまでで,その後は地域にその役割を持った病院があり,綿密に連携があるということなどです。このことを入院時に説明しておかないと不必要な入院期間延長につながるわけです。
 また,桑島先生のお話にもあったように,高齢者は複数の疾患を合併しています。高血圧,糖尿病,高脂血症はみなさんがお持ちじゃないかと錯覚するくらいです。検査をして偶然,癌が見つかることもざらにあります。ですから,治療にあたっては患者さんのADLを一番落としているもの,落としそうなものにフォーカスをあて,治療目標を設定していきます。ここで気をつけなければならないのは,病気と加齢性の変化を勘違いし,目標を高く設定しすぎることです。高齢者については十分なガイドラインや研究成果が揃っていないため,EBMの実践が難しいのです。ここが高齢者医療について,医師が「もっと勉強しなさい」と言われている理由の1つだと考えます。
 また,個人差が非常に大きい高齢者の疾患を診療するにあたり,研修医として勉強になる事項として,薬剤の使い方があげられます。成人に投与すれば確かに薬ですが,高齢者に投与する際は毒となることが多いからです。薬剤の使い方に精通していない研修医にとって副作用との戦いは貴重な経験となります。

【ポイント7】
忘れてはならないメンタルな要因

桑島 高齢者医療ではメンタルな面のフォローも大切です。特に最近は,家族が少なくなって,老人2人の世帯,あるいは1人きりということで,孤独感から,実際に老年性のうつ病がかなり増えています。門松さんは,学生時代からいろいろな患者さんに接しておられるようですが,印象はいかがですか。
門松 サークルで在宅患者さんの訪問を始めた時には,見ず知らずの学生がいきなり訪れて,在宅のお年よりはお話をしてくれるのか,僕らの訪問を快く受け入れてくれるのかという不安がありました。ところが,お年よりたちはすごく僕らの訪問を歓迎してくれて,よろこんでお話してくださるんです。初めのうちは,僕らの訪問をよろこんでくれる理由がよくわからなかったのですが,訪問を続けていくうちに多くのお年よりから「孤独はしんどい」,「人と話す機会がほしい」という声を聞き,お年よりがよろこんでくれる意味がわかってきました。
 実際,ほとんど寝たきりの状態だったり,重い疾患を抱えておられるとなかなか外に出れなかったりしますし,独居の方だと普段,家の中で人とお話しをする機会がないわけです。ですから,僕らと話すのを心待ちにしてくださって,「楽しい。また来てね」という感じでした。
 独りで暮らしていて非常にしっかりしたお年よりももちろんいらっしゃいますが,やはり精神的なうつを抱えたお年よりも増えているのではないか,という印象も持ちました。
桑島 痴呆ではないかと思った患者さんが,実はうつ病だったということがあります。それで,家庭環境などが変わってすっかりよくなるということもります。また,メンタルな要因が身体的な疾患に悪影響を及ぼしている場合も少なくないのです。
秋元 私も今のお話と通ずるような経験をしたことがあります。今年の夏に岐阜県の久瀬村というところで,在宅訪問診療に同行させていただいた時のことですが,独り暮らしのおばあさまがとてもよく喋ってくださったのです。一緒に行った先生が,「僕らがいつも来るときよりもずっとよく喋るね」とおっしゃるぐらいで,かえってこちらが元気をいただくような感じでした。学生が来ることも歓迎してくださっているようでした。
 学生が行くと,お年よりはかえってしゃきっとなさる。学生が相手だということで,「なんでも教えてあげるよ」という感じになるようです。これは一石二鳥と言いますか,学生の側はお年よりのことや地域医療のことが直接わかるし,お年よりのほうも,ご自分が何かの役に立っているということで,とても元気になられる。ですから,地域というか,在宅の現場に学生がどんどん入っていくのは大変よいことなのではないかと思いました。

■高齢者医療をいかに学ぶか?

【ポイント1】
チーム医療を学べ

桑島 では,高齢者医療の教育の問題に話を移したいと思います。平成16年から臨床研修が必修化され,義務づけられることが決まりました。今後は,老年者医療についても,全体を診ることのできるジェネラリスト(総合診療医)の育成,各臓器別の専門家の育成という2つが協力関係を持ちつつ行なわれるべきだと考えています。
 現在の大学病院での問題は,他の科の先生になかなかコンサルトしにくい雰囲気があります。しかし,一般病院にもスペシャリストはいますが,比較的,簡単に他の専門医にコンサルトできるのが利点です。また,縦割りの医局制度もないため,いろいろな科を見ることができるわけです。
吉満 大学病院では他科コンサルトに時間がかかることがあります。老人医療センターでは各科ありますが,すべての科で1つの医局というコンセプトになっています。医局会と言うと,すべての科の医師が集まるわけです。ケースカンファレンスと言えば,司会が循環器科,発表は神経内科,質問は血液内科という具合に1つのケースに対し,すべての科で話し合います。垣根なく1人の患者さんについて話し合い,治療方針を決めていく作業は研修医にとって大変参考になります。もちろん,一番得をするのは患者さんです。多臓器にわたって複数の疾患を持ち,重症度の高い高齢者医療では各科の垣根を越えた迅速なチーム医療が非常に大切になると感じる場面にしばしば遭遇しました。

【ポイント2】
全体的にしかも高いレベルで学べ

桑島 学生のみなさんは今後どのような研修をお考えになられていますか?
秋元 私は,ジェネラルに始まり,ジェネラルで終わろうと思っています。ただ,まだ私自身の中でわからないのは,老人医療をめざす場合にも,先に何か専門をめざしたほうがよいかということです。特に自分の専門を持たずに,「患者さんを360度診たい」という思いだけでずっとやっていけるものなのでしょうか。
桑島 それは十分可能です。それこそ高齢者医療に求められていることですね。自分の回りたい科を均等に回ることで,特別な専門科に偏らないで,全科を得意になることです。大事なことは,全科についてまんべんなく高いレベルでということです。全体的にやると得てして1つひとつのレベルが下がってしまうことがありますから。楽な道ではありませんが,全人的医療をやりたいのだという強い気持ちがあれば,できると思います。
門松 僕は,「家庭医」をめざしていますので,ジェネラルな研修をしたいと思っています。

【ポイント3】
急性期・慢性期医療は車の両輪
しっかり学び,しっかり繋げ

桑島 お2人ともジェネラリストをめざしておられますが,高齢者医療には急性期医療と慢性期医療との2つがあり,急性期医療では若い人と同じような高度な医療レベルが必要とされます。つまり,「高齢者だからこれぐらいでいいだろう」ということは絶対にないわけです。一方,慢性期医療になりますと,ここにはケアの問題が出てきます。ケアになりますと,コメディカルとの協力体制が不可欠です。
 ですから,お2人が大学を卒業されて高齢者医療をめざすにしても,急性期医療を学んでおくことは非常に大事です。急性期の高度な医療を学んでおくからこそ,慢性期医療というものが生きてくるわけです。
吉満 慢性期の患者さんを診ていると,それぞれがさまざまなことに悩み,我慢をしていることに気づきます。「歳だから,昔からだから,体質だから」と言ってあきらめているわけです。確かに加齢性の変化に伴う不可逆的な疾患では,そのように解釈して十分に評価していないこともあります。本当に保存的に診ていかなければならないのか,それとも少しラディカルな治療を行なうことによってかなりよくなるのか,その判断力をつけるためにも,急性期医療の研修を行なうのは大切です。
門松 急性期医療の勉強や研修が大切だということは僕も感じています。そして,実際の高齢者医療では継続性が大事で,急性期の治療が終わると慢性期に移るわけで,その橋渡しが重要だと考えています。例えば,老人医療センターでは,どのように,急性期から慢性期に移行した後のケアについて考え,継続した治療を行なっているのでしょうか。
桑島 その1つはCGA(高齢者総合評価;Comprehensive Geriatric Assessment)の活用です。CGAとは,入院中に高齢者を,体の状態だけでなく,家族,社会的背景なども含めて行なう総合的な評価です。これは医師だけではなくて,薬剤師,看護婦,PT・OT,介護福祉士,ヘルパーさんといったコメディカルや福祉の専門職が一緒になって行ないます。退院に向けて,退院後をどのようにフォローしていくかという会議を持って,家庭に戻った後に医療の介入をどうやっていくのか,薬がちゃんと飲めない人には地域の看護婦さんに週に何回ぐらい訪問してもらうのか,住宅の改造などは必要か,などということを総合的にみていきます。
 私たちはこれを7年前から活用していますが,CGAを介した場合には,再入院までの時間が非常に伸びるという結果が出ています。例えば,心不全の患者さんというのは,頻回に入院を繰り返すのが特徴ですが,再入院までの期間をいかに延ばしていくかということは,医療費の問題でも大きな課題ですし,患者さんの家族にとっても大きな問題です。これにCGAが非常に有効だということがわかってきたのです。
 もう1つは,病診連携です。これには近隣の開業医との積極的な交流が不可欠です。効果的に病診連携が機能するためには,開業医の医療レベルも病院と同様に高める必要があります。私たちの病院では,公開CPC(臨床病理検討会;Clinical Pathological Conference)やOCC(手術症例検討会;Operation Case Conference)もやっています。開業医のみなさんをお呼びして,特に私どもの病院から退院された患者さんを中心に,入院中の経過がどうだったかということを検討しています。また,地域の医師会などと協力をしつつ,地域での勉強会を行なっています。お互いにレベルアップすることが必要です。
 いま,日本の医療の方向としては,プライマリケアは開業医の先生たちに診てもらって,急性期には大きな病院に返すという方式が定着しつつありますので,連携は不可欠です。
吉満 老人医療センターでは,地域のかかりつけ医の顔が見えるんですね。「慢性期は誰々先生に診ていただきましょう」という言い方をします。CPCやOCC,ケースカンファレンスで年間を通じて接しているうちにお互いが顔見知りになるわけです。ともにディスカッションし,共通の方針で医療を行なうわけです。
秋元・門松 いいですね。
吉満 そうやって,本当の意味での病診連携を学べます。

【ポイント4】
フィジカルは基本中の基本,しっかり学べ

門松 高齢者医療を学ぶうえでは――これは僕自身の経験ですが――大学病院というのはまさに急性期中心で,退院した後の患者さんがどうなっているのかというのを実習で学ぶ機会というのはないので,やはり一般病院,さらに診療所での実習が大切だと思っています。
桑島 私はいろいろな大学からの研修医の先生を見ていますが,やはり技術的なことや臨床データに縛られすぎているような印象があります。例えば聴診器を当てない研修医が増えています。回診のときに「この心不全患者さんの基礎疾患は何か」というと,「まだ超音波はやっていません」と言ったりするわけです(笑)。聴診器を当てて,雑音があるかないかを聴くというようなトレーニングは,最近の大学ではなされていないのでしょうか? それから,これはスペシャリストの悪い傾向だと思うのですが,心臓の血管造影などやると,血管の形態はわかっても患者さんの顔は思い出せないという人がいたりする(笑)。臓器は診ても,人は診ていないということですね。
門松 身体診察の仕方をしっかりと習得させるような卒前教育は,まだ不十分だと思います。臨床実習では,やはり自分の受け持った患者さんの疾患について勉強し,レポートにまとめるというようなことが中心になりますし,難しい検査を見学する機会はあっても,実際に患者さんの診察をきちんとするというような機会は乏しいのが現実です。
桑島 しかし,実際のプライマリケアではそれこそ基本です。超音波を持って往診には行けませんからね(笑)。
秋元 学生側に,フィジカルをしっかり学びたいという気持ちがあっても,それを提供してもらえず,「自分たちは,いつまで経っても何もできない」という焦りもあります。
桑島 教える側が,テクノロジーに頼っているところがありますからね。しかし,これからはプライマリケアを重視しなければならない時代です。再び原点に立ち返ることになると思います。

【ポイント5】
患者の日常生活に近いところで学べ

桑島 ところで,学生さんの側から,これからの医学教育のカリキュラムの中にこういうことを組み込んでほしいというような希望はありますか。
秋元 例えば名古屋大学などで実施されているように,地域の診療所で,一定期間,実習し,在宅や老健施設,一般病院,地域などのかかわりをトータルにみせていただける実習があるとよいと思います。
門松 同感です。やはり日常生活に近いところで,退院した後のお年よりがどういう生活をしているかということを見せてくれるような実習を希望します。
桑島 残念ながら,現時点ではそのような教育は十分でないようです。しかし,学生さんには夏休みなどを利用して,積極的に学外の一般病院や診療所などへ見学に行くことを進めます。私たちの病院を含め,受け入れているところはありますから。

こんな高齢者医療をやりたい

人生の最後が幸せに過ごせる世の中に

桑島 では,最後にみなさんが,高齢者医療へどう取り組んでいきたいか,抱負をお聞かせください。
門松 お話にも出ましたように,高齢者医療はもちろん,僕がめざしている家庭医療とは,患者さんの疾患の面だけではなくて,人柄や人生,家族,生活,地域との関わりがどのように健康に影響を与えるのかを理解した上で,トータルに診ていくことなのだと考えています。そのために必要なトレーニングを今後積んでいきたいと思います。
秋元 年をとって,病気をいくつも抱えて,そして最終的に亡くなっていくという,その道はどなたも通る道です。私としては,その道をできるだけ明るいものにしたいと思っています。ご老人が,いまの高齢者医療の中で惨めな老後を送っていらっしゃるとすれば,たぶんそれを介護している人も暗い気持ちでしょうし,それを見ている若い世代の人たちも将来に不安を感じて,結局,全体が暗くなってしまうような気がします。人生の最終ステージがもっと明るいものであれば,みな幸せな気持ちになれるのではないでしょうか。ぜひそういうことに少しでも役立ちたいと思っています。

高齢者医療におけるEBM

吉満 高齢者医療には2つの流れがあります。
 1つはこれまでのように,医学の進歩による治療の若年者から高齢者への適応の拡大などの「拡大」の流れ。もう1つは社会の医療制度の維持のため,医療と介護を切り離し,コスト削減を進める「縮小」の流れです。医療の中での資源の再配分が今後はますます加速し,重要になっていくものと考えられます。何を「拡大」し,何を「縮小」すべきか,現場では判断に迷うことが多くあります。しかし,その時に判断の拠りどころとなる,エビデンスが十分にないのです。主治医は困ってしまいます。
桑島 確かに,高齢者医療の場合,エビデンスが非常に少ないです。というのは,患者さん1人ひとりの個人差が大きすぎて,なかなかエビデンスが集まらないのです。エビデンスというのは,ランダマイズ・コントロール・スタディで,患者さんを無作為に2つの群に分けて,長期的に追跡してどうなったかを見るというものが多いのですが,これはどちらかというとマスとしての平均的な症例にすぎないわけです。ところが,高齢者というのはバラエティに富んでいるというか,エビデンスに乗りにくいことが特徴です。そういうことを踏まえてEBMを実行していかなければならないわけです。

重要になる予防医学の視点

門松 お年よりは明確な疾患とか,明確な治療対象をもっていない人でも,何か健康問題を抱えていたりしますね。実際に,「虚弱老人」と言われるような方の中には,そのまま放っておけば,寝たきりになったり,何らかの入院治療が必要になりかねない場合もあります。その前に予防医学として生活指導をしなければいけないわけで,そのような面は非常に重要だと思います。実際に転倒し,骨折して手術したり,カゼをこじらせて肺炎を起こして入院したりということでかかる医療費よりも,疾患の予防のための定期的な健康管理にかかる費用のほうが少ないですから,現在,急速に増えて問題となっている老人医療費も抑えられるという効果もあると思います。老年医療では,その視点も大事だと思います。
桑島 予防医学ですね。これも非常に大事です。私自身の経験から注意すべき点を1つ申し上げれば,老人に対する先入観です。例えば,私は高血圧が専門ですが,高齢者は自分の嗜好ができあがってしまっているので,なかなか食塩制限の指導はしにくいだろうと思い,どちらかというと軽視していたんです。あまり無理せずに,好きなものなら仕方がないと思っていたのですが,これが意外と逆なのです。高齢になるほど自分の管理に注意するようになる人が多くて,食塩制限をものすごくきっちり守る方がおられます。先入観はよくないなと思いましたね。

日常生活の中の健康管理

秋元 先日,テレビで「転倒を防ぐには大腰筋を鍛えましょう」,という番組をやっていて,それを観ているご老人が私の周りにも結構いらして,自分たちのできる範囲で運動を工夫して,がんばっていらっしゃるんですね。高齢者自身,自分の健康にかなり気を使って,前向きに改善できるものは改善しようと努力されているのだと思いました。
門松 診療所に来る外来の患者さんにも,「みのもんたの番組を見ている」と言う方が多かったです。普段から健康に気をつけようという意識の表れだろうと思います。日常の生活の中で健康管理を行なうのも,高齢者医療ですし,家庭医の役割だと思います。
桑島 あっちのテレビでこう言った,こっちではこうだ,とやっていると情報過多になりますから,プライマリケア医はそれを統合するきちんとした知識を持っていることが大事ですね。いろいろな先生がいろいろなことを言うだろうけれども,「あなたにはこれがいいんですよ」と相談相手になることも大切ですね。
 本日は,これからの高齢者医療のあり方,その教育・研修のあり方について非常に有意義なディスカッションをしていただき,ありがとうございました。


桑島 巌氏
1971年岩手医科大学医学部卒。1973年東京都養育院付属病院に勤務。1980年より2年間米国Ochner研究所留学。82年東京都老人医療センター循環器科医長。97年同部長。高齢者の高血圧,特に血圧日内変動についての臨床研究をすすめてきた。最近ではわが国におけるEBMの普及と実践に取り組んでいる。日本老年医学会,日本循環器学会などの評議員


吉満 誠氏
1999年鹿児島大学医学部卒。在学中1年間マイアミ大学医学部へ交換留学。1999年鹿児島大第1内科入局。2000年東京都老人医療センター内科研修医。2001年九州循環器病センター循環器レジデント


秋元和美氏
宮崎医大5年生。富山医薬大薬学部を卒業後,製薬会社勤務中に北京大学に2年間留学。北京では,夜明けとともに気功,太極拳に取り組んでいらっしゃるお年よりの凛とした姿に感銘を受けた。幸福感のある高齢者医療をめざしたい


門松拓哉氏
東邦大学医学部6年生。祖母の社会的入院がきっかけで,医学部入学前より地域医療に関心を持つ。入学後,在宅患者訪問インタビューをするサークル(あむさ)での活動や地域医療の現場での実習を通じて,家庭医療に出会う。現在,家庭医療学研究会学生研修医部会に所属し,将来,家庭医をめざしている