医学界新聞

 

〔レポート〕作手村診療所実習

地域医療の生の姿に触れる


 作手村は愛知県南設楽郡の標高550mの位置にある村。人口約3400人(老齢化人口約30%)に対して作手村国民健康保険診療所の医師2名がいる。
 そのうちの1人で,診療所長を務める名郷直樹氏は,「大学病院で行なわれる医療は,専門性が高く,実は特殊なもの。一方で,市民が抱える健康問題は多様であり,そこにいかに対応していくのか,実際に地域の診療所などで学ぶ必要がある」と考える。
 現在,作手村にはカリキュラムの一環として自治医大の実習生がやってくる他,地域医療の生の姿を求めて,個人的に訪ねる学生もいる。本号では,作手村での実習の様子を写真と舛方葉子さんによる報告記で紹介する。



診療の合間に行なわれる論文の抄読会

外来見学-学生は患者の後ろで見学し患者さんの立場でものを考える
 

診療所には子どもももちろんやってくる

腹部エコーの検査-検査中も患者への丁寧な説明と問診が続く
 
名郷氏による患者へのインタビュー-初期診療の場では患者の抱える問題を的確に捉える必要がある。その「技」に学生たちは感銘を受けた様子だった


医療で最も大切なものを学ぶ

舛方葉子(浜松医科大学・5年)

 「どこで見学しますか?」
 外来見学をする直前に名郷先生がおっしゃった言葉だった。外来を見学する時,学生たちはどこに立っているだろうか。おそらくほとんどの学生が医師の後ろに立っているだろう。そして診察室に入ってくる患者を見て,注意深く話を聞き,一所懸命診断や治療を考える――少なくとも大学での実習で,私は疑問を持つことなくそうしていた。外来では,患者に対してどのように疾患を鑑別していくかというプロセスやアプローチを学ぶことができる。しかし,それよりももっと大切なことがあった。私たちはそこで基本的な「医療面接」について学ぶことができるのである。そしてそのためには,学生は患者側に位置し「医師」を見る必要があったのだ。私は作手村診療所での3日間の実習中,ずっと患者側に立ってみることにした。
 患者は医師に自分の問題について相談する一方で,医師の細かい動きからさまざまなことを感じ取っている。その患者と同じ視線で医師を見ていると,不思議といろいろなことが見えてきた。表情,まなざし,手の動き,体の向き,言葉のかけ方,診察を始めるタイミングなど一見何気ないことのようだが,そこには医師としての「技術」があったように思う。
 診察の流れは非常にスムーズで,無駄がなかった。患者は誘導されているのに気づかぬ様子で,限られた時間の中で自分の不安や問題を自由に話していた。そしてまるで,その対話を両者が楽しんでいるかのようであった。
 なぜこのような場が作り出されるのだろうか。どのようにしてそのような医師-患者関係が生まれるのだろうか。そんな疑問を抱えながら,私は先生の診療にますます見入ったのだった。
 先生は待合室にいる患者を呼ぶのにマイクを使わなかった。患者と医師との対話は,先生が患者を待合室から呼ぶことから始まっていたのだ。そして,診察室に入ってまず目に飛び込んでくるのは「何でも遠慮なくお聞きください」「何か聞き忘れたことはないですか?」という張り紙とスクリーンセーバーである。目につきやすい位置のこれらの言葉は,十分に患者の視覚に訴えている。患者の座る椅子は背もたれも肘掛もついており,医師の座る椅子よりも上等なものであった。始めはいささか奇妙に感じたが,患者として座ってみると,なるほど丸椅子よりも座り心地がよく,リラックスできる気がした。このように,診察室にはその患者との対話をサポートするかのようにさまざまな工夫がなされていた。

医師-患者関係を確立していく
その過程に医療が存在する

 診察を終え,背筋をぴんと伸ばして笑顔で部屋を後にする患者たちを見ていると,「その病気の患者がどんな種類の人間かを知ることのほうがその患者がどんな病気にかかっているかを知ることよりも大切である」というヒポクラテスの言葉を思い出す。言うまでもなく患者に診断はついている。しかし先生は,病気の部分だけでないその患者全体を把握しているようだった。私はここには,古代ギリシア時代にみなが大切にしていた“医の愛(メディカル・フィリア)”が存在しているのだということを強く感じた。どんなに技術が進歩しようとも,医師と患者の直接的関係が何も役割を果たさない医療は存在し得ない。患者との出会いの中から生まれるもの,それがまさに“医の愛”であり,その手法として医療面接があり,そして医師-患者関係を確立していくその過程に医療が存在するのではないだろうか。医の技術化や専門化の中で幾分希薄になりかけている医師-患者関係の確立が,医療において最も大切なものであり,そして疾患の病態生理や基礎的医学知識に先だって学ぶべきものであった,ということを改めて認識して,私は実習を終えた。
 大学病院ではできない貴重な実習をさせていただき,作手村診療所名郷先生,吉田力先生,スタッフの皆様に心から感謝いたします。また作手村で出会ったすべての方と,そして一緒に実習をした自治医大の榛葉誠さん,菊山友さんにもこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。