医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


2455号よりつづく

〔第16回〕喫煙は肺がんの原因か?(3)

追加研究

 3年後,ドール卿とヒル卿は症例数を増やして喫煙と肺がんに関する追加研究を施行し報告しています。
 通常ケース・コントロール・スタディでは,参加者は疾患の有無で選ばれているので,合計に対する喫煙者の率を用いるのではなく,非禁煙者に対する喫煙者の割合で肺がんとコントロールを比較します(オッズ比)。Odds Ratio(OR)=(1350/7)/(1296/61)=(1350×61)/(7×1296)=9.08となります。
 例えばコントロールを増やしても,喫煙者と非喫煙者の人数は同じオッズで増えるだけなので,オッズ比は変わりません。ケース・コントロール・スタディでは肺がんの患者さんとコントロールを選定するので,表を横から眺めているようにいつも書くとわかりやすいでしょう()。逆に喫煙の有無でみるコホート・スタディでは列と行の関係を逆転すると理解しやすいかもしれません。
 ドールとヒルは,結局,前回と同様の結果を得,実験的証明はできなかったものの,強い相関,再現性,時間的整合性,用量依存性をクリニカル・エビデンスとして示し,「喫煙は肺がんの原因である」と結論したのでした。しかし,これだけでタバコ会社を敗訴に持ち込めるでしょうか? その後,各国で追加ケース・コントロール・スタディが施行され,類似の結果が相次いで報告されました。

表 肺がん・コントロールにみる喫煙,非喫煙者の人数
  喫煙非喫煙
肺がん
コントロール
1350
1296
7
61
表を見る時は,何を軸にしているかを念頭に置いて眺めます。この場合,横から眺める形,すなわち,肺がんの患者群とコントロール群の対照を軸に見ることになります

喫煙コホート研究

 以上の結果を受けて,1951年よりイギリス医学会は3万4440人の男性医師を対象に,喫煙の肺がんへの寄与について20年間追跡調査し,1976年に報告しています。この間死亡したのは1万72人で,そのうち肺がんは431人でした。年間10万人あたり喫煙者は140人が肺がんで死亡,一方,非喫煙者は10人しか死亡していません。相対危険率は140≒10=14,つまり喫煙者は非喫煙者より肺がんで死亡する可能性が14倍高いことになります。寄与危険度は140-10=130で喫煙により肺がんになる人数は人口10万人あたり130人です。寄与危険率は〔140-10〕≒140=93%であり,肺がん死亡例の93%は喫煙によると言えます。
 すなわち,もし誰も喫煙していなければ肺がんで死亡する人は結果のわずか7%であったはずなのです。人口などを掛け合せると喫煙により毎年何人の患者が肺がんで死亡するかを概算することもできます。もしも喫煙率が10%まで減少したとすると,全人口の肺がんで死亡する患者のうち喫煙によるものは{0.1×(14-1)}/{0.1×(14-1)+1}=11.5%にまで減少します。喫煙者の肺がんリスクは140/10万=0.0014,非喫煙者のそれは同様に0.0001です。その差は0.0013であり,その逆数である770は,「喫煙者770人のうち1人が喫煙により肺がんになる」ことを意味しています。これは,最初の熊さん,八つぁんの理屈に他なりません(2453号)。すなわち,77人の喫煙者のうち76人は肺がんにならずに生涯を終わることができるのです。医師が喫煙者を禁煙させようと説得する時は前者の比率を用い,喫煙者は後者の絶対数を用いて対抗します。同じ結果でも解釈は違ってきます。だから,話がかみ合わないのです。

異なった側面からの因果関係評価

 喫煙以外にアスベスト,クロミウム,マスタードガス,ニッケル,ビニルクロライド,ラドン,ベリリウム,カドミウム,シリコン,フォルマリン,ディーゼル排気ガスなどが肺がんリスクを上げるとして報告されています。しかしその程度は喫煙と比べると微々たるものです。
 肺がんと環境の関連は広く知られたところですが,遺伝的素因はどうでしょうか?家族歴で肺がんがあると,その人の肺がんリスクは約2.5倍に上昇します。この人がさらに喫煙するとリスクは30-47倍にまで跳ね上がります。ですから両親,兄弟が肺がんで死亡している場合には禁煙を強く奨めるべきなのです。特に55歳以前の早期肺がんは要注意です。しかし肺がん遺伝子といったものは未だ見つかってはいません。少なくとも多遺伝子の関与があると考えられています。タバコに含まれる化学物質の解毒に関与している酵素の遺伝子多型の組み合わせで喫煙の影響をより受けやすいという報告もあります。また,ニコチンやポリサイクリック・ハイドロカーボンなど200以上の発癌物質あるいは癌促進物質がタバコの中に見つかっています。

喫煙率低下が肺がん死亡率を低下させた

 1960年代,男性のデータより喫煙率上昇を受けて,20年後の肺がん発生率も上昇しました。女性においても同様の現象が確認され,1964年,アメリカ公衆衛生局は「男性において喫煙は肺がんの原因である。その理由として他の因子より関連が最も強いからである。女性に関しても,程度は弱いながら同様に考えられる。喫煙の健康に与える影響の程度はアメリカが適当な政策を打出すに値する」と発表するに至りました。実際,1980年代後半よりアメリカでは喫煙率低下により男性において肺がんによる死亡率の減少をみています。そして1990年代,タバコ会社もついに白旗を揚げたのでした。兼寛の脚気予防に加え,ここにもう1つ,疫学の勝利がありました。