医学界新聞

 

〔座談会〕

卒後臨床研修の質を確保する


松枝 啓氏(司会)
前国立国際医療センター教育部長
国立精神・神経センター国府台病院
外来部長

福井次矢氏
京都大学大学院教授・臨床疫学

トーマス・J・ナスカ氏
トーマス・ジェファーソン大学医学部長


 2004年に必修化される卒後臨床研修(以降,臨床研修)についての議論が進む中,さる4月21日に開催された「第19回臨床研修研究会」(弊紙2438号既報)でも,そのあり方が熱心に討議された。同研究会で,米国における卒後臨床研修における質保証のための独立した認定機関ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education;全米卒後医学教育認定評議会)に関して講演を行なったトーマス・J・ナスカ氏(トーマス・ジェファーソン大)は,米国の成熟した研修制度を紹介し,注目を集めた。
 本紙では,ナスカ氏と,日本の卒後臨床研修システム確立に向けて中心的役割を果たしている福井次矢氏と松枝啓氏を迎え,今後の臨床研修について語っていただいた。


■臨床研修の課題-必修化の議論から

統一プログラムは必要か

松枝〈司会〉 本日は,全米の卒後医学教育の質を評価・認定する独立機関,ACGME(全米卒後医学教育認定評議会)の次期議長を務められるトーマス・ナスカ先生をお招きして,平成16年(2004年)から必修化される卒後臨床研修(以下,臨床研修)について,よい研修システムを作るためには何が必要かをお話いただきたいと思います。先生は日本の医学教育システムに精通されており,その欠点もよくご存知です。
 また福井先生は,現在,新しい臨床研修プログラム作成のリーダー的役割を果たしていらっしゃいます。
 福井先生,最初に日本の臨床研修プログラム構想をご説明ください。
福井 個人的には,すべての研修医が内科,外科,救急医療,小児科,産婦人科の各科を最低3か月程度ローテートする方がよいのではないかと考えています。現在の日本の6年間の卒前医学教育では病院実習が不十分で,すべての研修医が基本診療科をローテーションすることは必要だと思います。最初の2年間はこのために使うべきだと考えています。
 一方,米国ではすでにローテーションプログラムは廃止されましたね。
ナスカ 両国の比較は困難です。米国ではすべての研修医に臨床経験と臨床能力を保証する経験が与えられます。大切なのは,その研修後に,独力で医療を提供するのに十分な内容を経験できたかどうかです。
松枝 私たちは現在,外科医志望の人も内科医志望の人にも統一したプログラムを適用すべきか,それとも志望する専門にそったプログラムを適用すべきかを検討しています。先生のお考えをお聞かせください。
ナスカ すべての研修医に内科,産科,一般外科,小児科の研修を保証したいということですね。研修は1科につき3か月で,全部で12か月間行ない,次の2年目以降は研修医の興味にしたがってプログラムを設計する選択肢を与える,とお考えのようですが,個人的にはそれがよいと思います。

外来診療を学ぶこと

福井 臨床研修で外来診療を組み入れることも考えています。現在,わが国のほとんどの研修プログラムでは外来を場とした質の高い研修の機会がないため,新カリキュラムに組込むとよいと思います。米国で行なわれる外来診療研修の状況を教えてください。最近では,研修のウエイトが病棟から外来へますます移行しているそうですね。
ナスカ 米国では1990年代にプライマリ・ケア研修だけでなく,あらゆる専門医研修の教育プログラムに外来診療の機会が拡大しています。その理由は,ヘルスケア環境の変化があげられます。現在,大学病院の平均入院日数は5日間で,病院は重篤な疾患の治療に当たる施設となっています。ですから,研修医がまだ診断のついていない患者や,容態が安定していたり,診断上あまり重大な問題のない患者への対応を学ぶためには,外来の研修を行なう必要があります。例えば内科では,3年間の研修期間内に,毎週半日の外来の経験を積みます。
松枝 私の施設には外来診療だけを行なう総合診療部がありますが,ここは研修医の教育に最も適した場所です。外来診療は非常に重要ですが,日本の病院は1人の医師がみなければならない患者数が多いので,丁寧に教える時間がありません。
福井 米国では,研修医の外来診療研修には,「卒後臨床研修管理委員会」(RRC)の要件があり,例えば1年目の研修医4人に対し,指導医が1人つかなければなりません。2年目は6人に対して1人です。日本の現状では質の高い外来診療研修を行なうのは難しいですが,システムを変えていく必要がありますね。

だれが研修の費用を出すのか

ナスカ 私たちも,「サービス」対「教育」という問題で苦労しています。私が所属するACGMEでは「卒後臨床研修は教育プログラムである」ことを明確にしました。そのような規定を設ける理由は,研修医が医療サービスだけを行ない,十分な「教育」を受けることができない状況を防ぐためです。
 現在,認定機関が要件を決める場合,要件を満たすことができるように資金を提供すべきではないかという議論があります。研修期間の指導医の給料は,資金提供機関によって政府が支払うべきです。彼らが研修医を指導しなければ,効果的な臨床教育はできないからです。臨床研修カリキュラムに必要な質の確保が,費用算定にあたって不可欠になるでしょう。質の高い教育を行なうには費用がかかります。
 今されている議論は,究極的には患者に提供する医療の質を高める,つまりは公益につながります。そのためにはサポートが必要です。臨床医がよいトレーニングを受けた結果,提供する医療サービスが向上すれば,費用は決して高いものではありません。
松枝 新しい研修制度が実施された場合,資金の問題があります。実際に資金源を探しています。
ナスカ 日本の状況は,規則を交付する団体が政府だという点で米国とは異なっています。米国では,研修要件は政府ではなく,独立機関のACGMEが交付して,連邦政府が承認します。日本では,先生方の意見を聞いて政府が勧告し,研修の内容について決定しますね。
 教育にかかる費用や研修医の給料は,教育プログラムで埋め合わせできます。研修医の給料は熟練した看護婦の給料の約80%程度です。
松枝 看護職より安いのは,日本でも同じです。
ナスカ その給料は政府が支払います。ですから全米の研修医の平均給料は年収約3万6000ドル(約443万円)で,それに付加給付が加わり,健康保険に入れます。
福井 研修医の給料以外にも,教育研修資金が教育病院に投入されているのですか。
ナスカ そうです。額はさまざまですが,資金は「直接卒後研修払戻金」と,「間接卒後研修払戻金」と2つあり,複雑です。
 「直接卒後研修払戻金」は研修に直接かかった費用を病院に払い戻すものです。研修医の給料や付加給付,講師の給料,図書館の費用,その他の研修施設に配分される経費です。
 一方「間接卒後研修払戻金」は,非教育病院よりも教育病院のほうが治療するコストがかかるという事実を反映しています。米国では全国民をカバーする保険はありませんので,保険に入っていない貧しい患者が大勢います。その大半は,無償で治療してくれる教育病院に入ります。政府は「メディケア」を通して,そうした治療を行なうために教育病院に資金を提供します。それが卒後研修払戻金と一緒になるので,複雑な数字になります。けれども,その総額は,研修医1人あたりで約8万6000ドル(約1058万円)です。
福井 給料のほぼ2倍ですね。
ナスカ 現在,米国には研修医が10万人います。メディケアが研修に支払う総額は,昨年では約70億ドル(約8600億円)です。研修医の数は日本の約3倍です。

アルバイトは医療の質を下げる

松枝 日本の研修医は給与が非常に少なく,それだけでは生活できないため,夜間勤務やアルバイトをしています。しかしこれでは,研修医はよいトレーニングを受けることができません。3-5年の研修を受けても,法律で要求される研修内容を満たすことができない可能性もあります。
福井 悪循環ですね。不十分な投資,劣悪な研修,そして患者への質の低い医療。
ナスカ 結局,不利益をこうむるのは患者ということになってしまいます。
 米国では,研修医が夜勤をすると標準テストの成績が下がるという,経験で得られた証拠があります。米国では2年目以降の研修医は夜勤が許可されますが,外国人研修医の場合,夜勤は許可されません。そこで,内科の研修期間内の試験で,米国人学生は当初の成績はよくても,その後に落ちてしまい,一方,外国人の卒後研修医は成績がよくなっていきます。
 米国では,研修医の約70%が医学部入学時に平均10万ドル(1230万円)を超える借金をしています。月に1000ドル(12万3000円)以上を返済します。研修医は財政難を抱えていて,大半は夜勤をするようになります。これは明らかに有害です。
福井 少なくとも,政府や他の公的な財源が,最初の2年間の研修をきちんと保証すべきだと思います。
松枝 額は公表されませんでしたが,政府は「夜勤をしないように給料を支払う」と述べています。現在,研修医が得ている報酬は月額14万円程度で,時給はマクドナルドよりも安いそうです。本当に財政面での大きなトラブルに直面しているのです。

■臨床研修の質の確保について

ACGME

松枝 ナスカ先生が所属されるACGMEについてお話しください。
ナスカ ACGMEは,レジデントやフェローの研修プログラムおよび研修施設を認定を行なう機関です。現在,約7000のプログラムと約1200の施設を認定しています。 このような認定システムを作る場合,まずはこの機関を通じた臨床研修プログラムの管理を政府に同意させることが必要です。すなわち,各教育施設が承認され,個々のプログラムが認定基準を満たせば,その施設に資金が支払われます。そうすると,教育病院や大学に認定プロセスに参加する気を起こさせます。それが資金を受け取る唯一の方法だからです。
 さらに大切なのは,教育機関や国民に,この研修プログラムの認定は,政治的なものではなく,純粋に質の確保のためであるという信頼を得ることです。そのためには機関が独立しており,他の機関や医療組織の付属ではないと保証することです。それには,大手のヘルスケア機関(major health care institution)をスポンサーにする必要があります。日本に医学部による組織はありますか。
松枝 おそらくないと思います。
ナスカ 米国の医学部は卒前教育の充実のために「Accreditation of the medical schools」に参加しています。これは医学部を代表する大きな組織であり,日本でも医学部・医科大学の連盟を作る必要があるかもしれません。また,AMA(American Medical Association)のような組織はありますか。
松枝 同様の組織に日本医師会があります。
ナスカ その組織に加えて,学術団体や35の専門委員会の下部組織なども加え,日本医学教育学会にもサポートしてもらってはいかがですか。これらの組織が,日本の卒後医学教育認定委員会の後援となって進めていかれてはどうでしょう。
 当組織は政府からではなく,認定プロセスを通して資金を受け取ることになります。ですから,後援機関に研修の認可基準をみたす機関になるように要求します。もし政府から資金を受け取れば政府の付属組織と見なされ,それでは独立機関ではありません。
福井 問題はそこです。日本の80の医学部中43校が国立で,多くの教育病院も厚生労働省を通して政府が運営しています。
ナスカ そうですか。しかし,私立の機関と同じ方法でお金を払ってくれるのではないですか。
 経済や政治とは完全に切り離した問題として,国民にとって最もよいものを探すという視点で考えたほうがよいですね。
松枝 それは大事なことで,実際に日本の指導者に強く訴えなければなりません。現在私たちは,政府からの資金集めと政府主導の研修制度について検討しています。研修プログラムを管理でき,同時に十分に資金を提供できる独立した組織を設立すべきだということですね。
ナスカ たいてい,政府は教育の過程そのものを規制したいとは思わないものです。
福井 そこが大きな違いだと思います。政府の態度は非常に異なっています。
ナスカ ヨーロッパなどでは政府は教育プロセスを規制しません。各大学にゆだねており,政府自体は距離を置いています。そして,カリキュラムの決定については,政治的プロセスを踏むよりは,むしろ専門家に権限を委任することのほうが多いです。政治に決定を委ねると,専門家による教育に害を与える危険がありますから。
 ACGMEは教育プログラムの後援もしており,あらゆる専門家組織会議の教育的な活動を後援しています。プログラムディレクターによいプログラム運営法を学ばせるためです。そうしたことにより,全国の教育プログラムの質は改善されています。
福井 米国では20年以上前からこの制度は確立されていて,私がボストンでクリニカルフェローをした時も,その病院がACGMEのチェックを受ける機会がありました。
 査察官は病院訪問前にすでに書類を通して病院の情報を詳細に把握していました。一方,訪問時には病院スタッフや指導医から話を聞くのみでなく,多くの研修医から実際の研修の状況を聞くなど,徹底したチェック制度に強い印象を受けました。
ナスカ このシステムはとてもうまく機能しています。プログラムに大きな問題がある場合,私たちにもその情報が伝わり,解決の動機づけを与えることができます。しかし,どのように修正するかの経過報告を求め,回答を受け取った後,認定猶予期間にしたり,プログラムの認定を取り消したりすることができます。

研修の成果を評価する方法

福井 研修の評価についてですが,プロセスだけでなく,アウトカム(成果,効果)こそ最終的な指標と思われます。ACGMEではどのようにアウトカム評価を行おうとしているのでしょう。
ナスカ 私たちは現在,教育の効果を分析するために,プログラムによって得られた成果の評価をシステマティックに利用する方法を探っています。研修医の成果やプログラムの不備を見極めるための分析やプログラム修正,そして成果が改善されたことを示すための再評価など,継続的に改善しています。
 例えば,研修医が心臓病のテストに合格しなかった原因を分析します。その原因をローテーションや臨床実習,OSCE(客観的臨床能力試験),SP(模擬患者)に関する評価からつきとめるなど,多くの方法があります。またコンピュータでもシミュレートできます。
 次の段階では,プログラムのどの段階で教えているかを訊ね,うまくいっていない点を再び分析すると仮定してください。そして,研修医が現在トレーニング中であるとか,心臓疾患を見る適切な技術があるかということを判断します。
 これは教育の成果を利用することで,ただ講義するだけでなく,実際に研修医が学んだことを分析するのです。
 認定されたプログラムでは,少なくとも研修医の60%を試験に合格させなければならないという基準を設けています。それを下回ると,プログラムは実施猶予にされる可能性があり,最後には中止されます。
 日本の教育文化が挑戦すべきことは,研修医の教員へのフィードバックです。私が訪問したいくつかの機関では,教員が研修医から遠く離れており,教育改善のために研修医からのフィードバックを受け取ろうとする教員はいませんでした。
松枝 当センターでは,臨床能力の評価や研修成果をOSCEやSPで判定することはできないのではないか,と感じています。
ナスカ 3-4年目以上の医学部学生を評価する場合には,特にOSCEがよいと思いますが,確かに研修医の評価には効果的でないと思います。これは,測定しようとする臨床技術と知識が非常に複雑だからです。本当に知りたいことは,研修医が「何を聞いているか」であって,聴診器を正しい位置に置いているかどうかではないからです。SPは限定された事柄なら評価可能でしょう。

研修医の何を評価するのか

ナスカ 一方で,人体模型をベースにした,触覚学とホログラフィで作られた映像の相互作用を利用したコンピュータ・シミュレーションが検討されており,臨床に近い状態を客観的な環境でのテストが可能になると思います。
 現時点では,救急の場面を設定して,重病患者の治療シミュレーションシステムを利用して研修医の臨床能力を評価していますが,これはすばらしいですね。言葉や刺激に反応する人形と,人工呼吸器などの装置を備えた環境を設置して,研修医が生理学や薬理学の知識を臨床に応用するテストを行なうことができます。ACLS(2次救命処置)やBLS(1次救命処置)よりもうまくいき,非常に高度なことが可能です。加えて,患者さんが亡くなった場合の人間的な態度やコミュニケーション能力もテストできます。
 すべての疾患にあてはまるとは思いませんが,まれで重度の高い疾患への対応をシミュレーションで学べます。このようなシステムで,今までにできなかったことを可能にし,さまざまな設定で研修医が評価できるでしょう。
 しかし将来,先ほど述べたようなコンピュータ・システムが進化したとしても,それが病室や外来での指導に置き換わるとは決して思いません。熟練した指導医が継続して研修医を観察しながら批判的に評価をすることが,臨床能力を評価する最もよい方法なのです。
松枝 そうした評価がベストだと思いますが,問題はあまり客観的ではないことです。
ナスカ その通りです。しかし,もし担当医たちが何度も十分に評価すれば,実際に使えるような評価基準の作成は可能です。
 米国では,9ポイント制の評価基準を用いています。1-3は「不可」かぎりぎりで,4-6は「可」,7-9は「優」としています。問題なのは,「点数が高い」ということよりも,成績が落ちてしまうことです。大衆を守るという立場から判断をします。優秀な成績を得たかどうかより,適切な臨床能力があるのかどうかという判断が重要なのです。
 「ドライフスの評価基準」で言えば,研修終了時に研修医は熟練していなければならず,そこが分かれ目です。医療に熟練していない者が決して患者に触れることがないと保証することが,私たちの仕事なのです。
 しかし私たちはつい研修医のよい面を見てしまい,落第させることを躊躇してしまいます。しかし「この人は基準に達していない」とはっきりと言うことが必要です。めったにないことですが,不幸にも臨床医学をやめるよう忠告することもあります。
福井 彼らはあなたのアドバイスに従いましたか。
ナスカ ええ,中には直接患者の治療に携わらない分野で活躍する人もいます。
 これは能力の有無ではなく,重大な状況に知識を適応させる能力によることが多いことによります。コミュニケーション技術が主な問題だったのは今まで1人だけでした。ただ,たとえ聡明でも,正直でなく,良心的でない人物は医師をやめるべきだと思います。
松枝 これは日本でも多くの医学部が直面している問題です。
 もし教育システムが整って,教員にも教える意志があれば,落第する学生や研修医の割合を最低にできるのではないか,そして,そのような人は医師にならなくとも,製薬会社や科学研究と,別の場所でも活躍できるということですね。
福井 本日は,ナスカ先生から多くのことをうかがうことができました。
 特に,研修の質を確保するための具体的なシステムを構築しないと研修の目的を達せられないということは,非常に参考になりました。
 また,医学教育の充実のためには,教育を対象とした研究の必要性も強く感じました。
松枝 本日はありがとうございました。
(おわり)