医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第9回〕高木兼寛「脚気病栄養説」(9)

2440号よりつづく

自分の興味を話し,相手の興味に耳を傾ける

 もしもそれぞれが自分たちの意見,主張に固執して他者の目的や考えに耳を貸さないとすると,交渉は暗礁に乗り上げてしまいます。これは先に述べたuni-dimensionに相当します。
 に示すように,4つのステップの第1は自分の興味です。自分勝手(selfish)と自分の興味(self-interest)は異なります。まずは,参加者各々に「交渉において何をどこまで達成したいか」を述べさせます。各々のゴール,目的,考え,希望が自分の興味です。
 つまり,それぞれの腹の内を曝け出させるのです。そして他の参加者はこれに耳を傾けます。参加者は「自分の意見に対して反対が出たからといって,その意見が悪いとか生産的でないということを意味するものではない」点を認識する必要があります。このような交渉方法を「興味に基づいた交渉術」と呼びます。
 これに対して「自分の立場のみを重要視した交渉術」は勝者と敗者を生み出します。この交渉方法においては参加者の誰かの意見が全体の代表になるわけですが,このようなtwo-dimensional交渉もしばしば激しい論争を生むだけで暗礁に乗り上げてしまいます。興味に基づいた交渉術においてはお互いの論争を避け,相互利益を達成することができます。
 それでは,どのように興味に基づいた交渉術にもっていくのでしょうか?
 参加者はしばしば自分の立場のみを重要視して交渉に臨みます。彼等はテーブルの反対側に着席した者たちを信用していません。相手側が人をだまそうとしていると思っているかもしれません。このような場合,参加者はうまくいけば相手を打ち負かしますが,悪くすれば相手に平伏しなくてはならず,皆保守的になりがちです。
 相手を信用できないような場合には,どうやって会話を始め,相手の話を聞くことができるでしょう。信用するためには過去を捨て,現在と近未来にのみ焦点を当てます。信用できない場合,共感のサインを示すことから始めます。そして,話す側は質問に対して率直に,しかし敵対しないように答えます。聞く側は途中で意見を挟んだり,中傷したり,はやしたてたりしないように大人の態度で交渉に臨みます。このことによってお互いの意見に素直に耳を傾け,理解しやすい雰囲気を作ります。このルールを作っておかないと雰囲気は悪くなり,会議場はバトル・フィールドと化してしまいます。
 このステップで最も大切な過程は「耳を傾け理解すること」です。失敗する交渉過程ではしばしばこの傾聴を欠いています。傾聴するだけでは誰も失うものはありません。そのことを参加者に理解させれば共感,やがては信頼を生み出すことができます。この最初のステップにおいて自ら話し,他者の話を聞くことによって,参加者すべてに自分たち全体が「何を持ち,何を欲し,何をともに成し得るか」を感じとってもらいます。相手を理解しようとする,「共感する」,そして「頼る」態度を自ら示すことにより,交渉は大きく前進します。
 第1に信頼関係を構築すること,これは交渉であろうが,患者―医師関係であろうが,主任研究者―研究協力者であろうが,最も重要な点なのです。

興味の接点の発見とその拡張

 第2のステップは興味の拡張です。参加者は交渉全体の共通の問題,意見,目的についてもっと広い視野で考え,お互いの興味の接点を発見するように努めます。もしも参加者全体が同じボートに乗って同じ方向に向かって船を漕ぎ出せば,もっと効率的かつ迅速に目的地に到達できることを認識することが大切です。
 このステップを先に進めるための具体的方策としてよい質問をすることです。具体的な言葉で,
 「私は脚気病を少しでも減らしたいと思っている。しかも,このまま戦争に突入したら大変なことになる。お互いがいがみ合っていて,日本が戦争に負けて国がつぶれたら陸軍も海軍もないのだよ。君は『脚気病細菌説』の権威を維持し,病気の原因を追究したいんだね。それならば,海軍脚気患者の食事変更前後での血液をそちらにわたそうか? それとも脚気に関する海軍で行なった研究データを見に来てくれても構わんよ。そして陸海軍共同で『食事変更の脚気病に及ぼす影響』として発表してもよいではないか。原因は1つとは限らないし……云々」
 さらに「お互いの間で信頼関係を構築するために何ができるか?」
 「お互い『痛み』を伴うとすれば,公平で前向きな形で行ないたい。その痛みを少しでも減らすにはどうしたらよいか? お互い協力することでその痛みの程度を減らすことができないだろうか?」 といった質問をします。このような前向きな会話を取り交わすことが,「Walk in the Woods」の中心的部分となります。そして,自分たちおよび自分たちを取り巻く状況を,多角的に見つめ直すことができます。自分たちだけでなく,相手方の状況に関しても多角的に理解できるでしょう。
 このような興味の拡張が多角的問題解決法(multi-dimensional problem solving)の本質です。状況から難しかったろうとは想像しますが,脚気病栄養説支持者も細菌説支持者も,研究プロセスのもう少し早い段階で歩み寄っていれば,あんなにこじれないで済んだかもしれません。
 次回はネゴシエーション理論の後半です。