医学界新聞

 

韓国の第1回 P-drug教師養成
ワークショップに参加して

Problem Based Learningへの動きの中で

津谷喜一郎(東大客員教授・医薬経済学),内田英二(昭和大助教授・薬理学)


 

 さる2月22-24日,韓国・ソウルで,第1回P-drug教師養成ワークショップ(Good Prescribing Practice Teacher Training Workshop)が開催された。主催は,韓国薬理学会,韓国臨床薬理学会,韓国医学教育学会,医学教育研修院(National Teachers Training Center for Health Personnels;NTTCHP)の4者。ソウル国立大学医学部近くのNTTCHPを会場とし,41人の参加者を得てなされた。本レポートはこのワークショップが開催されるに至った経緯,その実際,今後の展望について述べる。

アジアにおける医薬品適正使用教育の動向

 P-drug(personal drug)とは,WHOが1990年代前半より提唱する,「医師が自分の手持ちの薬を正しく形成し,目の前の患者に正しく使う」というものである。いわば,「自家薬籠中の薬」を正しく作り,上手に使うという考えである。オランダのフローニンゲン大学とWHOの医薬品部門の共同で,「Guide to Good Prescribing」(GGP)の教育プログラムとテキストのドラフト版が1980年代後半から作成され,本教育方法の有効性は7か国におけるランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)で立証されている(Lancet 1995; 346: 1454-7)。このGGPは1995年にWHOから公式に冊子として出版された〔日本語訳は,『P-drugマニュアル』(医学書院,1998年)〕。
 フローニンゲン大学はWHOの医薬品適正使用教育の協力センターに指定され,1994年から毎年夏に国際教師養成コースを開いている。このコースのトレーナー,ファシリテーター,教育を受けた者は国際的なネットワークを形成している。またGGPは15か国語に訳され,各国の医学校での卒前教育に取り入れられるとともに,各国語による卒後コースもフローニンゲン大学以外にも設立され,南アフリカでは英語で,アフリカの仏語圏ではフランス語で,中南米ではスペイン語で,国際ワークショップが開かれてきた。アジアではインドネシアのコースがあり,2001年にはフィリピン・マニラでThe First Asian Training Course on Problem-Based Pharmacotherapy Teachingが10月19-28日にかけて開かれる予定である。

日本における動向

 日本では,1998年12月に第1回P-drugワークショップが,WHO医薬品担当医官のHans V. Hogerzeil博士をファシリテーター(以下,かっこ内)として浜松で開催された。これに続き,1999年8月に第2回を比叡山(ネパール・Kumud Kumar Kafle博士)で,2000年に第3回を東京・町田(南アフリカ・Karen Barnes博士)で開催されている。
 医薬品の適正使用に関心を持つ者が参加する世界的なメーリングリスト「E-drug」がある(下記URL(1))。医薬品の合理的使用,医薬品の保険償還リスト,薬局における一般名薬への切替え,医薬品の生物学的同等性,途上国における医薬品のパテントのあり方などが議論されているが,ここで世界各地で開催される各種のコースなどの案内が紹介される。
 今回のソウルでのコースは,上述の日本でのワークショップに韓国から参加したソウル国立大学医学部臨床薬理学助教授のBae Kyun Soep氏(襄均變)が準備運営を行ない,南アフリカのBarnes氏,さらに日本から津谷と内田の計4人がファシリテーターとなって行なわれた。

■韓国でのP-drugワークショップ

準備とワークショップ

 韓国も日本と同様,医学教育の変換期にある。本教師養成ワークショップは,ソウル国立大学医学部臨床薬理学教授のShin Sang Goo(申相久)氏の発案によってなされたものである。韓国の医学教育への制度的な導入を当初から意図し,注意深く組織委員会が形成され,冒頭に述べた4学会がJoint Organizing Committeeを結成した。委員長は延世大学薬理学教授のKim Dong Goo(金東亀)氏である。
 ワークショップには,この領域に関心があり,なるべく若い人ということで選ばれた,30の大学から参加者があった。その内訳は,薬理学者7人,臨床薬理学者5人,内科医10人,家庭医6人,医学教育者5人,その他8人の計41人である。30代から40代の医師がほとんどであった。医師以外の職種,薬剤師などの参加はなかった。昨年,世界的なニュースになったように,韓国では医師と薬剤師の関係は非協調的であり,臨床薬学の重要性は指摘されても,韓国の薬学部に医師の教官は1人もいないとのことである。
 ワークショップは2泊3日のコースで,第1日が全体セッションで基本的な考え方と方法の講義,第2日がそれぞれ約10人の4つの小グループに分かれての演習,第3日が全体セッションで教育効果の測定法の講義と各参加者による今後の展開についての発表である。講義は基本的に英語で行なわれた。小グループの演習は,Barnes氏と津谷と内田がそれぞれファシリテーターとして担当したグループは英語で,またソウル国立大学のBae氏がファシリテーターとして担当したグループは韓国語で行なわれたが,議論の内容により母国語のほうがよいと思われるところでは韓国語で行われるなどフレキシブルに対応された。

医学教育

 P-drugの教育はproblem based learning(PBL)を最大の特徴とする。これを卒前教育に取り込もうとする時には,各大学でPBLが行なわれているかが1つの鍵となる。韓国医学教育学会の役員でKorea(高麗)大学の医学教育学部門のdirectorであるAnn Ducksun(安徳宣)氏によれば,Sung Kyun Kwan(成均館)医科大学は,1997年にSamSung(三星)グループが開設したもので,設立当初からPBLを取り入れており,ハワイ大学と協力関係にある。またUlsan(蔚山)医科大学はHyundai(現代)グループが開設し,PBLを一部取り入れた,いわゆるhybride styleで,カナダのカルガリー大学と協力している。
 このP-drug教師養成コースは,毎回最後のセッションで,参加者の所属する大学や病院施設などでこのコンセプトと方法をどう展開させるかを議論するが,今回もワークショップの3日目にこの議論がなされた。このセッションは韓国の事情に合わせ,より深い議論をうながすため,ほとんど韓国語で行なわれた。どうも韓国の人は話すのが上手のようである。内容は時折,英語で抄訳されたが,ジョークを交えるなどよくできた発表であった。
 韓国でも,ソウル国立大学や私立の延世大学などの伝統がある大学では,医学教育の変換は困難であり,まずPBLを理解してもらうのに時間がかかり,種々の障害があるとのことである。それに対して,新設の大学ではそれほど困難はないということである。またPBLの導入は大学がどのような卒業生を育成していくかという理念にもかかわるため,いっきに変換というわけにいかないというのは,日本を含めて世界どこでも同じのようである。それでも,各参加者たちは,このワークショップでベッドサイドラーニングや卒後教育などに,積極的にこの方法を取り入れるための案を作成し,各自がその考えを述べた。
 革新的な医学教育を「American system」,それに対して伝統的で保守的な医学教育を「Japanese system」と表現しているのを聞くと,これまでの両国の歴史を知る者には,ソウルの景福宮の前にある朝鮮総督府の建物が目に浮かぶ。
 あるゴールを決めるとそれを達成するのが早いのは東アジアの特徴である。韓国のIT(情報技術)化は日本以上である。ワークショップの3日目は,ソウルとしては数年ぶりの大雪となった。本ワークショップの組織母体に医学教育学会を入れたこと,参加者が30-40代と若くて熱気があることなどを,窓の雪を見ながら考えていると,PBLの中でのP-drugの教育は,日本より韓国のほうが早まるのではないか,という気がしてきた。遅れ馳せながら日本政府も昨年からIT化を強化するゴールを立てたが,コア・カリキュラムの策定など,変革期にある日本の医学教育の中で,このP-drugの教育をフォーマルに取り入れるためのアクションが必要となってきたように感じた。
 なお,日本でのコースは,2001年8月10-12日に,東京・中野で開催される予定である。詳しくは,下記URL(2)をご覧いただきたい。
◆本文中に紹介されたホームページ
(1)「E-drug」URL=http://www.healthnet.org/programs/edrug.html
(2)「日本におけるP-drugネットワーク」URL=http://p-drug.umin.ac.jp