第2429号 2001年3月19日


〔新連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明できるか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第1回〕高木兼寛「脚気病栄養説」(1)

 東京慈恵会医科大学の創始者である高木兼寛は,ビタミン学説の出る20年も前に脚気の原因として栄養の欠陥を考え,食事によってこの病気を1887年までに完全に撲滅し,日本に臨床疫学の基を成したことでも有名です。この兼寛の「脚気病予防説」は1906(明治39)年英国セント・トーマス病院医学校で3日間にわたり連続講義され,その内容は「Lancet」誌に掲載されました(1906;1369-1374)。われわれは,兼寛の偉業から100年以上経た今日においても多くの教訓を得ることができます。

兼寛の時代

 江戸時代末期,脚気は京都を中心に多くの命を奪いました。しかし,地方ではそのような病気はみられませんでした。明治維新後4年,兼寛は海軍に入って初めて脚気と遭遇します。入院の4分の3は脚気患者であり,死亡率も高く,兼寛は何とかしなくてはならないという使命感に駆られました。そんな思いを胸に兼寛は英国ロンドンにあるセント・トーマス病院に5年間留学します。
 19世紀中頃,英国人医師ジョン・スノウはコレラの発症が水源によって大きく異なることに気づき,「コレラが水で伝播する」と仮説をたて,ロンドンの水源を改善することによりコレラの患者数を減少させたなど,まだ原始的ではありましたが英国に臨床疫学の源流をみることができます。多くの人がドイツ医学に注目していた中,兼寛は疫学的考え方の中心であるロンドンに留学したことになります。その後1950年リチャード・ドール卿とオースチン・ヒル卿の「喫煙は肺癌のリスクをあげる」という現代疫学の代名詞とも言えるような研究報告もやはりロンドン発でした。

仮説を立てる

 帰国後,兼寛は以前より増えた脚気に再び取り組みます。兼寛は当時の食事に注目し,蛋白に比して炭水化物の割合が大きくなればなる程脚気の発生する率が高いことに気づき,「脚気病は蛋白量が極端に少なく,これに対して炭水化物が多いと発生する」という仮説を立てました。
 兼寛は脚気の症状のみにとらわれることなく,また脚気菌を求めて研究室のみに閉じこもることもなく,患者を全体的に診る,臨床の目を持っていたから栄養という要素も視野に入ったのでしょう。まだ栄養に起因する病気が発見される前に,栄養学説を思いついたこと自体,兼寛が臨床家として卓越していた点と言えます。明確な記述がないので本当のところはわかりませんが,例えば艦長や上級士官には脚気がほとんどみられなかったとすると,やはり脚気が感染症として伝播するとは考えにくかったのではないでしょうか。
 ペラグラは,脚気同様ビタミン欠乏(ニコチン酸)によって引き起こされる疾患です。1914年,ゴールドバーガー博士はペラグラが在監者や保護収容所で多くみられ,しかしそこで働く人や面会者にはペラグラがみられないことから,感染症というよりはむしろ栄養欠乏症であろうと仮説を立て証明したのでした。しかし,これは兼寛の「脚気病栄養説」のだいぶ後の話です。
 次回は兼寛が「脚気病栄養説」を証明するために行なった研究についてお話ししたいと思います。皆さんが兼寛の時代に生きていたら,この仮説をどのように証明しますか?

●連載開始にあたって

EBMからCEMへ
 近年エビデンス・ベイスド・メディスン(EBM)が強調されてきました。EBMは臨床上の疑問に対する問題解決の手法の1つであり,「直感や個人的体験に頼るのではなく,論文や統計などのより科学的かつ信頼性の高いエビデンスを基に医療を実践すること」を指します。ですから,このEBMは言わばエビデンス・ユーザーに対するものであって,「エビデンスをどのように患者さんに使うか」なのです。
 しかし,これからの日本の医療界に求められるものは「エビデンスを構築すること」,すなわちクリニカル・エビデンス・メイキング(CEM)なのではないでしょうか? 私は「論文上の臨床事実を基に医療を実践することは臨床家として言うまでもなく当然のこと」と考えていましたから,むしろEBMという言葉がもてはやされたことに対して驚きを感じました。しかし,EBMに向けての各医科大学の教育も充実しつつあり,エビデンスの重要性が認められるようになった今,エビデンスを構築する方法論に目をむけるべきタイミングになったのではないかと思います。そして,よいエビデンス・メイカーはよいエビデンス・ユーザーであるはずです。

臨床研究は難しくない
 世界は今まで癌の研究と臨床に莫大な費用を投入し続けてきました。しかし,癌死亡率抑制に最も貢献したものは禁煙などの予防医学なのです。その発見の最初は「肺癌はヘビースモーカーに多いのではないか?」という単純な疑問であり,紙と鉛筆でできる研究でした。今までの歴史的医学の流れを振り返った時,高い視野から全体を見渡すマクロ医学的アプローチこそが,多くの医学的困難を乗り越えるのに役立ち,結果的に多くの人々を救ってきました。
 このアプローチは決して難しいものではなく,われわれの周りにもクリニカル・エビデンス研究の題材は常に存在します。またコンピュータも進歩し,大量のデータをパソコンを使って瞬時に解析することもできます。

臨床研究のロジック
 しかし残念なことに,忙しい臨床家は自分の仮説の真偽を証明する方法を知らないがゆえに,自説を否定してしまっています。仮に疫学に興味を持って勉強しようとしても,基本用語や計算式から入ってしまうと,とてもつまらないものになってしまいます。
 そこでこの連載において臨床研究の実例を紹介することにより,臨床研究のロジックとクリニカル・エビデンスの作り方について読者の皆さんにお伝えしたいと思います。臨床研究は複雑な臨床事実の中から,ものの本質を発見する1つの方法論であると私は考えます。そして,その中には真実を探求しようとした,人々の英知を垣間見ることができるのです。