医学界新聞

 

医学者からみた個人情報保護

金澤一郎氏(東大教授・神経内科学)


――今年3月に国会での審議が予定されている「個人情報保護法」について,どのようにとらえておいでですか。
金澤 今回の法案を言う前に,医療・医学のやり方にいろいろ問題があったことは事実です。
 臨床試験の方法がずさんだったなどの問題もそうです。しかしこの場合は,従来の日本でのやり方の中で悪かったことを明解にした上で,それを1つひとつ明らかにしていき,GCPを作っていくプロセスが本当は必要だったと思います。このような過程を踏むことで,関係者の意識が高まるからです。
 今回の個人情報保護法についても,そのような過程が取られておらず,非常に問題があると思っています。
 その一方で,個人情報の漏洩についてなんらかの形で規制しなくてはいけないことは明白です。
 現在,医学・医療領域の中で遺伝子解析やクローンの問題について,早急に手を打たなければいけないのは事実です。日本だけに限らず,世界的にも規制せざるを得ないでしょう。われわれ医療関係者は,たとえ不作為であっても,遺伝子解析の情報など,患者の個人情報を漏洩させてはいけません。
 しかし,医師が持っている患者の個人情報が,医師自身から漏れることは,実際にはほとんどありません。そういう情報を扱うシステムの問題として,医療関係者ではないところから漏洩する可能性があることが問題なのです。
 最近,素人が商売として遺伝子解析を扱うケースが出てきています。日本からもインターネットで募ってアメリカにサンプルを送って遺伝子診断を行なうケースなどもあります。これらに対してなんらかのきちんとした法整備が必要なのは明らかです。国の対応としては,遺伝子解析に関しては昨年12月に厚生省から「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(案)」が提出されました。

医療・医学関係者は何をすべきか

金澤 個人情報保護法案については,本来はインターネットなどの情報をどう管理するのかが問題なのであって,その延長として医学研究,中でもとりあえず疫学研究に関する規制を作るという議論が厚生労働省の主導で進んでいます。しかし,ご承知の通り,疫学という学問に問題があるわけではありません。本当に問題があると思うのなら,このような法制化を論議する前に,厚生労働省など関係各省が話し合って,医学界に対して内部規制もしくは自浄努力をするように,という通達があってしかるべきです。
 また学者自身の意識を高める上でも,医学界内部における申合せをするようなシステムを作るべきです。
 要するに,医学界の中でもいままで安易に行なってきたことを意識化し,さらに医学研究をオープンにし,患者さんたちに,医学者が何をしようとしているのかを理解してもらった上で協力を願うことが大事ですね。最近マスコミに報道されたような,生体試料の二次利用に関しては,例えば血液採取の際に,「医学研究のためにご協力いただくことがあります」など,あらかじめ患者さんたちに伝えていく努力をすべきであり,さらに医学研究の意義や目的を理解してもらう努力も必要です。つまり,今までの研究体制の問題点を論じることから議論を始めなくてはならないのにもかかわらず,今はそれもなく,ただ法制化が先走っているという危惧があります。
 私自身は,個人情報保護基本法制の大綱の中から報道だけでなく「医学研究分野」を適用除外することが必要であると思っています。医学研究には,遺伝子解析やES細胞,クローンなどの問題はありますが,これはすでにでき上がった規制を優先すればよいことです。
――ありがとうございました。