第2421号 2001年1月22日


新春随想
2001


人が輝く21世紀に

河北博文(河北総合病院理事長)


 新世紀を迎えるにあたり,21世紀は,人の心の豊かさ,国際社会での国として品格ある存在感,それらの礎としての責任ある個人が溢ちみちるわが国でありたいものです。21世紀がどのような時代になるかは,国民1人ひとりがどのような社会にしたいかという考えをもち,それを実現するため行動することだと思います。
 『君たちはどう生きるか』という本が1937年に書かれています。中学生のコペル君が人との関わりの中で成長していく姿が描かれています。その後,時は60年余り経過しても,この本に書かれていることは,21世紀に向きあう今,まさにわれわれが考えなければならないことばかりだと思います。歴史を知り,世界を観て,そして,人から学ぶことで自分の生き方を考え,社会を形づくることであります。

人はなぜ働くのか

 人はなぜ働くのか,私なりにその答えを考えてみますと,まず,最も現実的なことでありますが,生活することがあげられます。ところが,この生活するために働くということさえ実感していない人々が増えている事実を,日本の社会はどう捉えているのでしょうか。次に,自己実現のためであると思いますが,その前提として自己の確立がなされていなければならず,このことに関して日本人は再度自らを振り返ってみる必要があります。そして第3には,生きるものとして子孫を残していくことであります。そのためには,生きるものには生と死に順序があり,個体として循環することが必然であり,また,子どもを持つことが精神的にも,経済的にも大きな負担になっていることを社会が変えていかなければなりません。そして最後は,人間は社会を形成するが故にお互いに社会の秩序を維持し,創造する義務があります。

医師に求められる使命感

 医療を自分の仕事に選ぶことはすばらしい幸せであると,医療に従事するすべての人に感じてほしいと思っています。医療はいつの時代,どの社会にも必要不可欠な仕事であり,そして,医療を受ける人のよろこびが医療を提供する者のよろこびになり,また,経済的にもそれなりに報われている仕事であります。特に,医師は,プロフェッショナルとして神に代わり人間の命に関わることを許されている役割であることを強く認識すべきであります。そのためには,自由裁量の以前に,自らの命をかけてでも使命を遂行することを期待されています。高い専門性に加えて,広い社会性とそして深い人間性がその仕事と人格に求められているのはこの理由によります。結果責任に加え,説明責任が問われることは当然のことであります。個人として恥じない,誇りある生き方をしていくこと,また,医療として国際的に高い評価を受ける水準を創り出していくことは,決して見失ってはいけない方向だと思います。
 人間は長い歴史の流れにおいて,生活環境を変えることに熱心であり,自らが変わることを怠ってきたような気がします。今後,生命科学として遺伝子技術や臓器移植,大脳工学といったものが発展していく中で,人間の生き方と自然との調和,さらに,時の概念をどう捉えるかといったことがきわめて大切になります。本来,生理であるものを病理の対象にしていく傾向がさらに強くなっていくことには慎重でなければなりません。老いは進み,医療は不完全であり,死は許されない,となると一体どのような尊厳を人間は考えていくのでしょうか。人が輝く21世紀でありたいものです。


在宅緩和ケアの現況と課題

寺島秀夫(JA秋田厚生連平鹿総合病院・外科)


 在宅ケアが医療の切り札と目される21世紀の幕開けに際し,とりわけ在宅緩和ケアはその発展が期待される分野である。1990年代に,QOL(Quality of Life),EBM(Evidence-based Medicine)という言葉とその考え方が,わが国の医療にも急速に浸透した。癌診療においては,evidence-basedな思考により,「第1の医療」(病気を完治させる医療)から「第2の医療」(完治し得ない患者を支えるための医療)への切り替えが,的確に行なわれるようになった結果,「第2の医療」はその姑息的なイメージを払拭し,QOLの維持・向上を追求する医療として独立するに至った。
 こうした潮流の中で,癌終末期に対する「第2の医療」を実践する上で,1つの理想的な形態として「在宅緩和ケア」が注目を集めるようになった。この「在宅緩和ケア」推進の追い風となったのが,在宅医療に関する政策と医療機器の進歩である。
 以下,現況を報告するとともに,今後の課題として,過去にあまり論じられることがなかった「医師個人に内在する問題点」についても言及したい。

在宅緩和ケアの現状

 私は,当院に緩和ケアに適した設備がないことから在宅医療にその可能性を求め,1995年,訪問看護ステーションの開設を機会に,在宅死をEndpointとした在宅緩和ケアを本格的に推進した。その現状を検証し,昨年の第50回日本病院学会において発表した。結論として,在宅でもHPN(在宅中心静脈栄養)ならびに塩酸モルヒネの持続静脈内投与は安全かつ有効に行なわれており,Endpointである在宅死を可能にするためには訪問看護の活用が必須であることが示された。また,在宅死を経験された家族に対するアンケート調査では興味深い結果が得られている(癌と化学療法25:Supplement IV,605-609,1998)。回答者の7割以上が,在宅治療は病院に比べ,総合的に負担が少ないと述べており,日常生活の延長上でケアが行なわれるため,病院に比べ負担が軽減されたと推察された。また,回答者全員が人生の終わりに際し,自宅での療法が最適と回答し,かつ自分自身の場合も在宅療養を希望していた。
 以上のように,現在,在宅緩和ケアは医療技術面で一定の質を確保することが可能 であることが明らかにされた。今後,拡充するべき要素は,在宅緩和ケア専門の訪問看護ステーションの設立である。
 現在,私どもの施設では,在宅緩和ケアは介護老人と同一の看護単位で施行されており,時間外(夜間・休日)の往診はスタッフの奉仕精神により成り立っている。患者さんの本懐である在宅死を実現するためには,より一層細やかなケアを提供する必要があり,専属スタッフの育成が急務である。また,在宅緩和ケアを対象とした公的介護サービスも考慮する必要があろう。

医師が抱える個人的ジレンマ

 緩和ケア自体は,チーム医療を行なうことで,より一層集学的なものへ高めることが可能であるが,1人の患者さんの死に際しては,患者と医師の関係が1対1の対応となる。すなわち,患者の死に立ち会う医師は,無言の契約を交わした唯一無二の医師でなければならず,当番医制による代役は本来許容し得ない。この点は,病院でも在宅でも同様であろうが,特に在宅では患者と医師との「個と個の絆」が強く望まれているように感じられる。
 私の場合,地域医療に携わる外科医という要素が加わり,患者との関係は「第1の医療」から「第2の医療」へと移行する時もそのまま継続される。言ってみれば,「手術で一旦命を委ねたのだから,このまま最期まで頼むよ」といった感じである。
 しかしながら,1人の医師がこの2つの医療を両立するためには,それ相応の困難が伴う。死期が近づくと,24時間体制の必要性や希望に応じ,可能な限り往診する。長時間を要する難易度の高い手術を控えた日の深夜に患者さんが亡くなった場合,ベストな体調で手術に臨みたいという外科医の思いと,逝去された患者さんへの追悼の念が交錯し,正直なところ複雑な心境とならざるを得ない。現実問題として,体力的に衰えを自覚し,2つの医療の両立が困難となった時,二者択一としなければならないであろう。
 しかし,地域に根ざした医療を志す医師としては,「第1の医療」と「第2の医療」の分業制には大きな違和感を覚える。すべての医療の帰着点は「人と人の繋がり」であるがゆえに,このジレンマに対する妙案は,たやすく見つかりそうにない。


実例に学ぶ「医療事故」と「リスクマネジメント」

押田茂實(日本大学医学部教授・法医学)


 埼玉県の高校時代には,どちらかと言うと文化系の科目が得意であったので,「将来は弁護士か外交官」と思っていたのだが,チョットしたキッカケで医学部に入学した。しかし,「医学部」と言うよりは,奇術学部に入学したような生活を送った。現在では,日大医学部の講義・実習以外に,日大法学部と上智大法学部でも毎週講義をしている。
 医療事故や医事紛争については,故赤石英教授(東北大)のご指導のもとに,1968年以来多数の事例について検討し,日本医師会や日本看護協会などの研究会・講演会でその成果を発表してきた。この過程で,自己学習できる教材がほしいとの要望が強かった。

「人の輪が財産!」

 1998年の秋に,仙台市の仙台国際会議場で開催された「朝日新聞医療セミナー」では,同級生であった大槻昌夫教授(東北大)に推薦され,東北大病院長や阪大教授と一緒に講演を行なった。好評を得たそのセミナーの時に,朝日新聞社の西岡章恵氏を介して,ビデオ・パック・ニッポン(テレビ朝日系)の飯塚征毅氏とめぐり合い,『実例に学ぶ-医療事故』のビデオ制作の企画が急遽具体化した。この企画は,日大板橋病院の全面的な協力が得られ,数十人の出演者(教職員,出演料なし)により,全6巻(概論・輸血・与薬・手術・検査・管理)として1年がかりで完成し,1999年12月に京都科学から発売された。
 1999年には,患者取り違え手術や消毒剤の点滴など,多数の医療事故(医療過誤)事例が報道され,雑誌の特集には「医療ミス」「リスクマネジメント」などの文字が踊った。このような情勢の中で,通常数年間で期待されるビデオの販売目標はわずか数か月で達成された(この分野でのベストセラー?)。各ビデオでは,典型的な事例の再現ドラマを提示し,それに関係した医師・看護職の法的責任を試験方式で問いかけ,その後にその事故原因を分析し解説する,という新しい方式とした。また,各ビデオに対応した形で,さらに詳しい法的根拠や解説を試みた同名の単行本も医学書院から出版した。前記ビデオとこの書籍で一緒に勉強すれば,さらに理解が深まることと期待した。
 2000年8月には,このビデオが日本視聴覚教育協会の優秀映像教材として,「優秀賞」まで受賞することとなった。こうなるとさらに欲が出てきて,続3巻(予防対策・医療事故発生時の対応・救急医療)を新たに制作し,2000年12月に発売された。そこで本年前期には,自分の分身のようなビデオと書籍が全国で利用されればと願い,宣伝を兼ねて多数の講演・講義を行なう予定をしている。
 このようにして,仙台のセミナーから始まった人の輪によって,200人参加の出版記念会を経た2年間の夢のような充実した時間が過ぎたのである。
 「人の輪が財産!」であることを実感した。

21世紀の幕開けに注目されること

 ところで,このような医療事故事例は,以前からそれなりに存在していたのであるが,最近ではマスコミ報道されることが多くなって注目されている。2000年12月には,日本医事法学会が結成されて30周年ということで,記念大会が早稲田大学で開催された。
 この記念シンポジウムのテーマの1つである「医療上の注意義務を巡って」について約1年半にわたり勉強会が開かれ,民法・刑法学者・弁護士・産婦人科医と多彩なメンバーによるケンケンガクガクの議論と終了後の飲み会では,今までに経験したことのない充実感が感じられた。その議論の中で,「21世紀の幕開けは,『医療過誤と刑事責任』,それに続く『行政処分(免許剥奪・業務停止など)』が注目される」と強調したことが記憶に残っている。


苦情から学ぶ医療システムを
――安全な医療と患者の権利のために

池永 満(NPO法人患者の「権利オンブズマン」理事長/弁護士)


 相次ぐ全国各地の基幹病院における医療事故報道は,医療事故が単に一部の不注意な医療従事者による偶発的なものではなく,構造的な欠陥に由来することを強く窺わせている。
 そもそも,安全性の確保は医療の生命ともいうべき本質的要請であり,当該医療行為における過失の有無,あるいは法律上の責任の有無を問わず,事故の発生自体を防止し,安全な医療サービスを提供することは医療の質を構成するものである。
 患者の立場から言えば,「安全な医療を受ける権利」は,医療に対する自己決定権などと並ぶ基本的権利の1つでもある。

医療事故情報や危険性情報を共有する意義

 人は「誤り」を完全に避けることはできないが,「誤りから学ぶ」ことはできる。航空機事故や列車事故で行なわれているように,事故原因を徹底的に分析し,仮に医療従事者の過失が関与していれば,なぜ過失が発生したのか,過失を誘発し,あるいはチェックできなかったシステム自体の問題点や欠陥を解明し,除去しなければならない。
 「事故から学ぶ」ためには,事故情報の流通が不可欠である。従前は医療事故の存在自体がほとんどの場合隠されてきたため,貴重な教訓となるべき事故情報が秘匿され,流通しなかった。
 たまたま発覚した場合にも,誰に責任があるかという「犯人探し」が先行し,「考えられないミスで申し訳ない」と坊主懺悔して終わりであった。これでは医療事故は減少しない。
 医療事故が発生した場合には,被害者(遺族を含む)に直ちに報告するとともに,被害者の同意のもとに,すべての関係者において事故情報を共有しながら原因究明に努め,患者を含む第3者の視点も加えながら,再発防止策を確立する必要がある。システム改善に資するため,いかに医療事故情報を流通させるかが焦眉の課題となっている。

危険性情報とインフォームド・コンセント

 もとより,事故が発生した時に慌てて動き出すのではなく,日常の医療サービスにおいて,医薬品の副作用や多様な侵襲行為に伴う合併症等,医療行為に必然的に伴っている危険性に関する情報が,常に患者と共有され,被害発生を予知して速やかに回避される体制を確立する必要がある。
 最も重要なことは,すべての医療行為を患者のインフォームド・コンセントに基づいて行なう,というWHO宣言(1994)など,国際基準に適合した医療提供システムを直ちに作り上げることであり,患者のインフォームド・コンセントを得るために事前に提供されなければならない不可欠の情報こそ,危険性情報に他ならない。
 従って,インフォームド・コンセントを得るための情報提供の場は,それ自体が医療行為に伴う危険性情報の共有をすすめるプロセスでもある。医薬品メーカーは最終消費者である患者向けの説明書も準備すべきであろう。
 日本における医療過誤事件では,医薬品の効能書に記載された使用上の注意や副作用情報等をまったく無視した治療行為が行なわれ,重大な医療事故を発生させている事例が後を絶たないが,インフォームド・コンセントを得る過程は,実は医療従事者自身における危険性情報の再認識をつくりだす過程でもある。

苦情から学ぶ医療システム

 大きな事故が発生した時のみ原因を分析するというのでは不十分である。大きな事故の前には数十倍の小さな事故があり,さらに無数のニアミスがあることはよく知られている。とすれば,常に患者家族の不満や苦情から学びつつシステム改善をすすめることにより,同種苦情の再発を防止し,紛争や事故を小さいうちに解決し,大きなトラブルや事故を防止することができよう。


卒後臨床研修の法制化をめぐって

松村理司(市立舞鶴市民病院副院長)


 自民党の加藤紘一さんの反乱が頓挫したため,政局は表面上は落ち着きをみせ,懸案だった卒後初期研修義務化関連法案も通過したと聞く。まとまった情報が手元にない段階だが,臨床研修に久しく関わってきた者として,少数派(?)特有のひがんだ感想を述べさせていただきたい。
 人口10万人の地方都市にある236床の市立病院の内科中堅医・指導医である私たちは,「できるだけ間口を狭めず,かといって深みや緻密さを極力失うことのない一般内科の構築および包括的な地域医療の展開」という欲ばった志を同じくしている。病歴聴取や身体診察の大切さを,こよなく尊重してもいる。志がほころびない方策の1つとして,当初に沖縄県立中部病院に教えを受け,16年以上にわたって北米からすぐれた内科系臨床医を招いて,現場中心の卒後研修を模索してきた。

大リーガー医に学ぶ

 “大リーガー医”たちから学んだことは多くある。1つは,臨床力の幅広さと深さである。かなり狭い専門性に閉じこもるか,浅い幅広さに満足しがちな現在のわが国の医学界ではなかなか見られない姿である。
 2つ目に,大教授の気さくさがすがすがしい。50歳代,60歳代になっても若々しく,息子・娘たちの世代と丁丁発止できるのは,生涯現役医の特権と言えよう。教授や部長ともなると何かと構えがちなわが国の流儀とは無縁である。
 3つ目は,医学知識の整理と技術の利用の仕方に指導医間の差がきわめて少ないことだ。「EBM,EBMとこうるさくないのに,EBM的な臨床スタンスがごく自然に世代間を交流する開明性」とでも言えよう。基本的な部分に関しても指導医たちの見解がずれやすく,そのずれの調整が研修医や看護婦に転嫁されやすいわが国とは,対照的である。破格の臨床医が,難解な呈示症例を見事に解きほぐした後,研修医に向かって,「君たちの仕事は,さらにエビデンスを求めて,私たち年長者の権威に挑戦することです」と述べる晴れやかな光景は,わが国ではきわめてまれであろう。

卒後臨床研修必修化への懸念

 さて,卒後研修必修化への文句の第1は研修の場が狭められる懸念である。臨床研修病院の現行の指定基準のままだと,300床以下の中小病院は,当院も含めて,すべて門前払いとなってしまう。研修義務化の本来の意図は,プライマリケアや総合診療の重視のはずなのに,「臓器による選択をしない医療空間」が一律に切り捨てられるのには,納得がゆかない。それに,1・2次医療は,高次医療よりもずっと恩師や先輩医の背中を露出させる場でもある。
 私どもの病院は,1000床規模の超有名な大病院から流れてくる研修医や若手医師に事欠かない。主として「地域医療派」だが,「専門的・断片的すぎる,一般内科が存在しない」,次いで「EBMがない」のが,大病院“逃亡”の2大理由である。実際,病院全体の臨床姿勢が「臓器選択性」に終始しすぎているために,初期研修がまともにとばっちりを受け,「これでも初期研修?」といったぶざまな非教育的光景も散見される。循環器科を3か月もまわって,聴診器のまともな使い方さえ伝授されていないこともざらにある。
 卒後初期研修にふさわしい場の選考は,厚生省の机上での書類の束の微細な詮索ではなく,臨床現場での教育内容の吟味によってこそなされるべきではないだろうか?
 文句の第2は,大学病院での現行の研修が,結局は書式上の変更だけで,いわば縦のものを横にするだけで,免責・認定されることである。大学病院の権力の頂点は,いうまでもなく教授であるが,臨床系教授選考における研究業績至上主義が,わが国の臨床と教育を貧しくしてきた事実は,既に文部省も一定程度は公に認めるところである。恩師が研究派で,出世が研究で決まれば,弟子が臨床や教育を重視しないのは,自明ではないか。こういう環境にあって,孫弟子やひ孫弟子にあたる研修医が自己防衛する手段は,一体誰からどのように提示されるというのだろうか?