医学界新聞

 

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大学の枠を超え,ともに医学を学ぶ
医学生のメーリングリスト

市村公一(東海大学医学部5年)


 全国の医学生,研修医のみなさん,はじめまして。私は東海大学医学部5年の市村公一と申します。今日はこの紙面をお借りして,私の主催する「ともに医学を学ぶ医学生のメーリングリスト」を紹介させて戴きます。

全国の医学生・研修医らが参加

 みなさんは「メーリングリスト(以下,ML)」というインターネットを利用した情報交換システムをご存じかと思います。あるアドレスにe-mailを送ると,それが登録されているメンバー全員に配信されるというものです。この仕組みを利用して全国の医学生,さらには研修医やベテランの先生方にも参加していただいて,一緒にディスカッションしながら医学の勉強をしていこうというのが,このMLの主旨です。現在全国58の大学医学部,医科大学から約140名の医学生,それに40名ほどの研修医の先生方,さらに東海大学の黒川清医学部長はじめ,数名の先生方が参加してくださり,日々ディスカッションを重ねています。

クリニカルスキルを高めるためのケーススタディを中心に

 議論のテーマは国家試験などの問題に関する質疑やテキストの評価,洋書の購入方法からEBMまでさまざまですが,中心はケーススタディです。さまざまな症例を呈示してみんなでその診断を考え,投稿してもらい,ディスカッションを通じて病態生理の理解を深め,クリニカルスキルを高めることを目標にしています。
 ケーススタディに関しては,昨年京都大学を卒業された方々がその体験をホームページで紹介されたのをはじめ,全国のあちこちの大学で有志のみなさんによる勉強会が開かれていることを聞いております。私たち学生は,臨床実習で病棟に出てもほとんどの患者さんはすでに診断がついているために,自ら「診断」してみる機会はほとんどありません。そこでその「穴」を埋めるのに大いに役立つのがケーススタディです。患者さんの年齢や性別も念頭にその主訴から鑑別診断をあげ,病歴や身体所見のポイントを考え,必要な検査を考え,与えられた所見や検査結果から診断を下し,その診断ですべての所見・データが説明可能かを検証する。この臨床の一番の「肝」の部分を,たとえバーチャルであろうと経験することは,医学の勉強の最も知的なスリルに満ちた「おもしろい」部分だろうと思います。
 このケーススタディを,「でも学内ではなかなかできない」という方も少なくないと思います。実は私自身,当初学内で企画したのですが,すでに臨床実習(クリニカル・クラークシップ)が始まっていたせいもあって,思うように人が集まらず断念したことがあります。
 そこで考えたのが,MLを利用して大学の枠を超えて全国の医学生のみなさんと一緒に勉強しようということでした。もともとこのMLは,内科主要疾患について私の作った「まとめ」を紹介するために昨年9月に開設していたのですが,今年1月からケーススタディを始め,幸い参加してくださったみなさんにも好評で,週1-2例のペースで進めてきました。さらに幸運にも3月には黒川先生がメンバーに加わり,私たちの投稿に対してさまざまなアドバイスや激励をいただけるようになったので,今では大変に内容の濃い「勉強会」になっていると自負しています。
 1つ具体例を紹介しましょう。これは簡単な病歴とデータだけで診断してみようというものです。

慢性的な脂肪便の女性。頸部の手術歴はない。血清Ca=7 mg,血清P=7mg,血清クレアチニン0.9 mg。あなたの診断は?

 N大6年のHさんが先陣を切って答えてくださいました。

flashでは,脂肪吸収障害→vit D吸収障害→続発性上皮小体機能亢進症でしょうか?慢性腎不全は否定的。脂肪吸収障害を来す疾患は膵,肝,胆(外分泌),腸(吸収)の疾患ですが,きりがなさそうなので。

 早速,黒川先生からコメントです。

Good morning/afternoon, H-kun !!! In vitamin D deficiency, certainly PTH secretion will increase(=secondary hyperparathyroidism). Increased PTH tries to raise lowered serum Ca toward low normal, but at the same time inhibits proximal tubular Pi reabsorption, thus serum Pi will fall(unless GFR is very low or renal failure is quite advanced=in this case, renal function is normal with serum creatinine of 0.9). Please continue your thinking.. This was a good try!!!

 黒川先生のコメントを受けて,再びHさん。

確かに。低リン血症になりそうです。上皮小体機能亢進というよりは低下症のパターンですねぇ。どうしても慢性腎不全が頭をかすめます。改めてもう少し丁寧に考えてみます。脂肪便があり,ミネラルの異常からVit Dを考えに入れなければいけないと思うのですが,Vit D吸収低下→血清Ca,P低下
 しかしリンは高値を示している。では,吸収不良の観点から考えてみますと,低Ca血症があるのはわかるのですが,果たして高リン血症になるのでしょうか?リンの値に影響を大きく及ぼすのは,摂取量,腎機能(排泄),Vit D(吸収),PTH(排泄)なので,腎機能が悪い,Vit Dが機能過剰,PTHが機能低下となりそうですが,摂取量も多くなさそう,腎機能は悪くなさそう,VIt Dも過剰になさそう。PTHの作用低下?細胞からの放出の増大?低カルシウム,高リン,脂肪吸収障害を一元的に説明するためには十二指腸にのみ吸収不良が起こることになりそうです。なぜ高リンなんだろう?

 Hさんの同級生のWさんからも詳細な分析が寄せられました。

problem list
#1 脂肪便
#2 低Ca血症(高P血症を伴う)
としておきまして,
<#1>
S) 慢性的な脂肪便
O) なし
A) 脂肪の吸収障害をきたすような病態(malabsorption syndrome)が慢性的に存在する。
  原因として考えられるのは,
 (1) 本態性吸収障害(celiac sprueなど?)
 (2) 膵外分泌不全(慢性膵炎?)
 (3) 炎症性腸疾患
 (4) 消化管手術後(胃切除,腸切除?)
 (5) 腸管内容停滞
 (6) 薬剤性?(抗生剤や抗癌剤?)
 (7) 胆汁分泌不全?
 (8) 寄生虫?(ランブル鞭毛虫は脂肪性下痢をきたす)
などですが,(2)は,腹痛の記載がないし,(3)も腹痛や血便などがないし,(4)はオペ歴の記載がないし,(5)はオペ以外にはPSSや糖尿病などによる蠕動低下が誘因となるそうだがそれを疑わせる他の症状なし,(6)は薬剤情報がないし,(7)をきたすような胆道系疾患も他に症状がありそう,(8)は,免疫正常の人にそう起きるものではないだろうと考えると(1)が一番可能性が高そうです。
<#2>
S) 頸部の手術歴はなし
O) 血清Ca7mg/dl 血清P 7mg/dl 血清Cr 0.9mg/dl
A) 低Ca,高Pという病態ですぐ思いつくのは
(1)慢性腎不全,(2)副甲状腺機能低下症だが,(1)はCr値より否定できる。(2)だとすると原因は,
 ・特発性(自己免疫による?)
 ・先天性(De George症候群)
 ・続発性 手術によるもの?,アイソトープ治療によるもの,浸潤性病変によるもの(ヘモクロマトーシス,Wilson病,腫瘍転移)?,低Mg血症
 ・偽性(レセプター異常) オペ歴はありませんし,先天性や偽性は否定的です。この中で,#1の病態と関連がありそうなのは低マグネシウム血症によるPTHの作用障害だと思われます。
 以上から,診断は「吸収不良症候群にともなう低マグネシウム血症,それによる副甲状腺機能低下症」かと考えます。なお,吸収不良症候群の原因としては#1のassessmentより本態性のものの可能性が強く,その中でも脂肪性下痢以外に症状の記載がないことよりceliac sprueがmost likelyかと考えました。

 黒川先生のコメント。

Very good discussion! Let us see what the case is.

という具合です。
 他にも,国家試験問題などに関する疑問にも学生同士はもちろん,先生方も答えてくださいますし,EBMが話題になれば現在ニューヨークのベス・イスラエル病院で活躍されている先生が米国の医療現場での様子をレポートしてくださるなど,自分の大学の中だけではなかなか得られないような情報に接することもできます。

ネット上のClinical Clerkship!

 参加いただいている方々の声をご紹介しましょう。
 「このメーリングリストでは日本全国からメンバーが参加して,ネットならではの特徴を活かして24時間ディスカッションが行なわれ,情報の交換と共有を行なっています。こうして私のように一地方大学に属しながらも,Japanese/Global standardな知識と考え方を肌で感じることができます。特に学生・研修医の間でのディスカッションに,黒川先生をはじめとするSenior doctorsからのsuperviseが入る点は,まさにネット上のClinical Clerkship!このメーリングリストは私たちが自分たちで作っていく教育/学習システムです。その可能性はまさに無限大です」(奈良県立医大研修医,Kさん)
 「このメーリングリストに加入することで,僕の中の医学の勉強方法は大きく変化しました。教科書の読み方,文献の探し方,疾患の考え方など,まさに『医学を学ぶ姿勢』が大きく変わったと思います。参加者の皆さんの医学に対する熱意が,このメーリングリストを機能させる原動力になっています。自分が意見を述べるとすぐにレスポンスがある。この反応のよさは,実際に投稿してみないとわからないと思いますし,投稿した本人にとっては非常に励みになるものです」(東京医科歯科大学6年,Iさん)

MLでのやり取りが大きな刺激に

 「単に一緒に勉強をしたり,他の人から知識を得るという以外にも,このメーリングリストをみることで医学に対しての興味が沸いたり,自分も頑張らないとと刺激を受けている人も多いと思います。僕らのように,まだ臨床の講義を受けていないような人間が投稿しても皆さん答えてくれますし,これからの勉強において,何が大事か,何をしなくてはいけないかということが自然とわかってきます」(北海道大学4年,Dさん)
 みなさんも仲間に加わって一緒に議論し,勉強しませんか?
 参加ご希望の方は,大学と学年(研修医の先生方は勤務先または出身校)とお名前,それにMLに使用するアドレスを明記のうえkoichimura-tok@umin.ac.jpまでe-mailをお送りください。お待ちしています。