第2405号 2000年9月25日


印象記

アメリカ眼科視覚研究学会

三橋玉絵,山下英俊(山形大学・眼科)


はじめに

 4月30日から5月5日までの6日間,アメリカ合衆国フロリダ州のリゾート地フォートローダデールにて,The Association for Research in Vision and Ophthalmology(ARVO;アメリカ眼科視覚研究学会)が開催された。学会場は大西洋を臨む美しいビーチ沿いという絶好のロケーションにあり,連日の抜けるような青空と夏のような陽気の中,学会は開催された。
 ARVOはアメリカ合衆国最大規模の眼科学会の1つに数えられ,最近はここフォートローダデールで開催されている。学会参加者は総勢2万人以上と言われ,アメリカ人研究者のみならず,日本(約20%は占めていた)やヨーロッパ,南米,インド,中国など多くの国から大勢の研究者が参加しており,国際学会とも言える,眼科領域で最もレベルの高い学会の1つである。
 発表は眼科の基礎・臨床の全分野にわたり細分化して行なわれ,口頭講演が約100題,ポスター講演が約5000題もあった。どの会場でも白熱した議論が交わされたことは言うまでもない。なお,約5000題の発表のうちトピックとして,(1)加齢による眼疾患研究(約130題),(2)網膜血管病変の研究(約50題),(3)アポトーシス眼疾患(約70題),(4)移植関連の研究(約60題),(5)糖尿病関連の研究(約130題),(6)緑内障関連の研究(約290題),の6テーマがあげられていた。
 山形大学眼科学講座からのARVO参加は今回が初めてであった。しかし,「フロリダに行って勉強しよう!」という合言葉のもとで,若葉マークの研究者も含め総勢12名もの大人数で参加することができた。さらに当教室からは4名が研究発表を行ない,フロリダでの充実した6日間を過ごすことができた。
 ここに今回の学会でトピックとして取りあげられたテーマや個人的に興味深いと感じたテーマについて,いくつか列挙していきたい。

羊膜移植

 凍結保存羊膜を用いた眼表面再建術は,近年国際的に眼球表面再建のトピックとなっている。日本でも木下茂氏(京府医大教授),坪田一男氏(東京歯大教授)らのグループなどにより注目されてきている。今回のARVOでも,学会4日目(5月4日)にセッションが設けられ,多くの発表が行なわれた。特筆すべきは,このセッションのうち大多数が日本人研究者の発表により構成されていたことである。特に木下教授の率いる角膜グループからは,3題の口演研究発表があり,フロアとの活発な質疑応答が行なわれた。
 発表では,眼表面疾患に対する羊膜移植の適応疾患について,また羊膜移植の手術の実際,羊膜移植の奏功機序の分子メカニズム(羊膜上での角膜上皮細胞の分化・増殖,羊膜上で培養された角膜上皮細胞のサイトカイン遺伝子の抑制)などが取りあげられていた。羊膜移植の適応としては,Stevens-Johnson syndrome,眼類天庖そう,熱・化学腐食といった瘢痕性角結膜疾患や,遷延性の深い角膜潰瘍など角膜上皮欠損が遷延している症例があげられた。症例報告としてあげられた数々の難治性と思われる症例では,角化がみられ,皮膚化したような角膜が羊膜移植により角膜上皮を再建し,角膜の透明性を回復できたことから移植の有効性を示していた。
 文献からの知識しか持ち合わせていなかった筆者にとって,実際の症例をその治療経過とともに何例も勉強することができ,非常に有意義な発表であった。
 角膜上皮細胞の分化・増殖に関する研究は,ヒト角膜上皮細胞と兎角膜上皮細胞を羊膜上で培養し,その分化・増殖の様子を光学顕微鏡および走査型,透過型電子顕微鏡で観察するというものであった。提示されたスライドでは羊膜上で重層化した角膜上皮細胞が見事に観察され,さらにそれらの上皮細胞間にはデスモゾームが,上皮と羊膜間にはヘミデスモゾームが認められた。また,羊膜上で培養された角膜上皮細胞のサイトカイン遺伝子の抑制に関する研究では,cDNAマクロアレイを用いた培養角膜上皮細胞中のサイトカイン(VEGF,neutrophillactivating peptide ENA-78など),サイトカイン受容体関連遺伝子の発現について報告されていた。この発表によると,角膜上皮は羊膜上で培養されることにより,サイトカイン遺伝子の発現が抑制されているとのことであった。これは羊膜を使用した角膜移植における拒絶反応の抑制と関連していると考えられている。羊膜移植における作用機序はまだまだ未知の部分が多く,今後の研究,特に免疫学的な解明が期待されていた。

硝子体手術における新しいタンポナーデ物質

 増殖性硝子体網膜症や増殖性糖尿病網膜症などに起因する難治性網膜剥離に対する硝子体手術では,術後の眼内タンポナーデ効果を得るために長期滞留ガス(SF6,C3F8)やシリコンオイルを利用する。これらは,すべてその比重が水より軽いことから,眼球上方,側方の網膜に対するタンポナーデ効果は期待できるが下方の網膜に対するタンポナーデ効果は期待できない。下方の網膜によりよいタンポナーデ効果を得るために,水より比重の重いタンポナーデ物質が渇望されてきた。
 今回の発表では,比重が水より重い低分子perfluorocarbonate(PFCL:F6H8)を従来のSilicone Oil(PDMS)と併用使用した場合の網膜復位に関するデータが,イタリアのF.Genevesi-Ebert氏(Pisa大)らにより報告された。彼らの研究では,上述の方法で手術を行なった場合にも良好な網膜復位が得られた。また少数例の検討ではあったが,眼内貯留による網膜障害など,眼組織への障害はみられなかった。この新しいタンポナーデ物質により,患者さんの術後の負担が少しでも軽減できるのであれば,非常に有用であると思われた。

硝子体手術で期待される新薬enoxaparin

 硝子体手術,ことに重篤な糖尿病網膜症により眼内に線維血管増殖膜(fibrovascular membrane)をきたしている症例に対する手術では,術中の出血や術後のフィブリン形成が大きな問題となる。フィブリン形成が新しい線維血管増殖膜の再発の足場となるので,術後のフィブリン形成を抑制しようと現在試みられているのが,術中の硝子体内ヘパリン注入である。しかし,注入による出血も大きな問題となっており,ヘパリンに代わる新たな薬剤の開発が待たれている。
 今回の学会では硝子体手術においてヘパリンに代わる低分子量のenoxaparinを使用したPilot studyを,R.G.Lane氏(米・Wilford Hall USAF Medical center)らが発表した。この研究では,以下(1)-(4)群の網膜剥離((1)増殖性硝子体網膜症を伴う裂孔原性網膜剥離,(2)牽引性網膜剥離を伴う増殖性糖尿病網膜症,(3)外傷性網膜剥離,(4)牽引性網膜剥離を伴うぶどう膜炎)を対象とし,これらの硝子体手術時にヘパリンを使用した群とenoxaparinを使用した群とに分け,術中の出血や術後のフィブリン形成の程度,全身合併症の有無を検討した。結果的にenoxaparin使用群ではどの対象群においてもその使用量に依存せず,術後のフィブリン形成および術中の出血は,ヘパリン使用群に比べはるかに低頻度に抑制することができた。また,今回の研究では全身的な副作用の発現は1例もなかった。Enoxaparinを使った治療はまだ研究段階だが,このような薬剤の有効性・安全性が確立され,臨床現場で使用できることが望まれている。

悪性黒色腫に対する新しいマーカー

 学会4日目の5月3日で印象に残ったのは腫瘍,特に悪性黒色腫のセッションである。現在これらに対する治療法として光凝固術,腫瘍摘出術,放射線治療(小線源強膜逢着など),眼球摘出術,眼球内容除去術などが行なわれているが,腫瘍の大きさや患者の全身状態・希望などによっては経過観察を行なうこともある。今回の報告は,眼内のみならず他臓器に転移が認められる患者において,その転移巣の進行程度を反映するマーカーの発見であった。
 これはドイツのU.C.Schaller氏(Munich大)らにより報告された。彼らは血清中に含まれる蛋白質の1つMIA(Melanoma inhibitory activity)に注目し,眼外に転移巣を持つ眼悪性黒色腫の患者におけるこの値を検討した。研究期間中,転移巣の進行が認められた患者ではMIA値が有意に上昇しており,転移巣に変化が見られなかった患者さんではMIA値の変化がなかった。これは眼外に転移病変を持ってしまった患者さんを経過観察していく際に非常に有効なマーカーではないかと考えられた。眼科では,主病巣である眼内病変については直接検眼鏡的に診察し経過観察していくことが可能であることから,MIAが転移巣の進行度判定に有用という点に注目したことはおもしろいと感じた。また当科からは高村浩氏が腫瘍セッションにおいて眼窩リンパ腫の集学的治療についてのポスター発表を行なった(写真)。

モデルで判定!?理想の眉

 「これは何だ?」と思い,注目したポスター発表の1つに,ブラジルのJ.S.De paula氏(Sao Paulo大)らによる研究“Digital analysis of the idealized eyebrow”があった。そこにはファッション雑誌に登場しているモデルの眼部の写真とそれらの眼のパーツの細かい分析が発表されていた。
 この発表では各モデルの眉の中央部から瞼までの距離などをコンピュータを用いて計測し,その平均値を求め,モデルの平均的な眼部のパーツのバランス(イコール理想的なつくりのバランスになるのであろう)を明らかにしていた。確かに,そこには均整のとれた美しい眼があった。おもしろいことに,人が美しい女性の顔と感じるのは,特に美しいと感じる顔の平均値をとった顔であるという報告がある(nature 368:239-242 1994)。この発表から,その報告が眼,眉など眼の表情に関与するパーツにあたることがわかった。これらのデータは将来的に形成手術に応用されることが期待される。世の中にはいろいろなことに着目し,研究している人がいるのだと感心させられた。こういった研究こそ今後の形成外科分野の科学的分析,エビデンスとして必要だと考えられているのだろう。

おわりに

 ARVOでは眼科視覚科学のあらゆる分野にわたる研究報告がなされており,前述した以外にも数多くのトピックがあった。研究が多岐にわたり行なわれていることには大変驚かされた。また,学会には世界的に高名な先生方や日本の眼科をリードされている先生方が大勢参加しておられ,それらの先生方の講演を間近で聴くことができたという点でも大変な収穫であった。
 私にとってさらに驚かされたことは,若い研究者の発表が非常に多かったという点である。高名な先生方に追いつかんばかりの勢いでさまざまな研究をされている,私と同年代の研究者の存在に大いに刺激された。