第2396号 2000年7月17日


特別レポート

田中まゆみ(イエール大学ブリッジポート病院・内科小児科レジデント)  

これがハーバードのOSCEだ


 ハーバード大学医学部がOSCE(Objective Structured Clinical Examination)をカリキュラムに採り入れたのはニューパスウェイ導入以降のことである。まだ12年の歴史しかないわけだが,医学部の前半2年間にわたる“Patient-Doctor(患者-医師関係)”コース(医療倫理や診察マナー・基本診察手技・問診技術などを教えるテュートリアル講義)の総仕上げとして,2年次の春(中間試験)と夏(最終試験)の2回実施されるこの臨床実技試験は,ニューパスウェイの目玉でもあり,すっかり教官・学生の間に年中行事として定着した(学生はこれらの試験に合格した上で,3年次からのクリニカル・クラークシップ〔臨床実習〕に入る)。
 ハーバード大学医学部の外来・予防医学教授であるイヌイ教授のご厚意により,今年4月に行なわれた「ハーバードのOSCE」を見学する機会を与えられたので,その様子をできるだけくわしくお伝えしよう。


 1学年が165人という大所帯でOSCEを実施するのは一大事業と言える。1回の試験(3時間,16ステーション+休憩2回)でこなせる学生数は18人なので,1日2回のフル回転で2週間にわたって実施される()。場所はニューパスウェイのために医学部本部内に新設された医学教育センター(「患者-医師関係」の講義とその実地試験であるOSCE専用)で,ステーション(以下,ST)ごとに部屋割りされている。
 医学教育センターのスタッフは,教官への参加要請から分担割り当て,スケジュール作り,教官向けマニュアルの送付,ST別の採点表の準備など,膨大かつ綿密な準備をしてこの日を迎える。教官たちが続々と集まってくる説明会場(写真1)には,緊張の中にもお祭り気分のような高揚した雰囲気が漂っている。

周知徹底されているOSCEの教育的重要性

 試験教官はボランティアであるが,医師免許更新に必要な卒後教育単位[CME(Continuous Medical Education)credit]が何単位かもらえる。また,医学教育者としてのキャリアにもなるし,自分自身の診療技術を再チェックする絶好の機会でもあり,何よりも,OSCEへの参加は楽しいらしいのである。それに,OSCEの教育的重要性はすでに周知徹底されているから,周囲も非常に協力的だそうだ。それでも一度に50人近くのボランティアが和気あいあいと組織されていく層の厚さには驚嘆する(OSCE試験官のボランティア中は他の診療義務からは解放されるが,それでも急患が入って連絡を取らざるをえない事態も試験中に見うけられた)。

16のSTで実施される多様な試験

 16のSTは,以下の5つのタイプに分けられている。
(1)身体診察のみ(6ST)
(2)身体診察および鑑別診断(4ST)
(3)問診および鑑別診断(2ST)
(4)問診・身体診察・鑑別診断(3ST)
(5)身体診察およびケースプレゼンテーション(1ST)

 試験様式としては,
(1)試験官が患者役をする(5ST)
(2)模擬患者(2ST)
(3)本物の患者(1ST)
(4)ビデオ(2ST)
(5)マルチメディア(1ST)
(6)模型のみ(2ST)
(7)模型とスライド(1ST)
(8)スライドのみ(1ST)

以上8つの様式があり,変化に富んだ実技試験を経験できる。各STは10分間であるが,問診および鑑別診断など,20分間のSTもある。
 試験官は16あるSTの中から自分の専門に合ったものを選ぶが(例えば耳鼻科ならENT〔ear, nose, throat〕のSTという具合),ときには希望以外のSTを依頼されることもある。
 イヌイ教授は,はじめは希望通り「腹部」の問診STに配属されていたが,現在は「心音」のST専属だそうだ。「心音」STではコンピュータプログラムを操作して学生に心音を聴かせなければならないので,その都度ボランティア試験官に依頼するにはやや問題がある。
 イヌイ教授が初めて担当した時,機械の調整に手間取り,最初の学生は心音を聴けないまま合格になったそうである(時間厳守なので,少々のアクシデントには目をつぶって次のSTへと移動しなければならない)。大らかといえば大らかだし,そもそも合否にこだわるのではなく,教育的フィードバックが主目的だから,試験官の裁量権は大きいといえる(しかし,イヌイ教授の初回のエピソードはあくまでも例外的アクシデントである)。
 ST間の移動はベルに従って時間厳守,ST内での実技もストップウォッチ片手の教官の主導で進む。各STでの採点基準は非常に明解で,細かい採点項目がずらりとならんだ採点用紙がSTごとに配布されており,教官はそれを手に各人につき全項目を完全にチェックしなければならない。

学生側の試験準備

 学生側は,試験準備としては,「患者-医師関係」のテュートリアル講義(診断学の教科書も指定されるが,授業内容は実際の症例を多用しての少人数でのディスカッション形式)や実習の復習をすればよい。医学教育センターには,ビデオテープやオーディオテープ,コンピュータシミュレーションプログラムを備え付けた自習室があって24時間開放されており,大いに活用されている。友人や先輩・知人との練習もものをいう。OSCE用の問題集も市販されている。

イヌイ教授の「心音」ST

 さて,昼食をとりながらのリラックスした雰囲気のうちに教官への説明会が終わり,いよいよ学生が各STのドアの前に待機した。
 まず,イヌイ教授の「心音」ST(写真2)を見学させてもらう。ドアには患者のプロフィールが書いてあり,学生はそれを読んでベルが鳴るのを待ち受ける。
 症例1は「59歳男性,5年前に『心雑音』を指摘された。以来,運動すると軽度胸痛をきたすが,安静にて治まる。心基部における聴診で,次のような所見を得た(録音された心音を再生)」
 症例2は「63歳女性,過去6年間で数回の心筋梗塞の既往あり,短距離の歩行でも呼吸困難(慢性で不変)を訴える。心尖部中腋窩(エキカ)線部における聴診で,次のような所見を得た(録音された心音を再生)」というものであった。
 ベルが鳴り,部屋の中で待ち受けるイヌイ教授が,コンピュータから所定の心音(症例1は収縮中期雑音,症例2は全収縮期雑音)を聴かせてから質問する。第1音,第2音,心雑音の持続期間,強度,性状,形状(心音図で表した時の)を述べさせたあと,診断も尋ねる。ほとんどの学生が正解であった。
 さらにイヌイ教授が,このような心雑音をきたす生理学的原因をきくと,3人に2人は正しく答えていた。中には,「この年齢では,小さい時にリウマチ熱に罹患していなければ,最も考えられるのは動脈硬化性でしょうが,この心雑音は若い人のもののように聴こえますが。年齢を知らされていなければ,先天性疾患も考慮しますね」と,イヌイ教授も舌を巻く精通ぶりを披露した外国語訛りの学生もいた。
 意外だったのは,“heart base”という言葉にとまどった学生が多かったことだ。18人中,正しく理解していたのは2人だけだったと,終了時にイヌイ教授はやや興奮気味に語り,早速(解剖学や生理学,さらにはテュートリアルの)教官たちに(ちゃんと教えるよう)フィードバックしなくてはと言っていた。OSCEではこのように,教育の落とし穴が見つかるという副次的効果もあるのである。

迫真の演技見せる患者役の教授

 続いて,「腹痛を訴える50歳代の女性」という問診・鑑別診断ST(写真4),それをプレゼンテーションするST,そして「アルコール歴のある患者の腹部診察を,要点を説明しながら行ないなさい」という模擬患者のいるST(写真3)を見学させてもらった。
 問診・鑑別診断STでは,臨床疫学の大家,スザンヌ・フレッチャー教授が自ら患者役を熱演していた。アルコール歴を聞かれ,「ほんのちょっと」さらに詳しく聞かれて渋々「毎晩,スコッチ2杯ぐらいよ,大したことないわ」と洩らす辺り,ユーモアたっぷりの迫真の演技であったが,一瞬のちには試験官役に戻って,「そう,消化性潰瘍,大事ね。膵炎,Good!心筋梗塞,Excellent!」とほめるのに忙しかった。教官用チェックリストには,心窩部腹痛の鑑別診断としてこのほかに胃炎から胆嚢炎・腎石・大動脈瘤解離までずらりと並んでおり,どれだけ数多くの鑑別診断を想起できたか,性状や放散痛・持続時間・強度などをどこまで明らかにできたかが問われるわけだ。
 次のプレゼンテーションのSTでは,聞いている人に患者の概要が理解できるように,てきぱきと順序正しく問診結果を述べ,鑑別診断を列挙しなければならない。陰性所見も取り混ぜ,鑑別診断に含める根拠・含めない根拠も説明できれば上等だが,つっかえつっかえの学生も多い。「よくできていたよ」とまずほめてから,「最初の1文で患者のプロフィールがぱっと目に浮かぶように。『50歳代の白人女性教師が,3日間にわたる腹痛を主訴として来院』,というふうに」「女性の場合,鑑別診断に必ず家庭内暴力も含めるように」などと,具体的なフィードバックが続く。

OSCEは医学教育で最高の経験

 概して出来はよかったが,学生によるバラツキは大きかった。明らかに臨床経験があるとわかる看護婦出身あるいは外国医学部既卒者らしい学生もいたが,経験の差が出るのは当然であろう。初心者でも,よく練習してきたか,患者の話を親身に聞こうとする姿勢があるかどうかは,見ていればわかる。
 すっかりあがってしまって,ずいぶん助け船のいる学生も稀にはいるそうである。腹部診察で,いきなり打診から始めた学生もいた。教官は,最後まで何も言わず学生が所見を述べるのをじっと聞いていたが,フィードバックの時に「まず視診,次に聴診,それから打診,触診,ね。(学生赤面)あがってたのね。アルコール歴のある患者さんでは視診で何に気をつけて見ますか。そう,メドゥーサの頭ね。他には?」ときちんとおさらいして要点を理解しているか確認していた。
 緊張の中にも,教官の態度は終始肯定的で温かく,フィードバックは簡潔明瞭で的を射ており,うなずきながら聞く学生も目が輝き明るさがいっぱいであった。筆者が写真撮影の許可を求めても,いやという学生は1人もいなかった(邪魔にならなかったか,とあとで聞くと,「写真を撮られていることなんて気にする余裕はなかったよ」と笑っていた)。
 皆それぞれフィードバックを受けて,2回目(最終試験)では1回目と比べ格段の進歩がみられるという。実際,ハーバード医学部の統計では学生の95%はOSCEを高く評価しており,2年間の医学教育の中で最高の経験だったという学生が多い。

実技国家試験導入を睨みComprehensive Examを開始

 アメリカの医師国家試験にも,近い将来(2002-3年)臨床実技試験が採用されることが決まり,今年から各地で試験的実地演習(field trials)が行なわれるなど実施準備が着々と進んでいる。この国家試験は,断片的なOSCEより一歩進んだ,より統合的なCSA(Clinical Skill Assessment)方式になるとの見方が強く,ハーバードでも,この動きに対応して,4年次開始前の夏休みにComprehensive Examを昨年から試験的に開始した。
 Comprehensive Examとは,模擬患者に対し,問診・診察・データ解釈などを総合的に行なうもので,4時間半かけて9ST(つまり9人の模擬患者)で行なわれる。1回に試験できる学生数は9人と,教育側から見ればOSCEよりさらに手間のかかる実地試験である。これを7月下旬-8月上旬という夏期休暇の真っ最中に教官・学生を召集して実施しようというのであるから,実技国家試験導入に対する取り組みの真剣さと緊急性がうかがわれる。2学年修了時のOSCEの位置づけは,将来的には,CSA方式の実技国家試験への基礎作りということになっていくであろう。
 本紙「医学生・研修医版」8月号では,このCSAについて,筆者が受験したECFMGでの経験を中心にレポートする予定である。


:「後で受ける学生のほうが有利じゃないか」という疑問をいだかれるかもしれないが,試験問題はほとんど繰り返しで変わらないため全員公平に準備できること,学生に対するフィードバックを目的とした教育的試験で1点2点を競うものではないことから,数日の差は問題にならない。そもそも,ニューパスウェイ導入以降,ハーバード医学部の最初の2年間(クラークシップに入るまで)の教育課程では成績表というものは廃止され,各科目について「合否(Pass or Failure)」が判定されるだけである(傑出した学生には“Honor”がつく)。それでもUSMLEのステップ1の合格率は全米平均(95%)以上だから,誰も気にしない。

《田中まゆみ氏プロフィール》
京都大学医学部卒,天理よろず相談所病院小児科レジデント修了,京大大学院を経て,ハーバード大学医学部の関連施設であるマサチューセッツ総合病院(MGH)およびダナ・ファーバーにて研究フェロー。MGHで内科クラークシップ,ケンブリッジ病院で内科サブインターンシップを経験。ECFMG(CSA)認定証取得。ボストン大大学院で公衆衛生学修士を取得。本年7月よりイエ-ル大学内科小児科合同プログラム(ブリッジポート病院)で臨床研修を開始。本紙「医学生・研修医版」に「MGHのクリニカル・クラークシップ」を連載中(7-8月号は特別レポート掲載のため休載)。