第2392号 2000年6月19日


連載
アメリカ医療の光と影(29)

マネジドケアの失敗(6)

李 啓充 (マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学助教授)


インフォームド・コンセントと相容れないマネジドケア

 インフォームド・コンセントとは訴訟逃れのための書式ではない。患者と治療のゴールを共有し,そのゴールに向けて医療者と患者とが共同して治療プランを作成するためのプロセスに他ならない。患者の自己決定権(=自分の体・自分の命について決定を下すことができるのは患者本人しかいない)という,患者の人権の中でも最も基本的な人権を尊重しようとするならば,医療者はインフォームド・コンセントの原則に忠実でなければならない。
 米国でマネジドケアに対する怒りが高まっているのは,インフォームド・コンセントという現代医療の根幹に関わる原則を,マネジドケアが無視していることが根本原因となっている。マネジドケアとインフォームド・コンセントとが相容れないものであることを示す典型が,マネジドケアの生命線ともいえる利用審査(utilization review)の制度である。
 利用審査とは,個々の医療サービスの適切性を保険者が審査するというものであるが,「不必要・不適切な医療を防ぐため」という建て前とは裏腹に,現実には「医療コストを抑制する」目的で運営されている。保険会社は「保険給付をするかしないかの決定は医療行為ではない」と主張し,利用審査が患者の病態に及ぼす責任を回避するが,高額の医療費を容易に自己負担できる患者は稀で,現実に行なわれる医療行為の内容は保険会社の利用審査によって左右される。

「医療反革命」の名がふさわしい

 さらに前回(2391号)も述べたように,保険会社が利用審査に際し「医学的必要性」を判定する根拠は不透明で,実際にはコンサルタント会社が作成したガイドラインや,契約先の企業との契約内容が利用審査の判断基準となっている。
 医師が誠実にエビデンス・ベイスド・メディスン(EBM)を実践しようとした場合,個々の患者の問題点の把握から始まり,エビデンスの収集・検討,患者との話し合いというステップを経て治療プランが作成されるのであるが,保険会社の利用審査のプロセスはEBMとはまったく正反対のものである。個々の患者に特有の医学的状況から出発するというボトムアップの視点からの判断ではなく,予め定められたガイドラインに治療プランが適合しているかどうかを決めるトップダウンの視点からの判断だからである。
 臨床現場の医師にとっては,患者の抱える問題の多様性や医療そのものの不確実性といったことに頭を悩ませるからこそEBMを実践することが必要となるのであるが,マネジドケアの利用審査は,「患者のXという状況にはYという処置をすればよい」と,医療におけるディシジョン・メイキングが自動的・機械的に決められるという前提で運営されている。患者を診て,文献を調べ,患者と話し合うというプロセスを経た後に作成された治療プランに対して,1度も患者を診たこともなく,また患者と話したこともない保険会社の審査官が「医学的必要性が認められないので保険給付をしない」と,電話の向こうから医師と患者とが合意したインフォームド・コンセントを反故にするのが利用審査の制度なのである。
 マネジドケアを「医療革命」と礼賛する向きがあるが,利用審査は現代医療においてもっとも尊重されるべきインフォームド・コンセントのプロセスを真っ向から否定する制度であり,その意味からは,マネジドケアには「医療反革命」の名のほうがふさわしいと言わねばならない。

業界大手が利用審査を廃止

 当然のことながら,利用審査は患者・医師の怨嗟の的となってきたのであるが,昨年11月,マネジドケア業界第2位の規模を誇るユナイテッド・ヘルスケア社が,「医療行為の必要性を事前に審査する利用審査の制度を廃止する」と,革命的とも言える方針変更を発表した。
 個々の医療行為の必要性を保険者が審査する利用審査は「保険者機能の強化」の象徴とも言える制度であるが,利用審査こそマネジドケアの根幹と主張してきた当事者である保険会社自身が,同制度の有用性を否定する事態となったのである。利用審査によって「不必要な」医療サービスの量を減らす節約効果よりも利用審査を運営すること自体にかかる費用のほうが高い上に,利用審査は医師や患者の反感を募らせるだけである,というのがユナイテッド社が同制度の廃止を決めた理由であった。
 同社が利用審査廃止の決断を下すに至った背景には,テネシー州で利用審査による医療行為の事前許可制を廃止し,浮いたコストを患者教育に振り向けるという制度を試用したところ,医療コストが9%節約され,入院期間も短縮するという実験結果を得ていた事実があった。今後は,症例ごとに個々の医療行為の必要性を事前に審査する利用審査は止め,個々の医師の診療報酬請求の長期的プロフィールを比較することで「突出」した診療パターンを示す医師をチェックすることとしたのであった。

遅きに失した方針変更

 ユナイテッド社の決定は,アメリカ医師会や消費者団体から好感をもって迎えられただけでなく,クリントン大統領も特別に同社の決定を賞賛するコメントを発表した。しかし,ユナイテッド社の決定がマネジドケア業界の基準からはどんなに革命的なものに見えるとしても,この方針変更が遅きに失したという批判を免れることはできない。というのも,99年11月に同社が採用した方針転換は,マネジドケアが医療に及ぼす弊害を憂える立場の人々が,古くから指摘してきた利用審査の無意味さを追認するに過ぎなかったからである。
 例えば米国内科学会は,すでに94年の段階で「個々の医療行為の必要性を事前に審査する利用審査の制度は,医療の質をよくする証拠も医療費を節約する証拠もない。そんな制度よりも医師の診療プロフィールを事後に比較することのほうが有効だ」との学会方針を公式に発表していたのである(アナルズ・オブ・インターナル・メディスン,120巻423頁)。
 利用審査に対する反感を募らせて来た医師たちとの関係を改善したい,というのがユナイテッド社が利用審査を止めることを決めた最大の理由の1つであるが,プリンストン大学の医療経済学者ラインハルト教授は,「誰かから細かく管理されたり常に干渉されたりすれば,実際に仕事をしている人に反感を抱かせるだけでなく,その勤労意欲を削ぐだけだということは医療以外の分野では常識だった。マネジドケアは,こんな簡単なことに気がつくのに10年もかかった」と,マネジドケアの「革命的」決定を揶揄したのだった。

 本連載は今回をもって最終回といたします。長らくご愛読いただきましてありがとうございます。
 なお,本連載を中心に編集した書籍『アメリカ医療の光と影』が,弊社より今秋刊行予定です。ご期待ください。
〔週刊医学界新聞編集室〕