医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


耳鼻咽喉・頭頸部手術のすべてを収めたアトラス

耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス
上巻:耳科・鼻科学関連/下巻:口腔・咽喉頭・頭頸部関連
 小松崎篤 監修

《書 評》設楽哲也(北里大名誉教授)

 『耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス』(医学書院)を手にとって久し振りに心の高ぶりを覚えた。もともと手術書は好きで,各国の手術書を持っていたが,それらの手術書を開くたびにわくわくと胸を踊らせたのである。今回はその気持ちがさらに強かった。まず表紙の絵がよい。手にとって見たくなる。

医療の理念を強く打ち出す

 読んでみて,真っ先に感じたのは手術法の進歩である。これには,手術器具の進歩,診断法の進歩に負うところが大きいが,手術の姿勢の変化を問題にしたい。侵襲の少ないことと機能重視の再建を含めた手術概念は,患者の利益を考えるという近代医学にとってあたりまえだと言えばそれまでのものではあるが,その医療の理念を表面に強く打ち出している。少し前までは,根治手術という思想が強く,徹底的に病巣を取り去る考え方であった。
 この本は医学書院の手術書としては,20年ぶりの発刊のようである。改めてこの間の医学の進歩を読み取った。戦後に手術顕微鏡の進歩,聴覚検査法の進歩,抗生物質の発見などにより,定量的に評価される機能手術ができるようになったが,それ以来の進歩で,例をあげれば,鼻の顕微鏡手術,聴神経腫瘍,頭蓋底の手術に見る顕微鏡とそれを使用したビデオによる供覧,レーザ手術,人工内耳手術の適応とその拡大,機能保存ないし機能再建を含めた腫瘍の手術と,どの分野にも進歩がみられ,工学との共同作業の成果が出ている。
 また侵襲を減らした手術の普及は入院日の短縮,日帰り手術へと進み,患者側の負担を減少する方向に働いてくる。見過ごしてならないのは,手術の供覧が可能となったことで,若い人の教育上に大きく貢献していることである。

20世紀の総決算としての手術書

 編者は,各分野とも第一人者で,分担執筆者の人選がまたよい。構成上で目立った点は,各項目のはじめにある手術概念と術式解説後の手術のポイント,手術のピットフォールとしてのまとめがよい。この形式の統一した文章構成と無駄を省いた図によって,手術の目的と要領が鮮明に打ち出されている。文献引用をおさえた企画も解説の重複をなくし,内容を簡潔にしている。手術方式の手引きとして万全であり,手術書としての利用価値が大きい。読みながら思ったのは,これだけ内容が新しいと,20世紀の総決算としての手術書という価値があるとともに,その価値は短くとも21世紀初頭の10年は持つのではないかということである。また,その後に来る次世代の手術書とはどんなものかと夢をめぐらせたのである。
上巻:A4・頁416 下巻:A4・頁396
定価上・下巻各(本体37,000円+税) 医学書院


厳しい意思決定を迫られる病医院経営者のための道標

視界ゼロ時代の病医院経営
川渕孝一 著

《書 評》竹内 實(特別医療法人即仁会北広島病院理事長)

医療提供体制の大変革の中で

 著者はわが国における数少ない医療経済学者の1人であり,日医総研の主任研究員として活躍している。弱冠40歳を少し出た年齢でありながら卓越した才能で多くの著書も残している。本書は迫り来る医療提供体制の大変革の中で各病医院がどう対応すべきかを探るための多くのヒントを含んでいる。
 まず第1章では,少子高齢社会における医療保険改革に求められるグランドデザインの必要性をあげ,未曾有の少子高齢社会の到来を覚悟しての対応とともに,あるべき社会保険制度の姿を示している。
 第2章では,第4次医療法改正に触れ,病院医療では医療機関の体系化が避けて通れないことに言及し,さらには第3章でその中で検討されている規制緩和の医療に及ぼす影響に触れている。
 第4章では,日本版DRG-PPSの考え方を示し,導入に関係する9つの留意点をあげている。ここでは従来とかく包括制そのものに拒絶反応を示してきている人たちへの説得も試みている。その上で新しい診療報酬体系への変革の必要性に触れている。
 第5章では,看護料体系のあるべき姿と,これに応じた病院経営の考え方を示し,加えてこれからの病院の多角化戦略の必要性を述べている。第6章の医薬分業については特に患者サイドからの問題点を提起,薬の効率的使用と薬価制度の問題点をついている。持論としてかねてより患者負担の平等性と院内薬局の分業化を唱えていた小生にとってまったく同感である。
 第7章では療養型病床群を総括し,介護保険導入後の療養型病棟選択の意義や病院経営に及ぼす影響について細かいデータを駆使して紹介している。最後には療養型病床群転換に伴う経済的試算を示している。

病医院経営者への提言

 本書のテーマ「視界ゼロ時代の病医院経営」は,実は著者の視界がゼロではなく,「将来ビジョンが明らかにならないのに,おいそれと設備投資や意思決定などできるわけはない」と言っている多くの医療経営者に対する警告である。その意味で最後に提案している新しいコンセプトである「メディション」は大変興味深いものであった。
 病医院経営者にとって本書は参考になるデータが豊富であり,明解に物事を処理して書かれていて大変役に立つと思われる。とともにわれわれ医療界の人間がややもすると過去の既得権や習慣の中で見過ごしがちであった事柄の矛盾を論理的に指摘している点でも一読の価値は十分にある。
 また,何より興味深いのは著者の世代である。一回り上には団塊の世代という大集団が存在する。この世代は十数年後には一斉に要介護認定を受ける年になり,一方の後ろには少子世代が迷える子羊のように続いている。まさに最も大変な世代のリーダーの1人として今後の言動が注目される。その意味でわれわれ病医院の存続問題ばかりでなく,わが国の存亡を含めての彼等世代の正論に今後も期待したい。本書の内容は医療界ばかりでなく時の為政者等も謙虚に耳を傾けるべきであろう。
A5・頁144 定価(本体2,000円+税) 医学書院


臨床麻酔の世界的なバイブル 改訂第4版

MGH麻酔の手引 第4版
Willian E.Hurford,他著/稲田英一 監訳

《書 評》上村裕一(鹿児島大教授・麻酔・蘇生学)

 マサチューセッツ総合病院(MGH)で周術期医療に携わる麻酔科医・レジデント・看護婦・学生などの臨床麻酔の指針である『MGH麻酔の手引』の日本語訳第4版が出版された。原著はマサチューセッツ総合病院だけでなく,米国内はもちろん,全世界で臨床麻酔のバイブルとして最も信頼され親しまれている。本書はその日本語訳として第4版になるが,米国と日本の医療事情の違いを考慮に入れて,日本における臨床麻酔での使用に役立つように,臨床に即した具体的な訳注を多く加えている。非常に読みやすい文章と有用な訳注が原著を活かしつつ,さらに高めている点が本書の特長である。監訳者の稲田教授の臨床麻酔に対する情熱と,実際に臨床麻酔に携わっている若手麻酔科医による翻訳の成果であろう。

スーパーローテーションで麻酔を学ぶ医師必携の書

 本書では麻酔の基礎的事項よりも,安全に麻酔や周術期管理を実施するための臨床的事項に重点が置かれている。そして,周術期の患者の安全を守るために必要な情報が,具体的にかつわかりやすく項目をあげて記載されている。特にII部の「麻酔の適応」の冒頭では「麻酔の安全性」を取り上げ,麻酔事故を防ぐための安全対策を示し,万一麻酔偶発症(麻酔事故)が発生した場合の対応の指針まで述べている。医療訴訟が日本とはけた違いに多いアメリカの状況が窺えるが,これらの対策は日本でも当然通用する重要なものばかりである。
 また,周術期に使用される薬物は作用が強く,その使用法に細心の注意が払われなければならないが,本書では巻末に「よく使用される薬物」としてまとめられている。さらに,各薬物には[日本での用法・用量・禁忌]が付け加えられている。研修医・スーパーローテーターなどが,周術期の薬物を使用する際,本書で正確な使用法を確認することで,周術期の患者の安全性が大きく向上するものと考えられる。
 実際の麻酔の臨床に関する具体的な記述,安全性を念頭に置いた内容,薬物に対する細かい配慮等,非常に有用で,麻酔科医のみならずスーパーローテーションで麻酔を学ぶ医師すべてに必携の書と言えよう。
A5変・頁670 定価(本体7,200円+税) MEDSi


大腸内視鏡に携わるすべての医師に

内視鏡的大腸病学 長廻 紘 著

《書 評》竹本忠良(日本消化器病学会名誉会長・アジア太平洋消化器病学会理事長)

 群馬県立がんセンターの病院長の長廻紘博士は,東京女子医科大学の客員教授を兼ねていて,わが国の大腸内視鏡学の最高級の指導者として縦横無尽の活躍をしている。いまさら,ここで著者のプロフィールを紹介する必要はないだろう。私の書棚にも,何冊も彼の著作が並んでいて,私と共編の内視鏡の本も数冊ある。
 いつも悠々と迫らない大陸的な大人の態度なので,去就がさだまらないことしばしばの都会人からは,時に不遜な態度だと,とんだ誤解を与えることがあるが,すこしつき合うと,根は実にやさしいデリケートな男だ。暇さえあれば,実に幅広くいろんな本を読んでいるので敬服している。彼の同級には,筑波大学の板井悠二教授や東京女子医大の大井至教授らがいるが,長廻・大井の2人が,東京女子医大消化器内科に医療練士生としてきたのは,東大紛争で入局問題がこじれにこじれたおかげであったといえよう。
 長廻紘君が内視鏡の道に入ったのは,ちょうど国産のファイバースコープが開発中の時代で,消化器病センターにも大腸専用のスコープがまだないころであった。はじめ上部消化管の内視鏡を学ぶとともに,早くから大腸に興味をしぼって,独特の挿入法を考案したりして,早くから頭角を現していた。そして,症例の多かった消化器病センターの大腸の内視鏡検査を引き受けた。当初の内視鏡カラー写真など,手札判に引き伸ばすことがやっとであったが,いまの電子スコープなら四ツ切判は平気だろう。
 この『内視鏡的大腸病学』は,〈あとがき〉にも書いているように,彼の労作の“Colonoscopic Interpretation”(IGAKU-SHOIN,1998)が基礎となってできあがった本であって,日本語の本がまずできあがって,のちに英文著書となることと,まさに逆である。むしろ日本語訳に心血をそそいだことは,彼が述べている。

高画素数CCDを駆使した内視鏡写真

 英文の著書でも,X線写真が1枚も入っていない,はじめての本格的な内視鏡の本が日本で出版されたと,同君らが編集した“Atlas of Gastroenterologic Endoscopy by High-Resolution Video-Endoscope”(IGAKU-SHOIN,1998)とともに,ウィーンの世界消化器病学会議と世界消化器内視鏡学会議に集まった人を驚嘆させた。それだけに,高画素数CCDを駆使した内視鏡写真はまさに圧巻と言えるだろうし,内容の著述ぶりは,序文でもわかるように平易,親切で,この種の本の模範であると高く評価できる。文献も実によく読んでいる。この著者に,大腸内視鏡の歴史,挿入法,内視鏡治療を含めた,さらに完成度の高い『内視鏡的大腸病学』の著述を,早々に望むものは私だけではないだろう。
B5・頁304 定価(本体20,000円+税) 医学書院


高次大脳機能障害に携わる多くの職種に

認知リハビリテーション
鹿島晴雄,加藤元一郎,本田哲三 著

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・神経学)

 認知リハビリテーションという言葉は,最近になって用いはじめられてきた新しい言葉である。高次大脳機能障害に対するリハビリテーションのうち,失語症のリハビリテーションだけはある程度体系化され,方法論的にもしっかりした基盤の上に築かれていたが,失行,失認,注意障害,健忘など,その他の高次大脳機能障害に対するリハビリテーションについては,散発的な工夫は多々あったものの,ハッキリと体系化された方法論は提唱されてこなかった。
 しかし,著者らが本書の中で紹介しているごとく,近年様々な疾患によって生じた高次大脳機能障害のリハビリテーションの需要が高まるにつれて,その方法論に対する科学的なアプローチが必要となり,その結果生まれてきた知識体系が「認知リハビリテーション」という言葉で呼ばれる分野である。
 本書では,認知リハビリテーションの総論として,まずその理論的側面が歴史的にきちんと整理されて述べられた後,様々な高次大脳機能障害の検査法が簡単に紹介されている。それに続いて,リハビリテーションの実際についてその方法論的な原則が述べられているが,この研究分野の概要を知るに好都合な興味深い章である。
 本書の後半では,認知リハビリテーションの具体的な内容として,注意障害,記憶障害,視空間認知障害,遂行機能障害,情動および行動障害のリハビリテーション,さらには痴呆の認知リハビリテーションから認知薬物療法に至るまでが,実施の実践的な方法を交えて論じられている。

豊富な経験を持つ著者たち

 本書は小さな書物であるが,その内容は高度である。しかし,平易に書かれており理解しやすい。この分野での豊富な経験を持つ著者たちならではの魅力的な書物である。認知リハビリテーションという新しい分野でのわが国初の教科書として,高次大脳機能障害に携わる多くの職種の方々に読んでいただきたい好著であると思う。
A5・頁248 定価(本体3,900円+税) 医学書院


日本の整形外科の先人が後輩のために残した遺産

整形外科を育てた人達
天児民和 著/九州大学整形外科学教室同窓会 編集・発行

《書 評》蒲原 宏(日本医史学会理事長,日本歯科大学医の博物館顧問)

 目をみはるような日進月歩の医科学研究の真っただ中では,現在があっという間に過去となっていく。その中で過去を振り返るのは「故ヲ温テ新シキヲ知ル,以テ師ト爲ス可シ」という中国の古典『論語』の箴言とは知っていても,先端医学の研究と両立してその学問の足跡の調査と研究を実践することは言うべくして難しい。それには長い,地味な資料調査が欠かせないが,超多忙な研究者,教育者,臨床医学者として活動しながらそれを実践されたのが,本書の著者,故天児民和先生(1905-1995)その人である。

134人の整形外科医の伝記と骨折治療の近代史

 その長年の努力の結晶が,134人の整形外科医の伝記と骨折治療の近代史をまとめた570頁からなる『整形外科を育てた人達』の大著である。前著は雑誌「臨床整形外科」で1983年から1994年まで12年間131回の連載にさらに3人の小伝を追加し,後者は同誌の1969年からの1970年まで5回の連載論文である。著者の逝去直後から出版が熱望されておりながら4年余の歳月が過ぎ去った。
 この度九州大学整形外科学講座開講90周年を記念して同窓会が出版発行を実現された。
 整形外科評伝の好著とされているMercer Rangの“Anthology of Orthopaedics”(Livingstone,1966)も足下にも及ばぬ名著として仕上がっている。
 その陰には著者の旧門下生で医学史研究者である小林晶博士(福岡整形外科病院理事長)の緻密な校訂と索引編集の作業の成果が整形外科学史書としての価値を高めている。著者はよき著書とともに整形外科史言及のよき後継者を育てられていたと言えよう。
 著者は近代整形外科学の胎動期の20世紀初頭に生まれ,第1次大戦後の整形外科第1期発展期にあたる1935年前後に欧米の整形外科を肌で体験し,当時の整形外科のリーダーや若い研究者の間に多くの知己を持つことができた。
 第2次大戦後の整形外科第2期発展期には,日本の整形外科のリーダーの1人として国際的な学術交流の中で各国の整形外科の実情を把握し,幅広い実践活動を行なうことができた。日本整形外科学会の中でも数少ない戦前,戦中,戦後の長期にわたり活動することのできた,自分自身が歴史的な行実の持ち主であった。
 それに九州大学出身で同世代の医学史研究者阿知波五郎,岩熊哲両氏の学問的業績と,恩師神中正一教授がNicolas Andry(1658-1742)の伝記研究にかけられた努力に刺激され,日本では未踏であった整形外科の伝記の紹介を志し,意欲的に執筆されたのである。
 著者が新潟大学在任中の1945年から1950年までは海外文献の入手ができなかった。医局の抄読会ではよく独・英・米・仏の整形外科学者の小伝を紹介しておられた。
 暇があると戦前輸入された外国医学雑誌に載っている整形外科医の伝記や追悼記事や写真をこつこつと自分のカメラで複写し,資料を収集しておられた。まさに孜々してたゆむことなしという言葉そのままの姿を垣間見た記憶がいまだに鮮明である。
 昨年,肺炎のため度々大学病院に入院されたが,小康をうると『整形外科を育てた人達』のシリーズ執筆の資料を調べるため,パジャマ姿のまま図書室に出没しておられたと岩本幸英教授の序文にある。
 新潟在任中からAgostino Paci(1854-1902)やAdolf Lorenz(1854-1946)の小伝を随筆風に書いておられたが,九州大学を退官された1969年以後,堰を切ったように,収集されていた資料を駆使して執筆されたのである。
 文献資料だけでなく,著者の国内外での実体験による記述が豊富であり長命ながら最晩年にいたるまで明晰で,読み答えのある筆意である。
 小林晶博士が編集後記で述べておられるように,生前に著者が本書を手にすることができなかったのは残念なことであるが,在天の先師は同門の方々の篤志を嘉されておられると信ずる。

過去を知ることは未来を想定し現在を改善すること

 整形外科を志す医師たちにとって必読の書であるばかりでなく,医学の歴史を研究する人々にとっても座右の書であることを疑わない。できうるならば,著者が病のため止むなく断章を余儀なくするに至った,整形外科発展に貢献した人々について,志をついで世に紹介する研究者の現われてくることを期待したいのである。
 その手はじめは本書の著者を『整形外科を育てた人達 続編』の最初の整形外科学者として取りあげることからであろう。
 歴史は日々作られ,日々過去となる。整形外科学研究者も臨床家も,日々その歴史を作ることに意識しようとしまいと参画している。
 己の中に過去があり,現在があり,未来がある。時は刻々と過ぎていっている。
 したがって歴史学者が「過去の歴史を知ることは,未来を想定して現在を改善すること」と言うように,よりよい整形外科が人類の幸福を目ざして行動するために,整形外科の先人たちのたどった道を振り返えってみる必要がある。本書は日本の整形外科の先人が後輩のために残してくれた遺産とも言える名著である。
B5・頁570 定価(本体20,000円+税) 医学書院