第2384号 2000年4月17日

Vol.15 No.4 for Students & Residents

医学生・研修医版 2000. Apr


増刊号 読書特集

医学生・研修医のために私が選ぶ この10冊


日野原重明氏

若月俊一氏

星野一正氏

多賀須幸男氏

五十嵐正男氏

紀伊國献三氏

折茂 肇氏

黒川 清氏

諏訪邦夫氏

塚本玲三氏

仁志田博司氏

宮地良樹氏

大田仁史氏

山崎章郎氏


■日野原重明氏
(聖路加看護大学名誉学長)

 私は『総合診療誌JIM』(医学書院刊)の2000年3月号に「研修医にぜひ読んでもらいたい本」という題でW. オスラー著『平静の心』を含み,20冊の本を推薦した(参照)。
 今回は,特に医学生のためと限定して,医学を志すものとして,基礎としてのリベラル・アーツが体得されるように以下の本を紹介しようと思う。
(1)W. オスラー「平静の心」(日野原重明・仁木久恵訳,医学書院)
(2)細川 宏「病者・花(細川宏遺稿詩集)
(3)アン・リンドバーグ「海からの贈り物」(吉田健一訳,新潮文庫)
(4)V. フランクル「それでも人生にイエスという」(山田邦男・松田美家訳,春秋社)
(5)S. クイン「マリー・キューリー」(田中京子訳,みすず書房)
(6)E. フロム「愛するということ」(懸田克躬訳,紀伊國屋書店)
(7)夏目漱石「思い出すことなど」(岩波文庫)
(8)E. エリクソン「老年期-生き生きしたかかわりあい」(朝長正徳・朝長利枝子訳,みすず書房)
(9)神谷恵美子「生きがいについて」(みすず書房)
(10)P.A. タマルティ「よき臨床医をめざして-全人的アプローチ」(日野原重明・塚本玲三訳,医学書院)


■若月俊一氏
(佐久総合病院名誉総長)

 若い医学生さんたちのために,次の10冊の名をあげておきました。

(1)「大谷藤郎著作集第2巻プライマリ・ヘルスケア編」(フランスベッド・メディカルホームケア研究・助成財団)
(2)宮城音弥「社会心理学ノート」(山手書房新社)
(3)ガルブレイス「ゆたかな社会」(鈴木哲太郎訳,岩波書店)
(4)シドニー・ポラード,ジョン・ソルト「ロバート・オウエン-貧民の予言者;生誕200周年祭記念論文集」(根本久雄・畠山二郎訳,青弓社)
(5)ダニエル・ゴールマン「EQこころの知能指数」(土屋京子訳,講談社)
(6)羽仁五郎「都市の論理;歴史的条件,現代の闘争」(勁草書房)
(7)若月俊一・松島松翠・川上武・杉山章子・藤井博之「佐久病院史」(勁草書房)
(8)本田徹「文明の十字路から;医師のアラブ=チュニジア」(連合出版)
(9)時実利彦「人間であること」(岩波書店)
(10)川上武,医学史研究会「医療社会化の道標;25人の証言」(勁草書房)

 言うまでもないことですが,これからの21世紀は大変に難しい時代です。それに対して,わが医学界は,率直に言って旧態依然たる保守的な面が多いのではないでしょうか。医学界や医学教育界などは,どうしても今までの安易な雰囲気の中に閉じこもりやすい。
 しかし時代は大きく変わっていきます。これまでのように国家,地域などのタテ割りの境界で議論するのではなく,それを越えて,地球環境を主なテーマとしてのグローバリゼーションの大きな立場で行なわねばならぬことを認めないわけにはいかなくなりました。その意味で,これからの医学生はアメリカの新しい経済学者の『ゆたかな社会』などを読んでおいたほうがよいのではないでしょうか。
 また,オウエンの『貧民の予言者』などは150年も前の古いものではありますが,これからの医療は必ずや協同組合の理想主義と大きな関係を持つに相違ないという点で一読の価値があると思うのです。
 この中に,私どもが直接関係する『佐久病院史』をあえて入れたのは,どんなものかと思うのですが,これには川上武先生の強いアドバイスがあったからです。単なる「病院史」ではありません。これからの医療が福祉や高齢者問題と統合されて論じられるのは仕方がないとしても,どうも病院の縮小軽視の方向に押し進められていくのではないか心配なのです。それに対して,日本の政治家たちは「財源」を論ずることをタブーとしているみたいなのです。


■星野一正氏
(京都大学名誉教授)

(1)星野一正「医療の倫理」(岩波新書)
 本書は,1991年12月20日に初版が出て以来,直ちに新書版のベストセラー2位に入り,以後8年間に版を重ね,23刷6000部が本年1月に発行された。
 本書の文章は,度々医系大学などの入学試験問題として出題されており,本書は多くの大学等で指定あるいは推薦図書として採用されている。
(2)星野一正「インフォームド・コンセント-日本に馴染む六つの提言」(丸善ライブラリー)
 本書も発売以来よく読まれており,看護学科を含む医系大学や看護協会などの指定,あるいは推薦図書として広く採用されている。平成12年2月29日の最高裁判所における医療過誤裁判において,はじめて,インフォームド・コンセントの法理に基づいた判決が下されたので,今後は,すべての裁判所においてもインフォームド・コンセントの法理についての正しい理解が必要であり,この法理を無視した医療行為をした場合には,日本でも医師側が敗訴になる可能性がきわめて高くなると思われるので,日本人の国民性を十分に考慮したインフォームド・コンセントの解説のある本書で,しっかりと勉強される必要がある。
(3)柳田邦男「いのち;8人の医師との対話」(講談社)
 本書は,8人の代表的な医師との11回に及ぶ対談内容を著書がまとめたものである。一流の医師の臨床における珠玉の言葉が聞かれる素晴らしい本である。
(4)キューブラー・ロス「人生は廻る輪のように」(上野圭一訳,角川書店)
(5)柳田邦男「犠牲」(文藝春秋社)
(6)中島みち「奇跡のごとく-患者よ,がんと闘おう」(文藝春秋社)
(7)乙武洋匡「五体不満足」(講談社)
(8)日野原重明「道をてらす光-私が学んだ人と言葉」(春秋社)
(9)A. デーケン・重兼芳子編「伴侶に先立たれた時:生と死を考えるセミナー第3集」(春秋社)
(10)柳田邦男「20世紀は人間を幸福にしたか」(講談社)


■多賀須幸男氏
(多賀須消化器・内科クリニック院長)

(1)吉田富三「癌ノ発生,癌原性物質ノ研究概観」(日本医書出版株式会社.1949)
 山極・市川に始まるタールと佐々木・吉田のアゾ色素を中心に,発癌物質研究の足取りを解説したものである。序文に「見事ニ実ヲ結ンダ研究ノ報告ヲ読ミソコニ一ツの筋道ヲ読ミトルコトハ,楽シイ仕事デアッタ」とあり,本書の続編を作る幸福に恵まれたいと結んでいる。450円と医学部入学まもない筆者には大変高価な本であったが,熱気溢れる文章にたちまち圧倒されて,将来は癌に関連した仕事をしようと決めた次第である。『吉田富三医学論文集(1)』(形成社.1983)に収載されている。
(2)川喜田愛郎「近代医学の史的基盤;上・下」(岩波書店.1977)
 1226頁の本文に詳細な註が付いた大著『近代医学の史的基盤』は,川喜田先生が文化勲章に輝いた記念碑的な書物である。著者独特のこみ入った表現もあって取っつき難いが,何回も読み返すと,軽薄な現在の書物では得られない,医学についての深い理解が得られる。真剣に医学に取り組もうとする学徒は,ぜひじっくり読んで欲しい。
(3)吉村 昭「冷たい夏,熱い夏」(新潮文庫.1984)
 著者の吉村昭氏は医療に関係した小説が多数ある作家であるが,「冷たい夏,熱い夏」は実兄に肺癌が見つかった時から死までの記録である。われわれにとって日常的な癌の発見がその患者さんと家族にどのような波紋を及ぼすか,心に迫る巧みな文章で,しかもさりげなく綴られている。反省してみると,話を聞いて家に戻った患者さんや家族がどうしているか,本書を読むまで思い測ることはなかった。ぜひお読みいただきたい好著である。
(4)砂原茂一・上田 敏「ある病気の運命;結核との闘いから何を学ぶか」(東京大学出版会.1984)
(5)E. アッカークネヒト「ウィルヒョウの生涯;19世紀の巨人=医師・政治家・人類学者」(舘野之男他訳,サイエンス社.1984)
(6)大貫恵美子「日本人の病気感,象徴人類学的考察」(岩波書店.1985)
(7)小林忠義「病因論,病気を決定するもの」(東海大学出版会.1988)
(8)山本俊一「死生学;他者の死と自己の死」(医学書院.1996)
(9)多田富雄「生命の意味論」(新潮社,1997)
(10)P. ラビノウ「PCRの誕生,バイオテクノロジーのエスノグラフィー」(渡辺政隆訳,みすず書房.1998)
 エスノグラフィ(民族誌)という副題が示すように,分子生物学のコア・テクニックであるPCRを生み出したベンチャー達の生活を描いたものである。読み進めるうちに,いろいろな経歴を過ごし気に入ったグループに次々に移って,ゲーム感覚で最先端の研究を進めている若者たちの姿に驚く。21世紀の医学研究を志す諸君は,この本を読んでこれから飛び込んで行く世界がどのようなものか,覚悟を決めてほしい。

(11)会田雄次「アーロン収容所;西欧ヒューマニズムの限界」(中公新書,1962)
(12)星新一「祖父・小金井良精の記」(河田書房新社.1984)
(13)J.D. ワトソン「二重らせん;DNAの構造を発見した科学者の記録」(江上不二夫・中村桂子訳,タイムライフブック.1968)
(14)山下政三「脚気の歴史;ビタミンの発見」(思文閣.1995)
(15)神谷美恵子「生きがいについて


■五十嵐正男氏
(五十嵐クリニック院長)

 私が医師として今日あるのも,これまで多くの師や書物から教えを受けてきたからである。その中から特に10冊だけを選ぶことは大変困難であるが,強いて選べば,以下のものかもしれない。
 最初の4冊は日本や米国での私の研修医時代のもので,今の研修医には当てはまらないと思うが,残りの6冊は現在でも入手可能であり,お勧めしたいものである。
(1)Katz & Pick 「Clinical Electrocardiography Part 1;The Arrhythmias」(Lea & Febiger)
 1956年に初版が出たこの本は,当時不整脈をめざすものが通過しなければならない関門であった。難解ではあったが,これにより不整脈への関心を持つようになり,数年後には米国で著者らから直接教えを受けることになった。
(2)McKusick「Cardiovascular Sound」(Williams & Wilkins)
(3) Goodman & Gilman「The Pharmacological Basis of Therapeutics」(McGraw-Hill)
(4)「The Washington Manual of Medical Therapeutics」(Little, Brown現在Lippencott Williams & Wilkins)
(5)キューブラー・ロス「死ぬ瞬間-死にゆく人々との対話」(川口正吉訳,読売新聞社)

(6)植村研一「頭痛・めまい・しびれの臨床」(医学書院)
(7)浜田 晋「一般外来における精神症状のみかた」(医学書院)
 この2冊の本は臨床に携わる医師としての豊かな経験と知識が,自分の言葉で書かれてあり,医師のあり方・考え方を教えてくれる。プラアイマリケアをめざす医師必読の書である。

(8)中原 基「生命の彩」(桐原書店)
(9)星野富宏「鈴のなる道」(偕成社)
 自分の身を動かすことさえ叶わない重度障害者のこの2人が描いた絵はたとえようもなく美しく,その言葉は100人の牧師のことばより神を身近に感じさせ,私の心を動かす。

(10)日野原重明「道をてらす光-私が学んだ人と言葉
 出版されたばかりであるが,私の生涯の師である日野原重明先生ご自身が,これまでの人生で教えられ,考えさせられ,影響を受けた100人あまりの人とその言葉をあげ,先生のそれにまつわる思いをまとめたもの。現在医療に携わって人,これから携わろうとするすべての人たちに勧めたい本である。


■紀伊國献三氏
(国際医療福祉大学教授)

(1)L. Weed「診療記録・医学教育・医療の革新(Medical Records, Medical Education and Patient Care)」(1969年)
 1970年にミズーリ大学で教える機会があり,その時ウィード教授の講演を聞くことができた。目からうろこが落ちるとはこの時であり,日本に帰り毎週研究会で翻訳を試みた。日野原重明先生の名著「POS-医療と医学教育の革新のための新しいシステム」(医学書院)の先駆けとなることができた。
(2)A.L. Cochrane「Effectiveness and Efficiency」(1972年)
 近年のEBMの先駆けとなった本にもミズーリで出会うことができた。日本語の翻訳が最近できると聞いている。
(3)J. Fly「プライマリケアとは何か(A New Approoch to Medicine)」(1982)
 英国のG.P. ジョン・フライの名著であり,著者自身が「近代医学を自己批判的,分析的に過去にこだわらず見つめようとすること」と書いている。これは医療に携わるものの考え方の基本であろう。
(4)WHO「アルマアタ宣言」(1978)
 WHOの事務総長であったH. マーラーが中心となって,プライマリ・ヘルスケアにより地球上すべての人に健康をという大宣言である。その内容は一読に値する。
(5)中井久夫「分裂病と人類」(東京大学出版会.1982)
 精神疾患についてはまったくの素人だが,著者が高校の同級生ということもあって読んで感動した。文明史とも言える名著である。
(6)二木立「医療経済学」(医学書院.1985)
 ある雑誌の編集委員をした時に,著者の思想について疑義を持つ人を説得して連載をスタートさせた想い出もある。
(7)岡村昭彦「ホスピスへの遠い道」(春秋社.1999)
 独断に満ちた本だが,ホスピスの持つ問題点を多面的に考えさせられた。
(8)池上直己・J.L. キャンベル「日本の医療」(中公新書.1996)。
 日本の医療を世界的な観点から俯瞰した好著。
(9)大谷藤郎「らい予防法廃止の歴史」(勁草書房.1996)
 医療と人々との関連を人権の立場から追求した著者の強い信念が伺える。
(10)日野原重明「道をてらす光-私が学んだ人と言葉
 日本の医療の将来を考えるものにとって日野原重明先生のどの本も読むべき本であるが,最新の含蓄に富んだ本。


■折茂 肇氏
(都老人医療センター院長)

 私はあまり読書をするほうではなく,読書体験も貧弱なのであまり参考にならないかもしれませんが,最近読んだものも含めて10編を選ばせていただきました。
(1)吉川幸次郎「論語(上/下)」(朝日新聞社.1996)
(2)松原哲明「洗心 般若心経[愛蔵版]」(チクマ秀版社.1998)
(3)川瀬一馬;校註「世阿弥 花伝書(風姿花伝)」(講談社.1972)
(4)土居健郎「甘えの構造[第3版]」(弘文堂.1991)
(5)井上達夫「他者への自由-公共性の哲学としてのリベラリズム」(創文社.1999)
(6)R.D. レイン「自己と他者」(笠原嘉,志貴春彦訳,みすず書房.1975)
(7)西平 直「エリクソンの人間学」(東京大学出版会.1993)
(8)多田富雄「免疫の意味論」(青土社.1993)
(9)藤田恒夫「腸は考える」(岩波新書.1993)
(10)J. ピアジェ「知能の誕生」(谷村覚・浜田寿美男訳,ミネルヴァ書房.1978)

 『自己と他者』:著者はイギリスの精神科医。文学などを材料とし他者との関連性の中で成立し,また崩壊していく「自己」がとらえられている。
 『甘えの構造[第3版]』:日本人の人格形成や社会の特徴を知る上で参考になる。「母性社会日本の病理」(河合隼雄),「縦社会の人間関係」(中根千恵)などを併せて読むとなおよい。
 『腸は考える』:本の題名がおもしろい。消化管ホルモンを分泌する腸細胞の探索と機能の研究の物語。さらに本書にはこの国で学問をする喜びと苦悩が軽妙な筆致で描かれており読者に感銘を与える。
 『免疫の意味論』:「自己」を成立させるシステムとしての「免疫」を自己組織的な「スーパーシステム」として位置づけ,独自の見解を示している。著者は免疫学者であると同時に「能」にも造詣が深く,哲学者としての一面をも兼ね備えている。


■黒川 清氏
(東海大学医学部長)

1.医学,医師,医療に関するもの
(1)利根川進,立花 隆「精神と物質」(文藝春秋社)
(2)赤津晴子「アメリカの医学教育:アイビーリーグ医学部日記」,「続アメリカの医学教育:スタンフォード大学病院レジデント日記」(日本評論社)
(3)黒川清・田辺功「医を語る」(西村書店)
2.歴史,哲学,政治などの分野
(4)司馬遼太郎「坂の上の雲」(文藝春秋社)等の多くの著書
(5)宮城谷昌光「太公望」(文藝春秋社)等
(6)加賀乙彦「高山右近」(講談社)
(7)S. Huntington「文明の衝突」(鈴木主税訳,集英社)
(8)船橋洋一「同盟漂流」(岩波書店)
(9)Karl von Volfren「人間を幸福にしない日本というシステム」(毎日新聞社)
(10)I. Hall「知の鎖国」(鈴木主税訳,毎日新聞社)
3.気楽な,息抜きの本
林 望著の「イギリス」ものシリーズ:楽しい,エスプリ。

 貪欲に医学以外の本も読むこと。読むべき本はいくらでもあります。
 医師,医学生には一般に教養とか,倫理とか,人間性が欠けているとか言われますが,これは医師,医学生に限ったことではありません。最近の大蔵省とか,神奈川や新潟の県警を見てもわかるように「エリート官僚」が,実はとんでもなく情けない人たちだったのだということでもわかるでしょう。従来もそうだったのでしょうが,情報が漏れなかっただけのことです。官僚に限ったことではありません。銀行,商社,大学等でも同じことです。
 つまり,「エリート,リーダー」といわれるような人達の倫理観の低さ,国と国民に対する責任感の欠如,矜持の欠如,人格と品性の情けないことがわかってきたということです。単なる偏差値エリート教育の結果です。極端なことを言えば,偏差値が高いということは,難しい試験に受かったというだけのことなのです。
 極端なことを言えば,医学部では授業に出席しなくても過去問題を主力に勉強し,国家試験にさえ受かればよいことになります。実際,授業の出席率は悪いのでしょう。文科系でも国家公務員上級試験に受かればよいのですから,大学に入れば,あとはそのための予備校に行けばよいのです。これらは極端な例であり,理屈でしょうが,あながちうそでもなくて実例もいくらでもあるところが怖いのです。これが日本の「エリート」養成,高等教育の基本的構造と実態なのです。
 そしていったん「会社」「役所」「組織」に入れば,後は「縦社会」,「村社会」で従来からの慣習と上の人たちに従っていれば,外部にも漏れずちゃんと守ってくれていたのです。とかげの尻尾きりはあるでしょうが,多くの「エリート」は対象外です。インターネットなどによる国際レベルでの情報開示の21世紀では,このような従来の日本を支えた「縦社会」,「村社会」とその精神構造は,特に高等教育や,科学研究,金融などの国際的価値と「産物」を求める分野では通用しません。これが現在の日本の自信喪失ムードの一因です。
 そこで私が薦める本は医学分野も含めてたくさんの本を読むことです。特に歴史,哲学は大切です。これらこそが,人間の文明と英知の集積なのです。歴史と哲学を学ぶことで人間の歴史,科学の歴史を知り,先人の跡を振り返り,自身がより「賢く」なり,将来に対して,また自分自身に対して謙虚になれるというものです。これらの「本物」の「教養」教育の欠如こそが,情けない「エリート」を作ってきた「近代日本」の高等教育と社会制度の欠陥として,情報の国際化によってあからさまになってきたと言えましょう。
 21世紀は生命科学の世紀と言われています。これから医師としていろいろと患者さんやその家族,また多くの人と接し,助け,研究にも参加することでしょう。そこでは,科学の応用に対して,より謙虚で,広い視野が必要なのです。医学だけを勉強しているようでは,十分ではありません。日本と日本人の歴史を含め,世界は広いのです。広い視野と謙虚な人間への形成に努めることも非常に大切なことなのです。
 日本人の歴史では特に司馬遼太郎氏の作品をお勧めします。司馬さんは本当の優れた日本人を描いている現代の「語り部」と言えましょう。『坂の上の雲』などをぜひ読んでください。東洋の歴史という点では中国の小説。
 またこれからの「国際標準」になってくるアメリカでの医学教育と臨床研修については,最近の日本では「きわめて稀な実体験者」としての赤津晴子さんの『アメリカの医学教育』と『続アメリカの医学教育』もぜひ読むことをお薦めします。
 私と田辺功氏による『医を語る』も日米の医学,医療の在り方,見方がわかりやすくお勧めです。生命科学分野では利根川進氏と立花隆氏の共著になる『精神と物質』がすばらしい。そして,国際的感覚とダイナミズムを理解するのにはS. Huntingtonの『文明の衝突』や船橋の『同盟漂流』等が広い視野で世界を考えさせてくれます。


■諏訪邦夫氏
(帝京大学教授)

(1)小野博道「サーロインステーキ症候群」(ちくま文庫)
(2)塚本泰司「判例からさぐる医療トラブル」(講談社)
(3)本川達雄「象の時間,ネズミの時間」(中公新書)
(4)木下是雄「理科系の作文技術」(中公新書)
(5)ロゲルギスト「物理の散歩道,全5巻」(岩波書店.1巻だけは品切れ)
(6)コムロウ「医学を変えた発見の物語」(諏訪邦夫訳,中外医学社)
(7)森鴎外「高瀬舟」(岩波文庫・新潮文庫)
(8)クック「ハームフルインテント」(ハヤカワ文庫)
(9)天藤真「大誘拐」(角川文庫)
(10)「青空文庫掲載の古典全部

 「自分の読書体験から」という注文ですが,その中から,「永く繰り返し読んで楽しんだり学ぶことができ」,「現在も入手できて生命をもち」,しかも「安い」ことを基準に選びました。(1)から(8)までは医学・医療に直接か間接に関係しています。
 (1)は食事療法・運動療法の本ですが,小説仕立てで面白く,外科医の執筆の点もかわっています。
 (4)は理科系一般ですが,論文を書くためのバイブル。
 (5)はタイトルは「物理」ですが,日常生活を題材にしており,医師の眼からみても楽しくて,しかもいろいろと示唆に富んだ内容で,きっと何かの役に立つでしょう。著者は日本の科学者のグループが自らを名付けたもの。品切れの第1巻以外,第2-5巻は揃っていて入手できます。
 (6)は自訳書ですが,編集者の注文に自分としても読者のためにももっともふさわしいと考え自信を持ってお勧めします。
 (7)は有名な作品ですが,100年も前に安楽死の問題を堂々と上手に扱い,小説だけでなくて著者自身が解説もしており,このテーマに関する日本の考え方の原点です。
 (8)は眼科医の書いたミステリーですが内容は筆者の専門の麻酔を扱い,麻酔科医の悩みや医療過誤と法廷の様子などが興味津々。(9)はこのリストの中で唯一医学や医療と無関係ですが,ミステリーとしてプロットが奇想天外で,殺人や悪人は登場せず,楽しくて面白くて,しかも主人公の何ともいえない人柄が魅力です。
 リストの最後の(10)が変わっていますが,ここには著作権の切れた作品や,新しくても著者が公開してくれている作品が千編ほど載っていて無料でダウンロードできます。著作権は著者が死亡して50年後の最初の1月1日に切れる規則で,昨年1月は太宰治が,今年1月は海野十三が公開になりました。こんな大量の本を持ち歩くのは不可能ですが,パソコンならハードディスクの片隅に収まり,画面は読みやすく,手元において丁寧に読むものを選ぶ資料としても使えます。


■塚本玲三氏
(茅ヶ崎駅前クリニック院長,茅ヶ崎徳洲会総合病院名誉院長)

(1)W. オスラー「平静の心
(2)P.A. タマルティ「よき臨床医をめざして-全人的アプローチ
(3)日野原重明「死をどう生きたか」(中公新書)
(4)トルストイ「イワン・イリッチの死」(米山正夫訳,岩波文庫)
(5)V. フランクル「それでも人生にイエスと言う
(6)ノーマン・カズンズ「笑いと治癒力」(松田銑訳,岩波書店)
(7)Michael Crichton「Five Patients」(Ballantine Books, N.Y.)
(8)Edward E. Rosenbaum「The Doctor」(Ivy Books, N.Y.)
(9)梅原猛編「脳死と臓器移植」(朝日文庫)
(10)柳田邦男「犠牲

 現代医学は,サイエンスの面では目覚しい進歩を遂げているが,医の心あるいはアートは軽視されているように思われる。したがって,その重要性をあらためて認識してもらえるような図書を選択してみた。
 『平静の心』は,現在,世界をリードしているアメリカ臨床医学の祖と言われるウイリアム・オスラー先生が,医師,看護婦,医学生の心構えについて述べた講演集で,今なおアメリカでは医師たちのバイブルとなっている名著である。本書の翻訳者で,わが国の臨床医学の発展に尽力し,日本オスラー協会長である聖路加国際病院の日野原重明先生は終戦後まもなく米軍軍医から本書を譲り受け,それ以来愛読し続けてこられたとのことである。
 私は研修医時代に日野原先生の指導を受け,先生の臨床医としての姿勢に大変感銘を受けたが,日野原先生を介してオスラー先生の臨床医としての生きざまや考え方を学んだと信じている。わが国の医師や医学生も,座右の書として反復拾い読みをすることをお勧めする。
 このオスラー先生の思想を引き継いだジョンズ・ホプキンス大学医学部のタマルティ教授の著書『よき臨床医をめざして』には,臨床医としての患者およびその家族への接し方が具体的に記されており,本書は臨床医にとってきわめて有用なガイドブックと思われる。
 『死をどう生きたか』と『イワン・イリッチの死』は,不治の病の患者心理が見事に描かれている。「笑いと治癒力」は,精神神経免疫学研究の端緒となった患者の実体験である。『それでも人生にイエスと言う』は,生きる意味と価値について深く掘り下げた素晴らしい書である。『Five Patients』は,マイケル・クライトンが医学生の時に,『The Doctor』は,医学部長である著者自身が患者となって,体験した病院医療の問題点を表した書である。『脳死と臓器移植』は,脳死と臓器移植についての多角的な考察であり,『犠牲』にはドナーの家族のゆれ動く気持ちが描写されている。


■仁志田博司氏
(東京女子医科大学教授)

 歴史的な本はどこでも推薦されているので,最近の本の中から,医師としての自分に何かを与えてくれた本をあげました。

(1)三宅 廉「こだまするいのち;パルモア病院のこどもたち」(新教出版社.1992)
 私は,三宅先生が自分が出生時に診た新生児が15歳になった時に集まる同藍記念会で,一人一人に生まれた時のエピソードを話して小児科医としての役目が終わったことを告げる姿に感動し,「私も新生児と生きます」と言ったところ,「仁志田君,新生児に生きるだろう」と正されました。
(2)柳田邦男「“死の医学”への序章」(新潮文庫.1990)
 柳田さんは,癌で亡くなった前川医師が,死にゆく患者に何をすべきかをまったく学んでいなかった自分自身の体験から,「死の医学」を確立したいと念じながらも果たせなかったことにもとづき,本書をその遺志を伝える気持ちで刊行している。
(3)中川米造「医学の不確実性」(日本評論社.1996)
(4)M・ミッチェル・ワールドロップ「複雑系;COMPLEXITY」(田中三彦・遠山俊征訳,新潮社.1996)
(5)野沢重雄「生命の発見;新しい科学の可能性を求めて」(PHP研究所.1992)
 (3)(4)(5)は,医学は科学ながら,神のみが知り得るような宇宙のように複雑な人間を対象とするものであることを,謙虚さを持って知るべきであることを教えてくれる。
(6)中村桂子「生命誌の扉をひらく;科学に拠って科学を越える」(哲学書房.1990)
 DNAが単なる暗号ではなく,生命につながっているように,検査結果という無機的な情報の後ろに生きた人間・患者がいることを忘れてはならない。
(7)コンラート・ローレンツ「ソロモンの指輪;動物行動学入門」(日高敏降訳,早川書房.1994.改訂17版)
 人間も動物であり,動物からわれわれは多くを教えられ,学ぶ。
(8)V. フランクル「夜と霧
 人がいかに残酷になれるか,そして同時に人はどこまで人間としての尊厳を守ることができるか。すべてに医師が一度は読むべき本である。
(9)金子みすず「金子みすず童謡集」(角川春樹事務所.1998)
 医療に最も大切なこと,それは優しさである。この本はそれを教えてくれる。
(10)アルフレッド・ランシング「エンデュアランス号漂流」(山本光伸訳,新潮社.1998)
 人はいかに困難に耐えることができるか,生きる勇気を与えてくれる本である。


■宮地良樹氏
(京都大学医学部教授)

 自らの読書体験から「医療者としての成長に影響を与えた書物」を10冊あげるように依頼されたが,あまり大上段から構えることなく,印象に残っている書物の中から,医学生・研修医に薦めたい本を簡単なコメントを付けて紹介したい。

(1)早石修「酸素と生命」(東京大学出版会)
 学生時代から早石教授の名講義は印象的だった。自らが活性酸素研究に参入する機縁ともなった1冊である。
(2)今中孝信(監修)「レジデント初期研修マニュアル」(医学書院)
 大学卒業後,天理よろづ相談所病院の内科レジデントとなった時の恩師が今中先生である。当時の手書きのマニュアルノートが本書の原型のようで懐かしい。初期研修に実践的で役立つ。
(3)南木佳士「信州に上医あり」(岩波新書)
 若月俊一先生の波乱に満ちた医師人生から真の医療のあり方を考える。また,医師作家である著者を垣間見るのも興味深い。
(4)日沼頼夫「新ウイルス物語」(中公新書)
 日本人のルーツをウイルス学から解明する新たな方法論を展開している。研究を異なる切り口から展望する姿勢を涵養したい。
(5)児玉昌彦「ヒポクラテスの午睡」(文藝春秋社)
 癌研究者退官後から臨床医に転身した著者の医学,医療への透徹した視点が眩しい。
(6)竹中文良「医者が癌にかかったとき」(文藝春秋社)
 癌から生還した外科医の温かく誠実なメッセージを通して,医師が患者の気持ちを知ることがいかに重要かが痛いほど伝わる。
(7)ヨハン・ビヨルクステン,菅原努,中村重信,二階堂修「長寿の科学」(共立出版)
 老化の機序を科学的にわかりやすく解説する現代版養生訓。老化研究に関心を持つ機縁となった1冊。
(8)坪田一男「理系のための研究生活ガイド」(講談社ブルーバックス)
 畏友である坪田教授の底抜けに明るい徹底した合理主義が嬉しい。
(9)田上八朗「皮膚の医学」(中公新書)
 敬服する先輩である田上教授の真摯な皮膚科医からのメッセージ
(10)李啓充「市場原理に揺れるアメリカの医療」(医学書院)
 アメリカの現状から医療経済と医療倫理のせめぎ合いを考えさせられる好著。


■大田仁史氏
(茨城県立医療大学附属病院長)

(1)オットー・フリードリッヒ・ボルノウ「人間と空間」(大塚恵一他訳,せりか書房.1978)
(2)レイチェル・カーソン「沈黙の春」(青樹築一訳,新潮社.1987)
(3)D.H. メドウス他「成長の限界」(大来佐武郎監訳,ダイヤモンド社.1969)
(4)J.E. ラブロック「地球生命圏」(工作社.1984)
(5)細川 宏「病者・花(細川宏遺稿詩集)
(6)石川啄木「悲しき玩具」(新潮社.1952)
(7)柳田邦男「犠牲
(8)深沢七郎「楢山節考」(中央公論社.1957)
(9)V. フランクル「夜と霧
(10)島崎敏樹「生きるとは何か」(岩波新書.1974)

 何気なく過ごしている私たちの空間がこんなに多くのことを考えさせる源であることに素直に感動した記憶がある。育つ空間,思いにより異なる空間,争いの空間,天使の空間など日頃の生活で考えなければならぬことが多い。病者と医療者が造る空間はどうあるべきか考えればどんどん思索の深みに入っていく(1)。また,私たちの生活する空間は地球上にある。その地球には多くの生命体が共存している。しかし,科学技術を手にした人類は,自己の経済的繁栄と利便のために自然を破壊し,他の動物をの生存を脅かし続けている(2)。
 そのようなことは,公害といった局地的な問題ではなく,地球規模で考えねばならない時代に入っており,大量摂取,大量生産,大量廃棄は一刻も早く見なおさなければならない根源的な課題である(3)。地球の中の一生物である人類のみの勝手は許されない。他者を思う気持ちの根源はここにある(4)。病者はそのような世界と対置するように,自分自身の肉体の破壊を恐れながら医療の力に期待し死と生存の葛藤の中にある(5)。
 癌と冷徹に死と向かい合う医学者は,すでにインフォームド・コンセントについて示唆し,病む人のこころがアンプリファイされていることを教えている。病むことで人の心は耕され他者を思いやれる(6)。家族にとっては家族の一員の死は二人称の死であり,医療者にとってはそれは三人称のしでしかない。医療者は死をどう考えるのかを自らにも問わねばならないだろう(7)。
 人はかならず老いて死ぬ。老いは醜悪か。効率社会には不要の存在か(8)。死にゆくものには価値はないのか(9)。生きるとは何か,生きがいとはなにか,この永遠の課題の追求を止めては医療者たる資格は生じないだろう(10)。


■山崎章郎氏
(聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科部長)

(1)キュブラー・ロス「死ぬ瞬間-死に行く人々との対話
(2)同「死ぬ瞬間の対話」(読売新聞社)
(3)西川喜作「輝け我が命の日々よ」(新潮社)
(4)柳田邦男「“死の医学”への日記」(新潮社)
(5)トルストイ「イワン・イリッチの死
(6)千葉敦子「“死への準備”日記」(朝日新聞社)
(7)岡村昭彦「ホスピスへの遠い道
(8)近藤誠「患者よ,がんと闘うな」(文藝春秋社)
(9)V. フランクル「夜と霧
(10)同「それでも人生にイエスと言う

 1983年12月,南極海海底調査船上で読んだE・キュブラー・ロスによる『死ぬ瞬間』は私の医師としての価値観に大きな衝撃を与えてくれた。この本との出会いが私にとって人が病院で死んでいくということの意味を洞察するきっかけとなった。そして私を外科医療から終末期医療へと向かわせ,私に現在のホスピス医としての充実した日々を贈ってくれた。1冊の本との出会いが人生を変えるということは紛れもなくあるのである。
 その後,終末期医療に関わる何冊もの本との出会いがあったが『輝け我が命の日々よ』もまた,まだ一般病院で外科医として働きながら,あるべき終末期医療の姿を追い求めていた私にとって刺激的な本となった。西川喜作という精神科の医師が,自らの癌の発病からその死に至るまでの経過を1人の癌患者者として,同時に精神科の専門医としての視点から記録した貴重な本である。
 『患者よ,がんと闘うな』は,従来の医療における抗がん剤治療のいい加減さを白日のもとにさらし患者の権利を守ろうとする近藤誠氏の熱意が伝わってくる,まさに闘いの書である。この本を巡って近藤氏と他の専門家との間でいくつかの論争があったが,筆者の目からは近藤氏の論に軍配をあげたい。
 いずれにしても,本を読むということは新しい知識を得たり,著者の体験を追う体験することで自分の足元を見つめ直し,さらには自分の未来を見つめていく上で大きな原動力になる。私としては上記10冊をお薦めしたい。


■研修医にぜひ読んでもらいたい本

(総合診療誌『JIM』[医学書院].Vol.10.No.3より)

 今日あるアメリカの臨床医学のレベルをこのように高めた貢献者の1人は,ウィリアム・オスラー(1849-1919)である。博士は,ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授時代にインターン,レジデントの病棟泊まり込みでの実地研修を効果的にさせるプログラムを組んだのである。そしてオスラーは,医学生や臨床医向けに話した22回の講演をまとめて,これを「平静の心(Aequanimitas)」というタイトルで出版した。この本には,巻末に医学生のためのBedside Libraryと呼んでいるリスト(表1)が載せられてある。オスラーは,医学生やレジデントが夜床につく前の30分間は,毎晩次の本のいずれかの本を読むことを勧め,読書の習慣化の重要性を特記している。
 私は,第29回の日本医学教育学会が金沢で催された時に,私が勧める医学徒のためのベッド・サイド・ライブラリーとして,表2に掲げる本を推薦した。それらの本は,医学生が病人に接する前に一般教養(リベラル・アーツ)の書としてぜひ読んでほしいと思った本である。本稿では,その20冊の中から7冊を選んで,これはぜひ研修医諸君に読んでほしいと思っている。

(1)W. オスラー「平静の心」
 これは,オスラーが1875年から1905年までの間に,アメリカ,カナダの諸医学校で行なった講演と,1905年に英国のオックスフォード大学内科欽定教授になってから,1919年の年末に死ぬまでの忙しい生活の中で行なった各所での講演の中から,主な講演を選び,それらに1600の脚注を付けて出版したものである。オスラーの著述は1世紀前のものが多いが,いずれも臨床医はいかに学習すべきかというプリンシプルが示され,しかも生涯を通じて学習する心を習慣とせよといった彼のメッセージは,今にも通じるものと私は信じている。
 医師としての生き方に触れて一番彼が強調したことは,医師はいかなる時にも心の平静を保つべきであるということである。それと同時に,「すべての人にせられんと思うことをは人にもまたそのごとくせよ」という,聖書の中(マタイによる福音書7/12)の黄金律と言われる言葉を医師が守ることをオスラーは勧めている。
 オスラーは,哲学と文学と,宗教的素養が豊かで,医師として必要な教養を身につけており,われわれの鏡とすべき人物だと思う。以上の意味で私は,オスラーの「平静の心」を第一にあげた。
(2)細川 宏「病者・花-細川宏遺稿詩集」
 細川宏医師は,対象11年生まれで,東京大学医学部卒業後に若くして東大の解剖学教授となり,癌のために44歳で死亡した。胃癌という病名は告知されなかったが,彼は自分が癌であることをよく心得ており,病者の立場からその心得を詩に書いた。苦しみに耐えて雪解けの春を待つ,たわんだ笹の葉のような病者の心境が実によく表現されている。彼の詩は感性高い作品である。誠実な彼の良心と繊細な感性に私は最高の敬意を表する。
(3)P.A. タマルティ「よき臨床医をめざして-全人的アプローチ(The Effective Clinician)」
 彼は,ウィリアム・オスラーが創設の主役を演じたジョンズ・ホプキンズ大学医学部の,オスラー亡き時代の内科教授であった。彼はオスラーをモデルとして精進した内科医で,病名の診断よりも患者の持つ難しい問題を解くために患者と全人的の取り組むことが大切であることを主張している。病名告知についての,彼の患者への細かい配慮によるアプローチには学ぶところが多い。
(4)E. キャセル「癒し人のわざ(The healer's art)」(土居健郎・大橋秀夫共訳,新曜社)
 この書は,医師と患者との人間関係を中心に書かれた本である。著者は医師と患者との関係について細かく切り込み,良心がよい人間関係を結ぶためのアートについての示唆深い文を書いている。キャセルは1971年よりコーネル大学公衆衛生教授であり,全人的医療を行なう第一線の臨床医でもあり,内科学と精神医学の神髄をわきまえた学者でもある。
(5)アン・リンドバーグ「海からの贈り物」
 アン夫人は,アメリカにおける女性の飛行機操縦士のパイオニアであり,5人の子供を持つ母親でもある。彼女は第一次世界大戦直後の欧州での社会状況の報告書も書いた才媛である。55歳になった時に,1週間,家庭生活から離れて海岸に行き,そこで第二の人生の生き方を考え,プラトンの思想に導かれて随筆的に書き下ろしたのがこの本である。第二の人生は,自らを内省して生活することの意義が説得性をもって解かれていており,世界的名著の1つである。
(6)E. フロム「愛するということ(The art of loving)」
 フロムはアメリカの社会心理学者で,新フロイド主義の指導者として活躍した学者である。彼は本著の中で,アートを学ぶ課程を3つに分けている。(1)理論に習熟すること,(2)実践に習熟すること,(3)アートに習熟すること,これは「健康,音楽,建築のアート」にも共通だという。アートとしての医学の面に鋭い分析をしており,啓発されるところが大である。
(7)V.E. フランクル「夜と霧」(霜山徳爾訳,みすず書房)
 第二次世界大戦中,多数のユダヤ人がアウシュビッツ収容所で死亡した。ナチスによる残酷な非人道的処置の赤裸々な記録が,ここに抑留された精神医学者フランクルによって描かれたものである。この本は,世界で数百万部も売れたという。戦争がいかに人間を残酷に扱うかが如実に書かれている。フランクルはその受難の中で,人間が苦しみに耐え抜く意義を強く述べている。

表1 オスラーの選んだBedside Library
(1)旧・新訳聖書
(2)シェイクスピア
(3)モンテーニュ
(4)プルタークの「英雄伝」
(5)マルクス・アウレリウス
(6)エピクテトス
(7)「医師の信仰」
(8)「ドン・キホーテ」
(9)エマーソン
(10)オリバー・ウェンデル・ホームズ;「朝の食卓シリーズ」

表2 医学生のためのベッドサイド・ライブラリー(日野原重明版)
(1)W. オスラー「平静の心」(医学書院)
(2)マルクス・アウレリウス「自省録」(岩波文庫)
(3)「プラトン全集」(岩波書店)
(4)フーフェランド「医戒」
(5)シェークスピア「マクベス」
(6)トルストイ「イワン・イリッチの死」
(7)V. フランクル「夜と霧」「それでも人生にイエスという」
(8)M. ブーバー「我と汝」
(9)E. エリクソン「老年期-生き生きしたかかわりあい」
(10)サン=テグジュペリ「星の王子様」
(11)H. ホイヴェルス「人生の秋に」(春秋社)
(12)M. フーコー「臨床医学の誕生」(みすず書房)
(13)Cicely Saunders “Living with Dying”(Oxford Medical Publications)
(14)細川宏「病者・花(細川宏遺稿詩集)」(現代社)
(15)E. フロム「愛するということ」(紀伊國屋書店)
(16)片山敏彦訳「リルケ詩集」(みすず書房)
(17)アン・リンドバーグ著「海からの贈り物」(新潮文庫)
(18)E. キャセル「癒し人のわざ」(新曜社)
(19)夏目漱石「思い出すことなど」(岩波文庫)
(20)日野原重明「医の道を求めて-オスラー博士の生涯に学ぶ」(医学書院)