第2382号 2000年4月3日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床神経学のすべてを網羅した世界初の医学辞典

臨床神経学辞典
William Pryse-Phillips 著/伊藤直樹,岩崎祐三,田代邦雄 監訳代表

《書 評》亀山正邦(住友病院名誉院長)

 William Pryse-Phillips著“Companion to Clinical Neurology(1995)”の訳書が,『臨床神経学辞典』として医学書院から刊行された。A5判,1400頁におよぶ大著である。監訳者をはじめ80名を超す訳者たちの総合努力に敬意を表したい。
 序文をPlum F.が書いている。その冒頭に,「生き残るためには論文を書かざるを得ない現代の風潮の中にあって,既知の事実の羅列にすぎない総説や単行本の氾濫を超越した企画はきわめて稀である」ことを述べ,著者Pryse-Phillipsの試みた神経学,特にその臨床関連事項の「壮大な概説書」として,本書の価値を高く評価している。
 “Publish or perish”は,アメリカでは言い古された言葉であるが,神経学の臨床医にとっては,本書を読みよく理解し,実用に供することが最も重要であろう。
 本書は,『私が以前育てた数多くのレジデントたちが住み,さらに広い「生活空間」を求めて巣立っていった巣箱でもある』と,著者は述べている。「本書はベッドサイドで利用できるように工夫してあるので,医師の仕事場のなるべく下段に置いて手軽に利用されたい」と言う。私ども読者にとってありがたいことに,本書は「A5判」であり,置き場所に困ってしまうことはない。

最新の情報を盛りだくさんに

 本書の内容についてのいちいちの紹介は避ける。神経症候の詳細な,しかも簡潔な記載,かなり踏み込んだ神経疾患の分類・定義・診断基準,神経学とその関連領域,冠人名症候群,神経学者についての経歴や逸話など,読んでいて楽しい。
 例えばlocked-in syndrome(閉じ込め症候群)について(644頁)は,デュマの小説『モンテクリスト伯』中のノワルティエ老人が,この症候群を示していたことを取りあげている。老人は,言語の理解は可能だが,物を言うことができない。孫娘との対話で,孫が示す辞書の文字にまばたきによってyes,noの反応を示し,親が無理強いしている結婚話についての会話を進めていくのである。その症候が,akinetic mutismやcomaとはまったく異なるものであることを,Plumらは,“Stupor and Coma”の第一輯の中で示した。本辞典では短い文章の中で,この事実を端的に指摘している。Sneddon症候群(102頁)などについても,わずか10行の中に必要なことはすべて書かれている。
 先日大阪で,神経内科の症例検討会があった。ある種のmyopathyの症例であるが,正しい診断名は誰も知らなかった。出題者はBethlem myopathyと考えていた由。私もこのmyopathyについては知らず,一般の有名神経学教科書にもまったく書かれていない。ところが本辞典を見ると,128頁にBethlem myopathyの項があり,「乳児あるいは小児期に肢帯筋に発症し緩徐に進行する優性遺伝性筋疾患で,心筋は障害されない。手指,肘,足,足関節の拘縮を認めることが多い。症状の進行が停止することもあり,予後はよい」と書かれ,文献があがっている。Brain, 1976:99:91-100に載っている論文で,私もかつては目を通した筈であるが,すっかり忘れていた。
 その他,遺伝子解析を含む最新の情報も盛りだくさんに取りあげられている。しかし,日進月歩のこの領域については,読者としても,新知識の追加が必要であろう。1万5000を超える見出し項目と,5010編に及ぶ文献の完全な記載が含まれている本書ではあるが,「神経学の範囲はあまりにも広汎であり,1人の著者の守備範囲では不可能であることを私はわきまえている。……私の定義の中で改善できるものがあれば,ご協力をお願いできると大変ありがたい」と,著者は述べている。

神経学の知識の宝庫

 現在の神経学の知識の宝庫として,楽しみながら本書を活用する一方,日々,新事実や改訂などを付け加えていく作業も,楽しいであろう。本書の「翻訳」にあたっては,神経学用語集,その他を参考にしたと述べられているが,読みやすく,内容も端的に理解できるよう工夫されており,名訳であると思う。本書が広く利用されることを心から期待する。
A5・頁1400 定価(本体20,000円+税) 医学書院


日本の誇る若手研究者による最新情報

ヘリコバクター・ピロリフォーラム
病態と治療の最前線
 藤岡利生,榊信廣 編集

《書 評》佐藤信紘(順大教授・消化器内科学)

 New South Wales大学のA. Lee教授の話では,1999年4月に上海で開かれたヘリコバクター・ピロリ(HP)に関する国際ワークショップで,HP専門家と称する13名に会の初めに“HPが胃癌の原因と考えられる十分な証拠があると思うか”とのアンケートをとったところ,5名がNoと答えたという。ところが3日間の討論を終え,会の終了時に再び同じ質問をしたところ,全員がYesと答えたという。すなわち専門家といえども誰も個別的には新たなデータや考えにはすぐに賛同できず,HPと胃癌の関わり合いはまだ明確でないと思っていたが,疫学データや科学的実験事実を十分吟味・評価すると考えが改まったというのである。当然ながら人類はこのようにして多くのことを学び進歩してきた。
 このたび藤岡利生,榊信廣両博士の編集による表記の書物は,日本の誇る若手HP研究者による最新のHP情報をまとめたものである。
 一体HPは胃にどのようにして感染・定着するのか,酸分泌機能や粘膜をどのようにして傷害するのか,HP菌種によって違いはあるのか,免疫系がどのように関連するのか,など,今なお未解決の難しい問題が先に記載されているが,ここは実地医家は必ずしも必読ではないと思う。

HP単独感染と胃癌の関係

 次にHP感染動物モデルについての記載があるが,圧巻はHP単独感染でもmongolian gerbilという動物では慢性胃炎,萎縮性胃炎,腸上皮化生を経て胃癌が生じるという論文である。新聞でも報じられたので多くの読者はご存じのことと思うが,寿命半ばで半数近くが胃癌を生じると筆者は英文誌で読んだ。しかもヒト胃癌ときわめて類似した発生過程で発癌するのである。紙面の都合上であろうか,胃癌発生実験に関しては多くの紙面を費やしていないが,ここが読者の大いなる関心事と思う。

HP除菌治療の効果は

 さらに,HP除菌治療についての項であるが,HP診断法や種々の除菌療法レジメンについては,これまでの成書に詳しく書かれているのでここでは大して触れられていない。しかし,薬剤感受性の差異が生じる訳や,酸分泌能が除菌で回復するという論文は説得力があるし,萎縮や腸上皮化生までが除菌で改善する例があるというのも除菌の有効性を示す迫力あるデータと思われる。除菌で消化性潰瘍の再発が著しく減少するのは洋の東西を通じて同様であるが,ジスペプシア(NUD),NSAIDs胃炎などに対する除菌効果については,あるものはデータ不足であり,あるものはdiscrepancyがあるとか,今日未解決な問題なのであろう。
 除菌治療の圧巻は何と言っても胃癌再発の著しい低下であろう。上村らの論文によると早期胃癌の粘膜切除後に除菌をした群と非除菌群を最長7年間追跡し,非除菌群67名中10例に胃癌が再発したが除菌群では65名中1名のみに除菌4年目に胃癌が出現したに過ぎないと言う。これを聞けば,胃癌患者は1日でも早く除菌をしてほしいと願うのが人情であろう。除菌によって胃癌の発生が防げるかは現在進行中の介入試験の結論が出る2010年を待たねばならない,と最後に記載されているが,除菌治療が比較的簡単であり再感染がきわめて少ない現状を考えると,本書を読んで1日でも早く国民の皆様を除菌の恩恵にあずからせていあげたいと思うのは筆者だけではあるまい。
B5・頁208 定価(本体4,700円+税) 医学書院


ステント再狭窄に対する種々の疑問に答える1冊

ステント再狭窄 光藤和明 編集/門田一繁 編集協力

《書 評》堀江俊伸(埼玉県立循環器・呼吸器病センター院長)

 このたび光藤和明先生編集による『ステント再狭窄』が出版された。光藤先生は豊富な臨床経験を有し,インターベンションに関する高度の技術はすでに広くビデオでも紹介され,インターベンショナリストのお手本となっている。また,『PTCAテクニック(第2版;新刊)』(医学書院刊)の著書でもみられるように,どのような症例に対しても非常に綿密にかつ理論的に対処されることで定評がある。
 近年,虚血性心疾患の治療においてステントは不可欠のものとなっている。ステントの登場によって,経皮的冠動脈形成術(PTCA)により起こる再狭窄や冠動脈解離などの合併症がかなり解決された。しかし,ステント挿入例ではバルーンのみとは異なった再狭窄病変が認められ,金属を挿入しているだけに再狭窄が起こった際にはより問題点も多い。どのような病変にどのステントを挿入するのが最も適切なのか。再狭窄の際には次にどのインターベンションを選択すべきなのか。毎日治療にあたっているインターベンショナリストといえども多くの疑問やとまどいを感じているのではなかろうか。近年,ステントの種類はますます多くなり,あらゆるステントをすべて自分自身で経験することは不可能になってきた。このような時期にステント再狭窄に対する種々の疑問に答えるべく本書が出版された。非常にタイムリーというべきで,恩恵を受ける人たちも多いだろう。
 本書を開いてみると,執筆者は新進気鋭のインターベンショナリストばかりである。本書でまず目につくのは再狭窄の病理についての項である。豊富な症例はすべてカラー写真で呈示されており,ステントの病理では他に類を見ない。
 また病変形態とステント再狭窄の項では問題点,ステントの成績と限界,ステント戦略について要領よく記載されており,実践的に役に立つ。
 ステント再狭窄の予防の項では,手技の工夫や薬物による再狭窄予防について述べられており,今後の治療の参考になる。
 ステント再狭窄に対する再インターベンションについてはPOBA.stent in-stent.cutting balloon.DCA,エキシマレーザー,Rotablatorなどについて詳細に記載されている。また将来の展望として本邦ではまだ実用化されていないが,ステント再狭窄に対する放射線治療,放射性ステントの臨床応用について述べられており,非常に興味深い。

臨床研究のあり方を学ぶ

 本書は日常診療に直結する実用的な医学書でありながら,しかも格調が高い。日頃インターベーションを行なっている医師は当然のこと,若い循環器内科医師もぜひ一読していただきたい。また,本書を通して「ステント再狭窄」という限られたテーマのみでもこれだけ広範で,詳細な検討ができるという臨床研究のあり方を学んでほしい。
B5・頁182 定価(本体6,200円+税) 医学書院


医療の経済評価の現状と課題を提示する入門書

医療の経済評価
Marthe R. Gold,他 編集/池上直己,池田俊也,土屋有紀 監訳

《書 評》上塚芳郎(東女医大・医療・病院管理学)

 本書は原題を「Cost-Effectiveness in Health and Medicine」と言い,序文を書いているWeinsteinらの手によるものである。Weinsteinはハーバード大学公衆衛生大学院の教授であり,Medical Decision Makingで有名であるが,今回慶大医療政策・管理学教室の池上直己氏,池田俊也氏,ヨーク大客員研究員の土屋有紀氏を中心とした方々により翻訳が医学書院から発行された。この分野の本では,以前に久繁哲徳氏の訳されたDrummondの医療経済学がある他にはほとんど図書がなかったので,待望の翻訳である。

保健医療の費用対効果

 本書は1993年に招集された米国公衆衛生総局の保健医療の費用対効果に関する委員会における議論と勧告をまとめたものである。医療政策決定のベースに費用対効果分析を用いたいという当局の強い意志と,費用対効果分析の手法にばらつきがあることに対する当局の懸念が本委員会形成のきっかけとなった。「コスト・エフェクティブ」と言う場合,それぞれ行政,製薬企業,病院・医師などの立場によりその言葉の使用法が異なっており,その言葉の使用法の統一が急務であった。
 先進国はどこの国でも増大する医療費に悩まされており,限られた資源を有効に用いるために,テクノロジー・アセスメント(技術評価)の手法を用いて,その有効性,妥当性を検討し始めている。わが国もようやく医療経済研究機構などが整備されて,このような研究がその緒についたところである。米国は,古くはOffice of Technology Assessment(OTA)など技術評価に対する取り組みが早かった。
 本書の構成であるが,第1章は「健康における資源配分の指標としての費用対効果分析」と題しており,限りある資源をどう分配するかで,主に行政やHMOの立場に立って費用対効果分析の結果の用い方について述べている。ある医療行為による獲得生存年とその費用とを比較分析する場合,その医療行為の健康結果1単位の費用/効果比,費用/獲得生存年の形で通常示す。この手法は,薬剤の分野で最も盛んである。HMOは薬剤を購入する前にその経済価値に関する情報を要求しており,カナダ・オンタリオ州やオーストラリア,最近では英国も新薬の保険収載における決定に先立ち,その薬剤の経済評価の資料の提出が義務づけられている。第2章では,方法論上の争点について,例えば時間費用は金額で測るべきか,QALY(質調整生存年)で測るべきかなどについて解説してある。第3章は研究のデザインについて,第4章では健康結果の測定の仕方について,第5章ではRCTや疫学研究のモデルについて述べられており,第6章で費用の推定の仕方が書かれている。

医療の経済評価の入門書

 本書を読めば,医療の経済評価に関しての基礎が一通り身につくようになっており,行政,製薬企業,病院経営者などさまざまな人にとって医療の経済評価についての入門書として最適であろう。評者も原書を持っているが,やはり英語だとつい読むのが億劫になる。今回読みやすい訳書を世に出してくれた監訳者らに敬意を表する。
A5・頁352 定価(本体3,700円+税) 医学書院


アルコール依存の脳障害の概念と最新情報を

アルコール依存の脳障害 赤井淳一郎 著

《書 評》山内俊雄(埼玉医大教授・神経精神科学)

 著書も指摘するように,アルコール依存(またはアルコール症)に伴う脳の器質的,機能的障害に視点を当てて書かれた書物は国の内外ともにきわめて少ないのは確かである。おそらくそれは,アルコールによってもたらされる脳障害の症状や病因が,多彩かつ多岐にわたり,そのために概念を整理し,まとまりある疾患単位として記述することが大変難しい仕事であることが1つの理由であろう。

神経病理学者の視点から問題を解く

 その意味では,アルコール依存の治療専門病棟を持つ国立療養所久里浜病院で経験した症例や知見を基に,あえてこの困難な課題に取り組み,本書を世に問うた著者にまず,敬意を表したい。
 「依存」「中毒」「ブラックアウト」といった言葉の定義や診断基準をまずきちんと押さえ,「離脱症候群」「けいれん発作」など,日常的に経験する事柄について記述しているが,その部分を読んだだけでも,この本が従来の成書のような通り一遍の記述とは異なっていることに気がつく。
 その違いは著者の学問に対する信念と科学的姿勢に基づいていると言ってよいであろう。つまり,アルコールによる障害の像は時代とともに変化するとの考えから,最近の観察に限定し,しかも,自分が直接病者にかかわり,自らが臨床から剖検にいたるまで手がけた症例を素材とし,そこから学んだものこそ信頼できるものであるという基本的姿勢に貫かれている。さらにまた,著者の目を通して十分吟味された事実と,信頼に値する文献だけに依拠して実証的な態度で記述されている。そのかたくななまでの姿勢がこの本に科学的確からしさと,重厚さを与えていると言えよう。
 さらに加えて,著者が神経病理学者であることの意味は重要である。「ウェルニッケ脳症」「コルサコフ精神病」「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」「アルコール性痴呆と慢性アルコール症」「小脳性失調」「中心性橋髄鞘融解」「Marchiafava-Bignami病」「頭部外傷」などは,いずれも古くから知られるアルコール関連の障害ではあるが,症候的にも,脳の障害部位の上からも,また,他の症候群との異同においても,必ずしも一定の見解に達しているとは言いがたいものばかりである。著者はこれらの疾患について,臨床的立場,病因論,あるいは著者の専門とする神経病理学的立場から,そして時にはCTやMRIなどの画像やSPECTの所見もふんだんに取り入れ,さまざまな角度から,それぞれの疾患や症候群を検討し,考察している。

アルコール問題に携わるすべての人に

 このような重要かつ困難な問題に,神経病理学者でかつ真摯な科学的姿勢を持つ著者が切り込んだ意義は大きく,読者はこの本から,アルコールに関連する脳障害の基本的な概念と最新の知識を得ることができるだけでなく,問題の所在をも知ることができる。
 広く,アルコール問題に関わる人たち,関心を持つ人たちなど多くの人々が備えるべき好著である。
B5・頁200 定価(本体7,500円+税) 医学書院