第2380号 2000年3月20日


OSCEなんてこわくない

-医学生・研修医のための診察教室  監修:松岡 健(東京医科大学第5内科教授)


第3回 胸部(肺)の診察

中村 博幸(東京医科大学第5内科)
柳生 久永(東京医科大学第5内科)


≪診察のポイント≫

 胸部の診察は視診,触診,打診,聴診の順で行ないます。視診では病態を全体的に把握し,特に呼吸困難の程度を診断します。触診では胸郭の伸展性,左右差,声音振盪を診察します。打聴診では音響信号から胸郭内および肺内の病態を診断します。

I 視診

■手順

診察する旨を告げます

(1)体位
  上半身を脱衣していただき,座位で行ないます

(2)呼吸状態
  呼吸の数,深さ,型,リズムを確認します
  異常呼吸を確認します

(3)胸郭の状態
  (前胸部)
  胸郭の変形の有無を確認します
  胸郭の動きの異常の有無を確認します
  表在静脈の拡張の有無を確認します(背部)
  上記に加えて脊椎の変形の有無を確認します

(4)胸郭以外の身体所見
  バチ状指の有無を確認しますチアノーゼの有無を確認します
  補助呼吸筋の活動性亢進の有無を確認します

■解説

以上の行為はすべて座位で行ないます。
(1)呼吸状態:正常では呼吸回数13-18回/分,胸腹式呼吸でリズムは規則的です。
奇異運動→多発性肋骨骨折,横隔神経麻痺,呼吸筋疲労で出現します。
起座位→左心不全,気管支喘息重積発作,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の重症例で出現します。
側臥位(患側を下にする)→大量胸水,一側無気肺などで出現します。
(2)異常呼吸:Cheyne-Stoke呼吸,Kussmaul呼吸,Biot呼吸などがあります。

II 触診

■手順

診察する旨を告げます 

(1)胸郭の伸展性(写真1
  手を暖めます
  座位をとっていただき,背部から触診します
  胸郭の拡大の制限の有無を確認します
  左右差の有無を確認します

(2)声音振盪(写真2
  座位で実施します
  手掌または尺側面を患者さんの背部に密着させます
  患者さんに低音で少し長く「ひとーつ,ひとーつ」と繰り返し発声していただきます
  触診部位を変えて実施します

(3)頸部の所見
  気管短縮の有無を確認します
  皮下気腫の有無を確認します

■解説

患者さんに座位をとっていただき,背部から行ないます。
(1)胸郭の伸展性:両母指が棘突起近くにくるように,両手を左右対称に置き,深吸気による母指の可動性や左右対称に離れるかをみます(正常では吸気時の胸郭の拡大は4-6cm)。
制限されている場合→びまん性の閉塞性および拘束性肺疾患を考えます。
(2)声音振盪:胸壁面での声音振動の伝導から胸郭内部の異常を推測します。患者さんに低音で少し長く「ひとーつ,ひとーつ」と繰り返し発声していただきます。大切なのは強弱ではなく左右差です。
減弱→肺気腫,気胸,無気肺,胸水貯留でみられます。
亢進→肺炎,胸膜癒着でみられます。

III 打診

■手順

診察する旨を告げます

(1)打診の仕方(写真3
  座位で行ないます
  左手の中指の中節部分を体表面にきっちり定着させます
  その背面を直角に屈曲させた右手中指の指頭で右手首のスナップをきかせ,断音的(スタッカート様)に叩打します

(2)叩打の強さ
  叩打の強さは一定とします
  弱-中等度打診を行ないます

(3)前胸部の打診(写真4
  前胸部で上方から下方へ左右の打診音を比較します
  肺の上界を確認します
  肺肝境界を確認します

(4)背部の打診(写真5
  前胸部の場合と同様,上方から下方へ左右の打診音を比較します
  肺の上界を確認します
  肺尖部の清音領域(Kronig峡部)を確認します
  横隔膜の呼吸性変動をみます

 

■解説

肺の打診は弱-中等度打診が適切です。正常の肺の打診音は清音です。
(1)前胸部の打診
(1)肺の上界,肺肝境界(肺の下界)は?
肺の上界→肺尖部を打診で診断することは困難です。しかし明らかに左右差がある場合,肺尖部の病変が考えられます。
肺の下界の低下→肺気腫でみられます。
上昇→胸水貯留,無気肺,横隔膜の挙上,肝腫大などでみられます。
(2)打診音が異常な場合,以下のようなものがあります。
鼓音→肺気腫,気胸,巨大な肺嚢胞。
濁音→無気肺,肺炎,肺水腫,胸水貯留。
*胸水貯留:濁音界はEllis-Damoiseau曲線と呼ばれます。その曲線の上は含気量の増加により鼓音を呈しSkoda鼓音界と呼ばれます。またこの部位で「いー」と繰り返し発声させ聴診すると山羊がないているように聞こえ,ヤギ音と呼ばれます。
(2)背部の打診:
(1)肺の上界,Kronig峡部(肺尖部の清音領域)は?
肺の上界→肺尖部を打診で診断することは困難です。しかし明らかに左右差がある場合,肺尖部の病変が考えられます。
Kronig峡部→肺尖部の病変により狭くなり,消失することもあります。
(2)横隔膜の呼吸性移動:呼気時および深吸気時の横隔膜の位置から決定します(健常者では3-5cm)。
両側での呼吸性変動の消失,減少・肺気腫,間質性肺炎でみられます。
片側の場合→胸水貯留,胸膜癒着でみられます。

・OSCEでは
1)緊張しすぎないこと。リラックスした気持ちで課題に取り組んでください。
2)定められた時間内に課題を終了させるように時間配分を考えてください。制限時間(通常は5分程度)は厳守されますので,課題で要求されていることを把握してテキパキと対処していかないと時間オーバーになる可能性があります。

IV 聴診

■手順

診察する旨を告げます

(1)聴診器の適切な使用
  聴診器を手で温めます
  膜型を使用します
  聴診器を胸壁に十分密着させます

(2)前胸部の聴診(写真4
  聴診は上界,下界十分に行ないます
  口を軽く開けて呼吸させます
  (a)正常呼吸音について
   聴取される部位を確認します
   音の大きさを確認します
   左右差を確認します
  (b)副雑音について
   聴取される部位を確認します
   呼吸の位相との関係を確認します
   副雑音の種類を確認します
   よく聴取される呼吸法を確認します
   (副雑音が聴取される代表的な疾患をあげられるようにしましょう)

(3)側胸部の聴診
   左右とも上中下の3か所で行ないます

(4)背部の聴診(写真5
   前胸部の聴診と同様に行ないます

■解説

正常に聴取される呼吸音は肺胞呼吸音,気管支呼吸音,気管呼吸音からなります。
(1)正常呼吸音の異常:以下のようなものがあります。
(1)肺胞呼吸音減弱:肺気腫,無気肺,気胸,胸膜肥厚,胸水貯留。
(2)気管支音を正常に聴取される領域外で聴取:肺炎,無気肺,大きな空洞。
(3)呼気延長:気管支喘息,肺気腫,気道狭窄。
(2)副雑音:正常では聴取されない病的な雑音で,肺内で発生するラ音とその他の異常音に分類されます。ラ音は断続性ラ音(fine crackle,coarse crackle)と連続性ラ音(wheeze,rhonchus)に分けられます。
(1)Fine crackle:捻髪音とよばれ「パリパリ」と表現される高調音です。吸気終末に下肺野,特に肺底区で多く聴取されます。特発性間質性肺炎(IIP)で高率に聴取され,体位を後反位にすると最も聴取されます。
(2)Coarse crackle:水泡音とよばれ「ボコボコ」と表現される低調音です。呼気,吸気ともに聴取されます。気道内分泌物が呼 吸により破裂することにより発生するため,気道内分泌物の多い疾患である肺水腫,びまん性汎細気管支炎(DPB),肺炎,気管支拡張症などで聴取されます。
(3)Wheeze:笛音とよばれ「ピーピー」と表現される高調音です。呼気,吸気ともに聴取されますが,特に呼気時に強く聴取されます。気管支喘息では特異的に聴取されます。さらにDPB,気管支異物,肺癌などでも聴取されます。
(4)Rhonchus:いびき音とよばれ「グーグー」と表現される低調音です。呼気,吸気ともに聴取され,比較的太い気管支由来です。気管支喘息,閉塞性肺疾患,気管・気管支狭窄,気管支拡張症などで聴取されます。
(3)その他の異常音
(1)胸膜摩擦音:胸膜摩擦音は音の特徴が一定せず「ギューギュー」と聴取されます。胸膜炎病変部で吸気,呼気ともに聴取されます。
(2)Hamman's sign:心収縮中期(心音の I 音,II 音の間)にクリック音が聴取され縦隔気腫や左気胸で聴取される。

●先輩からのアドバイス
(a)視診,触診,聴診,打診について本項に記載したことを十分に理解しましょう。この際,知識が曖昧な点,不明な点は,必ず内科診断学あるいは内科学の教科書で確認し習得してください。
(b)手順を大まかに理解したら,自分の頭の中で順番を立ててシュミレーションを繰り返してみましょう。反復練習が重要です。
(c)友人を模擬患者に見立て,視診,触診,聴診,打診を実際に行なってみましょう。この際,声に所見を出しながら診察することが重要です。
・OSCEでは
診察を行なった後で「聴診では肺胞呼吸音に左右差は認められませんでした。また明らかな副雑音も聴取されませんでした」など,所見を言葉にして説明することが求められます。

●調べておこう
 -今回のチェック項目

□異常呼吸
□胸郭の変形
□バチ状指
□チアノーゼ
□補助呼吸筋の活動性亢進
□気管短縮
□握雪音
□肺肝境界
□Kronig峡部
□胸水貯留時の診断
□正常呼吸音
□副雑音
□胸膜摩擦音
□Hamman's sign

●トピックス
 医師国家試験とOSCE

 これまでの国家試験は知識を問う認知領域に主眼がおかれていましたが,技能を問う精神運動領域の評価法として客観的臨床能力試験(OSCE)が,2005年以降の近い将来に導入される見込みです。これにより態度・習慣を問う情意領域の評価もある程度可能となります。


OSCE-落とし穴はここだ

 聴診の実際は本文に記載された通りに進めていけばよいので,困難ではありません(本当に肺胞呼吸音,副雑音を聞き分け,適切な判断を下すことができるかどうかは別の問題ですが……)。
 ところが,一般的にBSL(ベッドサイドラーニング)では,学生は打診をスムーズに行なうことができません。確かに実際の臨床現場で打診を重視している医師は呼吸器内科専門医でも多くはありませんが,打診は内科診断学的には必須の事項であり,レントゲン検査などをすぐ施行できない場合(例えば往診先での診察など)には,それを行なうことによりきわめて有用な情報を得ることができるのです。これらの理由からOSCEでは聴診と並んで,打診も重視されるのです。
 打診の手技を上達させるためには,机の上を叩くなどの練習で十分であり,個人的にきちんと練習しておく必要があります。実際のOSCEでは,あまり稚拙な手技については,採点者の評価が低くなる可能性が十分にあります。

病的所見も評価の対象となる

 また,OSCEの模擬患者は基本的には健常者を用いる場合が多く,聴診での病的所見(例:呼吸音の異常,副雑音の有無,副雑音の種類)に関する評価は不可能です。そこで,こうした異常所見を評価する目的で,テープに録音された副雑音を聴かせ,判別させるような課題が与えられる可能性もあります。このような問題の対策としては,市販の聴診学習用のCDあるいはテープを用いて,典型的な副雑音を繰り返し学習し,副雑音の判別とその原因疾患の指摘ができるように訓練を重ねることが有効でしょう。
 視診,触診,打診に関しても模擬患者が病的所見を有する可能性は少ないのですが,評価者が口頭で質問を行ない,病的所見に関する評価を行なう場合もありますから
(1)視診:内科診断学の教科書の写真を理解しておく
(2)触診,打診:BSLで実際に可能な限り多くの病的所見を経験するよう努める
 このような地道な努力を積み重ねていく必要があります。
 OSCEは単に教科書に記載されている知識を丸暗記するだけでなく,教科書だけでは得られない診断能力を向上させるという意味でも重要だと考えられます。