第2371号 2000年1月17日


新春随想
2・0・0・0

21世紀の外科医療の展望

北島政樹
(慶應義塾大学教授・第100回日本外科学会長)


先人達の業績

 外科医の歴史をひも解いてみると,わが国では織田信長の時代にすでに西洋医学の影響を受けていたと言われているが,本邦の外科の源流はアンブロアズ・パレの外科と言われています。すなわち16世紀に外科の分野に君臨したパレは,銃創治癒法の改良,切断術の改良,骨折脱臼治療法の簡易化など多くの業績を残しました。殊に多大な功績は動脈出血の結紮法を発見したことであります。
 本邦の外科に眼を向けてみますと,杉田玄白の蘭学とともに西洋医学の導入が活発に行なわれるようになりました。
 外科の進歩はその時代にエポックメーキングな出来事が必ず伴うわけでありますが,文化元(1804)年に乳癌の摘出手術に華岡青洲が成功いたしました。この時も全身麻酔薬である「通仙散」を発明し,全身麻酔を確立したのであります。この業績を追うかのごとくモートンのエーテル麻酔,シンプソンのクロロホルム麻酔法があります。
 これらの先人の止血法と全身麻酔法の確立は外科学の発展に多大な貢献をしてきたのであります。その後,外科学は外傷外科から,癌治療外科に移り,“Great surgeon,great incision”の時代へと移行していきました。
 20世紀の後半に入り,診断学の進歩と相まって癌の進行度に合ったon stageの手術が選択されるようになりました。これは外科患者のQOLを重視する風潮が主流をなしてきたからであります。
 このような矢先,1987年,モーレ(仏)による最初の腹腔鏡下胆嚢摘出術が行なわれ,当時は「こんなことは外科医のやることではない」という外科医や,これに賛成な外科医がおり,賛否両論であったことは記憶に新しいところであります。しかし米国において,内視鏡下手術と従来の開腹手術を米国人一流のユーモアを交えて,かたや内視鏡下に腹胆摘をしたビキニ姿の美人が海辺で泳ぐ姿と,一方,開腹手術の患者はマーゲンゾンデを入れてフゥーフゥーと唸っている状態を示し,これを見せられればその侵襲の差は歴然としていることになります。

医工学の癒合

 さて,この時代背景には,私もボストン留学時代に経験したMIT(Massachusetts Institute of Technology)とMGH(Massachusetts General Hospital)の技術開発・製品開発の癒合があったわけです。医工学の癒合は20世紀から21世紀のエポックメーキングであり,その結果,ロボット手術,遠隔手術操作,国際間テレカンファレンスを可能にしました。米国の『TIME』誌にメディカル・ミラクルスとして掲載された“da.Vinti”は,ロボット手術の傑作と言われ,21世紀の初頭に本邦での治験が開始されると言われております。 さらに戦争中の外科医学として研究・開発が進んできた遠隔手術操作は,今や離島での外科手術,遠隔地との技術交流などに変化してきましたが,21世紀には僻地においても均等な外科医学が提供されることには疑いの余地はありません。
 しかしこのような急速な外科治療の進歩は,遠隔手術時の医学過誤における損害賠償の問題,外科医のlearning curve,保険医療費の高騰など新たな問題を提起することに間違いはないことであり,さらに外科医は失業するのではないかという愚問が飛び出すことも否定できない事実であります。さらに癌治療におけるtumor dormoncy therapyの確立による癌との共存が遺伝子治療よりも先行することが想定され,臓器移植医学の進歩とともにtissue enigineeringの研究の進歩による欠損臓器の補填が可能になると思います。

これからの医師の役割

 このように考えると医師の役割についても医聖ヒポクラテスの「医は自然の臣撲なり」という名言がある一方で,福沢諭吉は「……医師,道ふを休めよ自然の臣なりと離婁の明視と麻姑の手と手段の達するの辺り……」,すなわち,天に反逆してでも病気を治す方向へ努力しなさいと異なったニュアンスで述べておられます。

 2000年に入り,4月に開催される第100回日本外科学会は,このようなヒポクラテスと福沢諭吉の外科学のあるべき姿と将来展望を検証しようとしております。ご期待ください。