第2350号 1999年8月9日


連載
アメリカ医療の光と影(10)

医療過誤防止事始め(4)

李 啓充 (マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学助教授)


「ベンは苦しんだのでしょうか?」

 ベンの父親ティム・コルブが医師たちが待つ部屋に入室して真っ先にしたことは手術をした耳鼻科医を抱擁することだった。ティムは,ベンが亡くなってからずっと家族を悩ませてきた疑問について医師たちに尋ねた。
 「心臓の状態が変わった時に,ベンは怖がりませんでしたか?ベンは痛がりませんでしたか?ベンはどれだけ苦しんだのですか?」と。
 訴訟となり病院と争っていたとしたら,担当医たちに直接こういった質問をすることは不可能であったろう。医師たちは全身麻酔がかけてあったから,ベンが苦しんだということは絶対になかったということを説明し,家族をほっとさせた。さらに,麻酔医のマクレインは自分の取った処置について,「自分の子どもだとしてもまったく同じことをしていたでしょう」と説明した。
 「これからも私たち家族はマーティン・メモリアルでお世話になってもよろしいでしょうか?」という問いは,ハスと医師たちにとってまったく予期しないものであり,「もちろんですとも」と感激しながら答えるのが精一杯であった。
 「同じ間違いで他の子どもが死ぬことが 2度と起こらないように,どうかベンが亡くなったいきさつを,世間に広く知らせていただけますか?」
 ハスと医師たちとはベンの死から学んだ教訓を他の医療者に伝えると即座に約束し,これまで忠実にその約束を守り続けてきた。

to do the right thing

 ベン・コルブを自分たちのミスで死なせてしまったことに対するマーティン・メモリアル医療センターの誠実な対応について,麻酔医のマクレインは,「このような悲劇的症例に対する対処法についての最善のアドバイスは,患者や家族にとって『正しいことをする(to do the right thing)』ことが一番重要なのであって医療側の保身を優先させてはならないということだと,今回の経験を通して確信するようになりました」と語っている。また,「wag the dog(尻尾をつかんで犬を振り回す)」という言葉は,本末転倒のことをするという意味であるが,ドニ・ハスは「法的責任という尻尾をつかんで犬を振り回すことをしてはいけないのです」と語っている。
 筆者は近著『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院刊)で,米国屈指の癌 診療施設ダナ・ファーバー癌研究所で起こった抗癌剤の過剰投与事件を紹介したが,非常に残念なことに,日本の複数の医療関係者から「自分のところでも類似のミスで患者が亡くなったが,うやむやにされてしまった」という話を聞かされた。ややもすると過誤の事実を隠したくなる日本の医療者の気持ちは理解できないことはない。
 しかし,自分の過ちで他の人間の生命に危害を及ぼした時に知らんぷりをしてすますなどということは,社会のどこに行っても絶対に許されないことであり,医療者だけが過誤の事実を隠蔽することで倫理的責任・法的責任を免れてよいなどという議論は通用するはずがない。さらに,医師・病院が情報を隠蔽するなどの不誠実な対応を行なうことは,医療過誤で家族を失った被害者にとってその精神的苦痛を倍加させることにしかならないということを忘れてはならない。ただでさえ家族を失った悲しみに耐えているときに,「恨み」や「怒り」というネガティブな感情に苛まれることとなるからである。
 150年前に結成されたときに「医師しか知り得ない情報を患者に話してはいけない」と倫理綱領に定めたアメリカ医師会も,最新の倫理綱領では医療過誤についての情報開示義務を次のように定めている。「医師の誤りによって患者に重大な合併症が生じることは,しばしば起こり得る。このような事態に際し,医師には何があったのかが患者に理解できるよう必要な事実をすべて告げる倫理的義務が存在する。情報がすべて開示されて初めて患者はその後の医学的処置について『説明された上での決断』を下すことができるからである。真実を告げた後に生じうる法的問題の可能性が,医師の患者に対する正直さに影響してはならない」。

医療過誤防止の最善の方法

 医療過誤を防ぐ最善の方法が,「誤りから学ぶ」ということに尽きることは言うまでもない。過誤の事実を隠蔽することは,「誤りから学ぶ」機会を医療者自らが放棄 し,類似の過誤の再発を促進させる結果としかならない。ここで問題となるのは「誤りを犯した個人の不注意を責める」という姿勢を取りがちな病院が多いことであるが,この「個人の不注意を責める」という姿勢が実は過誤の隠蔽を奨励する原因となっているのである。さらに,誤りがなぜ起こったかの原因を追究して,その再発防止策を講じることが肝心であるはずなのに,「個人の不注意を責める」という立場からは「同じ過ちを繰り返さないように,これからはいっそう気を引き締めて注意しましょう」という,何ら実効性を持たない精神論的再発防止策しか出てこないことが問題なのである。 
 誤りから学ぶためにblame free system(誰も責めないシステム)を構築するということが,医療過誤防止事始めの第一歩となる。どんなに些細なミスについてもその原因を追究し対策を講じるということを日常的に繰り返す「continuous quality improvement」も,「誰も責めない」という前提が確立されていなければ機能し得ないのである。マーティン・メモリアル医療センターは,ベン・コルブの手術で注射薬の取り違えに関わった2名の当事者について一切の処分を行なわなかったが,責められるべきは人間ではなく,誤りを産む基となったシステムそのものであるという立場を明確にしている。
 1998年10月19日,アメリカ医師会の「全米患者安全基金(National Patient Safety Foundation)」などとの共催で,マーティン・メモリアル医療センターはベン・コルブ追悼の医療過誤防止フォーラムを主催した。フォーラムの主テーマは「正しいことをすること(doing the right thing)」であった。