医学界新聞

 

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 「ナースクリニック」
 [第9回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


 今回は,アメリカで徐々に広がりつつある「ナースクリニック」について触れてみたいと思います。
 アメリカでは,ナースプラクティショナー(NP)の普及にしたがって,ナースが主として診療ならびに運営をする診療所が出現し始めました。これは現在のところ,主として医療が行き届きにくい地域(過疎農村地域や大都市貧困地域等)で,看護教育機関等の非利益組織(大学の看護学部等)が後押しをして設置を進めています。日本でも近年,「訪問看護ステーション」というシステムが地域の中に浸透していると聞きますが,このナースクリニックも地域に根ざして,そこに住む人々の健康増進と疾病予防を図ることを目的に,プライマリケアを供給していくこととしています。
 日本の訪問看護ステーションは,主として在宅看護の普及を目的としていると聞きますが,それに対しナースクリニックは,ほとんどが外来診療での施療および健康教育の普及に限られています。また,日本では訪問看護ステーションの普及に地方自治体や政府行政も後押しをしているとのことですが,ナースクリニックの場合は,そのほとんどが個別に各々の組織や団体が設立に関する努力をしなければなりません。
 具体的には,地域の必要度の査定から始まって,資金の調達,地元医師との交渉,法律問題の対処,そして人集めというように,看護を勉強した者たちが,ビジネスプランを立てていくのです。今回はその1例として,ミシガン大学看護学部で運営している「ミシガン大学地域健康センター」を紹介したいと思います。

大学看護学部が運営する施設

 ミシガン大学地域健康センターは,大学から10分ほど離れた,ミラー通りとメープル通りが交差するところにあります。平屋の建物の一角で990スクエアフィート(約92平方メートル)を借りています。この地域は,豊かなアンアーバー市の中でわずかに見られる貧困地帯の端に位置しているのですが,センターの日々の運営は,NP(精神科を含め,小児科,成人,そして家庭医学科の人々が持ち回りで担当しています),助産婦,保健婦,健康教育担当者,そして事務員でまかなわれています。
 同センターの使命書に示されていることを要約しますと,「地域に根ざした外来健康センターで,総合的ならびに質の高いプライマリケアを供給することを目的とする」,また「サービスはアドバンストプラクティスナース(ここではNPおよび助産婦を意味します)が,医師やその他の保健医療従事者と協動しながら供給する」としています。さらに強調されていることは,「看護が統率しつつ,看護,医学およびに他の保健学が地域と協動して卓越したサービスならびに地域の保健を図ること」を目的としています。そして,この使命書に基づいて,下記の7か条の目標が記されています。
1)保健サービスの利用を便利にすること
2)個人ならびに家族の健康行動の改善を図ること
3)便利で地域に根ざしたサービスを提供すること
4)保健学を学ぶ学生の教育に貢献すること
5)看護ならびに他の学問分野の教職員が,教育現場として使えること
6)地域に基づいた健康成果査定研究を実行すること
7)ミシガン大学医療センターのプライマリケアの領域と協調しつつ拡張すること
となっています。

日本との違いと医師との協動

 上記の7か条からは,日本とアメリカの医療事情の差をつぶさにみることができます。
 1)では,アメリカの保険制度で最も欠落している点をついています。すなわち,貧しい人々は医療保険が買えないために医師にかかることができないのです。つまり,かかりつけ医師(プライマリケア医師と呼ばれています)がいるということ自体が,中流階級であることの1つの証明になるわけです。
 この保険のない人々が病気になるとどうなるのでしょうか?
 まず,薬局で薬を買い,自己流の治療を行ないます。そして,症状がいよいよどうしようもないという段階まできたら,救急室にかけつけるのです。
 実際の問題として,救急室では「保険の有無にかかわらず治療を施さなければならない」という法律がありますから,救急室は常に保険のない人々で混雑する結果になります。これらの人たちから,治療費を回収できる可能性は比較的少なく,病院側としては悩みの種となっているのです。
 この保険のない人々の救急室への訪問が減ることは,病院側からすれば財政的にもとても助かるために,医師が権力を握る病院側は,縄張りとみなされる地域にナースクリニックを出すことに一応の利点を認めざるを得ないというわけです。
 2)および3)は,アメリカの医療制度では,日本のような個人の開業医や保健所制度がないことを示しています。
 アメリカでも,医師が「プライベートプラクティス」と称して自己営業の外来診療活動を行なうことは広く普及していますが,たいてい病院の近くの建物の一部を借りたり,またはコマーシャル用の建物の一部を借りて診療行為をしています。平日の月―金曜日の9-17時までだけ人がいますが,日本のように,医師が自宅の一部を診療所として使用しているのとは違って,いざという時には夜中にドアを叩けば何とか診てもらえるということは,まず考えられないのです。
 また保健所制度が日本とは大幅に違いますので,保健所が予防接種の通知や妊婦検診の通知をしてくれるということはありません。貧しい人々は,まったく保健・医療システムから見放されていることになります。
 4)から6)に関しては,教育機関としては当然と思われるでしょうが,これも臨地実習の場を医学部の学生と競争して獲得しなければならない現状を反映しています。
 最後の7)は,医師が縄張りと見なしている地域へ進出するのに,「これは縄張り荒しではなくて,結果的に縄張りを増やすのに役立ちますよ」と言っています。
 7)の背景には,この地域健康センターの設立の奔走した看護学部の職員が,ミシガン大学医学部ならびに医療センター(附属病院と考えていただければいいと思います)の各専門科(内科,小児科,産婦人科や家庭医学科等)と取り交わした,数知れない交渉の結果が隠されています。医師たちの反応はいろいろで,「そんなこと看護婦のやるたわいのないこと。自分たちがかかわっている暇はない」という類のものから,明らかに「商売敵」として扱うもの,そして社会経済的観点からみて正当であり,かつ両者が共存できるとみなすものまで,実にさまざまであったとは,奔走した私の同僚の報告です。
 また,どのような人々がNPや助産婦を利用するのかということも,開設にあたって検討されたことです。その報告書によりますと,医療保険を持っている人ならびに政府の医療補助を受けている人のうち,NPに見てもらっている人の特徴としては,比較的若い年代の女性となっています。また,助産婦を産科医師の代わりに利用する人の特徴としては,既婚の黒人で比較的収入は低いが教育歴は高い人々となっています。
 このような条件を鑑みても,アンアーバーという街は,採算の合う場所ということになります。開設から2年近く経ちますが,一応運営の採算がとれ始めたらしく,第2,第3のセンターを,ミシガン州の各地に他大学の看護学部と共同して設立する動きが出てきています。