医学界新聞

Evidence-Based Nursing
――科学的根拠に基づいた看護

阿部俊子(群馬大医学部保健学科)


 医療の標準化の重要性が世界的動向として見直されている。看護でも看護ケアの標準化としてクリティカル・パスなどが日本で注目されだしている。看護者が専門職としてエキスパートになるには,臨床経験やそれに基づいた臨床的直感は必要不可欠である。しかしながら,臨床経験だけでは科学的な根拠に基づいた看護ケアを行なっているという保証にはならない。
 Evidence-Based Nursing(以下EBN)という言葉が多くの海外文献で目につくようになってきている。英国で昨年から「Evidence-Based Nursing」という雑誌が刊行された。また,「Center for Evidence-Based Nursing」というEBNの情報発信センターも「Evidence-Based Clinical Practice」の一貫した臨床ネットワークの1つとして英国に存在する。さらに,「The Collaborating Evidence-Based Nursing」というEBNの総合センターもオーストラリアにあり,香港,ニュージーランド,英国に支部を持っている。

科学的根拠に基づいた看護

 では,EBNとは何であるか? 和訳すれば,「科学的根拠に基づいた看護」ということになる。もともとのはじまりは,「科学的根拠に基づいた医学」としてのEvidence-Based Medicine(以下EBM)から由来する。EBMは,経験,直感で行なってきた病態生理からの推論である仮説に依存していた医療を,科学的根拠に基づいて行なおうというものである。同様にEBNは,「経験,直感に基づいた看護」から,「科学的根拠に基づいた看護」への転換,すなわちパラダイムシフト(クーンが提言した科学の概念枠の移行を示す)である。
 医療における科学的根拠は新しいものでないし,科学的根拠そのものはEBMでは変わることはない。EBMは,その科学的根拠をどのように臨床実践に取り込んでいくのかということである。その動きが看護やコメディカルにも拡がってきた。これは世界的な動向としての,医療ケアの標準化を図ろうという試みの一貫でもあろう。もちろん,その背景には医療のコストコントロールという経済原則がある。

EBMのプロセス

 EBMのプロセスは4段階ある。すなわち,
1)患者の問題を明確にする:問題の分類,どんな患者に何をするとどうなるか
2)情報(文献)収集:情報源は何か(専門家の言っていることなのか,研究結果か)
3)情報の吟味:文献の信頼性評価(一般化できる研究結果なのか,研究方法なのかなど)
4)患者への適応,応用の妥当性:研究結果はこの個別の患者に応用できるか
という判断である。この第4段階目では,科学的根拠だけではなく,それを応用しようとする患者の個別性への心理社会的配慮が重要となる。
 ここで,大切となるのは情報源の信頼性の確認である。ここで確認しておきたいのは,情報源として最も根拠のないものは経験に基づいた専門家の意見である,ということだ。経験は,経験された領域に限定されるので,専門家の意見に科学的根拠があるという保証はまったくない。

EBNの科学的根拠の選択基準

 また,EBNでは,Evidenceとしての科学的根拠となる研究情報の選択基準(selection criteria)を定めている。すなわち,
1)ヘルスケアの構造やそのプロセスの理解を促すもの(患者の姿勢,意向など)
2)個人の疾病や治療への理解を促すもの
3)定量的な研究からその実際の臨床への適用を促すもの
としている。さらに,EBNでは定量研究だけではなく質的研究もその科学的根拠としている。質的研究の方法論では,その情報源の査定項目として
1)研究質問の定義
2)方法論
3)研究対象者,被験者の抽出方法,被験者の属性
4)データ解析方法
などが明確にされていることを条件としている。

根拠に基づいた臨床の6段階のモデル

 EBNは,Evidence-Based Practiceとして,医療全体を包括する中で語られることも多い。McClareyら1)はその臨床効果として,現在の臨床が根拠に基づいたものであるかどうかをチェックするための以下の6段階のモデルを作成している。
1)研究の有無の確認
2)研究に基づいた臨床を行なっているか
3)臨床に用いている研究は信頼性のあるものか
4)臨床で行なっていることに対してガイドラインや標準化はされているか
 例えばガイドラインがあってもそれが科学的根拠に基づいていなければ仕方がない
5)臨床を改善するために何をなすべきか(啓蒙,普及,教育など)
6)臨床としての科学的根拠の実際効果はどうか,ケアの質の査定を行なっているか

患者に受け入れられる実践のために

 EBNは,看護臨床の科学的根拠の学問的研究ではなく,実際の臨床手法である。臨床で具体的に使用できない看護研究はEBNとしての情報源としては使えないことになる。また,臨床の看護者が理解できない難解な言語を用いた研究論文は,EBNに用いることは難しい。さらに看護は疾患ではなく,その疾患に対する人間の反応をケアするものであるから,患者が益を享受しない,臨床で実際に行なうには非現実的な研究効果はEBNとして取り扱えない。
 また,EBNを実践するには,医療に関わる人々のこれまで行なってきた行動が変わることが必要。すなわち,医療者,患者,研究者の3者の行動変容が必要である。
 まず,EBNを実践しようとする看護臨床者の意識を変革することがEBNの第1歩となる。これまでの経験で行なってきた臨床を見直して,根拠のある看護を行なっていくようにしなくてはならないだろう。次に,患者の行動変容では,その看護ケアを受け入れるという行動変容が必要である。いかに科学的根拠に基づいた看護であっても,患者に受け入れられなくてはEBNの臨床応用は難しい。
 最後に看護研究者の行動変容である。臨床者の行動変容を促す看護研究がEBNに貢献することになる。EBNにおける研究者の行動変容としては臨床者に理解されるように努力することも含まれている。

臨床実践なくしては存在意義がない

 EBNの達成なくしては医療の標準化は行なわれない。医療の標準化としての1つがクリティカル・パスであり,EBNを患者の行動科学的なアプローチから臨床実践していくことができる。このEBNを臨床に応用する際の判断でクリティカル・シンキングが必要となる。クリティカル・シンキングはEvidenceなしではありえない。
 ここで提言されるのは,看護ケアで一般常識とされるものを見直すことである。さらにこれまで行なわれた看護研究の整理である。根拠としての信頼性の低い看護研究をEBNの情報源としてはならない。そこで,根拠となるべき研究とそうでない研究の仕分けが必要となる。もちろん,臨床に使えない(現実的ではない,患者に苦痛をもたらすなど)看護研究は排除されるだろう。
 さらに,看護研究を始める際には,それがどのように臨床に応用されたり,臨床にたっている視点で行なわれているかという再考がなされなくてはならない。看護は臨床という実践なくして,その存在意義はないに等しいといえる。
 では,看護には直感や経験はいらないのか?そうではない。情報を整理して,知識を構築的に思考していくことがEBNである。経験と知識とを集大成して,クリティカル・シンキングを駆使した判断でケアを実践することがEBNなのである。
 EBNは,臨床実践の観点からの研究視点の重要性という,看護研究ではあたりまえのことへの再提言であり,警告でもあるのではないだろうか。

〔引用・参考文献〕
1)McClarey M. & Duff L.,:Clinical Effectiveness and Evidence-Based Practice, Nursing standard, 11(51), 31-35, 1997.
2)Sackett D.L., Richardson W.S., Rosenberg W., & Brian R.B. : Evidence-Based Medicine, Churchill Livingstone, 1997.
3)三瀬順一,名郷直樹:EBMとは?;看護におけるエビデンスの実例から,Quality Nursing Care, 4(7), 557-561, 1998.