医学界新聞

4種のウイルス感染症の研究成果を発表

第46回日本ウイルス学会開催される


 第46回日本ウイルス学会が,さる10月12-14日,吉倉廣会長(国立感染症研)のもと,東京・虎ノ門の国立教育会館,他において開催された。
 本学会では,一般演題の他,本学会と他学会との連携をテーマとしたパネルディカッション(司会=東大 野本明男氏)を企画。基調講演として,また日本免疫学会の立場から岸本忠三氏(阪大総長)が登壇したが,同様に分子生物学会・生化学会,臨床ウイルス学会・ワクチン学会,細菌学会とそれぞれの立場からも意見が述べられた。
 なお本号では,2日目に行なわれたシンポジウム「エマージング・リエマージングウイルス感染症」を中心に報告する。

強毒型のインフルエンザウイルス

 1980年に痘瘡の根絶がWHOにより宣言され,次にポリオ,麻疹などの根絶を目的とした計画が進み始めたが,その一方で,エイズの大流行やデングウイルス,エボラ出血熱などの新しく出現した感染症や,結核等にみられる古い疾病が新しい形で再出現した感染症が現われ,今日的な大きな問題を提起している。
 このような中,本学会のシンポジウムには「エマージング・リエマージングウイルス感染症」(司会=山形大 中村喜代人氏,名大病態制御研 西山幸廣氏)が取り上げられた。同シンポジウムでは,2氏によるインフルエンザウイルスの発表の他,ボルナ病ウイルス,C型肝炎ウイルス,およびヘルペス8型ウイルスの4つのウイルスについて5氏が登壇。自身の持つデータを中心に,各分野での研究の成果を解説した。
 今まで,ウイルス感染は「トリからヒトに直接感染する可能性は低い」と考えられてきたが,1997年5月に香港でアウトブレイクしたインフルエンザでは,ニワトリの間で保有が認められ流行したH5N1型トリインフルエンザウイルスが同年4月に患児から分離。新たに「トリからヒトへの直接感染」があるとして大きな話題を呼んだ。さらに,このウイルスは強毒型ウイルスであることも判明し,その危険性が危惧されたことは記憶に新しい。
 インフルエンザウイルスについては,まず最初に田代眞人氏(国立感染症研)が,上述のウイルス感染の流行を「事件」と位置づけ,一連の流れを概説した。
 A型インフルエンザウイルスは,数十年ごとに新型(新亜型)の出現を繰り返している。現在流行しているのはH3N2またはH1N1型だが,昨年,香港で起こったH5N1型の流行は新型によるものであり,アジア・ユーラシア系統に生息するトリ由来の強毒性ウイルスであることが判明したことを述べた。
 また田代氏は,WHOの要請から本ウイルスに対するワクチン開発を進めているが,本ウイルスが強毒性で,製造過程に危険が大きいことから,リバース・ジェネティックス技術を用いて,強毒株のHA遺伝子に弱毒化変異を導入し弱毒株を作成。これをワクチン製造株として研究を進めていることを明らかにした。

もう1つのインフルエンザウイルス

 続いて河岡義裕氏(ウィスコンシン大)が,インフルエンザウイルスがどのようなメカニズムで病原性を獲得するのかを概説した。インフルエンザウイルス赤血球凝集素(HA)は,宿主の蛋白質分解酵素によりHA1とHA2に開裂するが,インフルエンザウイルスでは,このHAがウイルスの病原性を決定していると指摘。H5N1型トリインフルエンザウイルスに感染させたマウスを用いた実験では,HAが全身感染の十分条件ではなく,他因子の関与の可能性があることを突き止めた。一方,ヒトから分離したスペイン風邪由来のマウス馴化WSN株では,そのノイラミニラーゼ(NA)が,他のNAと異なりプラスミノーゲン結合蛋白質であり,NAの146番目の糖鎖がHA開裂に関与すること,さらにプラスミンがHAを開裂させることが判明したと報告。「プラスミノーゲンが生体内に分布するため,WSN株においてはそのHAが全身臓器で開裂するために全身感染を引き起こすのではないか」と推察し,さらに「WSN株以外にもプラスミノーゲン結合能を有するウイルス蛋白質存在の可能性があり,プラスミノーゲンを利用したウイルスの開裂活性,または組織へ侵襲させるのに役立たせているではないか」と,その可能性を示唆した。

ボルナ病ウイルスとパーキンソン病

 生田和良氏(北大)は「中枢神経系におけるボルナ病ウイルス」と題し口演。ボルナ病ウイルスは(BDV),1994年に遺伝子の全配列が決定されているが,慢性疲労症候群や精神分裂病患者などに比較的高い陽性率があることが知られている。生田氏は,日本の動物(ウマ,ヒツジ,ウシ,ネコ)およびヒトにおけるBDVの疫学調査の結果から,「献血患者と比較して慢性疲労症候群,精神分裂病患者の患者に優位に高い陽性率が認められた」と報告。また生田氏は,パーキンソン病患者の神経変性がみられる中脳の黒質領域でBDV RNAが検出されたことから,その関連性についても触れ,本ウイルスとパーキンソン病の病態への関与の可能性を考察した。

C型肝炎からエイズウイルスまで

 一方,下遠野邦忠氏(京大・ウイルス研)は「肝炎,肝疾患におけるC型肝炎ウイルス(HCV)の役割」をテーマに口演。HCV産生されるウイルス蛋白NS5Aは,インターフェロンの感受性を決める領域があり,唯一リン酸化されている蛋白であることが知られている。
 下遠野氏はその上で病態に関連し,慢性肝炎の状態ではウイルス感染によって免疫活性化される過程で癌化細胞の出現が考えられるとして,その他にこのウイルス蛋白が直接に肝障害に働く可能性があるかなどを検討。HCVの核の蛋白がfas由来のアポトーシス抑制と,細胞増殖促進作用が認められたことを報告した。その他にも,HCV研究の現況について最新の知見を述べ,遺伝学を導入したウイルス学研究の発展を期待する発言を行なった。
 最後の登壇者は,佐多徹太郎氏(感染研)。ヒトヘルペスウイルス8型(HHV8)は「カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス」とも呼ばれ,ヒトに感染する8番目のヘルペスウイルスとして1994年に報告されている。またこのウイルスは,エイズ剖検例の20%に,日本人の血清抗体では10%に感染率があることが認められている。さらに,このウイルスはカポジ肉腫の他,primary effusion lymphoma(PEL)の患者でも高率に検出されているが,健常男性の精液からも検出(女性の場合はあまりない)されたことを報告。また,現在のHHV8遺伝子にはサイトカインや細胞周期の制御やシグナル伝達に関するヒト細胞遺伝子ホモログが存在するなどの研究が進められていることを明らかにするとともに,氏は「ウイルス感染と病変発生の機序の解明が今後の課題」であるとした。