医学界新聞

がんの診断・治療の現場から

第57回日本癌学会「市民公開講座」より


 第57回日本癌学会総会(会長=国立がんセンター所長 阿部薫氏)が,さる9月30日-10月2日の3日間,横浜市のパシフィコ横浜で開催(本紙2312号で既報)。最終日には,日本対ガン協会創立40周年および同学会総会開催を記念した市民公開講座「がんの診断・治療の現場から」(司会=阿部氏)が企画された。
 公開講座では,「専門用語を極力使わず平易な言葉で」(阿部氏)を心がけ,(1)「がんになったら-インフォームドコンセント,治療の選択」(国立がんセンター中央病院部長 笹子三津留氏),(2)「がんはどこまで治るのか-がん治療の適応と限界」(国立がんセンター東病院副院長 吉田茂昭氏),(3)「がんと人生」(北里大名誉教授立川昭二氏)の3題がプログラムされた。

早期の癌治療から末期の生き方まで

 笹子氏は外科医の立場から講演。「がんは治療後の予後やQOLを考慮して治療を選択すべき病気である」と述べ,外科手術と放射線(局所)療法の比較や早期胃癌の予後と年齢の関係,また内視鏡による侵襲の少ない切除術の可能性などを解説した。
 さらに氏は,「誰が治療を決めるのか」については「患者自身」であることを強調。「がん治療に絶対はない。早期癌が再発したり,進行癌が治癒することもある不確実性のもの」と述べるとともに,「がん治療は,医師・患者がともに理解し納得の上で進められることが原則」とし,そのためには情報の開示が必要になること,冷静な判断ができるインフォームドコンセント,そして積極的なセカンドオピニオン医の有効な活用などをあげた。
 一方,内科医の立場からは吉田氏が消化器癌を中心に講演。「がんは早期発見の普及に伴い生存率があがっている。最近では外科的に治療困難な進行癌であっても,抗癌剤による化学療法や放射線療法での長期生存が可能になっている」と述べ,食道癌の治療方針や肝癌におけるエタノール局注,さらにマイクロ波凝固による動脈塞栓療法などの治療法を解説した。
 また,「がん治療の選択の原則は自己決定」と強調。それには正しい診断情報の入手,状況判断が必要であることを述べ,「各治療法には百害の事象が伴う」としながらも,「あきらめること,逃避することはないように」と訴えた。
 文化史・心性史の視座から病気や医療を追及する著書で知られる立川氏は,「がんを病むことは決してマイナスではない」との立場から講演。「“がん”であることを嘆く患者は,“がん”という病気に負けるのではなく,“がん”という病名に負けてはいないだろうか」と述べるとともに,「余命に2-3か月と余地のある患者のほうが,急性期の患者よりは自分自身の生き方を考えられるのではないか」と指摘した。
 その上で,がん患者と思われ,がんと向き合った良寛和尚(直腸癌と推定)や明治期の宰相岩倉具視氏,作家の高見淳氏,画家の三橋せつ子氏らの闘病中のエピソードを,「がんによって作られた生き方,がんを超えたからできた人たち」と紹介。立川氏は,「がんは,その人を奇蹟的境地に高め,人生を完成させ,周囲に得がたい贈り物を与えることもある」と結び,参加者に多くの感銘を与える講演を終えた。