医学界新聞

対談

がん検診

その現状と今後の展望

多田正大氏
京都がん協会副所長
 久道 茂氏
東北大学医学部長
厚生省「がん検診の有効性評価に関する研究班」総括班長


「報告書」をめぐって

2つの意図:情報提供と政策評価

多田 「がん検診無用論」という話が出て以来,がん検診をめぐって世の中が一時騒がしくなりました。がん検診に関する1つの極論が提出されたためですが,その反論,また再反論というように,一般市民も巻き込んで話題にのぼりました。今ではやはり「検診は必要である」という結論が得られたようですが,この間の論争は決して不毛ではなく,がん検診についてもう1度考える機会が得られたのではないでしょうか。 このような折りに,久道教授を班長とした「がん検診の有効性評価に関する研究班」の厚生省報告書が提示され,検診を科学的に評価する厖大なデータが明らかになりました。本日は,その報告書の産みの親であり,わが国のがん検診の現状を最も熟知しておられる久道教授に,がん検診をめぐる諸問題と今後の展望についてお話を伺いたいと思います。これまでわが国でこれほど詳しくがん検診を評価した報告書はないでしょう。いわば「がん検診のバイブル」と言っても過言ではないと思いますが,この研究班が結成された経緯からお話しいただけませんでしょうか。
久道 ご指摘のように,がん検診の有効性に関して,いろいろな方が反論・異論と言いますか,場合によっては「早期発見は無用だ」といった意見まで出て,一般国民が誤解した面があったと思います。その一方では,厚生省がこれを重要課題と考えたのですが,ここ数年来,エイズ問題や感染症対策への対応の遅れなどもあって,ぜひがん検診を正しい形で評価し,国民に知らせる必要があると考えたわけです。
 この研究班が設置されたのは,1つにはいま申し上げたがん検診をめぐる情報公開とインフォームド・コンセントを求める動きへの対応です。それからもう1つは,厚生省自身が行政施策を評価することが必要になったからです。つまり,がん検診もすべてが有効ではなく,何がよくて何がだめか,また何を検討すべきかをきちんと見直す必要があった。その2つがこの研究班を設置する背景と意図であったと思います。

「報告書」作成まで:「有効性疑問」という表現

多田 どのようなメンバーで構成されているのでしょうか。
久道 32名の構成メンバーのほとんどが厚生省がん研究助成金の研究班やがん検診に関わる班の班長で,その他に放射線の専門家や疫学者,それに日本医師会からも参加されました。そこで皆さんと議論を重ねていく中で,単に文献の精査や現状の報告ではなく,アメリカの予防サービス特別委員会の勧告(資料1)のレベルまで踏み込んではという意見が出てきました。先生が紹介されたように,おそらくこれまで行政や施策をあのような形で評価をしたことはなかったと思います。
多田 多くの文献を読まれ,また単に紹介だけではなく,それに対する各委員のコメントを載せています。われわれにとって大変有益な報告書になりましたが,相当な作業量だと思いますが。
久道 調査した文献は322件で,Medlineで精査しましたし,そのうち英文は半分の161でした。それをそれぞれの専門の先生方に整理していただき,先生がご指摘のように,「この文献にはこういう結果が出ているけれども,この方法論はここがまずいから,この結果は保留すべきだ」というようなコメントを入れました。整理した先生方のものの他に,著者自身が論文の中にコメントしている研究の欠点や長所も紹介しています。そういう意味でかなりいい報告書になったと思います。
多田 報告書の結論は,「胃がん,大腸がん,子宮頚がんについては現行の検診でも有効である。しかし,肺がん,乳がん,子宮体がんについては有効性は認められない」ということでしたが(資料2),この「認められない」という部分を「無効である」と解釈した記事が新聞で報道されました。あの記事によって一般市民にがん検診に対する誤った考え方を与えてしまったように感じ,残念に思いますが。
久道 実は最終原稿を見る前の“ゲラ”,つまり校正中の原稿がある報道機関に流れ,それが誤った形で内容を一部報道されたわけです。しかも,「がん検診の有効性疑問」と大きなタイトル文字でしたので,すべてのがん検診が疑問だと捉えられてしまいました。そういう表現は一切使っていませんでしたのに非常に残念です。
 先生のご専門の大腸がん検診については,「便潜血検査による大腸がん検診を勧奨する十分な証拠がある」と言っています。そして,免疫便潜血検査2日法については,「逐年検診の効果とその大きさを実証していくべきである」と勧告しています。肺がん検診が最も関心が高かったのですが,「現行の方法による肺がん検診の効果はあっても小さいことは事実である」と書いてありますし,「集団検診へのCTの導入の検討」や「個別検診の普及」も提言しています。

現行のがん検診の問題点:RCTについて

多田 現在,老健法に基づくがん検診は5つの臓器を対象として,全国で延べ2300万人ぐらいの方が受診しています。その他,人間ドッグや職域での検診も含めると,かなりの数の人が検診に参加しています。それだけに,私たち検診に関与する者は,皆さんから信頼される検診を行なわないといけません。そこで久道教授に,現行のがん検診のどこが問題なのかについて,さらに詳細にお伺いしたいのですが。
久道 有効性を証明するための手法はいろいろあると思います。RCT(注1)はがん検診に限らず,新薬の治験の有効性評価の際にも必要で,いろいろなバイアスを除去する最もよい方法と言われています。ただし,対象が人間であることと,がん検診の場合は厖大な人数,しかもほとんどが正常な人で構成されていますから,RCTがすべてうまくできるわけではありません。
 ただ,胃がん検診で有効性というのは,外来発見と比較して予後がよければいいと,誰でも率直に思うわけです。外来発見と検診発見例の予後が同じなら,RCTをしなくても,「効果がないのではないか」ということは,臨床の経験から直感的にわかりますよね。ところが胃がんでは,そこに差があります。それから,罹患率と死亡率の減少効果の比較をしても差があります。それはそれで納得できると思うのですが,中にはどうしてもRCTをやらないとだめだという人たちもいるわけですね。
 ところが矛盾していることは,最も普及している子宮頚がん検診は,推計ですが世界で年間3500万人ぐらいが受診し,専門家ががん検診の中で最も有効性が高いと評価しています。しかし,これをどのように評価したかというと,日本でも世界でもRCTではなく,いろいろバイアスがあってセカンドベストの方法と言われる症例対照研究(注2)で行なわれているのです。
多田 RCT試験は理想的ではあるが,がん患者を対象とするだけに実施が難しい。そこで症例対照研究も行なうわけですね。
久道 症例対照研究で評価しても,全世界から信頼されて有効だと言われているのは,多くの国の研究者が対象を違えて,さまざまな時期に,同じ方法論を使って行なった結果がほとんど同じで,しかも無効だという結果が出ていないからです。オッズ比で言うと0.1から0.45あたりまで幅がありますが,必ずその辺の数値が出ています。そうであるならば,あえてRCTをする必要はないと言われるぐらいの証拠が揃っているわけです。

肺がん検診,乳がん検診について

久道 また,現行のがん検診の中では,肺がん検診に問題があると言われています。早期がんの外来発見と検診発見の割合を比較すると,検診で31.8%,外来は15.7%ですから倍以上です。このぐらい効果があるなら有効と言ってもいいのですが,ただ残りの7割は手遅れだと考えると,やはりまだどうかなという感じがしますね。  先生もご存じのように,昭和30-35年頃の胃がん検診では,早期がんの発見率は10%前後でしたので,当時は,「胃集団検診は進行胃がんの早期発見だ」と言われたものです。ところが医学・医療の技術が進歩したため,現在は67.7%に達しています。その点で,肺がんに関して早期診断技術が問題になります。
多田 乳がん検診の場合は早期がんと進行がんの比率は差が少ないですね。
久道 乳がんの早期がんの外来発見率は50.3%,検診発見率は54.3%です。たったの4ポイントの差ですから,これは差がないとみていいと思います。確かに5割も発見できるのだから有効と言えるのですが,外来発見と比較するとそう差がないので「現行の視触診による乳がん検診の有効性はどうか」という結論になるのですね。
 そこで方法論を変えるという考え方があると思います。肺がんであれ乳がんであれ,早期に発見されたがんは助かっているのですから,その割合をどのように高めるかという問題になるわけです。肺がんの場合はまだ低い。乳がんの場合も方法論として視触診ではなく,別な方法すなわち「マンモグラフィを導入してはどうか」ということになるのだと思います。

診断技術のがん検診への導入とその組み合わせ

多田 われわれが現在持っているさまざまな診断技術を使えば,どのようながんでも早期に見つかると思います。その技術をどこまで検診に導入するかということが問題になりますが,同時にハイリスクを設定することも必要になると思います。例えば肺がんの場合,喫煙歴が長い人にはCTなどの精密な検査を導入するが,吸わない人は簡単な検査でいい。そのような使い分けも考えなければならないと思いますが。
久道 その通りです。今までは老健法に位 置づけられていたために,すべてのがん検診を40歳以上,乳がんと子宮がんは予防措置をもって30歳以上にしましたが,例えば肺がん検診は,女性ならば40代は必要ないでしょう。それから受診間隔も,現在の乳がんの視触診は毎年ですが,マンモグラフィでは2年に1回でいいという研究結果が出ています。胃がん検診や大腸がん検診で,内視鏡を用いた精密検査でまったく異常がないと判定された場合,2年くらい間を開けてもいいと思います。
 そういう組み合わせ,またハイリスクによる受診間隔の考慮,さらに新しい検査方法,例えば胃がんの場合,間接レントゲンの診断精度が弱い前壁にはペプシノゲンを併用して精度を高めることができます。その場合は3-5年に1回,というようなことも出てくるのではないでしょうか。費用効果の面からも,必要だと思います。

大腸がん検診の場合

便潜血検査について

多田 すべてのがん検診についてお話しいただきたいのですが,今日は特に大腸がん検診をたたき台として,もう少し具体的なことをお伺いしたいと思います。
 ご存じのように,現在の大腸がん検診は便潜血検査(FOBT : fecal occult blood test)を基にして成り立っており,「化学法」と「免疫法」に2分されます。わが国では免疫便潜血検査2日法で,欧米では化学的便潜血検査であるヘモカルトなどを用いたRCTの報告書が出ています。私は化学法よりも免疫法のほうが感度が高く,その分,多少特異度は低下するかもしれませんが,がん発見の効果は大きいと思います。報告書でも,「免疫便潜血検査は,ヘモカルトテストよりも高い感度を有することが実証されているので,より大きな死亡率減少効果が期待される。わが国ではRCTによる検討は行なわれていないが,便潜血検査1日法に対する症例対照研究では,死亡率の減少効果は60%と報告されている。現在推奨されている2日法に対する効果の評価はまだ行なわれていないので,早急な検討が必要である」という主旨を勧告していますが,こういう場合,海外のデータをそっくりそのまま日本に用いることはよくないのではないでしょうか。
久道 いや,よいのではないでしょうか。例えば,欧米では化学法による便潜血検査法の有効性がRCTで証明されましたが,臨床的にも基礎実験からも,感度がより高い免疫法を使った場合に,それよりも悪くなるとは考えにくいですね。もっと精度の低い方法で有効性が証明されているのだから,私は免疫法を導入してもいいと思いますが,RCTを日本でやるのは不可能だと思います。さらに,免疫便潜血検査2日法による有効性という状況証拠を整えておくためにも,症例対照研究が必要ですし,現に行なっています。
多田 症例対照研究の場合,いわゆるセルフセレクション・バイアス(注3)が働いて客観的なデータが得られないと思いますがいかがでしょうか。
久道 いや,症例対照研究は有効性評価がどのぐらい見込まれるかという仮説を設定して,統計学的有意差検定ができる症例数がどれぐらい必要か,という考えで行なえばいいので,普通は100例から200例あればいいわけです。
 ただ,それをさらに分類して,性別ではどうか,年齢別ではどうかと細かく分析すると,統計的な検定ができなくなりますので,余裕をみて200-300例を症例として,異なる研究者が異なる地域で研究し,同様の結果が出ることが重要ではないでしょうか。
多田 100例ぐらいは2-3年間で集まると思いますし,それに対するコントロールも十分得られると思います。日本の診断学は進歩していますし,見逃しということもほとんどないでしょうから,十分勧告に従えるものだと思います。
久道 そうですね。

「大腸がん検診」とRCT:証拠に基づいた評価を

多田 日本は民主主義が発達し,医療制度も進歩していますから,RCTがしにくい土壌にあるのでしょうか。
久道 RCTそのものは必ずやらなければならないということではなく,当該検診が普及しない時点でやることは意味があると思います。ですから,そういう研究計画を1度トライすることは必要だと思います。
 しかし,日本ではそういう雰囲気がなかったこともありますし,国民皆保険制度ですからアメリカとは異なります。またアメリカでも必ずしもボランティア精神があるからとばかりは言えませんで,参加した人は医療費を無料にするということもあるのでしょう。大腸がんに関して言えば,日本ではRCTはおそらく無理ではないでしょうか。
多田 ミネソタではもう15年間続いていますが,息が長く,しかも厖大な数を扱っており,敬服に値すると思います。
久道 費用も厖大になるでしょう。がん検診に投入されたわが国の予算は毎年約200億円です。その他に県や市町村が負担しますから,おそらく年間600億円は投入されています。それを10年続けたら6千億円になりますから,費用効果という面からも,やはりEvidence-based medicine(EBM)あるいはEvidence-based health careの政策がこれからは求められていますし,少なくとも試みることが必要ではないかと思います。

大腸がん検診方法の確立まで

多田 先生が厚生省の班会議の班長になられて,今日の大腸がん検診の方法が確立しました。つまり免疫便潜血検査2日法と,後は精密検査として注腸X線検査+シグモイドスコピー(sigmoidoscopy)または全大腸内視鏡検査ということになりますが,その過程で2日という数字はどのようにしてお決めになったのでしょうか。
久道 スクリーニング法の感度と特異度の精度を一緒に評価する方法として,ROC分析(注4)があります。この方法で従来の生化学法と新しく開発された免疫法のどちらが高いかという分析を12施設にお願いしました。かなり条件を厳しくしたので12施設にしかならなかったのですが,その結果少なくとも生化学法よりは免疫法がいいこと,そして見逃しも含めて1日法よりも2日法がいいという結果になりました。それでは,2日法よりも3日法がいいかというと,免疫法は3日法にしてもそれほど感度は上がりません。一方,3日法では特異度が下がることを考えれば,2日法が最もいいという結論になったわけです。
多田 精密検査についてはいかがですか。
久道 精密検査は内視鏡と注腸X線法による感度・特異度の精度を比較しました。これは最初から人間ドックを使ってランダムな方法をとりましたが,X線で見逃した例が内視鏡で発見できることがわかりました。内視鏡も弱点はありますが,全体的に評価して最適な方法は,全大腸内視鏡であるという結論に達しました。しかし,当時の技術的な問題と普及の状況ではまだ無理だということから,「全大腸内視鏡または注腸X線+シグモイドスコピー」ということになったわけです。
 これにはいろいろ問題がありまして,私も日本医師会の講習会に招かれて,講演の後に質疑応答や議論をしましたが,最終的にはいま申し上げた形になりました。少し妥協したかなと思いましたが,その後の普及状況を見ますと,それでよかったと思っています。というのも,あまりにも便潜血検査の普及が急速で,当初集計した大腸がん検診の受診者数は全国で年間40万件でしたが,次の年は80万件,その次は160万件と倍々に増えましたので,精密検査の普及が追いつきませんでした。その結果,技術が未熟なために精密検査の際に穿孔を起こしたり,大出血やその他ショックなどの偶発症が少なからず見られる事態が発生しましたので,普及するまでの段階としてよかったかなと今では思っています。

注腸X線検査法の“暫定的”はいつ,誰が削除するのか

久道 最近の状況は先生の方がご存じでしょう。精密検査はやはり注腸X線撮影と併用の方がよいのですか。あるいはX線検査だけでは問題があるのでしょうか。
多田 それは検査を担当する医師の技量によります。がんの好発部位である直腸S状結腸が完全にX線でカバーできれば,内視鏡は必要ないと思います。しかし,なかなかよい写真が撮れないので,そこだけは内視鏡でもう1度確認しようということですが,コストが高くなりますね。暫定的には注腸だけでもよいと言ってからもう6年になります。誰がそのタガをはずせばよいのでしょうか。
久道 それは関係する学会ではないかと思います。例えば日本消化器集団検診学会の大腸検診の検討部会が学会として勧告しましたが,精密検査については注腸X線撮影も加えるということだったと思います。
多田 6年前は確かにS状結腸鏡を操作できる医師も少なかったですが,最近は安全な内視鏡(CF-SV,オリンパス光学(株))ができて,ベテランでなくても直腸S状結腸は内視鏡観察ができる時代になっていますから,そろそろ暫定的というのをはずしたほうが,より精度の高い検診ができるのではないかと思います。
久道 いま厚生省は西暦2001年からの第4次計画に向けた検討を始めています。実はその班長を仰せつかいましたが,例えばペプシノゲンの併用,ヘリコバクター・ピロリ,C型肝炎ウイルスをどう考えるか,生物学的な検査指標を使った組み合わせができないかなどが検討されています。大腸がんについては暫定的にということになっていた精密検査の方法も検討される可能性はあります。先生のお話を伺って,むしろそうしなければいけないと感じました。
多田 大腸がん検診も,今までは便の潜血検査をマーカーにしていたのですが,どうしても痔出血を拾ってしまいます。糞便中のCEAや胆汁酸,あるいは粘液などを使って診断できないかと検討しますが,まだヘモグロビンにはかなわないですね。
久道 糞便中のCEAはどうですか。
多田 方法論的には40分ぐらいで結果が出るようになりましたが,コスト面で問題があること,それから偽陽性が多いことですね。粘液テスト,特にT抗原などをマーカーにするといいかと期待したのですが,これも偽陽性が多いですね。非常に安価にできるのですが,精度の点で現在はヘモグロビンにかないません。しかしさらに基礎的な研究を進めて,便潜血検査に替わるものを作らないといけないと思います。

精密検査の専門医養成を

多田 精密検査に関しても,それを専門に担当する医師を育てないといけないと思います。これを指導するのはやはり学会だと思うのですがいかがでしょうか。学会の認定医制度,あるいは卒業教育委員会などで,この技術を普及させる施策を採っていただかないと,現行のままでは精密検査はパンクすると思います。
 よく地方の方から「大腸がん検診に参加して便検査は陽性だったが,どこで精密検査をしたらいいのですか。2~3時間もかけて都会まで出掛けて精密検査をすることはできない」という不満を聞きます。「地元の病院ではできないのですか」と聞きますと,「そういう施設がまだない」と言うのです。その後のフォローが問題になりますね。
久道 誰かが行動を起こさないとだめですね。精密検査ができないという事態は本来あってならないことです。かつて胃がん検診の年間の検診数を設定する際に,必ず精密検査の処理能力×要精検率の逆数を掛けて計算していましたが,便潜血検査はあまりにも簡単過ぎて,精密検査の処理能力と関係なしにどこでもできるので,それが問題になると思います。学会が中心になって,内視鏡のできる医師を計画的に養成する必要があるでしょう。

がん検診の限界

多田 ところで,一般の人はがん検診に参加していれば,百%発見されるものだと考えていると思いますが,先生の報告書にあるように,がん検診の限界ということを私たちは十分に説明していなかったと思います。例えば大腸がん検診にしても,進行がんであっても5~6%は見逃されているかもしれません。しかし,翌年もう1度受診すれば,少しがんが進行しているから出血しやすいだろう。その時点で発見して手術しても,致命的な手遅れにはならないのですが,その辺のインフォームド・コンセントが十分にできていないきらいがあります。「がん検診はすべてバラ色」と言ってきたのがいけないと思うのですが。
久道 専門家は皆ある程度検診の精度のレベルは知っていますが,受診者との間には大きなギャップがありますね。先生がおっしゃったインフォームド・コンセントの最適な方法の検討が必要でしょう。
多田 文章にして,わかりやすく示さないといけないのでしょう。口頭だけでは誤解されて,かえって恐怖心を植えつけたりすることがあると思います。
久道 そうですね。「がんであっても出血しないケースがこのぐらいあるから,この場合はひっかかりません。だから,毎年受けてください」というようなことを数値で示して説明すべきだと思います。
 これは裁判の判決にも影響しているのですね。例えば昭和55年でしたか,もちろん無罪になったのですが,神戸の垂水保健所で見逃されたということで訴えられた事例は,その判決の結果通知の中に,「いま異常なしであっても,具合が悪い時にはすぐ最寄りの先生のところに受診してください」という文章が入っているのですね。それがかなり効いたようです。

がん検診の将来

がん検診の一般財源化は「報告書」とは無関係

多田 次に「がん検診の将来」についてお伺いしたいのですが,平成10年度からがん検診が老健法から除外されました。まさに青天の霹靂と感じましたが,どうしてこのようなことになったのでしょうか。
久道 一般財源化することに決定したのは昨年の12月,平成10年度の政府予算原案を作る過程で,厚生省と大蔵省の折衝の中で突然出てきた話です。がん検診の目標を設定することも,すべて委員会にかけてきましたから,あのような重要な政策を公衆衛生審議会にかけないで決定することは普通はあり得ませんが,突然事前の連絡もなしに決めてしまったわけです(資料3)。
 要するに行政改革の一環として各省庁で一律に減らせということになって,厚生省のある局がたまたま200億円削らなければいけない状況だったのではないでしょうか。そこでよく見たら,ちょうどがん関連が197億円あったので「これだ」ということになったと私は推測するのですが(笑)。
 しかし,あまり突然でしたので,私の研究班の報告書が出る前に厚生省がそれを見て,一般財源化してもいいと判断したと誤解した人がかなりいました。多くの先生方,特に婦人科の先生方から一時期,「あれを報告した久道が悪い」と言われました。そこで,私はいつも講演をする時には,必ず「一般財源化の政策転換は,有効性評価の報告とは無関係」と最初に申し上げています。実にタイミングが悪かったですね。

一般財源化によって生じる問題点

多田 一般財源化になったことのデメリットは何でしょうか。
久道 まず,精度管理上の問題が不安になります。安かろう,悪かろうというがん検診が出る可能性があります。それから,全国規模のがん検診情報が手に入らなくなる可能性があります。これについては,学会に委託して全国集計をきちんと出してもらいなさい,と厚生省に言っています。
 もう1つは,必要ながん検診まで中止する自治体が出てくる可能性があることです。私はいつも講演会で皮肉を込めてこう言うのです。「止めることを決定したら,ぜひ10年間はずっと止め続けてください。町長さん,市長さん,たとえ落選しても後任の方に申し送るようにしてください。ただし,町民が内緒で検診を受けているかどうかはきちん調べておいてください」。そうすれば,検診をしなかった自治体と行なった自治体の差が歴然とわかりますから,非常によい対照になります。一般財源化は仕方ないにしても,早期発見そのものが悪いわけではないので,住民・国民にはきちんと正しいことを知らせる必要があります。
 また,今回の一般財源化に関して,自治体の担当者は「いったいどうなるのでしょうか」などという言い方をするので,「ずいぶん情けない質問ですね。どうするかを考えたらいかがですか」と私は言うのですね。老健法に組み入れる前のあの熱気はどこへ行ったのですか。国の施策に乗らないうちは,各自治体が単独事業としてやろうとものすごい熱気でした。そういう意気込みをもう1度考えてほしいですね。
 それから,先ほど先生がご指摘のように,今回の事態を契機に,受診対象者やハイリスクをどうするか,回数をどうするか,方法の組み合わせをどうするか。現在の老健法で実施要綱として決められた方法以上の,よりよい方法を工夫したらどうですかと申し上げたいですね。今回の一般財源化をむしろポジティブに考えて,「よい検診をやる」という方向に向けたほうがいいような気がします。

がん検診の新たな地平を拓く

多田 まったく同感ですね。一律に「こういう検診に従いなさい」というのではなく,地域とか対象の内容によって相応しい方法を選べることが可能になるかもしれません。同時に,これを契機に逆風としてとらえるのではなく,従来の検診の問題点をもう1度洗い直して,前向きな方向に進まないといけないと思いますね。そういう意味で瀬戸際に立っているのかもしれませんが,逆にがん検診がやり甲斐のある新たな段階を迎えつつあるのではないかと思っています。
 話は変わりますが,たまたま「胃と腸」(医学書院発行)の14巻10号(1979年)を見つけました。わざわざ“健診”とお断わりになって,「消化管の健診を考える」という特集を組み,市川平三郎先生(国立がんセンター名誉院長)と川井啓市先生(京都府立医大名誉教授)がご司会をなさった座談会に久道教授と一緒に私も参加しているのです。19年前ですが,当時は胃がん検診が非常に華やかな頃で,同時にそれなりに問題点も出てきた時期でした。大腸がん検診はまだなかった時代です。肝臓も含めた消化器のがん検診について話しているのですが,がん検診にかける熱意がそのまま今日に反映しています。今後も若い先生にがん検診に興味を持っていただいて,自分たちで新しいがん検診を作るのだという熱意で取り組んでいけば,もっと国民のニーズにかなえられるようなよい検診ができるのではないかと思います。
 久道教授におかれましては,わが国のがん検診のリーダーとして,これからもますますご活躍いただいて,われわれを導いていただきたいと思います。本日は,お忙しいところをありがとうございました。


資料1:証拠の質の順位(米国予防サービス特別委員会,1996年)
I:最低1つ以上の,正しく無作為化された比較試験(RCT)から得られた証拠
II-1:無作為ではないがよくデザインされた比較試験から得られた証拠
II-2:1つ以上の施設または調査団体による,よくデザインされたコホート研究または症例対照研究から得られた証拠
II-3:介入する場合としない場合についての,数回連続の調査から得られた証拠。コントロールされない実験における劇的な(1940年代のペニシリン治療の導入のような)結果は,このタイプの証拠と考えることもできる
III:臨床的経験,記述的研究,熟達した委員会の報告に基づいた,社会的地位のある権威者の意見
(『大腸がん検診-その考え方と実際』〔医学書院刊〕より)

資料2:「がん検診の有効性に関する研究班報告書」の「勧告」の要旨
(1)胃がん:X線による逐年の検査を勧める証拠がかなりある。しかし,検査に限界もあるので,検査の前に十分な説明が必要
(2)子宮頚がん:30歳以上を対象にした細胞診による検診の有効性は十分証拠がある
(3)子宮体がん:現在の有効性は十分に証明されていない
(4)乳がん:現在の視触診による検診の有効性は十分でない。マンモグラフィは欧米で有効とされているので,わが国でも導入を検討
(5)肺がん:現在の検診の効果は小さい。集団検診へのCTの導入など,早期発見の研究が必要
(6)大腸がん:便潜血反応による検診を勧める十分な証拠がある

資料3:平成10年度がん対策予算案(厚生省分-単位千円)
事 業平成9年度平成10年度
I. がん克服新10か年戦略経費
1. 研究支援の推進
(1)重点研究課題特別研究
(2)研究体制の整備
(3)若手研究者の育成・活用
(4)国際協力研究の推進
(5)研究支援(資材供給)体制整備
2. がん検診総合支援システムの構築
(1)がん総合支援システムメンテナンス経費
(2)がん検診施設情報ネットワーク事業
3,897,251
2,484,274
1,480,000
81,617
197,990
652,728
71,939
1,412,977
1,111,475
301,502
3,640,369
2,279,899
1,332,000
80,888
184,792
613,828
68,391
1,360,470
1,111,475
248,995
II. その他のがん対策
1. 医療施設の整備
2. がん研究助成金
3. がん予防対策費
4. 小児がん対策
5. 国際がん研究機関分担金
6. がん診療画像レファレンス構築費
7. がん情報普及啓発事業費
8. 重複調整
64,579,754
42,247,746
1,850,000
19,706,472
2,380,627
187,436
350,030
13,920
△1,156,477
39,919,118
35,805,742
1,850,000
815,134
2,279,471
196,532
115,500
13,920
△1,157,181
合計69,477,00543,559,487


(注1)RCT(randomized controlled trial)無作為比較対照試験:研究群と対照群を無作為に割り付けをして行なう臨床・疫学的研究方法。疫学において仮説の検証方法として,最も科学的で厳密なものと一般的に考えられている。しかし,対象が人間である臨床・疫学研究では,必ずしも研究計画通りには実施されるわけではなく,両群が研究観察期間中に入り乱れることもある。これを汚染(コンタミネーション)という。俗に「くじ引き試験」という場合がある
(注2)症例対照研究(case control study):がん検診の症例対照研究では,がん死亡者あるいは進行がん患者を症例(case)とし,適切に選んだ対照(control)との間で検診歴を比較してオッズ比を計算することによりがん検診の有効性を評価する。後ろ向き研究(retrospective study)の代表的方法

(以上参考:『消化器集団検診用語集』〔医学書院刊〕)
(注3)セルフセレクション・バイアス:検診を受診する人としない人では,種々の背景因子が大きく異なることは疫学的によく知られている。受診者群はもともと健康に関心が強い人が多いため,一般に疾患やそれによる死亡が少ないと考えられている。このため,非受診者群に比べ受診者群の生存率が見かけ上高くなる。一方,受診者はがんの家族歴を持つ者,また喫煙習慣を持つ者などが多く含まれることも知られており,この場合は見かけ上,逆の現象が起こる
(参考:『大腸がん検診-その考え方と実際』〔医学書院刊〕)
(注4)ROC(receiver operating characteristic:受信者動作特性)分析:複数のスクリーニングテストの優劣を決める方法。縦軸に感度,横軸に偽陽性率をとってカットオフ値を動かして作成される曲線(ROC曲線)を描き,曲線が左上に位置するものを優位とする分析方法
(『消化器集団検診用語集』〔医学書院刊〕より)