医学界新聞

総合診療医になるための研修とは何か
発展途上の総合診療医からのアドバイス

大西弘高 佐賀医大総合診療部


 前回(2301号)で,初期臨床研修(以下,初期研修)について研修病院の選択方法などを紹介した。そして,学生が初期研修に対して抱いている不安は,どちらかというと初期研修の内容そのものではなく,むしろ初期研修後の進路の不透明感によるものであるということを述べた。
 今回は,総合診療医(以下,総診医)という道を示しながら,初期研修後の進路について考えてみたいと思う。ここでいう総診医とは,全人的医療ができる,患者の問題点に一通り対応できる医師という意味である。

医師への要求の急激な時代変化

 近年,大学に総合診療部がどんどん設立されている。これは,総診医を増やしたいという政策の表れである。総診医が求められる背景とは何だろうか(表1)。
 1つの流れは,社会構造の変化である。高齢化社会と医療費の高騰がこの変化の大きな要因となっている。また,医師過剰時代の到来も避けられない。現在,勤務医はますます増加しているが,開業医は横ばいである。しかし,世界各国の医療経済の比較などから,総診医を増やし専門医を増やし過ぎないことが医療費削減につながるとされている。介護保険の導入により高齢者医療の分野での医師の仕事も増えるだろう。このような医療の配分の変化に対し,医師のマンパワーもそれに見合った配分がなされなければならない。
 もう1つの流れは,医療の質についての意識変化である。これはさらに4つに分けられる。第1に,臨床疫学的手法による客観的データに基づく臨床決断である。Evidence-based medicineが流行語のようになっているが,臨床現場になるべく科学的に正しい考え方を持ち込もうとする学問と考えてよい。第2に,医療倫理である。医療技術の発達と人々の要求の多様化により,医療に新しい形の倫理的規範が求められるようになった。第3に,医師患者間のコミュニケーションである。患者が医療に求めるものは,単に診断し治療するといった流れ作業ではなく,医師と納得できるまで相談し,自己決定権に従って受ける医療を決定するという個別のプロセスである。第4に,専門医志向の見直しである。専門分化がいくら進んでも,専門医だけでは患者の問題に十分な対応が困難な場合がある。
 このような時代の変遷についていける医師になるには,初期研修においてこのような背景を考慮しつつ臨床を行なっていくことが重要である。卒前教育は近年変革期に入りつつある。将来的には裾野の広い研修を行なっておかなければ応用力の低い医師とみなされてしまうかもしれない(みなさんが二世代ぐらい上の医師をみて違う人種のように感じたことがあるように)。

表1 総合診療医が求められる背景

1.社会構造の変化
 a.高齢化社会
 b.医療費の高騰
 c.医師過剰時代
2.医療の質に対する意識変化
 a.臨床医学的手法による客観的データに基づく臨床決断
 b.医療倫理
 c.医師患者間のコミュニケーション
 d.専門医志向の見直し

総合診療医にはどのくらい広い知識や技能が必要か

 総診医を目指しているという学生や研修医にしばしば質問されるのは,「総診医は将来何らかの専門を身につけなければいけませんか」とか「総診医になるためには,どの程度マイナーの科の実習をすればいいですか」といったことである。総診医といっても,眼科・耳鼻科・整形外科・皮膚科・放射線科・精神科をすべてローテートし,胃透視,胃カメラ,注腸,大腸ファイバー,気管支鏡,腹部エコー,心エコーがスクリーニングできる…というのは少し欲張りなような気がする。知識や技能の習得にばかり目が向いて,患者を全人的に診療する態度がおろそかになる可能性も大きい。それでは,どのようにして学ぶべき知識や技能の範囲を決定すればよいのだろうか。
 総診医の研修範囲を考える上で重要なのは,他の医療機関へのアクセスの良さ,換言すれば人口密度である。例えば,都会で医師として働く場合,大病院で働いても開業してもやはり何らかの専門性をアピールできたほうが仕事はしやすい。その上で,自分の専門外の領域については,周囲の専門家にコンサルテーションできる体制を作っておけばよいのである。それは,患者側からみてアクセスのよい施設の選択肢が広いという要因による。しかし,へき地で医師として働く場合,患者側からの選択肢はかなり狭められる。その結果,急変の可能性の有無,継続診療の要否を中心に診療が行なわれていくことになる。他医に紹介することは不可能ではないが,時間や費用,移送中の急変のリスクなどの代償が大きくなる。端的に言うと,医療圏の人口密度と,1人の医師に求められる医療の領域の広さは互いに反比例の関係になる。よって,最終的な仕事の場として,大都市とその周辺,地方都市とその周辺,へき地や離島のいずれで働きたいのかのビジョンを明確にしなければ,専門性が必要かどうか,全ての領域について広い研修をするかどうかの選択は困難である。
 初期研修のための研修指定病院にも,内科医としての教育を行なって専門性の高い医師が多く育っている施設と,家庭医や地域医療を育てるための教育を行なって開業医や地域医療を担う医師が多く育っている施設がある。総合診療やプライマリ・ケアという言葉が同じように用いられていても,どちらを目指しているプログラムなのかは明確に区別される必要がある。

ロールモデルの存在

 上で述べたように,総診医に対して各々が持つイメージは,単純なものではなくかなり多様性がある。結局,総診医を目指すための研修病院を選ぶ時に多くの人が採る方法というのは,総診医としての優れたロールモデルを見出せた施設を選ぶやり方である。
 この方法は非常に単純であり,自分の将来像もイメージしやすくなる。通常,総診医になるためのトレーニングにおいて,多くの者が研修のバランス,専門分野との関係等について迷いを体験する。その際にそのロールモデルは,同じ迷いを経験した者として具体的なアドバイスを与えてくれるだろう。そして良きロールモデルは,単に医師としてではなく,人生の先輩としてその後の人格形成などにも大きく関わっていくのである。
 しかしながらこの方法での研修も,ロールモデルとなる医師や自分自身が別の施設に移ってしまうことで頓挫してしまう危険性を孕んでいる。よって,ロールモデルを1人に固定することは危険である。可能ならば,教育責任者の人格,それを支える中堅医師の臨床能力,2~3年上の後期研修医の臨床と実務能力というように異なった世代の医師の様々な役割を目標にできることが望ましい。
 ロールモデル選びはあまり保守的になり過ぎてもいけない。そのロールモデルの医師が学んだ時代は一ないし二世代前であり,その医師と同じように研修したからといって同じような医師になれる保証はない。また,同じような医師になっても時流に乗り遅れるかもしれない。

モチベーションの保ち方

 「臨床能力を磨く」,「全人的な医療を実践し続ける」といくら唱えてみても,多くの場合,卒後5年前後を境に「何を学べば理想に近づくか」という問題が新たに生まれてくる。また,どの施設で働くか,どのような仕事をすべきかについても疑問が生じてくる。比較的順調に研修をした医師であれば30歳前後という年齢に達し,人生に対しての考え方も変化してくる。
 この時期の医師にとって最も重要なことは,どのようにしてモチベーションを保ち続けるかということである。研修医時代には,努力して一人前の医師になろうという気持ちが自然と出てくるものだが,その後はとりあえず一人前になったような気持ちになり,意識しておかないとすぐに楽な方向に流されてしまいがちである。では,どのようにすればモチベーションを保てるのだろうか。
 1つは,患者からのフィードバックを大切にすることである。患者の感謝の言葉に満足するばかりでなく,患者の表情や反応に常に敏感に反応し,最善を尽くすように心掛ける。そして,患者に負担の少ない診断法や,効果的な治療法に常にアンテナを張り巡らすようにするのである。
 もう1つは,様々な医師との関わりを保つことである。自分が研修に夢中になると,他の医師に対して批判的な目を向けるようになってしまう人が少なくない。自分が一人前になったかなと感じたときには,診療だけでなく,教育や研究に目を向けてみるのがよい。研究というと遺伝子や動物実験のようにイメージする人が多いかもしれないが,少なくとも私が所属する総合診療研究会,日本プライマリ・ケア学会,日本医学教育学会においては,いずれも診療や教育に関しての研究が発表されている。教育や研究の仕事を通じて,あるいは他の医師の研究活動を雑誌や学会,研究会で見聞きして自分の知識の不十分さを認識し,謙虚になることが重要である。

最後に

 総診医は,時代によって求められている。質の高い総診医が職に困るような事態に陥ることは考えられない。しかし,大学で学ぶ者にアドバイスをくれるような,大学で働く医師はほとんどが専門医なのである。専門医は,総診医になろうとする者に対し,専門性を身につけなければ食いはぐれると脅かすことが頻繁にある。事実,ごく最近まで初期研修から一生を通じて総診医であり続けようとする医師はほんの一握りであった。現在総合診療部が急増していても,その指導者において総診医であり続けてきた医師はほとんどいない。
 よって,私のように総診医としてのトレーニングを日本国内で受け,総診医であり続けようという人間はこれから育ちつつあるところである。ただ,世界的にみれば,このような医師を求める需要はかなり多く,事実多くの国で総診医を育てるためのプログラムは多数派に属する。米国でもGeneral Internal Medicine(GIM)やFamily Practice(FP)のプログラムで研修する医師は少なくない。
 この記事を読んで,総診医を目指す若い医師,医学生が1人でも増えることを切望している。なお,疑問点や感想については,本紙,もしくは私の連絡先に遠慮なくお寄せいただきたい。できる限りわかりやすく応えていくつもりである。
 参考資料として,「総合診療とプライマリ・ケア」(プライマリ・ケア誌20巻2号p133,1997),『初期プライマリケア研修-初期臨床研修の活用法と臨床的見識について』(医学書院,1994)を挙げておく。
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