医学界新聞

“医学教育の未来を考える”を基調テーマに

第30回日本医学教育学会大会開催


 昨年90番目の分科会として日本医学会に加盟した日本医学教育学会(会長=筑波大名誉教授 堀原一氏)の第30回大会が,櫻井勇大会長(日大医学部長)のもとでさる7月16-17日の両日,東京の日本大学会館において開催された。
 同会の牛場大蔵名誉会長は,かつて創立20周年を記念して編集された書誌「日本の医学教育1969-1988」の中で,「本学会が創立された昭和44年,1969年はまさに医学界がインターン問題で大揺れに揺れた直後であり,その余燼まだ消えやらぬ時であった」と回想している。そして当時の心境を「日本の医学教育をどうするか,医学教育の将来の目標をどこに求めたらよいのか,などを真剣に考えることが必要ではないか。(略)医学教育に関心を持ち,その改善のために衆知を集めることをしなくてはならないのではなかろうか」と述懐しながら同学会の設立の経緯を記しているが,第30回という節目を迎えた今回の基調テーマは,まさに“医学教育の未来を考える”。
 櫻井大会長の「教育者自身に教育における創造性がなければ,若い人々に創造性を育む教育環境を提供することは困難ではないか」という意図のもと,特別講演(1)「医療評価と医学教育」(日大 大道久氏),(2)「教育評価と企画開発」(慶大総合政策学 井下理氏),シンポ「医学教育―既成の概念を超えて」,パネル「学生中心の問題解決型臨床講義」が企画された。


パネルディスカッション「学生中心の問題解決型臨床講義」

 卒前医学教育における講義の削減と臨床実習の増加は世界的な傾向であるが,パネルディスカッション「学生中心の問題解決型臨床講義」(司会=日大 堀江孝至氏,京大 福井次矢氏)では,問題解決型の教育・学習を意図して実施している4大学(日大,筑波大,千葉大,京大)の報告に基づいて,臨床講義の今日的意義や問題点が討議された。

臨床講義の改善に向けたPMP・CCの試み

 医学教育におけるシミュレーションは,
(1)クリニカル・シミュレーション
(1)シミュレイテッド・ペイシェント(SP:模擬患者)
(2)ロール・プレイ(患者役,医師役を体験)
(2)ペーパー(筆記型)・シミュレーション
(1)MEQ(modified essay question:選択肢に基づいて選択した後に,なぜそれを選択したかの理由〔思考過程〕を問う)
(2)PMP(patient management problem) に大別される。
 PMPとは,臨床の実際の場面を想定して“診療”を行なうが,本当の患者を用いない方式。患者が抱えている問題をどのように解決し,マネージメントするのかを紙の上で体験できるペーパー・シミュレーションの代表的なものである。熊坂一成氏(日大)は,PMP的な教育理念・技法にCC(Core Curriculm)を導入した「PMP・CC」の試みを解説した。CCとは,「教科の枠にとらわれず,学習者の実生活上の問題を核に据えて,その問題解決過程を通じて総合的な学習を行なう教育法」である。熊坂氏は,PMP・CCを導入するに際しては,(1)教育改革プログラムの必要性を認める教員を多く集めると同時に,医学部執行部(トップ)の支持を得る,(2)PMP・CCは講座の枠を越えて実施されるので,各講座間で生じる種々の雑用・問題などを調整・解決できる教員が必要,(3)理想的教育戦略目標を掲げ,柔軟な対応ができる現実的教育戦術家である教員が望ましいことを指摘した。
 またPMP・CCのテーマは,伝統的な臨床講義に馴染まない,つまり実際の患者を煩わすことが無理なもの,例えば病院感染,誤診,医療事故,ターミナルケア,大災害時医療,航空機内の急患,医療倫理など,従来の講座の枠を超えた横断的なテーマを選ぶと各講座の多くの教員の協力を得やすいことを示唆した後に,「ビデオによる自家製シミュレーションとディベートを組み合わせて,コンピュータにはできない情的なフィードバックを可能にした」と語った。

PMP・CCを経験して

 一方,自らPMP・CCを体験した卒後4年目の中村仁美氏(日大)はこの教育方法について,(1)通常の臨床講義にはない全人的医療の訓練になる,(2)自発的に思考する数少ない授業の1つ,(3)学生が主体となって開催されることで学年全体の連帯感が生まれやすい,とその意義を認めた。
 また,内容や進行に関しては,(1)事前に配布される資料の設問を解くことで自然な参加意識が芽生え,また理解も深まる,(2)多くの科が参加することで内容が多彩になり,時にまとまりがなくなる,(3)ディベートの形式や取り上げたテーマについて興味を持った学生が多い,(4)劇の導入は現場の雰囲気を浮き彫りにするだけでなく,この教育方式を印象づけるのに役立つことを指摘した。しかしその一方では,氏が行なったアンケートでは,(1)学生が効果を実感していない,(2)プラクチカントする学生の負担が大きい,(3)医師国家試験の試験勉強に支障が出る,などの問題点があった事実も報告した。

ロール・プレイ型臨床講義

 学部学生(4年次)を対象としたシミュレーションを加えたロール・プレイ型の臨床講義を試みている庄司進一氏(筑波大)は,「学生の感想文やアンケート,また出席率や態度から,問題解決型学習を予習の形で促すことができ,学生のモチベーションを高め,かつ臨床家としての態度教育にも役立つ」と報告。さらに,「集中力と忍耐力を要するが,メディカルヒューマニティーの面においても重要だ」と語るとともに,情意教育の重要性を強調した。

Computerized Patient Management Problem

 6年前からCAI(Computer Assisted Instruction)による学習を行なっている高林克日己氏(千葉大)は,メディア教育開発センターと連携して自主開発した,パソコンを用いての“CPMP”(Computerized Patient Management Problem)を紹介。高林氏によれば,(1)学生主導型の講義では期待ほどの他学生の積極的な参加が見られず,前もって十分な準備をしておく必要がある,(2)Case based studyは他の形式よりも学生の参加度が高かったが,小グループの講義ほどの効率は望めないと考える,(3)CPMPを2通りの方法(講義型,自習型)で教えたが,両方ともによい評価を受けた,(4)CPMPは学生の評価が高いが,多人数で行なう場合にはその効果は減少し,また特別のシステムを構築する必要があり,教材購入の他,維持更新などの経費の問題が伴う。
 以上の考察の結語として高林氏は,(1)すべての学生を積極的に参加させる講義には双方向的な講義形態が必要,(2)単に講義形態だけでなく,教官の準備,熱意,講義時間以外の労働が必要,(3)コンピュータによるCase based study(CPMP)は,学生の能動的学習法として有用,(4)コンピュータ教育でも双方向性の面などから少人数制での教育が優位,(5)テュートリアル,基本技能実習,CAIなどと対比して,全体のカリキュラムの中で臨床講義を位置づける必要があると指摘した。

学生による自主的勉強会からの提言

 最後に,京大医学部学生の草場鉄周氏が登壇。「現行の授業に疑問を抱き,独自に勉強会を結成。テューターなしの“問題解決型ケース・スタディ勉強会”で大きな成果をあげた」と語った。
 「医学教育で学ぶべきことは,(1)医師-患者関係の勉強,すなわち患者の生活背景まで見据えた上で最適な援助を行なう術の習得と,(2)医療に関する実践的な知識の習得,の2点にある」と考えた草場氏らのグループは,約1年半にわたって“問題解決型ケース・スタディ勉強会”を実施した。その理由は,前記2点のうち後者を学ぶ際に,現状の講義では“整理された百科事典的な知識”は学べても,“症状から鑑別診断へとつなげる”ために実際に有効となるような形での知識の習得は困難であると考え,アメリカのテキストを使って,この勉強会で疾患についての知識と鑑別診断の能力の両者の修得に努めてきたわけである。
 草場氏によれば,これまでの実践の中で実感することができた“問題解決型学習”の主要な利点は以下の3点。
 (1)「症状→鑑別診断→疾患の特徴→検査→治療」という思考の流れが定着した。(2)ただ覚えていくという勉強ではなく,病態生理から解きほぐしてじっくり時間をかけて考えることができた。(3)毎回新たな患者の症例を能動的に学ぶという形式であるため,飽きることなく楽しみながら続けることができた。
 しかし,この方式の欠点としては,臨床医からの適切な助言を受けることが難しいので,勉強が現場の医療から偏ったものになった可能性や,細かい専門的な知識の習得にまで踏み込んでいく余裕がなかったことがあげられる。
 また,前者の「医師-患者関係」の勉強については,臨床実習での患者とのコミュニケーションに加えて,新しく模擬診療形式のケース・スタディを行なっているが,患者の生活背景にまで踏み込めない現状での独学には難しさを感じている。
 以上のようなきわめてユニークな体験を報告した後に草場氏は,「これからの医学教育にはこれまで述べたような問題点を克服し,最初に指摘した2点をうまく融合させた教材の作成と,現場を知る指導者による適切な助言と方向づけを学生として求めたい」と提言した。
 最終討論では,草場氏に質問が集中。勉強会におけるテューターの必要性や現行の授業との両立の問題に始まり,大学側の単位の評価法にまで論議は広がった。

医学教育-既成の概念を超えて

 シンポジウム「医学教育-既成の概念を超えて」(司会=日大 原田研介氏,川崎医大 伴信太郎氏)では,既成の概念を超えた新しい医学教育の道を模索することを目的に,(1)医学教育におけるコンピュータの導入,(2)選択コース,(3)メディカル・ヒューマニティー,の3つのテーマについて口演が行なわれた。

コンピュータ導入

 まず中島孝氏(群馬大)は,新カリキュラムの導入による病理学教育の前倒しにともなって明らかになった,学生側の病態や疾病に対する知識不足を解決すべく試みた“自己学習型病理教育とコンピュータ導入”の成果を報告。この方法は,学生に課題を与えて自己学習を課し,自ら理解した範囲内で発表して他の学生を教育するもの。その際にコンピュータを使用すると同時に,学生用のホームページを作成して,授業の案内や過去の試験問題と解答,さらには授業もレジメを開示して学生の学習を補助することを目的とした。
 中島氏によれば,この方法の利点としては,(1)学生の自己学習意欲を刺激できる,(2)双方向の教育であるため学生と教官との会話が多くなったことがあげられるが,その反面,学生の発表時間が予測できないので授業時間の調整が困難,facilitatorとしての教官の意識ならびに役割の不十分さ,という欠点もあげられる。
 また「課題をベースにした学習形態の導入とメディア活用による大学教育の改善」を検討した赤堀侃司氏(東工大)も,(1)課題をベースにした学習(problem based learning)が可能,(2)現実と理論を橋渡しできる,(3)コンピュータを含むメディアを道具として活用できる,(4)知識を構造化できる,(5)自己とのかかわりを意識させ,自分で課題に関われる,などの利点をあげ,「あくまでコンピュータは人間の情報処理モデルを支える道具であり,課題に対してコンピュータを活用することは効果的だ」と強調した。

「選択コース」について

 「選択コース」については,國分眞一朗氏(日大)が発言。カリキュラムの改正によって日大では1996年より6年次にテューター制による全日制の選択コースを設置。学生が自身の知的好奇心を満たし,学問的興味のもとに能動的学習態度を醸成させることを教育目標に置いているが,この教育目標到達のためには,国内外を問わず学外でのコース履修を容認していることが同学の選択コースの特徴である。
 國分氏によれば,「さまざまなバリアがあるが,1998年度までの5年間におけるコース履修全学生680名中,国内での学外施設でコースを履修した者は23名,国外で履修した者は43名に達した。また,6年次という高学年にコースを設置しているにもかかわらず,延べ人数にして130名の学生が一般教育および基礎・社会医学系のコースを履修した」と報告。続いて,大塚洋久氏(東海大)が1997年度のクリニカルクラークシップ導入にともなって改変した同大の選択コースの現況を発表した。

メディカル・ヒューマニティー

 「メディカル・ヒューマニティー」に関しては葛西龍樹氏(日鋼記念病院)と大林雅之氏(山口大)が発言。
 両氏ともに,メディカル・ヒューマニティーを教育することの困難さを強調し,「患者中心の医療」における人間性を身に付けさせる具体的な方法として,(1)映画やドラマの教材化(Cinemeducation),(2)模擬患者の使用,(3)海外からの情報入手などをあげた。
 最後に太田富雄氏(阪医大)が登壇し,既成の概念を超える医学教育として,「臨床→基礎医学→一般教養という順序に変えることが,良識のある医師を育てる唯一の方法だ」という逆転の発想を提示した。
 また総合討論では,(1)コンピュータ導入における“技術とリアリティの両立”,(2)選択コースの最終的な意味,(3)医師としての適正の判断法などの問題について活発な議論が尽くされたが,“人間性の教育による自発性と潜在能力の表出を目標にする”という大きな方向性では一致を見た。