第2294号 1998年6月22日

Vol.13 No.5 for Students & Residents

医学生・研修医版[5]1998. JUN


OSCEは医学部教育を変えるか

-東邦大・千葉大・日大での試み-

 現在行なわれている医学部教育は,知識教育に偏り,判断力,技能,態度などの基本的臨床技能の教育が貧困であるために,卒後の臨床能力に偏りが生じていることが指摘されている。「週刊医学界新聞 医学生・研修医版」では,本年の第2号(2277号)で「座談会 基本的臨床能力の習得と教育」(司会=川崎医大助教授 伴信太郎氏)を企画し,現在の医学部教育の問題点を整理し,新しい臨床医学教育のあり方を検討していただいた。そこでは,早い段階で行なう面接や身体診察実習とOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)の組み合わせが,現状においては最も効果的であるという趣旨の議論がなされた。
 本紙では,いわばその「実践編」として,本年2月に東邦大,千葉大,日大の3大学で実施されたOSCEを取材し,その実際を報告することとした。同時に,この3大学の他,多数の施設で模擬患者の方たちとともにOSCEの実施に協力をしている日下隼人氏(武蔵野赤十字病院)にインタビューを行ない「医学部へ導入進むOSCEの背景」について話をうかがった(掲載記事)。


東邦大学医学部

 本年2月14日,東邦大では4年生を対象とした「診断学実習」の最終評価としてOSCEが実施された。「診断学実習」は臨床講義の理解を深め,臨床実習を円滑に導入するために問診技法および診察技術を身につけることを主な目標として,4年生全員を第1-4内科の各科に分けて(ローテーションはしない,各科への固定方式),行なう4-6人の小グループ制の実習(計40時間)である。そしてそのOSCEに合格しなければ,進級して5年次以降のベッドサイドラーニング(以下BSL)へ進むことはできない。東邦大ではOSCEを導入して2年目を迎えるが,昨年は1名が不合格となり,進級することができなかった。OSCEに臨む学生たちは真剣である。
 OSCEはいくつかの基本的臨床技能を,学生1人ひとりにつき評価を行なうため,多くの人間の協力がなければ実施することはできない。東邦大学では,学生110人に対して,評価者40名,模擬患者として16名,進行係5名の合計61名の教官がOSCE実施に協力をした他,東京SP研究会(参照)のSP(Standardized Patient;標準模擬患者)7名の協力も得て,被験者である学生を含めた参加人員は179名に上った。学校にとっては一大行事だ。

OSCEを念頭に校舎を改築

 東邦大は今年1月,大学本館1階を大規模に改築し,SDL(Self Directed Learning)室を完成させた。SDL室はOSCEへの活用および自主的グループ学習を目的として設置されたもので,本館1階には約20ほどの小部屋が並んでいる。今回の試験ではこの施設が使用された。OSCEを実施する場合,必要とされる多数の小部屋(ステーション)の確保が課題となるが,東邦大では効率的にOSCEを実施する施設面での条件が揃ったことになる。教育委員長を務める内山利満副学部長は「長年,学生たちが自主的にグループ学習を行なうことができる場を作りたいと思っていたが,ようやく実現した。普段は7-22時まで学生が使用することができ,医師国家試験対策の学習会や学生同士で診察技術の練習をしたり,さまざまに活用されている」と胸を張る。
 当日のステーションの配置は(1)医療面接,(2)全身・バイタルについての診察,(3)胸部の診察,(4)腹部の診察,(5)脳神経の診察,以上5つのステーションに(6)レスト(控室)を加えた組み合わせで,4系統(24ステーション)用意された。
 医療面接のステーションにおいては,SPに対して問診を行なう。「外来の初診患者として,5分間で現病歴を明らかにしてください」というもの。参加するSPの個性によって,結果にばらつきが出ないように,このステーションのみモニタールームから観察されている。その結果,必要に応じてSPに指示を与えるなどの調整をした(千葉大,日大でも同様のことが行なわれた)。
 その他のステーションについては,教員たちが模擬患者として協力。初診患者を想定して,5分間で与えられた課題にそって基本的な診察を行なった。「全身・バイタル」を例にとれば,「患者さんの意識レベルを判定し,結果を述べよ。呼吸,脈拍の評価,血圧測定(触診法を含む)を行ない,結果を述べよ。貧血,黄疸,甲状腺,下腿浮腫,リンパ節(頚部,腋窩)の診察をして結果を述べよ」といったものである。なお,評価者は各ステーション2人ずつである。

教育の効率性

 今回のOSCE実施の責任者である第2内科の中村克彦氏は,自分の学生時代を振り返り,「当時は見よう見まねで臨床技能を学んでいたがそれは非効率的だった。学生が技能をしっかり身につけることができるような教育カリキュラム,評価法を大学側が準備する必要がある」と指摘する。
 導入して2年目を迎えた今回のOSCEについては,「昨年は学生たちもその要領が十分につかめず,もっと緊張していたし,より真剣に準備していた。2年目の今年の学生は先輩から話を聞くこともできるし,昨年実施したOSCEのビデオを見ているので,学生たちは,あらかじめOSCEとはどういうものであるか理解しており,余裕をもって効率的に勉強していた」という。OSCEはすべてビデオに収録され,授業や学生の自習のために活用される。中村氏はこのビデオの教材としての効果を高く評価している。

結果を医局と指導医にフィードバック

 また,「診断学実習」では学生は第1-4内科へ分かれて,各科において指導を受けるが「自分たちが教えた学生たちが5年次以降のBSLへ進んでから,身につけた技能をしっかり発揮していれば喜びにもなるし,励みになる。一方,OSCEの結果は診断学実習の際に学生が属していた各科へもフィードバックされるので,科によって成績に差が出た場合にはその指導力が問われることになる。一種の競争原理が働くため,教員の側も指導に熱が入る」と教員の側への効果を合わせて強調する。
 しかし,各科への固定方式は,指導医が専門外のことまで指導するため,教育内容にばらつきが出る可能性が指摘されている。これについては,「ローテーション方式を採用することは物理的に困難であり,教育内容を統一するために教員自身が勉強することによってカバーしたい。また,固定方式には,学生の教育に対する責任の所在を明確にすることができるというメリットもある」と言う。中村氏は,「実習とその評価であるOSCEには,さらなる経験の蓄積と指導法などの研究を積み重ねることが必要であり,効率的な教育の流れを作っていきたい」と今後の抱負を語った。

千葉大学医学部

「臨床入門」と「臨床バリア試験」

 千葉大では,臨床技能や患者に対する対応について十分な教育がなされてこなかったとの反省から,本年度より4年生の間に週1コマ(90分)の「臨床入門」という講座を開設した。これは,基本的臨床技能を実践するための実習であり,例えば医療面接3回,精神科の医療面接1回,小児科の両親との面接1回,外科のインフォームドコンセント1回,胸部の診察2回,というようないわゆる基本技能の訓練から,看護との連携(看護部主催),処方箋の書き方(薬剤部),POSカルテの書き方といった実習,さらに外科の縫合演習や画像の読影,内視鏡,エコーの操作なども含まれている。内視鏡などの場合には1度に100名は無理なので,5つぐらいにグループに分かれて実習を受けるという。
 この実習の中で培われた技能を確認すると同時に,5年生のBSLに進んで患者を相手に実習するだけの水準にあるかどうかかをチェックするためのOSCEが2月21日に行なわれた「臨床バリア試験」である。一週間前に行なわれた東邦大と同様に,この試験に合格しないと5年生に進級することができない。
 102人の学生が試験に臨み,約50名の教官が評価者および進行係を務めた。(1)医療面接,(2)胸部診察(循環器),(3)胸部診察(呼吸器),(4)腹部診察,(5)心電図,(6)心肺蘇生,(7)神経系診察の7つのステーション((5),(6)についてはいずれかを無作為に学生に割り振る)の組み合わせを4系統(合計24のステーション)用意した。模擬患者は医療面接のステーションが東京SP研究会所属のSP,それ以外のステーションでは学生と研修医が担当した。評価は医療面接では2人,その他は1人で行なった。
 OSCEのステーションには外来の診察室が用いられたため,臨場感が高まる反面,広く,複雑な空間を使用しなければならないため,細かな打ち合わせが要求された模様である。
 千葉大では,各ステーションでの試験終了後,評価者は学生に対して約1分間のフィードバックを行なうように求められた。医療面接では,「時間を気にしすぎたね。もっと患者さんに自由にしゃべってもらったほうがいい。腹痛については随伴症状もたずねるように。早く家族歴の聴取に行き過ぎだよ」というようなアドバイスが行なわれていた。

卒前教育全体の改革の中でOSCEを位置づける

 臨床バリア試験は特に大きな混乱もなく,予定通りに終了した。責任者を務めた高林克日己氏は「全体の進行を統一するための工夫など,1週間前に東邦大での実施を見学したことが役立った」と振り返る。
 今年,臨床バリア試験を受験した学生たちは無事1人の不合格者も出ずに,5年生のBSLへ進んでいる。高林氏は「思ったほどに実力がついたわけではないというのが,医療面接を行なったり,所見をとったりしている姿を見ての実感だが,明らかに以前よりは進んで患者に接するようになったし,患者さんに対する対応は格段に向上した」と印象を語る。
 しかし,「試験だけすればよいというものではなく,実習を増やし,十分に技能を教え込む必要がある。何も入門的なことに限らず,あらゆること(例えば,読影や症例検討)に応用すべきだと思うし,そのためには従来の系統講義を変革し,実習とのシステマティックな関係を形成しなければならない。またその後のBSL自体を変えなければせっかく始めた実習やバリア試験の成果を生かせない。バリア試験だけ導入するということではなく,卒前教育全体の変革の中でバリア試験の位置づけをしないと意味をなさない」と述べ,高林氏は,臨床バリア試験の実施はあくまでも大改革の一端に過ぎないという認識だ。
 なお,千葉大では評価者をされた教員の方々にアンケート(図1)を取らせていただいた。評価者として協力することの負担感は示されたものの,多くの教員がOSCEの有効性を認めており,今後も協力したいという意見も半数を超えている。千葉大における第1回臨床バリア試験はまずまずの理解が得られたようだ。

ビデオ撮り
 今回取材した3校では,OSCEのビデオ撮影が行なわれていた。撮影されたビデオは今後の貴重な教材として活用される(写真は千葉大)
ステーション
 OSCEはステーションと呼ばれる小部屋で行なわれる。東邦大,千葉大では外来診察室が用いられた(写真は千葉大)
神経診察のステーション
 (東邦大)
心肺蘇生法のステーション
 千葉大,日大では訓練用の人形が用いられたが,学生の表情は真剣だ(写真は日大)
打ち合わせをする進行係の学生たち
 大人数が参加するOSCEの進行管理は大変だ。日大では協力した学生が活躍した

図1 OSCE評価者アンケート(千葉大)

日本大学医学部

 日本大学でのOSCEの実施は今年で3年目を迎える。ただし,東邦大や千葉大と異なり,BSLを終了した5年次末に行なわれる。この試験はBSLで学生が身につけた臨床技能を客観的に評価し,学生と教員の双方にフィードバックすることを目的とし,5年次の成績には加算されない。しかし,学部長の櫻井勇氏によれば,「今年までの3回のOSCEはいわばトライアルであり,そこで蓄積した評価・運用のノウハウを基盤に次年度からは成績評価に使用する予定」だという。
 2月22日に実施されたOSCEには学生114名が臨み,評価者および進行係として約50名の教員が参加した。また,医療面接の模擬患者には東京SP研究会のSP,その他のステーションでは低学年の学生が模擬患者として協力した他,進行係にも多数の学生が協力していた。
 ステーションには日大付属板橋病院の外来診察室を使用し,(1)医療面接,(2)胸部診察,(3)腹部診察,(4)神経反射,(5)心肺蘇生法の5つのステーションで4系統(20ステーション)が用意された。評価者は各ステーションに2人であった。形成的評価を目的としているため,試験終了時には評価者が学生にフィードバックを行なった。

不可欠な教員教育

 多少,進行にスムーズさを欠いた場面はあったものの,大きな混乱もなく9時に始まったOSCEは昼過ぎには無事終了し,参加した教員らによる反省会が開かれた。
 OSCE実施の責任者である矢崎誠治氏(日大駿河台病院救急医学)が司会を務め,学生やSPの意見も求めるなど,今回の試験を多角的に検討。概ね,心肺蘇生法や神経反射については進境が見られたが,胸部と腹部の診察には技能の習得が不十分であったことが反省された。また,評価者の慣れ不慣れによるばらつきの克服,評価マニュアル,評価シートの改良が求められ,運営については,適切な場所の確保,進行の統一等について問題点が指摘された。
 学務担当の堀江孝至氏(第1内科)は「次年度からはOSCEを5年次末に行なうだけでなく,4年生を対象とした『診断実習』の終了時にも導入するとともに,『診断実習』の最終の3週間にテュートリアル形式の授業を導入することを検討している。学生に対して1対1あるいは1対2で専門外のことも教えていただくことになるので,専門領域に関係なく,私たち教員自身が標準的な臨床技能指導のレベルに到達する必要がある」と語り,今後の計画を明らかにすると同時に,教員教育の必要性を示した。
 櫻井学部長も「卒後教育においても旧来の縦割りの講座制を見直し,卒前から卒後まで一貫したものをつくっていきたい」との考えを示し,OSCEの導入が学部教育改革の一部に過ぎないことを示唆した。

変革への予感

 OSCEの実施には莫大なエネルギーが必要とされる。評価法,運営法,指導法等については,事前の検討と事後の検証も不可欠だ。根気のいる作業であり,教員の熱意がなくては実現不可能だ。
 多大な労力を費やして実施された3校のOSCEであったが,いずれの学校もそれは学部教育改革の一端に過ぎないと位置づける。良医の育成という医学教育の原点に立ち返り,大きな変革への予感が広まりつつある。