医学界新聞

レポート 英国のGeneral Practitioner

高橋 晃(大田病院・内科)


 生協浮間診療所での外来研修の一貫として,今回(1997年7月13日-23日),所長の藤沼康樹先生とともに英国における診療所医療の実際を見学する機会を得た。さらにアイルランドで開かれた,大学医学部一般医養成部門の学術発表会に参加することもできた。きわめて貴重な体験であった。ここに併せて報告する。


診療所とGP

 初めの2日間はロンドンのBrook Green Medical Centreという診療所(英国では診療所のことをsurgeryと呼ぶ)を見学した。ロンドン市内の住宅地にあるこの診療所は,50代なかばのシャウル医師夫妻とまだ30代のウイングフィールド医師が3人で経営しており,およそ7000人の患者を管理している。General Practiceであるから科の区別なく患者が訪れる。彼ら一般医(General Practitioner;以下GP)がこの7000人の住民のプライマリケアを担当し,さらに高次の医療が必要と判断された場合には,専門医のいる病院に紹介する。

待たないために金を払う

 National Health Service(NHS)制度のもと診療報酬は完全なマルメである。NHSは税金で運営されているからこの制度のもとでは患者さんの負担はない。しかし,入院が極端に制限され,緊急でない入院は何か月も待たされることがザラであるという。そのため,国民の10人に1人が民間保険に加入しており,「NHSの患者は金を払わないですむために待つ。私費患者は待たないですむために金を払う」と言われるほどである。
 診療所の診断用機器の装備はきわめて少ない。レントゲン,エコーはもとより心電計もない。諸検査はすべて外注である。それだけに,問診,身体所見の持つウエイトが大きくなってくる。医者の頭の中のソフトウェアが重要になる。
 Brook Green Medical Centreでは近くにあるCharing Cross医学校と提携して医学生の臨床教育にあたっている他,新卒医師の研修も担当している。さらに,一般人口の中における高血圧の治療をはじめとしたいろいろな臨床研究にも携わっている,きわめて活動的な診療所である。ウイングフィールド先生は,大学で学生の講義も担当しているという。日々の診療に埋没してしまい,独立してしまいがちな診療所の医師が常に自分を啓発し,生き生きと診療を続けていく。そのためには,診療だけではなく,教育と研究活動にもかかわっていく必要があると強く感じた。

診療所の外来

 午前中はシャウル先生の外来を見学した。とても博学な先生である。Royal College of General Practitionersのfellow memberだそうだ。完全予約制で時間にかなりゆとりがあったこともあるのだろう,患者さんの話によく耳を傾け,その質問には丁寧すぎるくらいに答える。だから,診察が終わって患者さんも実に満足げに帰っていく。患者さんの診察が一段落すると,わたしにその患者さんについて簡単な説明をしてくれる。その後で,「君はどう考えるかね?」と質問される。ぼーっとしているわけにはいかない。
 最初の患者さんは脳底動脈瘤が疑われた初老の女性だった。品のよい理知的な雰囲気の女性だ。シャウル先生は彼女の家族の主治医でもある。だから,脳出血で倒れた彼女の母親も診ていたし,叔母さんが同じ病気であることもよく知っていた。2人とも動脈瘤であった。家族歴から動脈瘤を強く疑いMRIを施行したところ,その存在が明らかになった。さらに,精査をするためにオックスフォード大学のNeuroradiologistに彼女を紹介した。その結果,脳血管のangiographyとinterventional radiologyによる動脈瘤の処置が専門医より提案された。同時にそれらの処置による合併症として2割くらいの確率で半身不随になることが告げられた。患者さんは,症状が何もない現在,そのような処置を受けることはとうていできないと言う。
 そこで,GPであるシャウル先生のところに相談に来たのである。

インフォームドコンセントと患者の自己決定

 血圧を測定した後,シャウル先生は動脈瘤についての一般的な事項と,放置した場合の破裂のリスクについて丁寧に説明した。今後年齢を重ねていくにつれて,だんだんとその危険が低下していくであろうということも情報として与えていた。博学である。患者さんは,少しでも疑問な点があると,質問をしてくるので,それについても納得のいく答えをしていく。そうした上で,最終的には患者さんの自己決定権を尊重し,侵襲的な検査および外科的な処置は行なわないという決定に達した。ここまでして,インフォームドコンセントなのだなと思わされた。その後で,もし,しつこい頭痛が発生したときは,動脈瘤の破裂が疑われるので注意を要すること,また動脈瘤があり,その局在を医師がすぐわかるようにするためにMRIのコピーを自分で持っておいたほうがよいということを助言していた。シャウル先生は脳外科医ではない,GPである。イギリスのGPの懐の深さをかいまみた気がした。

診察のアート

 次の患者さんは20歳代のアジア系の女性だった。初診患者だ。何となく落ちつかないそぶりである。
 シャウル先生は彼女の受診理由を聞く前に国籍,年齢,嗜好,家族歴等ルーチンの質問を続けていく。ルーチンの質問が年次の膣スメア(子宮頸癌予防の見地からこの国では検診活動が盛んに行なわれている)に及び,先生が避妊についての話をはじめたところで,患者さんがおもむろに口を開いた。「実は,私,妊娠しているんです」「そうですか。それで,どうされるおつもりなんですか?」とシャウル先生。「中絶したいんです。ハマースミス病院の産婦人科を受診したところ,その先生からGPを受診して意見を聞いてくるように言われたんです」(この国では妊娠中絶を行なうにはGPの意見が必要らしい)。ひとしきり事情を聞いたところで,先生は彼女の希望どうり中絶を認める旨の書面をしたためた。
 私が,後で質問すると,患者を診た瞬間からシャウル先生は何となく受診理由がつかめていたそうである。だから,患者をリラックスさせ,患者に考えをまとめてもらうためにあえて,まっすぐに問題点にいかないでルーチンの質問をしていったという。外来の名人芸と言おうか,診察のアートをみた思いがした。シャウル先生は産婦人科医ではない,GPである。さすがである。

プライマリケアにおける継続性

 原則的に新患の場合はその訴えがどんなものであっても問診,身体所見を完全にとる。以後の受診に備えてデータベースを作成するためである。これができるのは,場当たり的な対応ではなく1人の患者と終生かかわっていくという意識があるからだ。英国の住民は居住地区にしたがってGPが割り当てられる。だから,基本的に1人のGPがその人を終生にわたって診ていくことになる。まさにプライマリケアにおける継続性である。学ぶべきところが多い。
 その日の夜に王立一般医学会のロンドン北西部指導医会議が開かれた。そこで,私たちはプレゼンテーションをするように要請されていた。私は,「日本のGeneral Practiceにおける糖尿病への取り組み」というテーマをもらっていた。大田病院における糖尿病患者への他職種を交えての関わりについて発表することにして,この2週間というものほぼかかりきりで準備をしていた。藤沼先生は,「日本のGeneral Practiceについて」というきわめて広汎かつ難しいテーマをイギリス人にわかりやすく話すのに苦心しておられた。苦労した甲斐があって,私たちの発表はおおむね好評で,フロアからたくさん質問が出た。
 日本のプライマリケアの現場で働らく在野の医師がこのような場所で通訳も介さずGPのまさに草の根の交流を行なったのである。私たちのために用意してくれたお寿司と,焼き鳥をほおばりながら,「これは,日英医学交流史の中の記念すべき1ページとなるに違いない」と私は勝手に思いこんで感動していた。

ナーシングホームとGP

 ウイングフィールド先生の案内で近所のNursing Homeを見学した。先生はこのホームに定期的に往診に来る。これもGPの大切な仕事である。私たちはこの往診にくっついてきたことになる。
 英国においても老人の問題は深刻である。1人暮しの虚弱老人,寝たきり老人。そんな行き場のない人々が長期にわたって急性期の病院に入院しているケースも多いという。Stanford Brook Avenue Nursing Homeはそのような人たちのための特別養護老人ホームである。
 しかし,実際に果している機能はほとんど病院のそれに等しい。脳梗塞の寝たきり老人,痴呆の進んだ老人はもとより,乳癌のターミナルステージの人,脳腫瘍の末期の患者さんたちもここでケアを受けている。NHSの予算で運営されているため,入所者の負担はない。入所者はおよそ20人。7年前に作られた個室中心の煉瓦づくりの立派な施設だ。軽症の人々はまるでアパートのような部屋に「住んで」いる。ケアに当たる看護婦は1人。この人に3人の看護助手がつく。入所者の中に体重が200キロはあろうかという寝たきりの老婆がいた。褥瘡をつくらないために,2時間おき(深夜帯は4時間おき)に体位交換をしているという。実際,褥瘡ができたことはないそうだ。恐れ入った。

ナージングホームへの定期回診

 ウイングフィールド先生は定期的に入所者を回診する。看護婦から報告を受け変化を知れば指示を出し,必要な医療的処置を加える。印象的だったのは,肺炎を併発して,経口摂取が困難となり脱水に陥った老人に皮下注射による補液(Hypodermoclysis)を行なっていたことである。医療スタッフが十分でない環境で,経静脈的補液が管理上困難な場合,腹壁の皮下から24時間で1500ml程度の補液が可能であるという。これにより,病院に送らずに経口摂取が可能になるところまで回復するそうだ。私が驚いているとウイングフィールド先生は「これがエビデンスだよ」と言って文献のコピーを渡してくれた。
 老人が集まる小ホール,食事をともにするスペースなど1つ1つがゆったりとデザインされている。部屋も広く,病院ならベッドが3つくらい入りそうな部屋を1人に割り当てていた。とてもアメニティの高い施設である。しかし,この立派な施設も,財政上の理由からまもなく閉鎖を余儀なくされると言う。「この人たちはどこへ行くのですか?」と尋ねると,「Good question. I don't know, to the hospital, probably…よい質問だ。さあね,たぶん病院かな」と肩をすくめてウイングフィールド先生は答えた。医療を取り巻く問題の根は深い。

医学部一般医部門年次学術集会

 アイルランドにやってきた。どんよりとした曇り空。でこぼこした石畳,中世を思わせるダブリン城,そして1592年創立のダブリン大学トリニティカレッジ。古色蒼然とした町である。
 参加したのはイギリス―アイルランドの大学医学部におけるGP部門の学会である。(26th Annual scientific meeting of Association of University Department of General Practice)観光名所の1つにもなっているダブリン大学トリニティカレッジで開催された。イギリスにおいては各大学医学部にGP部門がある。そこで学生,研修医の教育,GPの生涯教育および臨床研究が行なわれている。今回の学会には,大学で働くGPに加えて,在野で研究,教育に従事するGPも多く参加していた。私たちがお世話になった王立一般医協会ロンドン北西部地区の指導医の先生方もたくさん来ていた。日本からの参加者があるのはこの学会始まって以来のことらしい。

診療所から臨床研究を

 臨床研究といっても,日本の医学界の常識(研究=生物学的研究という図式)には当てはまらないテーマのものが多い。日々の診療の現場から提起される問題について調査し,科学的な検討を加えた発表がほとんどである。私たち民医連の各院所で働く者の問題意識と共通点が多く,きわめて興味深い。「診療所から臨床研究を」と常日頃から主張されている藤沼先生は渡された抄録を一読して「鳥肌が立つくらいおもしろいぞ」といささか興奮気味であった。
 演題は,糖尿病,日常診療と教育,精神保健,プライマリケアの話題,時間外診療の問題,行動様式の変容や研究手法,臨床教育についてなど多岐にわたる。いずれも日常の診療活動に根ざしたものばかりである。到着したその日は,何が何やらちんぷんかんぷんで,とりあえず抄録を予習して備えることにした。ダブリン城で開かれた歓迎パーティー(アイルランドの首相が来るなどかなり盛大だったらしい)にも参加せず,ホテルの部屋で遅くまで抄録を読んでいた。ダブリンくんだりまで来てわれながらずいぶんストイックだなと思った。

各々の演題が日々の診療に直結

 勉強した甲斐があって翌日のセッションでは興味のある演題についてはよく理解することができた。
 ――急性気管支炎の治療に抗生剤が有効かどうかを調査したメタアナリシスの発表。
 結論は,抗生剤の使用は無効であり,消化器症状など副作用を増やすだけであるということであった。この結論にフロアからの質問が続出した。一通り討論があった後で,年輩のGPが発した質問が面白かった。
 「それでも自分が気管支炎になったとき,抗生剤を使ってもらいたい人は起立してください」。ホールにいたGPのほとんどが立ち上がり,会場は大爆笑。人間臭いところがいい。
 ――問題飲酒者に対する医療者の初期介入の行動分析調査
 WHOで出している問題飲酒の程度を評価するスコアリング(AUDIT:久里浜式スケールのようなものか)による観客的な重症度によるよりも,患者の社会・経済的背景が介入を促す要因となっている(重症の医師より軽症のホームレスのほうが忠告されやすい)との結論。医療者の側にある無意識のバイアスが鋭く指摘されている。
 また,患者中心の診療(Patient centered method)が果たして糖尿病の治療に有効かどうかを検討した,多施設,ランダム化,二重盲検式のprospective研究の発表は実に興味深かった。ケンブリッジ大学の教授の発表であった。このようなことを実際研究してしまうこと自体が驚きであった。
 日常診療の現場がそのまま研究の場となるのである。自分の身のまわりにも研究のテーマはゴロゴロしている。問題は方法論を学ぶことであると思った。ちなみに,患者中心の診療によって患者さんの満足度は有意に上昇する。ヘモグロビンAIC他の生化学的データは両者で有意な差はなかったという結果であった。
 演題の1つひとつが日々の診療に直結しているから参加者もかなり気合いが入っている。発表の後には,必ずフロアを巻き込んだ討論となる。みんな真剣である。この学会に参加して自分が日々感じている問題意識が普遍的であり,世界共通のものであるという認識を持った。同時に私たちの現場から,世界に研究成果を発表していくことが重要だと強く感じた。次は演題発表だ。決意を新たにダブリンを後にした。