医学界新聞

公的介護保険が現場にもたらすもの

第35回日本病院管理学会学術総会開催


 第35回日本病院管理学会学術総会が,さる10月24-25日の両日,濃沼信夫会長(東北大教授)のもと,仙台市の仙台国際センターで開催された(本紙2268号に一部既報)。本号では,臨時国会で公的介護保険制度を創設するための法案審議が行なわれる中で企画された,シンポジウム3「高齢化社会を迎え打つ-介護保険の提起するもの」より,介護保険導入にあたっての問題点を拾ってみた。

公的介護保険制度が成立へ

 政府提出の介護保険法案は,先の通常国会で,介護保険制度を運営する市区町村が作成する介護保険事業計画に,加入者の意見を反映する措置を講じるような修正が加えられ,衆院を通過した。今国会では参院で審議が進み,12月2日の参院厚生委員会では,自民,社民,民主・新緑風会,太陽の4会派が共同で,介護施設などの基盤整備に不安を抱く自治体に配慮し,国の責任を明確にする条文を加えた修正案を提案し,可決。介護保険法の成立が確実となり,厚生省は2000年4月の実施に向けて,制度の運営体制整備に本格的に着手する。
 修正案に自治体への配慮を盛ったことが示すように,市町村は介護保険に対して慎重な立場をとってきた。その姿勢は,介護施設,ホームヘルプサービスなどの基盤整備の遅れに対する焦りだけでなく,介護保険のスムーズな運営に不可欠な,認定調査員やケアプランを策定するケアマネジャーの必要数確保,公正公平な運営プロセスの確保などの保険者に要請されるさまざまな役割への不安にも起因する。本シンポジウムでは「現場で介護保険がうまく機能するか」といった点に議論が集まった。

膨大な作業となる要介護度認定調査

 司会の池上直己氏(慶大)は,まず,介護保険導入後の介護サービスの決定までの流れ()を解説。
 被保険者からの介護保険給付申請がなされると,要介護度を決定するためのアセスメントが市町村等の認定調査員によってなされる。この認定調査員は全員が市町村の公務員というわけではなく,むしろ多くの場合は,訪問看護ステーションの看護婦や老人保健施設の職員など,実際にケアを提供している機関のスタッフに委嘱される。委嘱を受けている期間は「みなし公務員」のような立場となるが,「実質的には,ケアの提供を行なう者が要介護度を決めるためのアセスメントも行なうことになる」との見通しを示し,認定調査を民間に委嘱しなければならない理由を「介護保険給付の申請は,約300万人分行なわれると見込まれており,年4回,3か月おきに再認定をする作業を含めれば,年間1200万人分の認定作業が必要となる。保険者である市町村の公務員に認定調査員を限っては,とても対応できない」と説明した。
 このアセスメントにより得られたデータを元に,コンピューターが要介護度を判定することになる(1次判定)。ここにかかりつけ医の意見等が加わり,2次判定が要介護度認定審査委員会で行なわれる。2次判定の時点で,要支援状態・要介護状態区分(6段階)が決まり,給付限度額が決定する。給付限度額とは介護保険でカバーされるサービス給付の限界を示し,それ以上は全額自己負担となることを示す。

養成急務なケアマネジャー

 給付額決定を受けて,ケアプラン策定のためのアセスメントが行なわれる。すなわち,この給付額を用いてどのような組み合わせのサービスをつくればいいかというアセスメントである。「要介護度の認定のためのアセスメントは国の統一方式であるが,どのようなサービスにするかは自由」であり,このサービス・パッケージを作るために活躍するのがケアマネジャーである。しかし,池上氏は「ケアマネジャーとは,顧客のニーズと予算に合ったさまざまなパッケージ旅行の開発・斡旋を行なう旅行会社の相談窓口のようなもの」であり,あくまでも,本人および家族の依頼に基づいて仕事を行なうものであり,ケアプランの決定権は本人にある点を強調した。
 ケアプランに基づいたサービス内容を決定すると,サービス給付が開始される。だが,3か月後には再アセスメントが行なわれ,対象者の状態に応じて要介護度が変更されたり,サービス内容が変更される可能性もある。
 以上のように介護保険制度実施後の大まかな介護サービス決定までの流れを示した後,池上氏はケアマネジャーについて「早期に大量に養成する必要性」を指摘し,その観点から厚生省で検討されている養成方法を示した。それによるとケアマネジャー資格取得の要件は以下の通りである。
・5年以上の実務経験(保健・医療・福祉いずれかの分野)
・各都道府県が実施する簡単な多肢選択試験を受験し,合格すること
・3日間の研修を2回受講すること
 このなかで,特に短期間のものとなった研修については,「長期間留守にすることができない現場実務者の事情に配慮したもの」であり,「現場の実務者を対象とした研修である以上,既にある知識を改めて学ぶ必要はない」との理由を示した。

問われる公正・公平性

 そして,実際のケアマネジメントにおいては「いかに公平性を確保するかが最重要」と指摘し,給付金をケアマネジャー自身が属している機関へ誘導させず,「あくまでも本人の利益を優先させるための担保をどうするか」が大きな課題であるとした。
 また,池上氏は,「厚生省が97年度のモデル事業で検討している要支援・要介護状態区分は不明確であり,評価者による評価の違いにいかに対応するかが大きな問題となる」と指摘した。「要支援・要介護度が公正に判定されるかどうか,また,給付額が決まった段階で,その使い道を考える立場の人(ケアマネジャー)がご本人や家族の方だけのことを考えてケアプランを作ることができるかどうかが,現場で介護保険がうまく機能するかどうかの分かれ道となる」と結んだ。
 池上氏による現状分析を受けて,4人のシンポジストたちはより具体的に話題を提供した。「遠野方式在宅ケアシステムの現状について」を口演した貴田岡博史氏(岩手県立遠野病院)は県,市,民間など所属の異なる「実践部隊」を中心としたメンバーで構成されている「高齢者サービス調整チーム会議」に在宅ケアの調整を一本化した仕組みを紹介。「即決,即実行」の小回りのきくケア体制を紹介した。
 24時間体制のホームヘルプサービスなど,福祉の充実度で知られる秋田県鷹巣町の町長岩川徹氏はその町政の実践報告のなかで,「町民自身が施策に参加」することの重要性を強調した。また,伊藤玲子氏(宮城県南郷町保健福祉課)は「保健・医療・福祉の施設が接合されている」「保健・医療・福祉サービスが一体的に提供できる」「ケアマネジメント機関として在宅支援センターがある」等の南郷町の特徴を示し,その中での「24時間巡回型ホームヘルプサービス事業」の試みを報告した。
 さらに,システム論的視点から「公的介護保険導入の諸問題と市町村保健,医療,福祉支援情報システム導入の効果」を口演した関田康慶氏(東北大大学院)は市町村間のサービス供給能力の格差,保険料負担とサービス供給能力の対応関係,介護度認定方法など,介護保険導入にあたっての多くの検討課題を指摘。各々の問題を関係性の中から捉え直し,解決法を検討した。