第2268号 1997年12月8日

Vol.12 No.10 for Students & Residents

医学生・研修医版[10]1997. DEC.


“人が生きること”の意味を学んだ夏

重度重複障害児・者との出会い
横浜市立大学医学部1年生の施設実習

●鈴木典子さんは今年成人式を迎えた。ベッドサイドには晴れ着姿の写真が飾ってある。進行性の脳変性疾患で,徐々にADLが低下し,成人式を迎える頃から寝たきりになってしまった。お母さんから典子さんの話も聞いた。「昨日と反応が違う」「手を握り返してくれた」と,左から鈴木さん,竹本さん,田代さん,高川さん,後ろは山田医師
(掲載の写真はすべてご家族,施設の了承を得ています)

 医学教育の中で早期体験の重要性が指摘されているが,横浜市立大学医学部では,1993年から新1年生を対象に,総合講義4(医学序説)の中で施設実習を実施している。夏休み期間に限定し,医学をめざし入学してきた学生に,医学・医療を取り巻く問題に触れながら,医師となる自覚と学習に対する動機づけを目的としているこの試みを本年も実施した。  本紙では,横浜市大の後藤英司助教授(医学教育学)のもと,神奈川県立こども医療センター重症心身障害児施設および訪問の家「朋」の取材協力を得て,同大学が実施している体験実習を取材した。入学間もない学生が,実習先で何を学び,何を体得したのかを伝えたい。

【協力】
後藤英司氏(横浜市大助教授)
山田美智子氏(神奈川県立こども医療センター課長)
日浦美智江氏(訪問の家「朋」施設長)


横浜市大1年生の実習

 横浜市立大学医学部新1年生を対象に実施されている施設実習の試みは,以前から少数の希望者により実行されていたが,前担当であった三杉和章名誉教授(病理学)が全員実施の方向を促し,また下記施設()の協力,指導があり,全員実施に踏み切ったもの。これから学ぶ医療の対象となる高齢者,障害児(者)らとの触れ合いを通して,学生が何かを感じ取ってほしいとの学校側の思いもある。
 実習を終えた学生からは,初めて接した高齢者との温かな触れ合いが語られるとともに,重度重複障害を持った児童,青年との出会いの衝撃からの生きることへの重いメッセージも受け止めている。これらの学生の思いは,同講義が毎年実習報告書としてまとめている冊子「施設見学実習レポート」に表われている。
 本紙が取材同行したのは,同大学1年生の鈴木香代子さん,高川亮さん,竹本芳子さん,田代なぎさんのグループ。1週間の日程の実習先は,神奈川県立こども医療センター重症心身障害児施設(前半3日間,以下こども医療,取材は3日目)と訪問の家「朋」(後半3日間,以下朋,取材は2日目)。ともに,重度重複の障害を併せ持つ児(者)を対象とした施設である。4人の主な実習内容は以下の通り。

こども医療センター
 昼食介助,おむつ交換,入浴介助,運動介助,車いすと松葉杖の体験,新生児(500~700gの低体重児)見学,障害児を持つ母親からの話,等


 朝の会,昼食介助,運動・散歩・菜園補助,調理(クッキング),マッサージ,等

●平成9年度〔医学序説〕施設見学実習先
○横浜市総合保健医療センター
(横浜市港北区:老人,痴呆)
○神奈川県立こども医療センター
重症心身障害児施設
(横浜市南区:重症心身障害児)
○社会福祉法人訪問の家「朋」
(横浜市栄区:重度重複障害者)
○横須賀第一・第二老人ホーム
(横須賀市野比:老人ホーム)
○衣笠ホーム
(横須賀市小矢部:老人ホーム)
○横浜療育園
(横浜市旭区:肢体不自由児)
○南伊豆臨海学園
(静岡県:小児糖尿病)
※期間:8月4日~9月20日

神奈川県立こども医療センター

 こども医療の重症心身障害児施設にいる子どもたちのほとんどは,話すこともできず,座ることすら困難な子が多い。寝たきりで24時間の介護を必要とする子もおり,意思の疎通もままならない。
 そのような施設で医学部に入学したばかりの1年生が実習をする意味について,こども医療センターの山田美智子医務課長は,「これまでにおそらく接したこともないだろう重度な障害児・者との出会いに,学生たちはショックを受けるようです。しかし医師を志す若い人には,このような子どもたちが社会に存在すること,また人間は障害の有無にかかわらず,誰もが平等であることを知ってほしい。そして家庭では両親が担うケアを,施設では看護婦や保母,指導員が行ない,医師を含めたチーム医療で子どもたちの生きていく姿を援助することが医療の原点と学んでほしい」と語る。
 山田医師は,「気づきの背景がある医師が,重症の患者の思いに添うような医療を考えていく中で気づきの瞬間に出会う」という作家である柳田邦男氏の言葉に感銘を受けたと言う。実習教育を気づきの背景への理解の授業として位置づけ,「身体を治して医療は終わるのではなく,その後の生活をどう送るかは,障害があるないにかかわらず,その人が病気を持ちながらも,楽しい一生を暮らすかを考えることのできるような医者に育ってほしい」とも述べる。一方的に教え込まれることに慣れてしまっている学生は,「自ら気づくこと」が必要であり,そのための実習であると意味づけている。「子どもたちはささやかですがその仕種でメッセージを送っている。学生にそのメッセージを受け取ってほしい。臨床に出て本を読む中で,今回の経験からハッと気づいてくれればいい。社会の中で,学校の中で,地域の中でどういう一生を送ることがよいのか,慢性の病気だから不幸,障害があるから不幸だとは当人たちは決して思っていない。それを助け合うこと,サポートするのが医療職の役目であり,障害のある子がいてよかったな,と思える家庭にすることが役割と考えている」と山田医師。
 障害を持った子どもたちとの出会いから学んできたことが多く,自分自身はこの職場に魅せられている。この学び,子どもたちからのプレゼントを若い人たちに伝え育てていくことが大切な役割と考えている。
 こども医療には珍しい症例も多くあり,学会(研究)発表なども必要なのかもしれないが,目立たない世界での教育も必要。同じ医療をしていくチームの中にあって,医師のほうが上にあると思っている人も多いが,家族にとっては同じ存在。私は,学生に「医師は思い上がってはいけない」と伝えたい。

自分と同じに「生きている」

 4人の学生に,こども医療での体験の感想を聞いた。
 「障害の重い子どもたちはただ寝たきりのままと思っていたが,接することでこの子たちも生きているのだと実感できた」(鈴木)
 「映像を通すと,この子たちは何もできないというマイナス面ばかりが強調され,この子たちは生きていて楽しいのだろうかとか,生きている意味は,などと考え自分たちと違う人間という印象があった。しかし実際に接してみて同じ人間と感じることができた」(高川)
 「今まで障害を持った子にどう接していいかがわからないでいたが,臆することなく声かけをしてもいいのだ,自分と同じ,変わらないんだと実感できた」(竹本)
 「こういう現実があることを知ることができた。ただ知識だけで擁護しなければと思っていたところから,実際に自分が何をできるのだろうかと考えさせられる機会となった。事前学習で知識を吸収していたつもりだったが,実際には何もできなかった。本やテレビなどでは,息づかいや体温はわからない。3日目になると慣れたのか,行為のリアクションとして,何となく喜んでいそうだと,少しずつだけどわかるようになってきた」(田代)
 山田医師は,明日から「朋」へ実習に行く彼らに,次のようなメッセージを送った。
 「朋に通っている人はあなたたちと同じ世代の人たち。子ども時代が輝いていないと青年たちも輝かない。彼らは障害を持っており,他人の手を借りないといけない青春だけど,それぞれの青春を感じ取ってほしい」

●神奈川県立こども医療センター
 重症心身障害児施設

 神奈川県立こども医療センターは,こども専門病院のほかに,肢体不自由児および重症心身障害児のための入所施設を併設した小児総合医療・福祉機関として1970年に設立。1977年に子どもの心の病気を集中的に扱う精神療育部を設置。1992年にはハイリスク妊婦の医療を取り入れた周産期医療部を設置した。また敷地内に県立横浜南養護学校を設置し,入院,入所の患児の義務教育も行なっている。
 重症心身障害児施設は,児童福祉法に基づく施設で,重度の知能障害と肢体不自由を併せ持った子どもたちが入所している。病院診療部門や肢体不自由児施設などと密接に連絡を取りながら,適切な治療や指導・訓練を行なっている。また,入所中には養護学校での義務教育が受けられ,1人ひとりの能力をできるだけ引き出すと同時に,快適な生活を送れるよう,医療と福祉を直結させた施設であり,入所はすべて児童相談所を通じて行なわれる。
 措置定員は40名(40床)。施設長以下,医師2名(内1名非常勤),看護職員30名(非常勤含む),児童指導員,保母等の他,養護学校教諭で組織構成されている。
 夜勤体制は看護婦3名,保母1名の3交代勤務。医療的ケアを主とする児童の「すみれチーム」と保育を主とする児童の「たんぽぽチーム」に分かれ日課の活動を行なっている。97年4月現在の入所児は38名(男23名,女15名),最高年齢は29歳,最低年齢2歳,平均12.6歳。大島分類別1該当者31名,2が5名(なお,大島分類1~4が重症心身障害児に該当)。最長在所期間は26年。平均6年7月。超重症児9名(男6名,女3名,23.7%)。
・神奈川県立こども医療センター
 重症心身障害児施設

 施設長:黒木良和,医務課長:山田美智子
 〒231 横浜市南区六ツ川2-138-4
 TEL(045)711-2351/FAX(045)721-3324

訪問の家「朋」

 「通常,重症心身障害(重心)者施設は,医師が主導権を持っていますが,朋では医師はパートナーとして考えています」と語るのは,昨年設立10周年を迎えた訪問の家「朋」の日浦美智江施設長。小学校の特殊学級の指導講師から,そこに通う児童の母親らとともに,この施設を築いた。通所施設として,地域の中で,親と子が一緒に活動をする重心者施設は世界でも例がなく,海外各国から視察に来るまでの存在となっている。
 「ここに通う青年たちの障害は治るものではありません。医師は治療を優先しがちですが,そこでは人間が素材として扱われてしまう可能性があります。障害を持った人も心がある人たちであること,人間であることを,ぜひ教育課程の中で認識していってほしい。この実習で生活を見る目を養い,健康をサポートをするのが医療だと感じていただきたいし,その役割が果たせればと思っています」と日浦氏。
 朋の2階には「朋診療所」(宍倉啓子所長)を6年前から併設している。重心児・者は,病気にもなりやすい。早期の発見が重要であり,どう対処するかが重要である。そのために診療所が活躍しているが,もう1つの役割として,通所者たちの日常ケアだけでなく,両親のストレス相談や病状ケアもある。「子どもを送りがてら診てもらうことができます」と,施設全体が,地域の交流室とともに,医療と生活が密着した場となっている。通所者と現在46人。常勤の職員は30人,日常のケアを手伝ってくれるボランティアも大勢いる。

1年生に実習をさせる意味

 朋では,学生指導の後藤英司助教授(横浜市大)と一緒になった。
 「多くの医師が,このような障害者がいて,こういう施設があることを知らない。障害者でなく人間なんだ,という視点が医師には必要」と,彼らがものを考え,訴えているということに,自らも「気づかずにいた」との経験を語ってくれた。さらに,医学部の1年生がこのような施設で実習する意義について次のように語る。
 「障害を持つ,特に重心児・者は,生きていくには負の面が大きいと見られています。一方で医師をめざし入学して来る学生は,受験戦争の勝者であり強者の立場です。弱者の視点を持ちにくいものです。患者さんも弱者と言えます。強者の倫理観が定着てしまう前の1年生が現場を経験,体験することで,現実を知り,弱者の気持ちが多少でもわかってくれればと思います。それは彼らのその後の人生におそらく相当の影響を与えていくのではないでしょうか」

「生きていく意味があるの?」

 障害者の扱いは,医療の場ではなく,福祉の領域とする傾向が強い。しかし福祉の現場も,障害者よりは老人に重点がおかれているのが現状であろう。
 「障害者の中でも重複・重症心身障害者(児)は,さらにマイノリティの世界であり,一般の人たちからも『あの人たちは生きていく意味があるの』と言われてしまう」と日浦氏。「障害を持つこと自体は病気ではない」と日浦氏は強調する。車いす,ベッドのまま,大衆演劇も見に行った。今日の夕方から,映画「もののけ姫」を見に行く通所者もいる。
 人と触れ合うことも地域の中で生きていくには大切だ。買い物に行った時に,八百屋の主人は当初,付き添った職員に言葉を掛けていたが,今では直接本人に声を掛けるようになった。

人として,医師として忘れてはならない何かを見つけた

 4人の学生に,こども医療との違い,朋での出会い,5・6年生になった時にもう1度実習に来てみたいかなどを尋ねた。
 「こども医療の場合と違い,朋では自分よりも年上だしどこまで手を出していいのかという戸惑いがあった。何もできない,問いかけにも反応がない,何を考えているんだろうと,精神的な辛さを感じ,自分だったらと考えたり,生きている意味ってなんだろうとも考えさせられた。自分から何かをするのではなく,同じ時間を過ごしていたという感じだが,職員は温かく,人間として,医師として忘れてはいけない何かを見つけた気がする」(鈴木)
 「こども医療では子どもたちの動きが激しかったこともあると思うが,ここでは感情も出せない,声も出ない,歩けないとギャップを感じた。2日目だが,疲れたというのが正直な印象。担当したのは男性だったが,同性よりは異性のほうがよかったのかもしれない,嫌われた気もする。テレビなどで見る施設の実態は,いいところだけをクローズアップした虚像。実際に触れることで違いがわかった気がする。何を考えているのかわからない彼らに戸惑い,その生存の意味に悩んだが,生かされているのではなく生きているのだと実感できた。医学を学んだ5年生になったら視点が違って見えるような気がするし,人間的な根源的なものを考えられるように思うのでもう1度来たいと思う」(高川)
 「朋では,かなり重度な方の担当となり,排痰の介助などをした。職員の対応が,保護者的ではなく大人に対する,自分たちと対等な接し方だった。障害を持っている人たちは,自分なりの感じ方をして,自分なりの表現をしようとしていると実感できたが,衝撃が次々と来て,重い1週間だった。頭が混乱することもあったが,このような機会がなけれな障害者や福祉のことを真剣に考えることはなかったと思う。もう1度実習には来たい。人の体を見る目が機械的になり,データによって判断するようになってしまう気がするし,今の気持ちは忘れてはいけない気がするので」(竹本)
 「朋はアットホームの感じがした。病院とは違った柔らかい所,医師はいないけれど,職員皆が一緒になって考えていこうとしている姿勢が印象的だった。皆が高齢になった時に,残された子どもたちをどうするかも考えていた。構えてきたつもりだった,見る,聞く,読むではわからない実体験があった。障害を持つ人の存在をより身近なものに感じることができ,本当に生きていて幸せなのだろうか,無理に生かそうとしているのでは,という考えから,寝たきりではあっても『生きている』ということを実感できた。今回は受け入れ態勢ができている中で実習をさせていただいたが,今度はお客さんとしてではなく来てみたい」(田代)
 これらの言葉を受けて後藤助教授は,「医師としてはこのような人もいるのだと認識しておくべき。高齢者の問題はよく話題になるが,こういう人が話題になることはあまりない。特殊な箱に入れられた,特殊な人たちとなってしまいがちだが,接する中から何かを学んでほしいと思っている。封印された社会の中で生きてきた障害者が,このような施設ができることによって日の目をみるようになった。無理やり封印を解く努力は歴史的な面からみてもすごいものがあり,社会的にも意味があるのではないか。社会的に認知されていないというのがこの人たちの実態だが,自分たちと同じ人間であるということがわかったとすれば大きな収穫」と学生に向けた。
 医療のあり方が見直されている。医学教育のあり方もまた見直されつつある。その中にあって,横浜市大が続けている試みは注目に値するだろう。

●社会福祉法人訪問の家「朋」

 15歳以上の重度・重複障害者を対象に,職員・保護者・地域が輪となった明るく温かい場で,若者たちの生活への意欲と自己表現力を高め,1人ひとりが豊かな青年期を送ることをめざして設立。横浜市栄区を中心に活動を続けている社会福祉法人組織。
 1972年4月に開設した中村小学校(横浜市南区)の特殊学級の母親学級がきっかけとなり,1979年に障害者地域作業所「訪問の家」を設立。その後1983年には障害者地域作業所「朋」を開設,1985年12月には社会福祉法人「訪問の家」が設立認可され,翌1986年に精神薄弱者更生施設「朋」を設立し,施設運営を開始した。措置定員は40名。デイサービスも受け入れている。職員は非常勤の嘱託医を含め39名。2階には「朋診療所」を併設(1993年)し,地域住民,通所者ばかりでなく,その家族の心のケアにもあたっている。
 施設のねらいは,(1)生活のリズムを作り,健康管理に留意し,健康の保持・増進を図っていく,(2)運動・音楽・創作活動を通し,生活への意欲を高め豊かな情操を育む,(3)生活の基本的習慣の確立を図る,(4)仲間,社会とのつながりの中で自己表現力をつける,(5)青年として青春を楽しむ機会を多く持ち,経験を広げる。
 重症度により5グループに分かれ,朝10時よりの合同による朝の会から始業,グループ別の活動を行なう。また土曜プログラムとして音楽を中心としたふれあいの時間を持つ。数多くのボランティアに支えられ活動をしている。
 なお関連する事業として,地域作業所「らんぷ」のバックアップ,横浜市の補助によるナイトケア事業,グループホーム「きゃんぱす」,精神薄弱者更生施設「集」の運営,横浜市根岸地域ケアプラザの運営委託,ふれあいショップ「さんぽみち」の運営,地域作業所「CAN」のバックアップなど,幅広い活動を行なっている。
・訪問の家「朋」
 施設長:日浦美智江
 〒247 横浜市栄区上郷町2231-99
 TEL(045)894-6611/FAX(045)892-3909