医学界新聞

サイエンス,アート,ヒューマニティを基本に

第35回日本癌治療学会が開催される


 第35回日本癌治療学会が,さる10月7-9日の3日間,吉田修会長(京大教授)のもと,「21世紀の癌治療;Science,Art,Humanity;進歩と調和」をメインテーマに,京都市の国立京都国際会館で開催された。
 学会では,杉村隆氏(国立がんセンター名誉総長)による「がんの分子生物学の進歩より期待される21世紀のがん治療の夢・理想」,日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)の「Humanityから見た癌患者への癒し」など3題の招請講演,中村祐輔氏(東大医科研教授)による「“癌の個性”診断と癌治療」や,柏木哲夫氏(阪大教授)の「癌緩和医療とケアの心」など3題の特別講演の他,会長講演,特別セミナー「新GCPの実施について」(厚生省医薬安全局 富永俊義氏),シンポジウム(1)遺伝子研究の癌治療への応用,(2)癌治療における最小侵襲治療,(3)後期高齢者の癌治療,ワークショップ「医用工学の癌の診断・治療への応用」,「癌患者に対するinformed consentとQOLの正しい評価」などが行なわれた(関連記事,および次号2266号にも掲載する)。


 吉田会長は本学会の開催にあたり,「オスラー卿〔William Osler(1849-1919),臨床医・医学研究者・教師として有名。その功績,偉業については『平静の心』(医学書院刊)などに詳しい〕の“臨床医学はサイエンス,アート,ヒューマニティからなる”を基本に,(1)贅肉を捨て,スリムにすべくOut of clutter, find simplicityを心がけ,(2)会員のための,会員による,会員のための学会を念頭におき企画を進めた」と語った。その主旨は,外国からの招請講演を止め,日本の癌治療に深く洞察力を持つ国内の演者に講演を依頼したことや,初めての試みとして一般演題はすべて午前中から掲示,午後に要旨口演と討論の時間を設定したことなどに表れた。また吉田氏は,学会の今後の課題として「社団法人化」と「臨床腫瘍医の育成」をあげた。

現代に通用する100年前の論文

 会長講演「21世紀の癌治療」で吉田氏は,「今世紀最大の科学進歩はゲノムDNAの中にすべての生物現象の情報が存在しているという,分子生物学のパラダイムの発見であろう。癌の科学性も分子生物学の解明解析にある」と述べた。また「QOLを重視した治療には,より侵襲の少ない技術の開発が必要」と指摘した。
 ここで吉田氏は,膀胱癌における尿路変向術の1つである「コックパウチ方式」を紹介。その原点は,1899年の「東京医学会誌」に掲載された和辻春雄氏(京大初代耳鼻咽喉科教授)の「胃僂形成術」であり,ドイツの専門誌が文献にあげていたことを発表した。和辻氏は,東大で消化器外科医を務めた後にドイツに留学。その後京大教授に就任したが,その当時の逸話なども紹介し,100年前の論文が現代でも評価されると学生にも伝えていることを述べた。またコックパウチ方式はストマトラブルがなく,入浴,旅行などが容易になり,自己導尿も楽になるなどQOL改善につながったことを報告。さらに,超高齢社会の中では,治療法のあり方もこれまでと違った形態になると指摘した。

from benchside to bedside

 シンポジウム(1)「遺伝子研究の癌治療への応用―From benchside to bedside」は,田原榮一氏(広島大),新津洋司郎氏(札幌医大)の司会により行なわれた。
 まず最初に,藤原俊義氏(岡山大)が,アデノウイルスベクターにヒト正常型p53遺伝子を導入したものを非小細胞肺癌の組織に投与する,遺伝子治療の研究結果を報告。「癌細胞増殖の主原因の1つである血管新生の抑制や,疼痛緩和などQOL改善に期待できる」とした。続いて,山内尚文氏(札幌医大)が,TNF受容体p55遺伝子を導入したヒト膵癌細胞に,TNFを投与してアポトーシスを誘導し,強い癌抑制効果を得たことを発表。さらに,副作用が少なく抗腫瘍効果に優れたmutein TNFを用いた場合では,より強い抗腫瘍効果だけでなく,NK活性が上昇し,宿主の免疫賦活作用を有すことを報告し,「本療法は自殺遺伝子療法と免疫遺伝子療法の療法の利点を併せ持ったストラテジーと考えられる」とした。

新しいベクター開発の可能性

 一方,吉田輝彦氏(国立がんセンター研究所)は,膵臓癌細胞を腹腔内に移植させたマウスを用いて,リポゾームにK-rasアンチセンス遺伝子を発現させたベクターを用いた局注療法と,チミジンキナーゼ遺伝子発現ベクターを導入したマウスにガンシクロヴィルを投与した自殺遺伝子療法では,副作用がみられず安全で,腫瘍特異性に効果が現われたことを示した。吉田純氏(名大)は,従来行なわれているHs-tk遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクターを導入し,全身にガンシクロヴィルを投与する自殺遺伝子治療で,ベクター部分を自らが開発したアデノ随伴ウイルス(AAV)にかえた遺伝子治療の基礎実験を報告。AAVは他のベクターに比べて,細胞毒性がなく,遺伝子導入効率がよいため「臨床応用の期待が大きい」と述べた。
 続いて,濱田洋文氏(癌研究所癌化学療法センター)が,「腫瘍細胞に特異的に作用する細胞毒性をどのように得るかが課題」とし,(1)組織固有のプロモーターを使う,(2)腫瘍抑制遺伝子p53などの変異の利用,(3)腫瘍特異性のアポトーシスを得る,(4)ウイルスそのものをターゲットにすると,4つのストラテジーを紹介した。(1)では,自殺遺伝子としてUP遺伝子を尾導入することで癌細胞の5FU耐性を克服するという新しい治療法を報告。(2)では,E1B55Kを欠失したアデノウイルス(AxE1AdB)による特異的なアポトーシス誘導や,癌細胞の特異的標的化が可能なファイバーノブ変異体アデノウイルス開発の可能性を明らかにした。
 演題終了後,フロアの杉村氏から現在の遺伝子導入の際のbystandar effectに対する姿勢に危惧を呈し,今後の検討課題にあげた。最後に司会の新津氏から,「今後癌治療は,個々の癌にアプローチしていく方向性がとられ,遺伝子治療は癌の個性に基づいた治療法の1つとなる」と結んだ。


第35回日本癌治療学会総会から

ワークショップ「医用工学の癌の診断・治療への応用」

最新技術の可能性と有利性

  ワークショップ「医用工学の癌の診断・治療への応用」は,小西淳二(京大),筏義人(京大生体研),森田皓三(愛知県がんセンター)の3氏の司会により,FDG-PET(ポジトロンCT)の有用性をめぐる3演題を含め10名が登壇。医用工学の進歩に伴う癌の診断から治療への応用への可能性,有用性を論じ合った。
 この中で石過孝文氏(東海大)は,「放射光血管造影法による腫瘍微小血管の造影」を発表。日立製作所やNHKとの共同研究により,高感度ハイビジョンカメラを利用し,既存の血管撮影法では確認が困難とされていた2cm以下の小腫瘍の栄養血管の撮影を,生体下に動画像として観察しえたことを報告した。単色放射光を線源とする微小血管造影法であるこの方法では,観察可能な腫瘍血管の最小径は50μm。マウス実験ながら今後の可能性として,薬剤負荷時の造影,デジタル差分法などを加味することで,小腫瘍の診断に有用な診断法となることが示唆された。
 また,東達也氏(京大)は「膵臓腫瘍良悪性鑑別診断におけるFDG-PETの有用性-EUSとの併用によるフローチャート診断」を口演。良・悪性の鑑別診断を損なわず,被検者の体力的,経済的負担を軽減する効率的な診断フローチャートを作成し,術前検査目的の悪性70例,良性17例を対象に検討した結果を報告した。東氏は,PETを設置している施設は少ないとしながらも,「CT,EUS,MRIなどの検査法の診断能の判定からはPETの数値が高く,何らかの異常にはEUSを行ない,さらに不一致,疑問点があればPET検査を良・悪性鑑別の決め手とする」診断フローチャートの効率性を示した。
 さらにこのFDG-PETの有用性については,河辺譲治氏(阪市大)が「舌癌の診断,治療効果判定」に関して有用性を示し,大山伸幸氏(福井医大)も「前立腺癌の質的診断」における有用性を示唆。「前立腺癌の中でも,転移巣を有するなど生物学的悪性度の高い症例ではFDG集積も顕著であり,前立腺癌の予後を予測する上でも有用な検査手段となることが期待される」と結んだ。

3D画像による将来展望

 一方,玉木康博氏(阪大)は,「ビデオカメラより取り込んだ乳房画像上に,乳腺超音波診断により得られた3次元腫瘍画像をスーパーインポーズし,乳房上に立体像化した。乳房温存手術の際には,腫瘍の範囲を正確に把握し,確実に切除することが不可欠であるが,この画像から体前面からの腫瘍の位置確認が可能となり,切除範囲を決定できる」と,画期的なナビゲーションシステムを開発したことを発表した。今後の課題としては病理所見との対比,リアルタイム性の向上などをあげたが,今後の手術に応用可能な方法として注目された。
 また,蓮池康徳氏(国立大阪病院)は「磁場を用いた3次元エコーの手術への応用」を発表,磁場発生装置とエコー像を利用した立体画像解析装置を検討し,非侵襲的に病理切り出しができること,あらゆる方向からの正確な立体画像が作成でき,術前,術中の有力な武器になることを示し,将来への展望を期待させた。
 「光造形法3次元実体モデルによる頭頸部再建手術のシミュレーション」を発表した藤野豊美氏(慶大)は,1970年より進めているコンピュータ支援による上下顎癌等の頭頸部再建手術の概要を報告。「骨再建に必要な3次元骨欠損形態を術前に知ることができる。固定用プレート等の術前加工が可能」など,コンピュータによる手術シミュレーションの有用性を示した。
 総合ディスカッションの場では,これらの方法がコストに見合う利点があるか否かなどが論議された。