医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(17)

組織犯罪(4) -非情の戦略-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 コロンビアHCA社(以下,コ社)が世界最大の病院チェーンとなるまでに成長した背景には,非情ともいえる経営戦略があった。

徹底した信賞必罰

 コ社が所有する病院における営業ノルマは利益率15%といわれているが,そのノルマをはるかに越えて各病院平均の利益率は18%という驚異的数字を達成している。徹底した信賞必罰主義が貫かれ,個々の病院の経営責任者は利益を上げるという目標達成に全力を注がざるを得ない。目標を達成した経営者には高額のボーナスが支払われるが,逆に達成できない経営者は職を追われる。
 1995年の数字で見ると,個々の病院経営責任者のうち25%が給与の80%以上のボーナスを受けているのに対し,30%はまったくボーナスを受けていない。ボーナスの算定基準は営業成績であり,医療の質を改善するということは業績としては評価されない。また,所有350病院のうち,1995年1年だけで100の病院で経営責任者が替わっている。

看護婦が人員削減の標的に

 病院の経営責任者にとって短期間に営業成績を上げるためのもっとも簡便な方法は,精神科医療など採算性の悪い部門を切り捨てるとともに,大幅な人員削減を実施することである。人員削減の最大のターゲットは看護婦となっている。看護婦の人員削減・業務強化が全米的な現象であることは番外編「看護婦冬の時代」(2240号)で述べた通りであるが,コ社の場合はとりわけ非情な人員削減・再配置が行なわれている。
 コ社の病院で働く医師や看護婦は「病院がどう運営されるべきかを理解していない人間が人員削減を実施している」と批判するが,コ社は「(文句をいう医師や看護婦は)医療費削減という時代の要請を理解していない。ケアの質を落とさずに効率的な人員再配置を行なうことは可能だ」と反論する。しかし人員削減による診療現場でのトラブルは多発しており,例えばインディアナポリスのコロンビア女性病院では,看護婦削減による診療現場の混乱が州当局による緊急査察にまで発展した。
 人員削減は利益を上げるための最も効率的な方策であるから,職員が組合を結成してこれを阻むことほどコ社の経営戦略と相容れないものはない。
 ケンタッキー州ルイビルのオーデュボン地域医療センターの看護婦が組合を結成しようとしたことに対し,コ社は組合結成派の看護婦に対し,恫喝・解雇・降格とさまざまな妨害工作を行なった。また連邦労働委員会で証言に立った看護婦に対しても露骨な報復的制裁を加えた。コ社の妨害工作が効を奏し,組合結成投票は結成反対派の勝利に終わった。
 これに対して,97年4月,法廷は,コ社による不当労働行為を認め,コ社が連邦労働法を犯したとの裁定を下した。ウェスト判事は「コ社の不当労働行為はあまりに悪質であり,組合結成投票のやり直しなどの通常の救済処置では看護婦たちが被った被害を救済し得ない」と,コ社に対し直ちに看護婦組合との交渉に入るように命じた。ウェスト判事は特にコ社社長デイビッド・バンデウォーターが個人的に看護婦たちに恫喝的言動を加えたことを非難した。

つけは患者に

 非情な営利追求のつけは最終的には患者に回される。
 コ社の創業者兼ワンマン会長であるリチャード・スコットは,「経営努力により,よりよい商品(医療)をより安い価格で提供する」のがコ社の使命であると強調している。しかし,ニューヨークタイムズ紙の調査によると,物品購入時の値引きなどのコスト節減努力によりコ社のコストは確かに他の病院に比べ1.5%安いという結果を生んでいるが,コ社に入院した場合に患者は他の病院よりも8%高い金額を請求されるということも事実なのである。つまり仕入れを安く上げていることは確かであるが,それを顧客に還元することはせず,逆に他より高い価格で顧客に売りつけているのである。「Health care that has never worked like this before(かつてこのように医療が行なわれたことはない)」というのがコ社の広告キャッチフレーズであるが,まことによく言ったものである。

市場原理に支配される医療

 コ社会長のスコットが「事業規模を広げることが企業の競争力を強化する」という信念のもとに,戦闘的ともいえる積極的拡大策を展開してきたことは前回述べた。スコットの拡大策は病院チェーンにとどまらず,在宅ケアサービス,医療保険業など医療に関わるすべての事業に及んでいる。他企業を買収する資金を調達するためにはコ社の株価を高値維持することが必須であり,株式市場でのコ社の評価を高く保つためには高い利益率を維持することが必須となる。
 コ社の非情ともいえる営利追求主義の背景にはこういう事情があるのであるが,株式会社の経営陣が株主(出資者)の利益を最優先して経営戦略を立てるということはきわめて当然のことであり,コ社は市場原理に忠実に企業努力を続けているに過ぎない。医療が市場原理によって支配されるときの一典型をコ社が体現しているといえよう。

(この項つづく)