医学界新聞

〔投稿〕アメリカの食感染事情-O157を中心に

 横田京子(Parkland Memorial Hospital, R.N.)


 厚生省の腸管出血性大腸菌感染症の診断治療に関する研究班(班長=国立国際医療センター 武田美文氏)は,本年8月21日付で「1次,2次医療機関のための腸管出血性大腸菌(O157等)感染症治療の手引き(改定版)」を発表。「O157とはどのような菌なのか」などが記載されている昨年の同マニュアルに,その後得られた知見等を反映させた文書を,各都道府県,政令市,特別区に配付した。
 またWHOは,O157による食中毒への抗生物質の使用について,本年6月に専門家会議を開き,「抗生物質の有効性を確かめるための,国際的な臨床試験の実施を優先的な検討課題とする」と決めるなど,国際的に合意を探る動きが出始めている。
 本紙では,昨年12月にアメリカでのO157の感染状況を掲載(2219号:12月9日付,「アメリカにおけるO157の現状」)したが,この度投稿者の横田京子氏から,その後のアメリカにおける感染症発生事情を伝えるレポートが寄せられた。本号では,O157とともに感染が問題となっているCyclospora Canyetanensis(サイクロスポラ菌)の現状を紹介する。


アメリカにおけるO157感染

はじめに

 昨年夏,日本では腸管出血性大腸菌O157(Entro-hemorrhagic Escherichia coli O157;以下O157)感染が社会的問題となったが,それから1年後,今度はアメリカでO157による食感染ケースが目立って増え,問題となっている。またO157感染に加え,Cyclospora Canyetanensis(サイクロスポラ菌)食感染が,昨年から現在も増加発生していることは気がかりな状況である。
 そこで,昨年はアメリカのO157感染事情を報告した(上記2219号)が,今回は現在のアメリカの両食感染についての現況を紹介したい。日本における食中毒および感染防止の糸口になれば幸いである。

冷凍ハンバーグが感染源?

 アメリカにおけるO157感染は,1982年以来とき折り集団的に突然発生していたが,1993年からは毎年のように集団発生が報告されている。
 今年のO157集団発生は,8月に入ってコロラド州から始まり,現在全米に広がる勢いを見せている。今回は各食料品店やレストラン,ファーストフードチェーン店に,6-7月にかけて卸した冷凍肉を使用したハンバーガーを食べた人々のあいだで発生している。テレビや新聞のニュースによると,「ハドソンフーズ;Hudson Foods」という会社の加工冷凍ハンバーグに混入している可能性が濃厚であると伝えている。会社側は急ぎ出荷した肉を回収,廃棄処分をしている。ただし,O157がどの時点で混入したのかについてはハドソンフーズ社もCDC(Center for Disease Control & Prevention:米疾病管理センター)も現在調査を進めているが,結論は出ていない。今月(1997年8月)の統計では感染による死亡者は出ていないが,O157本来の症状である吐気,腹痛,下痢,血便等はほとんどの感染者に発症している。

感染後の症状変化の経過

 近年のO157感染による症状を,15年前のそれと比較すると,少し違った症状があることに気づく。
 MMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report:週間死亡率および疾病率報告書)によると,1982年の集団発生は2つの州で見られたが,症状としては腹痛や水様性下痢,血便が見られたものの,溶血性尿毒症症候群(HUS)はほとんど見られなかった。しかし最近では,10-15%のケースにHUSの発症が見られる。しかも,多くの場合が5歳以下の小児である。この変化は,O157に変化があることを示すものと見てよいだろう。
 問題は,1994-95年のアメリカにおけるO157集団発生は64地域,感染例は998件とCDCには報告されているが,どの研究者も年間の総合感染例は約2万件あると推定していることである。つまり,残りの19万件余りの感染例は散在的発生か,あるいは感染していてもO157感染とは気づいていないのではないかと考えることができる。
 1994年までアメリカでは,約50%の臨床検査室でしかO157のスクリーニングをしていなかった。検査スクリニーングは医師のオーダーがなければできない。そのことからこの数値は,医師のO157感染に対する認識不足,もしくは診断ミスによって検査があまりなされていなかったことが考えられるとCDCは指摘し,関係者をきつく戒めている。
 ここでアメリカでのO157の報告ルートを示すと,検査で分離培養されたケースはNCID(Natinal Center for Infection Diseases:国立感染症対策センター)およびCDCの細菌,真菌疾患部門や食品媒介疾患,大腸性下痢症等を扱うPHLS(Public Health Laboratory Information System:公衆衛生検査情報システム)を通して報告される。また,疑いのあるケースや確認されているケース両方ともNNDSS(National Notifiable Disease Surveillance System:国立届け出疾患サーベイランスシステム)に報告されるが,このうち検査確認されたケースのみPHLSに報告されている。疑いがあり本来確認すべきケースなどが報告されていないという事実があることも知る必要があるだろう。

Molecular Subtyping分離法

 O157感染は,アメリカや日本という一国の単位にとどまることなく,全世界的に見られる現象となってきた。1996年にはドイツ,スコットランド,そして日本と多くの国で集団発生が見られた。しかし,これらの集団発生は同種のO157バクテリアによるものだったのだろうか。
 ミネソタ州,ミネアポリスの公衆衛生局(Active Disease Epidemiology Section, Minnesota Department of Health)の急性疾患疫学部門の発表では,O157の特別なサブタイプ・サーベイランス法で旧来の監視方法では発見できずに集団発生していたようなケースを確認することができるとともに,急に増える報告例が散在分離されたケースによるものかどうか,または他の集団発生と同様のものかを確かめることができるとしている1)
 この方法は米コロンビア大学のD. SchevartyとC. Cantorが考案したPulse‐Field Gel Electrophoresis(PFGE)というMolecular Subtyping分離法(電気泳動法の一種)である。
 この特徴としては,まずO157の異なった分離菌を選び出すことができること(ミネソタ州の公衆衛生局では2年間で143の異なったPFGEパターンを発見することができた)。そして集団発生によるものか,またいくつの集団発生が存在しているのかを決める手段として使うことができることである。さらに,特別なサブタイプ・サーベイランス法および旧来のサーベイランス法ではわからなかった集団発生を確認することができたこともあげられる1)
 現在の日本ではどのようなサーベイランス法を取っているのかわからないが,ミネソタ州公衆衛生局の推奨するPFGEサブタイプ・サーベイランス法で監視確認を行なうことは有益だと思われる。

Cyclosporiasis(サイクロスポリアジス)

ラズベリー感染

 アメリカでのサイクロスポラによる食感染は1996年以前では外国に旅行したことのある人々の間で発症する程度の感染症であった。しかし,昨年は全米の20州で1465ケースのサイクロスポラ感染が報告され,そのうち987のケース(66.8%)が検査確認された。この広い範囲で集団発生したサイクロスポリアジス(日本にはまだないと思われるサイクロスポラによる病名)の原因は,グアテマラから輸入されたラズベリーにあったとされている。
 ラズベリーがグアテマラで栽培,生産されるようになったのは1987年。その翌年から海外へ向けて輸出されるようになったが,その第1の需要国がアメリカである。輸出期間は5-7月(雨期)と10-12月(乾燥期間)の2回。
 Koumansらによると,1995年のフロリダで起きたサイクロスポリアジスの集団発生もグアテマラ産のラズベリーのよるものとしている2)。ラズベリーは,通常トリやハトも好んで食べる。しかし,それらの小動物がヒトへ感染させるサイクロスポラ菌を持っているかどうかはまだわかっていない。また,小動物がラズベリーを突っつきサイクロスポラ胞子を植えつける可能性があるのかもわかっていない。現時点で言えることは,ラズベリーに付着しているサイクロスポラ卵母細胞が一定の期間を置いて胞子形成をし,体内に入って害を及ぼすということである。

バジルによる感染!?

 今年に入ってからのサイクロスポラによる集団発生は,6-7月にかけてバージニア州で起きたが,これはある会社の昼食会に出されたバジル入りのパスタ,サラダが原因と考えられている。つまり,この食物を食べた人々の間で集団発生したのであるが,これが最も大規模な集団発生であった。
 これらを含め,今年に入ってからすでに1450件(うち550件を検査確認)のサイクロスポラ感染が報告されている。また,数は多くないもののメリーランド州でもバジル入りの食品を食べた住民の間で感染報告が相次いだため,バージニア州とメリーランド州の保健局は「A社の新鮮バジル入りの食品は食べないように」との警告を発表した。

サイクロスポラ菌
 サイクロスポラ菌は,以前はCyanobacterium様菌体とも呼ばれた球体寄生菌である。サイクロスポラ卵母細胞はホスト外では繁殖せず,またそれ自体では人間に感染も起こすことはない。ホストの体内から便と一緒に体外に排出されたサイクロスポラ卵母細胞は,数日間あるいは数週間たつと胞子を形成し,感染する力を持つ。したがって直接人から人への感染はありえない。サイクロスポラ卵母細胞は直径8-10ミクロンで変性耐酸染色法,または別の染色法を使って検出することができる。
 感染した人の間で同種属のサイクロスポラ菌が分離できているかどうかはまだわかっていない。また発生する時期が,ある国では4-8月にかけて集中するのか等も解明されてはいない。

潜伏期間およびその症状
 サイクロスポリアジスの中間潜伏期間は1週間(潜伏期間範囲1-14日)である。感染後は腸内に進入し,胃腸炎を引き起こす。その症状は嘔気,嘔吐,下痢,腹痛,食欲不振,続いて起こる体重減少や微熱であるが,再発や無症状も起こりうる。

治療
 サイクロスポラ菌による胃腸症状には,CDCはTrimethoprimサルファ剤が有効と勧めている。

診断
 サイクロスポラ卵母細胞の胞子形成が診断の鍵となるが,検便でのサイクロスポラDNA(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)や十二指腸や空腸液吸引法および小腸バイオプシーなどの検体を調べることによっても診断できる。これらの診断項目は,CDCの勧める診断判定基準検査項目となっている。

CDCからの呼びかけ
 CDCは,医療・保健に携わる人々は,サイクロスポラ感染が流行していることを念頭に,下痢が長引いているケースでは寄生虫検査を行なうことなどを勧めている。サイクロスポラ感染ケースは地域内,または州の保健所に報告し,その保健所はCDCかNCIDに報告するようにとも,呼びかけている。

おわりに

 経済や交通機関が発達し,短時間で地球の裏側まで行き着けるようになった今,次から次へと起こるこれらの食中毒感染症は単一国内でとどまることがなくなった。
 発生している感染症のルートをたどる時も,現在アメリカのCDCがグアテマラで行なっているサイクロスポリアジスの広がり調査のように,互いの国家間協力で行なう必要性が生じている。
 しかし,常に忘れてならないことは,これらの菌はこの地球環境で生き延びていくために,さまざまに変化を遂げていることである。また1次予防の対策を講じることで感染の大部分が防げることも忘れてはならない。
 例えば,生ものをつかんだ手で,または生ものが触れた食器等が直接に口に入る食べ物と接触しないようにすること,またはよく火を通した調理法で食べること等の基本を忘れてはならない。
 さらに,川や湖の水は人間だけのものではなく,野性動物のものでもあることを忘れてはならない。トリやハト,その他の動物も川や湖を利用するために,それらが保有する菌で汚染されている可能性もある。かといって,それらの動物を撲滅することは生態学上にも得策ではないことは明らかであろう。
 したがって私たち人間は,基本的な予防法と菌の変化を熟知し,その対策を講じていく方法をとることが最善と思われる。これらのアメリカの出来事が,日本での食感染予防対策の糸口になれば幸いである。

〔引用文献〕
1)Bender, J.B., et al.: Surveillance for Escherichia Coli O157-H7 Infections Minnesota by Molecular Subtyping: N Engl J. Med 1997, 337, 338-394.
2)Koumans EH, Katz D, Malecki J., et al.: Novel parasite and mode of transmission Cyclospora infection-Florida. In 45th Annal Epidemic Intelligence Service Conference, April 22-26, 1996. Hyattsville, Md., Public Health Service, 1996, 60-1, abstract.
〔参考文献〕
1)Hervaldt, B.L. et al.: An Outbreak in 1996 of Cyclosporiasis associated with imported Rasberries, N Engl J. Med 1997, 336, 1548-1556.
2)Isolation of E. Coli O157-H7 from Sporadic cases of Hemorrhagic colitis United States MMR Morb. Mortal Wkly Rep., 1997, 46, 700-704.
3)Update: Outbreaks of Cyclosporiasis-United States, 1997, 46, 461-462.
4)横田京子:アメリカにおけるO157の現状,週刊医学界新聞,2219(10-11).