医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(15)

組織犯罪(2) -病院チェーンの犯罪-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 前回は医療の分野に組織犯罪のプロが進出している話を紹介したが,今回は医療のプロたちによる組織犯罪を紹介する。米国で営利病院チェーンがその勢力を拡大していることは第6回「病院チェーン」(2210号)で紹介したが,テネット・ヘルスケア・コーポ(以下テネット)は,130の病院を保有し,米病院チェーンの中では2番目の規模を有する。米国医療犯罪史上最大規模の犯罪は,このテネットの前身,ナショナル・メディカル・エンタープライズ(以下NME)の精神科部門により犯された。

マフィアも赤面するような

 1986年から1991年の間に,テキサス州を舞台に,NMEに買収された医師やソーシャルワーカーらが,偽りの診断名のもとに治療の必要のない患者をNMEの精神科病院に入院させ,組織ぐるみで治療費を搾取した事件である。被害者となった患者らの申し立てによると,その手口はマフィアでさえも赤面するほど悪辣であった。
 被害者の多くは未成年であり,入院中は身体の自由を拘束され,外部との通信も禁止された。入院は医療保険の限度一杯続けられ,その限度が過ぎて初めて退院が許されるのであった(入院が数百日に及ぶこともまれではなかった)。「マシュー・F」と呼ばれる子どものケースは以下の通りである。マシューは8歳であったが,両親の離婚後,問題行動を起こすようになった。NMEの医師と提携して働くソーシャル・ワーカーが,マシューの母親に,マシューをNMEの病院に「ちょっとの間」入院させることを強く勧めた。マシューは嫌がったが,結局医師の診察を受けることもなく,無理矢理入院させられることとなった。母親はマシューは2,3日で退院すると聞いていたのだが,マシューの入院は61日間続き,退院したときにはマシューの医療保険は限度一杯に使われてしまっていた。
 テネット側の弁護士は「訴えられた患者さんたちはご自分の病状を本当より軽く思っておられるのですが,入院は必要だったのです」と説明するが,実際にテネット側が患者と本格的に法廷で争ったことはなく,訴えのほとんどは示談で解決されている。また事件が明るみに出た後,テキサス州医務局はNMEの精神病院に対し緊急監査を行なったが,ダラスの精神病院ブルックヘブン・パビリオンに対しては,患者に対する拘束行為の濫用などを理由に強制閉鎖という最も厳しい処分が行なわれた。

巨額を投じ和解

 NMEの創業者リチャード・イーマー,およびその片腕といわれたレオナード・コーヘンは辞任に追い込まれ,ジェフリー・バーバコウが経営を引き継いだ。バーバコウは精神科部門を切り捨て,米国政府,保険会社,そして被害者の患者達との間に示談を成立させるべく全力を尽くした。1994年,保健省および司法省との間に司法取引が成立し,NMEが罰金を含め3億7900万ドルを支払うことで,保険金詐欺および患者虐待事件について連邦政府との間に法的決着がつけられた。保険会社との間では2億ドルを越える金額で示談が成立したといわれる。また,テキサスで700人の患者から訴えられていた集団訴訟に関し,今年の7月,総額1億ドルの賠償金を支払うという和解案が原告に提示されたと報じられた。バーバーコウは社名をテネットと変えたが,テネット社が素早く示談を成立させるなど,スキャンダルの悪影響から企業を再生させようとする努力はウォール街で好感をもって迎えられ,テネットの株価はここ1年間で50%上昇し,病院チェーン業界の中でも最優良企業との評価を得るまでになった。

相次ぐ医療保険詐欺

 テネットが組織ぐるみの医療犯罪を摘発された後遺症から立ち直りつつあるのに対し,現在,医療保険詐欺の疑いで米政府の厳しい追及を受けているのが業界最大手のコロンビア・HCA社(以下コ社)である。コ社については連載第6回でも紹介したが,1987年リチャード・スコットにより創設された後,あっという間の急成長を遂げ,現在,米38州に展開し,所有病院350,年商200億ドル,従業員数28万5000人,と世界最大の医療企業となっている。
 リチャード・スコットがコ社を設立した最初はテキサス州エルパソ市の2病院の買収であるが,米政府によるコ社摘発は,1997年3月,コ社の創設地であるエルパソ市の家宅捜索から始まった。エルパソ市の病院・開業医が密集する地域は,住民からは「薬ヶ丘(pill hill)」と呼ばれているが,この地域のコ社病院および関連施設に対し,FBI,保健省捜査局,国防省犯罪局,国税局などによる強制捜査が行なわれたのである。容疑はメディケアに対する過剰請求,在宅ケア企業など関連企業に対する不正な患者斡旋,医師に対する不正利益供与などと報じられたが,捜査令状の内容が裁判所により封印されているため,その詳細は未だに明らかにされていない。

ニューヨークタイムズが暴露

 そもそもの捜査のきっかけはニューヨークタイムズ紙の独自調査にある。コ社の元従業員の協力のもとに,ニューヨークタイムズ紙が3000万件に上るメディケア請求のコンピュータ分析を行ない,他の病院と比べ,コ社の請求額が際だって高いことを証明し,捜査当局にその結果を通報したのである。入院医療費に対するメディケアの支払いは疾患別定額制であることは第13回「メディケア(2)」(2247号)で述べた。例えば呼吸器感染症については4つの病名カテゴリーがあるのだが,ニューヨークタイムズ紙のコンピュータ分析は,呼吸器感染症に関するコ社のメディケア請求がもっとも払戻額の高い診断名に偏っていることを証明した。
 マイアミのシーダーズ医療センターを例に取ると,1995年の呼吸器感染症患者383例のうち355例(93%)について,もっとも払戻額の高い病名がつけられていた。シーダーズ医療センターと道を隔てて立つカウンティ病院では,その割合は28%にしか過ぎなかった。シーダーズ医療センターがコ社に買収されたのは1993年であるが,買収前年の1992年における最高額呼吸器感染症の割合は31%で,コ社による買収後3年でこれが3倍に増えた計算である。また,1995年の統計で呼吸器感染症患者のうち最高額病名で請求された割合を病院別で比較すると,テキサス州では上位5病院,フロリダ州では上位6病院がコ社の所有病院であった。コ社の病院では組織的に患者に実際の病状よりも払戻額の高い病名をつけていた(upcodingと呼ばれる操作)疑いが濃厚なのである。これらの嫌疑に対しコ社の副社長デビッド・マニングは「私どもの病院では他の病院よりも効率のよい請求システムを採用しているに過ぎません」と語り,他の病院こそ経営努力が足りないと反論した。

(この項つづく)