第2257号 1997年9月22日

Vol.12 No.7 for Students & Residents

医学生・研修医版[7]1997. SEP.


診療の判断をどう進めるのか

臨床疫学は確率をどのように利用するのか

大生定義
三井物産人事部健康管理室診療所長


 現在,臨床の多くの場面で,evidenceに基づく医療(evidence-based medicine;直感や系統立たない臨床経験や病態生理を判断の根拠とせず,臨床研究からの事実をもとに判断し,実践する方法)の重要性が問われ始めている。もちろん,医学生,研修医にとっても,必須の知識になりつつある(詳しくは,本紙「医学生,研修医版」に掲載の山本和利氏による連載を参照してほしい)。
 本紙では,聖路加国際病院などで豊富な臨床経験を持ち,現在オーストラリアのニューキャッスル大大学院で臨床疫学を専攻している大生定義氏に,患者さんに誠実な医療を提供するために,臨床疫学の考え方をどのように日常診療に応用するかについて教えていただいた。

症例呈示
 あなたは悪性リンパ腫の治療中の患者を受け持っていた。治療に協力的であり,薬の内容や副作用についてもよく知ったうえで医師とともに決断に加わっていきたいと考えている男性である。年齢は40歳,化学療法のあと免疫力低下がある。咳や痰がでてきたので胸部X線を撮影したところ,最近増えてきたX菌による肺炎(架空の疾患)の可能性が50%と放射線上級医が報告してきた。この疾患の診断には喀痰検査は有用ではなく,確定診断には気管支鏡が必要とされている。勤務先の病院のこの疾患に対する気管支鏡の成績では特異度が100%で菌が出れば間違いなくこの疾患であると言えるが,患者の50%にしか陽性にならないという(感度50%)状況であった(感度・特異度については後述する)。
 この疾患「X菌肺炎」はかなり重症な疾患であるが,幸いに早期に治療開始すると患者の救命率は80%にも達するという特効薬ABCがある。しかし,本疾患ではない人にこの薬を使うと副作用で死ぬ確率が10%あるというし,遅れると治療をしても救命率が50%に下がるという。検査では本疾患であるとするとまだ早期の段階であるが,あと数日遅れると治療効果が落ちるという時期にある。
 この場合,病気である確率が何%以上であれば治療を開始すればよいのか。また,レントゲンでかなり確実な時に気管支鏡の検査を受け,その結果を待って治療するほうがよいのだろうか。

診断は検査前確率→検査→検査後確率の流れ

 このような状況はよくあるのではないだろうか。診断を100%確実にしてから治療を行なうのは,癌などの時以外はむしろ稀ではないだろうか。癌の時も手術の際に組織診で術前診断を確認しているし,死亡後の剖検と生前診断が違うことだってよく聞くことではある。診断が正しくなくても状況がよくなり,症状がとれればよいということもある。診断がどれくらい確かであれば治療に移るかの決断のポイントは,疾患の重症度や患者の背景・人生観によって様々である。また治療処置の結果から診断が確認されたり,疑問が出されたりすることもある。医師が患者を診察し,ある疾患である確率(検査前確率)が十分高ければ治療を検査なしで開始するし,自信がなければある検査を選択して確率(検査後確率)を高めてから治療するかもしれない。臨床医はこの検査前確率→検査→検査後確率の流れの中で,検査後確率が治療を決断するに十分高ければ100%でなくとも治療を開始している。
 ここでは検査の感度・特異度を使って,どのように検査前確率から検査後確率を求めていくかを簡単にお話ししたい。

全く根拠のない疑診の検査前確率はほぼ有病率と同じ。専門医の根拠を持った検査前確率はかなり高い

 診断は検査前確率・検査・検査後確率の流れの中であり,いかに検査前確率を上げるかは問診・診察・患者の背景のチェックにかかっている。
 胸痛でも20歳の若い女性がちくちくする胸痛を訴える場合と,コントロールの悪い糖尿病をもった60歳のヘビースモーカーの男性が労作性胸痛を訴えた場合とでは,狭心症の患者である確率が違うということである。例えば新人の研修医がまったく根拠のない疑い診断を無症状の受診者にかける場合は,その集団の有病率程度の検査前確率しかないことになる。検査前確率が違えば,たとえ検査で陽性になっても本当に疾患である確率(すなわち陽性的中度)が違うことは容易に理解できると思う。
 ここで感度と特異度について確認しておこう。感度とは疾患のある人の中で検査が陽性者の確率で,表1ではa/a+cにあたる。特異度とは疾患がない人の中で検査も陰性とでる確率で,表1ではd/b+dにあたる。有病率とはある集団のある時点(検査した時点)で特定の疾患を持つ者の確率である(後に表3で述べる)。
 例えば感度99%,特異度99%のすばらしい検査を有病率(検査前確率)0.4%の集団と40%の集団に行なった場合を考えてみよう。表2aのように0.4%の集団では,10万人うち400人に疾患があり,表2aで言うと,(表1の2×2表にあてはめると)aは400人×0.99で396人,bは4人である。残りの9万9600人のうち,その99%は真の陰性(d)で98604人となり,cは996人である。だから,検査が陽性に出たときの疾患のある確率は396/396+996=28.4%に上がるが,それでも疑陽性のほうが多い。あたり前だが,もともと病気の人が少ないところでは,検査の異常があっても,病気でないこともしばしばあるということだ。
 有病率が40%の集団(表2b)では,疾患のある人が4万人で,疾患がない人が6万人であるから,病気の確率が検査で陽性と出た時疾患のある確率は,39600/39600+600=98.5%となる。すなわち,検査をして陽性になれば,疾患のある確率は40%から検査後に98.5%になるのである。

検査後確率(事後確率)は,2×2表を使わなくてもオッズを用いるとベッドサイドでも簡単に計算できる

 表3の計算式を見ただけで,いやになる方もあるだろうが,確率をパーセントではなく,オッズで表すといちいち2×2表(表1)を使わなくとも計算ができることが知られている(確率のまま使えるノモグラムもある)。このLR(Likelihood ratio)は検査の特異度・感度から得られる値で,検査が陽性だった時,陰性だった時それぞれどれくらい確率が変化するかの係数と考えてくれればよい。競馬のオッズとは異なり,疫学の分野でいうオッズは確率が50%であれば1,66%であれば2というように起こる確率を起こらない確率で割ったものである。  検査後確率を上げるかは,それにふさわしい適切な検査の選択にかかっている。同じタイプの検査を行なっても決して事後の確率の絞り込みはできない。

検査後確率が治療閾値を越えれば治療開始

 こうやって検査を選択しながら,その結果を見て確率を上げていく。治療は治療閾値の適切な設定を行ない,確率が閾値を越えれば治療開始。事後確率が治療閾値より大きければ治療を,事後確率が治療閾値に達しなければ観察ということになる。もちろん,患者・家族との意志疎通とpreferenceなどの相互理解が前提となる。治療閾値は副作用やある条件下の救命率が知られている時には,ここからなら統計的に患者一般に得だという分岐点を指す。検査をした後の診断の正しい確率がこの閾値より高ければ治療を始めるというのがreasonableと思われる。

本例の治療閾値はどうなるか

 さてそれでは,最初に戻って本例の治療閾値を計算し,気管支鏡をしないで治療を開始するかどうかについて考えてみよう。すなわち,たとえ検査が陰性であったとしても,その際の事後確率がどれくらいまで残っていれば治療するかという質問に置きかえられる。
 最初の症例をもう1度提示してみよう。診断が正しくない時,薬の副作用で死ぬ確率が10%。早期に治療開始すると救命率80%で,遅れると救命率が50%に下がる。
 すなわち,本疾患でないものに治療を行なうと10%の副作用で死亡する。ただ患者では治療を行なうとその30%が助かることになる。だから患者と非患者の比が10:30であれば死亡者と救命者が同じになる。であるからこの疾患の治療閾値(Action Threshold)は上のような考え方では25%(オッズ1/3)となる(注参照)。

本例は検査を待たずに治療開始が適当

 この例はもし主治医が,放射線科医の提示した数字を採用し,検査前確率が50%(オッズ 1)以上と考え得るなら,気管支鏡検査の感度50%,特異度100%であるから,
LF+=0.5/0で無限 
LF-=0.5/1で1/2
となり,検査が陽性であれば事後確率100%,検査が陰性であれば事後確率33%(1/2)である。すなわち,治療閾値が25%(1/3)なら,初めからこの程度の検査を待つ必要はないことになる。
 実際の診療はこのような数字が十分に用意されてはいないこともあるし,治療の同意には患者さんの好みもある。しかし,感度も特異度もよくない検査の結果を待っているうちに,患者の状況だけが悪くなってしまった経験を持つ臨床医は少なくない。安心感や人生観も大事であるが,検査の限界を知り,evidenceに即した推論に基づいた診療を行なうことが重要である。

 :検査閾値(検査をすべき確率)や治療閾値(これ以上検査せずにを治療すべき確率)は,実際には検査自体の副作用,治療や副作用の結果もたらされた状態の評価価値(効用値)など,多くの考えねばならない要素がある。この項では,Parker(NEJM 1980 ; 302 : 1109-17)が述べている治療閾値ではなく,McNuttらが述べているAction Thresholdを治療閾値として説明した。
 また感度・特異度についても,どのような集団から得られたものかによって,実際の患者に当てはめてよいかを考慮しなくてはいけない場合もある。話を単純にするため,これらについてはここでは触れない。

●大生定義氏プロフィール
1977年 聖路加国際病院内科研修医
1979年 聖路加国際病院内科医員
1981年 昭和大学藤が丘病院内科(神経)助手
1984年 聖路加国際病院内科医幹
1987年 聖路加国際病院内科副医長(神経内科主任)
1995年 聖路加国際病院内科医長(神経内科主任)
 三井物産人事部健康管理室診療所所長
(現在,オーストラリアニューキャッスル大学臨床疫学大学院在学中)