百日咳,ジフテリアとも重症な疾患であるが,いずれもきわめて有効なワクチンがある。百日咳ワクチンにジフテリア,破傷風トキソイドを混合した百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)は,世界でも日本でも小児の最も基本的なワクチンである。いずれの疾患も予防が最良の対策なので,定期の予防接種の機会を逃さないことが肝要である。
ワクチン接種率の低下
1960年代後半から予防接種事故が社会問題となった。それを契機に,国の予防接種事故救済制度が発足した。その申請例のうち,種痘に次いで百日咳ワクチンの副反応が目立ったことから,百日咳ワクチンがマスコミの批判の対象になった。そのため,1975年初頭,厚生省は乳児への百日咳ワクチン接種を中止し百日咳ワクチンを含むワクチンの接種開始年齢を2歳以上とした。このような状況にあって,百日咳ワクチン接種率は低下し,1979年を頂点とする全国的な百日咳の流行が起こった。
その後,百日咳菌の培養上清から感染防御に有効な抗原(感染防御抗原)を精製して作った無菌体百日咳ワクチンが開発され,1981年から定期接種に全面的に使用され始めた3)。その際,集団接種における百日咳ワクチンの接種年齢は2歳のままであった。1989年になって3か月から接種してもよいという指示が出され,1995年の予防接種法改正によって,3か月から12か月のDPTのI期初回接種を行なうのが標準的な接種法となった。1981年頃からわが国の百日咳患者も着々と減少し,1995年に至って,ようやく1970年代前半のレベルに下がった(図2)。1990年代前半では,百日咳患者の半分は,0歳児,1歳児が占めていたが,最近になり,ワクチン接種開始の年齢が下がるに伴い,ますます低年齢の百日咳患者の割合が増加する傾向にある(図3)。一方,年長児での発生もあるが,この中には,一部ワクチン歴のあるものがいる。
*コンコンコンコンと続く咳(スタッカート,Staccato),その直後にヒューと吸い込む音(フープ,whoop; whooping coughの語源)そしてそれ繰り返す(レプリーゼ,reprise)が特徴である。
ジフテリア
咽頭ジフテリアでは,発熱,咽頭痛,咽頭における偽膜形成が認められる。喉頭ジフテリアでは,発熱,クループが主要症状である。発症後7-10日に毒素によって心筋炎,心不全,あるいは軟口蓋,眼筋,四肢の麻痺を来たす。
吸収されてしまった毒素を中和するには,抗毒素血清を使用する以外に方法がない。ジフテリア抗毒素血清は,ワクチン製造所が管理保存しており,地方自治体から厚生省に連絡すれば即時入手可能である。ジフテリアを疑ったら,可及的速やかに抗毒素血清を手配する。抗血清は馬で作られているので,投与の際には,アナフィラキシー反応に注意する。
抗生物質は,菌を排除するために,できるだけ早く投与する。第1選択薬は,経口ペニシリン(PC)とエリスロマイシン(EM)である。
流行抑止のための課題
対象疾病の流行抑止のためには,高い予防接種率を保ち,感受性者をできるだけ減らすことが鉄則である。わが国におけるDPTワクチンの接種率はI期3回目で80-90%と高く,ほぼ満足すべきレベルである。しかし,第II期(小学校6年のDPT)の接種率は従来80%あったが,1995年の予防接種法の改正に伴い,接種が原則として個別になり,大幅に低下してきた。不活化ワクチンによる免疫は,年を経ると低下するため,今後は年長児,成人の感受性者の蓄積が懸念される。第II期接種の接種率のリカバリーのためには,今後特別な配慮が必要である。
成人が百日咳に感染したために乳幼児の感染源となることがしばしばある。また,百日咳,ジフテリア,破傷風に対する成人女性の免疫度が高ければ,移行抗体のレベルも高まるので,新生児,乳児の感染症対策にもなる。これらのことを総合すると,成人についても百日咳,ジフテリア,破傷風の感染予防を行なうことが望ましい。成人への予防接種をどのようにして推進できるかは今後の課題である。
参考文献
1)Diphtheria Epidemic-New Independent States of the Former Soviet Union, 1990-1994. MMWR44(10);177-181, 1995
2)木村三生夫, 平山宗宏, 堺春美 : 予防接種の手びき, 第7版, 1995, pp.98-117,近代出版
3)木村三生夫 : 百日咳, 無菌体ワクチンの臨床的研究. モダンメディア 42(4): 154-161, 1996