医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


「日本人の死生学」を正面から取り上げる

死生学 他者の死と自己の死 山本俊一 著

《書 評》多賀須幸男(多賀須消化器科・内科クリニック)

日本初の衛生学的死生学の教科書

 著者はこの本を日本初の衛生学的死生学の教科書と位置づけている。個人および社会の健康増進をめざす衛生学の立場で死生学を解説しようとする著者のユニークな試みは,大成功したようにみえる。ちなみに山本俊一氏は6代目の東大衛生学教授で,1992年には医学書院から『死生学のすすめ』を出版している。
 副題が示すように,本書は第1部「他者の死」と,第2部「自己の死」から構成され,それぞれ130頁,174頁が当てられている。著者によると両者は全く別物であり,死生学を始めるに当たってまずその区別をはっきりしなくてはならない。「自己の死」をどう理解するかによって,「他者の死」の理解が変わってくる。本書は,この2つを合成するために書かれた。
 第1部の圧巻は古今東西の言葉を縦横に引用し,多少とも難解な箇所には周到な解説をつけて,死生観の成立ちが古代から現代まで立体的にまとめられているところにある。引用文は適切な分量で,難しいことを述べながら少しも晦渋するところがない著者の文章力は大したものである。理論の組み立てもすばらしい。歴史学的,社会学的,あるいは文化人類学的な死生学の教科書でもある。
 第1部では死生学そのものの歴史的発展が語られたのに対し,第2部では成長・加齢に伴う死生学観の変遷が解説されている。ここでも多くの詩や箴言が引用されているが,自己の死が体験できないものである以上,科学の1部門であることを標榜する医学には手に負えない感じもある。
 死生学の理論モデルとして,第1部では免疫反応に擬した「死生反応」なる考え方が,第2部ではフロイトのリビドーに対する「モリドー」という新造語が導入されている。死生反応に基づく死生学の教育論は,われわれには納得しやすい。

生と死を真剣に考えるすべての人に

 脳死やターミナル・ケアに関する書物が次々に出版される。多少うわっ調子なそれらとは異なり,本書は死生学を正面から取り上げた教科書である。さらにまた,本書を読んで死生学は文化そのものであり,必要なのは「日本人の死生学」であることを痛感する。医療にたずさわるものだけでなく,生と死を真剣に考えるすべての人に推薦したい。
 自分が高校時代に「方丈記」や「徒然草」に何の感慨も湧かなかったことを思い出して,人生の上り坂にある若い学徒がどこまでこの本の真髄を汲み取れるか危惧の念がないわけでもないが,学生諸君もぜひ熟読してほしい。索引がないのが残念である。
A5・頁328 定価(本体3,500円+税)医学書院


クロストークの収穫

一般外来の精神医学 精神科医と内科医のクロストーク 浜田晋,高木誠 著

《書 評》徳永 進(鳥取赤十字病院)

臨床現場の数々のジレンマを投げかける

 浜田晋先生は古希の町医者である。精神科医であり,精神分裂病とのかかわりが1つのライフワークでもある。「たまにね,昔ながらの分裂病の患者さんに出合うと,これこれってうれしくなっちゃうよ」。最近は精神分裂病も軽症化し,同時に精神科の疾患群に大きな質的変化が生じているらしい。臨床医として40数年働きながら,この国の患者さんたちの姿,この国の医療者の姿,医療そのものの姿,その変遷を見てきた。そして,「どっかおかしいんじゃない,何か変なんじゃない」とつぶやく。
 浜田先生は1991年に『一般外来における精神症状のみかた』(医学書院刊)という本を出版した。名著だ。縦軸に精神科領域の疾患群が並び,横軸に具体的な症例が並んでいる。全編1人で書いているので,病気への息づかいが聞こえてくる。見立てのコツや微妙なさじ加減,何やかやの本音が聞こえてきそうな本だ。医療の全貌をとらえている,と同時に明日からの医療実践に役立つという不思議な本である。独特な国家観,医療観,精神病観,老人観,人間観が流れている。日本の精神科医の中で,これだけの全体性を個性を持って生活の場から照り返せる人は,稀だろう。本に,深海魚もしくは山深い川に棲む魚の燻製の味わいがある。
 その本に心動かされた内科医の高木誠先生が,さらに臨床場面を具体化し,数々のジレンマを浜田先生に投げかけ,読者にもいっしょになって考えてもらおうと2人で作り合ったのがこの本である。

一般外来の「落とし穴学」

 一般外来で仕事をしていると,いろんな「落とし穴」にはまる。医学部の授業に「落とし穴学」はなかったし,今もない。先輩の一言で脱出できる「落とし穴」もあるが,先輩もいっしょに落ちていて,「落とし穴」なのかどうかさえわからないという「落とし穴」もある。
 言ってみれば,この本は,「落とし穴学」の本だとも言えようか。例えば,あらゆる画像診断や諸検査を駆使しても異常がみつからない身体症状を訴える患者さんに対して,どう対応し,どの薬を処方するか,について書かれてある。時代と共に増加するうつ状態。「異常はありません」の一言で終わろうとする内科医。この「落とし穴」は臨床医なら解決しなければならないだろう。
 浜田先生の本は全編をややリラックスした状態で呼んだほうがいい。すると所々に,キラッとした1~2行の文章が登場する。釣りなら桿がググッと震えるような感触である。夜空なら流れ星である。
・専門医がやたら多くなった。単なる専門馬鹿になってしまったら,1人の患者も救えない。
・「心のケア」という言葉。俺はいやだなあ。生活がまず基本ではないか
・臓器移植のある場面でも,あそこまで医療が傲慢になっていいのかなと思う。
・うつ病の一番の治療は歩くことだ,と思っている。
・パーキンソン病は内科と精神科のかけ橋の病気として大切だ。
・痴呆はね,分裂病に匹敵するぐらい壮大な疾患だと思っている。
・昔,結核患者の中にいて何もできなかった。無力感の中で私は医者になろうとしていた。今でもふと「私は医者だろうか」と思う。そこが私の医療の原点ですね。
 もっと渋く暖かい発言が流れている。あとは読者の方に探していただこう。こうした「内科医と精神科医のクロストーク」という試みは面白い。海に沈めたイカダのように,上げてくるといろんな収穫物が網み目に集まっている。
 浜田先生にかかると,患者さんというより医療そのものが患者さんとなって,先生の前の椅子に座っているように思えるのが不思議だ。
A5・頁232 定価(本体3,600円+税)医学書院


泌尿器科の内視鏡学入門に最適

泌尿器科内視鏡 Urological Endoscopy 秋元成太,三木 誠 編

《書 評》河邉香月(東大教授・泌尿器科学)

 このたび上梓された『泌尿器科内視鏡』を拝読する機会を得た。書評を書くため通読しているうちに,目からうろこが落ちたような気がした。泌尿器科において内視鏡がいかに大切か今さら多言を要しない。そもそも光学系を用いた内視鏡の嚆矢はNitzeの膀胱鏡であり,TURやTUCでみるように,内視鏡を用いて手術をすることもまた,泌尿器科が他科に先がけていたのである。また1980年代より始まったESWLは泌尿器科の手術を一変させてしまったように思われる。いまでも腹腔鏡手術や本書に解説されている新しい内視鏡機械や技術は,現在の泌尿器科手術の多くを駆遂しそうな勢いである。

解剖学から機械の構造性能まで

 泌尿器科は尿路内腔に限定する疾患が多いこともあって,内腔を通して病気を「視る」ことでその診断能力は格段に上がる。ほぼ泌尿器科疾患の半分は「診る」より「視る」で診断がつくように思える。ちょうどこの本を読んでいるとき,この本の編者の1人でもある秋元教授を会長に第10回日本Endourology & ESWL学会(1996年12月13,14日)が開かれたが,出席して演題を拝聴すると,それはまるでミニ泌尿器科学会総会であり,全領域をカバーしているように見える。それほど普及しているとはいえ,この新技術も機械の構造性能をよく理解した上でないと使いこなせないことはいうまでもない。また,系統解剖学と外科解剖学が微妙に異なるように,内視鏡を使うための(特に腹腔鏡の)解剖学は自ずと外科解剖学とも異なるわけで,そんなところへの気配りが大変すばらしい。
 内視鏡技術をマスターするには長い厳しいトレーニングを要するが,幸いに腹腔鏡手術はもちろん,TURPもモニターが発達し,昔のように術者(先生)の背中からテクニックを盗み取るのではなく,いま何をやっているかを誰もが見えるようになった。この点では開放手術よりも理解しやすくなっているのである。したがって初心者も,本書のようなガイドブックさえあれば,簡単な手ほどきでこの世界に入門することができる。しかし,むろんそれだけではスペシャリストになれるわけはないが,そんな過信に陥るほど本書はよくできている。

内視鏡学は必須の知識

 さらに内視鏡操作に少し慣れた人でも,絶えず進歩していくハイテクに追いつくのは容易ではない。私にとってESWLが初めて導入された頃のとまどいは記憶に新しい。古いタイプの泌尿器科医の中には,新しい機械が次々に紹介されてきても,よくわからないし,若い人に訊くに訊けないといった状況にある人も少なくない。そんなとき本書をひもとくと,ひとかどの内視鏡通になり,エンジニアと意見の交換もできるだろう。
 どのような使い方をされるにせよ,内視鏡学は泌尿器科医にとって必須の知識であり,その利用は常識である。速やかにかつ苦しみを伴わずに一定のレベルまで達するための教科書として本書を推薦したい。
B5・頁320 定価(本体23,000円+税)医学書院


早期肝癌と銘打った世界初の病理学書

早期肝癌と類似病変の病理 神代正道 著

《書 評》岡本英三(兵庫医大教授・外科学)

 ここ10数年の間に,各種画像診断機器が急速に進歩・普及し,臨床的に発見される肝癌あるいはその類似病変のサイズはどんどん小さくなってきた。日本肝癌取り扱い規約では,最大径2cm以下の単発肝癌を細小肝癌と規定しているが,臨床の現場では1cm前後の微小な結節性病変も画像上診断可能の時代である。しかしそれらの生検や切除材料の病理組織学的診断となると,病理診断医の間でも意見が分かれることが往々にしてあり,臨床医を困惑させることも少なくないのが実情である。このような時期に本書『早期肝癌と類似病変の病理』が上梓されたことは誠に時宜を得たと言うべきであり,正に待望の書の出現とも言える。
 著者の神代正道教授は肝癌および門脈亢進症の病理学で一時代を築かれた中島敏郎名誉教授の高弟であり,病理学教室の後継者でもある。恩師のもとで培われた剖検材料による肝癌の病理学を土台として,神代教授は早くから外科切除材料を用いた生体の肝癌病理の必要性に着目され,特に胃癌や大腸癌と同列に論じられるような早期肝癌像の解明に精力的に取り組んで来られた。その卓越した研究成果と見識で肝臓学会,肝癌研究会などで常に指導的役割を担って来られた。本書はその集大成と言うべきものである。

現時点の早期肝癌の定義を打ち出す

 全編200頁余のうち3/4を早期肝癌の病理に,残り1/4を類似病変に割かれている。多数のカラー写真はマクロ,ミクロともすべて厳選されたものが用いられている。
 序において,著者は「早期肝癌の定義は未だ確立されたものがなく,また議論もあるので,本書では病理学的定義を離れ,単に臨床的に早期の段階にあるとの観点から早期肝癌という呼称をあえて用いた」とことわっているが,本文の中では現時点における早期肝癌の病理学的定義をはっきりと打ち出している。すなわち「細小肝癌のうち背景の肝構築を大きく破壊することなく,非膨張性に増殖している高分化癌は肉眼的には境界不明瞭であり,その多くは腫瘍径1.0~1.5cm前後で,現時点で臨床的にとらえうる最小の肝癌で,病理学的にもca. in situに相当する早期肝癌と考えて差し支えはない」との明確な見解を述べており,このコンセプトが全編を通じて一貫している。
 「細小肝癌,境界不明瞭型」が早期肝癌の病理形態的特徴を表しているというこの考えは,著者が早くから指摘されているところであり,肝癌取り扱い規約第3版(1992)に細小肝癌の亜分類としてすでに取り入れられている。本書を読めば著者の意図されるところが改めてよく理解できる。早期肝癌の基本をなすのは高分化型肝癌であり,その組織学的特徴については6項目に分けて特に詳細に記述されている。その上で早期肝癌の脱分化と増殖,血管構築の特徴,多中心性発生,さらに早期肝癌の背景病変といった純病理学的事項について論述を展開しているが,われわれ臨床医にもきわめて理解しやすい。

臨床との関連を詳細に

 また本書の大きい特徴は,臨床との関連を特に詳しく述べられている点で,これこそ生体の肝癌病理の真骨頂と言える。すなわち超音波誘導下肝生検診断の項では結局,高分化肝癌組織の認識が早期診断のポイントであるとの観点から,切除材料との対比に基づいて演繹的に解説されており,著者の長年の経験が余すところなく発揮されている。早期肝癌の病理形態と超音波像,早期肝癌のエタノール注入療法による形態変化の項は病理学書としてはユニークであり,臨床上貴重なものがある。
 早期肝癌の類似病変では日常臨床で遭遇する腫瘍性・非腫瘍性病変のほとんど全てを網羅して,かつ要点が簡潔に記述されている。特に最近,画像診断上注目されてきた結節性過形成病変については,かなりのスペースを割いて病理学的問題点についてわかりやすく解説されている。この領域は病理学者の間でもかなり意見の相違と混乱の少なくないところであり,概念の整理に役立つであろう。
 本書はまさに早期肝癌と銘打った成書としては日本はおろか世界的にも最初のものであり,単なる解説書ではなく,著者の生々しい主張を述べた点でもきわめてユニークな病理学書である。病理学者にとっても臨床家にとっても貴重な座右の書として推薦したい。
B5・頁238 定価(本体13,000円+税)医学書院