医学界新聞

座談会

これからの関節外科

関節疾患の原因と予防対策,治療

小林 晶
福岡整形外科病院理事長
 廣畑和志
 神戸大学名誉教授
 丹羽滋郎
 愛知医科大学教授・整形外科


 整形外科領域において,関節疾患の占める位置は今後ますます重要になると思われる。そこで本号では,昨年暮れに出版された『膝関節の外科』(医学書院)の編集に携わった廣畑和志氏を司会に迎え,この分野に造詣の深い小林氏,丹羽氏とともに,これから予想される関節疾患への対応や,整形外科医の役割と課題について語っていただいた。


外傷性関節疾患とスポーツ

high energy injuryとしての 多発外傷

廣畑(司会) 本日は,21世紀に向けた関節外科の予測,特に今後予想される関節疾患への対策を考えていきたいと思います。
 外傷性関節疾患の原因としては,今後はまずhigh energy injuryを考えていく必要があります。ポルシェやフェラーリを何台も持つ車好きの知人が,鈴鹿サーキットで走行中に事故を起こし,多発性骨折で関節が動かなくなった例がありました。このようなレース用の車やオートバイの事故,その他にスポーツも要因となり,外傷性の関節障害が増えると思うのですが。
丹羽 high energyの損傷は本当に増えてきていますね。私どもの大学では高度救命救急センターがありますが,ここに来る患者さんにはほとんど単純骨折はありません。肺,肝臓などの内臓障害があったり,それに骨折も1か所ではなく多発骨折や開放骨折の例がほとんどです。
廣畑 知人の場合も,股関節の脱臼骨折,膝の靱帯損傷と骨折,足関節の骨折と,3か所の関節を損傷していたのです。
小林 私の病院のような2次救急施設ではhigh energy injuryは直接は来ませんが,関節障害を伴う損傷は後を絶ちません。
 関節内骨折と骨幹部骨折とは違うのだという話をよくしておかないと,患者さんが誤解されますね。関節の意味を理解せずに骨がつけばよいという考え方だと大きな誤解があるんです。関節の機能や,今後どう治療していくかをよく理解してもらうことが大切だと主治医に力説しています。
丹羽 本当にそうですね。そういう意味での医師の教育が必要なことを痛感します。患者さんは,骨折なら全部同じで一定期間たてば歩けるようになると思ってしまう。実際には完全に回復できない難しいケースもありますから,そういう教育も必要です。
小林 関節の骨折については整形外科医が関節の機能を考えながら治療するからこそ,一般外科と違った機能外科の考え方ができるのだと思います。患者さんの機能回復のためには,それが基本的な考え方でしょう。まだ内臓外科の開業医の方が骨折を扱っている例がありますが,さすがに最近は関節内骨折だけは私たちのところに搬送されてくるようになりました。これは機能的に治療してきた整形外科の役割が認識されてきたことの表れだと思います。

スポーツ障害の治療・指導センター 設立を考える時

廣畑 サッカー選手は膝の外傷が多いでしょう。これからアメリカンフットボールなども盛んになるとすれば,下肢の足関節,膝関節の外傷は増える一方でしょうね。
丹羽 アメフトの選手やラグビーの選手は,首の短い人はフォワードになれるが長い人はなれないとか,体型で外傷を予想してポジションや種目を決めているようです。また女子バスケット選手は前十字靱帯が切れる人が多いなど,スポーツによる障害の発生が多くなるにしたがって,種目による体格・体型・筋力と障害との関係は整理されてくるでしょう。
小林 スポーツの問題で期待したいのは,整形外科を中心としたきめ細かな指導ですね。日常の診療で痛切に思うのですが,患者さんを治療して,アドバイスをしながら付き合っていかれるような,適切な施設が日本は少ないですね。きめ細かいトレーニングやリハビリテーションのアドバイスを十分受けられ,選手が安心して通えるセンターがほしいと思います。
 患者さんが遠いところから来て,さて地元にお返しするという場合に非常に困るケースが最近は多くなりました。都市の周辺に私たちが安心してお願いできる適切な施設があればと痛感しています。特に関節外科についてトレーニングを受けた整形外科医が増えることが望ましいと思います。

重要なファクターは筋力とその強化

廣畑 そういう関節損傷の予防につながる一番大事なファクターは,やはり筋力だと思います。野球でも長いこと休んでいて再び始めるときは,キャンプで筋力トレーニングをして関節の安定性,支持性をつける。もちろん動的な能力も大事ですが,外傷の予防につながるからあのようなトレーニングをするのだと思うんです。ですから筋力の評価が非常に大事ですね。そこが一般外科と違うところだと思います。
丹羽 関節や筋肉の障害に対して,どういう筋力トレーニングをしたらよいかがまだはっきりとは確立されていないように思います。暗中模索の部分がかなりあります。ただ筋力をつける訓練をしても効果は上がらないと思います。
 例えば,シーズン中非常に活躍したプロ野球のピッチャーが,シーズンオフになってトレーナーに「筋力トレーニングをしろ」と言われ,とても熱心に筋力トレーニングをしました。そして次のシーズンには新聞記事に「ヘラクレスのような-」と表現されるほど筋肉をつけた。でもそんな筋肉は必要ないのであって,案の定,そのシーズンは球のスピードがまったく落ちてしまった。スポーツは種目に応じた筋力強化が非常に大事で,どういう形に結びつけるかが難しいです。
廣畑 まだまだ指導方針が確立されていないようですね。
丹羽 そういう意味でもスポーツ選手の健康管理センターは必要ですね。

疾病構造の変化と基礎医学との連携

感染症と関節疾患

廣畑 さて,これからはわれわれの若いころは予想されなかったような疾患が台頭してくると思います。
 まず高齢化に伴って疾病構造が変わってきました。それ以外に,感染症も変化しています。最近では結核性関節炎もちらほら出てきたという話があります。エイズの症候性の関節炎も出ていますね。確かに感染症を含めて疾病構造が変わってきました。
小林 おっしゃるとおり感染症は,現在でも知らない病気があるという感じを持ちますね。何を調べても出ていないという。それはまだ私たちが検索手段を持たないということで,想像もつかないような病気が感染性関節炎にはあり得ます。
 例えばライム病による関節炎にしても,私たちは初めて聞いたとき,「えっそれは何だ?」と非常に奇異な感じがしたのですが,日本にもやはりありました。嫌気性菌やウイルスなどが簡単に検索できる施設がある中で,どのように治療していくかが,これから先の大きな課題だと思います。
丹羽 私たちは今まで習ってきた既存の疾患だけを頭に置いて治療しがちですが,知らない病気もあるということですね。

基礎と臨床のチームプレーを

廣畑 整形外科医が興味を持ちながら内科などの医師とともに原因を追究するという場面が案外少ないんですね。若い整形外科医は早く一人前に手術ができるようにということばかりで。
小林 そういう意味では,基礎医学との協力がほしいですね。例えば,私たちが試験切片を作って,これを培養して起炎菌を見つけられないかと相談すると,「普通の細菌は検査センターで調べられるが,そこでできないような嫌気性菌やウイルスを調べてみよう」と言って調べてくれるというように,気軽に共同で追求できる機関がほしいと思います。基礎医学と臨床医学の協力がなかなかないところに日本の隘路があるような感じがします。
丹羽 整形外科の病理部門や血液部門,工学部門などのチームアプローチがないと,これからの関節疾患の解明につなげるのは難しいですね。日本にはありませんが,外国では古くから必ず医師と他分野の専門家がペアになっています。そのためには,大学には必ず整形外科の病理や生体工学の部門があるというような形にしないと,対応ができませんね。

関節疾患の診断を見直そう

小林 組織標本の染色も,私たちがこうやりたいと思っても,検査センターはそれに合致した染色をなかなかしてくれません。最先端の施設にお願いして新しい染色法を使えば何か出てきそうな感じがしても,うまく連携がとれませんね。特に運動器疾患については病理の先生も熱心でないような印象を持っています。
丹羽 整形外科では,骨軟部腫瘍でかなりの専門知識を持つ病理学者が何人かおられて,病理標本を送るとそこで検討して返してくれるシステムがあります。新しい病気に対応するには,関節でもそういうシステムが絶対に必要ですね。全国に数人でもよいから。
廣畑 案外身近にあっても見逃している疾患がたくさんあると思います。
小林 非常に恐ろしいですね。
丹羽 関節疾患の診断をもう少し見直す必要がありますね。従来は関節の訴えを持つ患者さんはそれほど多くなかったのですが,最近では関節の訴えを持ってお見えになる患者さんが多いです。
小林 多いですね。
丹羽 ことに膝が多いです。それを,年をとっているから変形性膝関節症としていますが,その中にはきっといろいろなものがあると思います。これを診断する手段をもっと開発していく必要があります。

食生活の影響

廣畑 もう1つ,糖尿病患者が何百万人にもなっていますが,糖尿病の患者さんに関節の異常が起こってもそれ以上の追究はしないでしょう。なぜ糖尿病で関節症が起こってくるかということも,整形外科医はあまり研究したがりません。
小林 この関節症の原因は,生活様式の変化とともに,食生活だと思います。一番大きな問題は肥満です。他にも肥満に基づくいろいろな障害が多くなってきているのではないでしょうか。
廣畑 それとアルコール飲料ですね。最近の大腿骨頭壊死などはそうでしょう。
小林 そういう食生活の変化も,これから先の疾患の変遷に大きな影響を与えるという気がします。
丹羽 従来は,骨折で入院してきた患者さんの食生活について考えなかったのですが,現在では年齢や基礎疾患,生活様式を見直す必要があると思います。骨折の治療の前にまずそちらを調べる必要があるのではないかと考えるようになりました。
 どうしても骨折や変形性関節症だけに目が行ってしまうんですね。治療は手術だけではないのに。
廣畑 全体のケアが大切ですね。
丹羽 整形外科医はこのことを頭に置くことが必須になってきています。
廣畑 これからは実地医家の再教育を含めて,病因や病態などについても十分に考えなければいけないと思います。

慢性関節リウマチへの対応

小林 関節疾患の代表である慢性関節リウマチ(RA)についても,その悲惨な姿を見ては,これをある程度予知して防ぐ方法があればという夢を描いています。HLA-DR4,あるいはDRw53が増加しているらしいという因果関係はわかってきていますし,今後そういう根本的な部分への遺伝子的なアプローチができれば,ある程度発症率は軽減できると思います。あるいは非常に軽い形で発症してマイルドな形で落ち着くようになれば,すばらしいことだと考えます。
廣畑 先生のおっしゃる方向に進んでいるようですね。癌と同じように,遺伝子の面からアプローチされているのが最近の傾向です。一卵性双生児の両者にRAの発生する率が高いというあたりからスタートして,遺伝子の傷害が言われてきています。
小林 次世紀にはある程度まで進むでしょうね。

透析患者に合併する関節疾患

小林 疾患の変遷の中には透析患者の問題がありますね。1000人に1人は透析を受けているというびっくりするような数です。そして文献を読めば読むほど,整形外科的な関節疾患がかなり合併していることがわかります。整形外科が関与すべき位置は非常に大きなものを占めると思います。
廣畑 そういう病因や病態の知見が新しく出ても関心を持たない人がいますが,整形外科医の発想の転換が必要なのです。
丹羽 私の大学の腎臓内科の若い先生方が,肩のアミロイドーシスの症例を多く集めています。私はちょうどその論文の審査にあたっていたのですが,そんなに頻度が高いのかと驚きました。
小林 もう怖いくらいです。私の病院の近くに透析専門の病院があって,よく行くのですが,非常に多くの打ち抜き像(punched out areas)が骨にあります。膝関節でも関節周辺に,石灰化はもちろんですが打ち抜き像がたくさん出ています。あれはアミロイドの沈着だと思いますが,一大問題だと思います。
丹羽 案外まだ整形外科に来ませんね。
小林 そうなんです。
丹羽 アミロイドーシスは,整形外科の教科書に書かれていなくてはいけない。認定医試験の写真に出てきてもよいくらいですね。
小林 逆に整形外科の関与で,こういう灌流液を使えば少なくなるのではないかといったアドバイスもできると思います。
丹羽 確かに,内科の先生のお話をうかがっていても,現象的に非常に多いというところまでで,それに対する予防対策という考え方はまだないようです。

靴による関節障害

丹羽 私の施設では一昨年の4月から足と靴の外来を始めました。1回4~5人ずつ月に2回診ているのですが,すごい患者数で,1年先の予約まで入っています。そんなになるとは思わずに始めたのです。
 いろいろ調べてみると,日本では足を悪くしないための靴がきちんとできていないのですね。靴外来の患者さんは,だいたい40歳を過ぎた女性の方が多く,20代から40代までの20年間に頑張って靴をはいてきた結果が,足の変形となって出てくるわけです。手術はしたくない,だけど痛みは何とかならないかと。
 今後は整形外科医が靴にもっと関心を持って,日本でも本格的に取り組む必要があります。整形外科医はすぐ外反母趾の手術となるのですが,外反母趾になる前にどうするかという点でも,もう少し突っ込んでよいのではないでしょうか。
小林 靴の歴史の浅さがあるのでしょうね。
廣畑 アメリカでは1965年に,整形外科医が「靴の規格はこうでなくてはだめだ」と出したら,靴業者からの反発があってなくなったという歴史もあるようです。
 しかしこれから整形外科医は靴による障害を問題視すべきでしょう。最近では小学生ぐらいからお母さんがおしゃれをさせて先細の靴を履かせるなど,どうもファッション性を重んじて靴に足を合わせるような傾向があるんですね。
丹羽 プロ野球選手のスパイクシューズを作るメーカーに相談を受けたのですが,既成概念が先行してもいけませんね。ある選手は2度内反,ある選手は3度外反というように,内外反の程度を測る器械があり,これに従って矯正靴を作っています。プロ野球選手の靴に内外反でウェッジをつけているわけですが,本当にそれがよいのか。私が「グラウンドで足に力を入れた時,2度や3度の靴の矯正は効果がないと思う。足が少し内反しているからよい球が投げられるのかもしれない。矯正したためによい球が投げられなくなることだってあるんじゃないか」と意見を述べたことがあります。
 足と靴,スポーツと靴の関係の研究はこれからでしょうね。

人工関節,軟骨移植など

カスタムメイドの人工関節が広がる

廣畑 ところで,これから人工関節はどのような方向に行くと思われますか。
丹羽 なかなか予測できないのですが,今はできるだけ耐用年数の長いものに研究の焦点が置かれています。挿入した人工関節が動かずきちんと固着されているかとか。
 人工関節ができてから20年近くになりますが,人工関節と骨とのインターフェイスをどうするかがまだ解決されていません。そのあたりはこれから10年もするとかなり変わってくるのではないでしょうか。
 私が1つ期待しているのは,カスタムメイドの人工関節がこれからどんどん広がるであろうということです。実際,イギリスでは,股関節に関してはX線CTを渡せば1週間でその患者さんの製品が手に入るようになっています。これならその人に合ったものが挿入できます。日本ではまだ人工関節に骨を合わせて入れているところがありますので。

長期間のコントロールスタディを

丹羽 ただ,本当に正確に合ったカスタムメイドかどうかは,挿入してから10~20年後の結果を待たなければわかりません。カスタムメイドの人工関節を挿入し,20年後に評価をするためには,今何をすべきかを考えることが必要です。
 また,薬と同じような考え方で,いわゆるコントロールスタディをすべきです。例えばある人工関節に関して,同じような技術を持った医師がチームを作り,インフォームド・コンセントをとって,プロトコールに従って手術をし,評価をし,定期的に観察しながら5~10年後の成績を出す。膝蓋骨を置換するかしないかという問題についても,アメリカではよくコントロールされた臨床研究を実際にやっています。
 今までは名人芸というか,腕のよい医師が手術をしてよい成績を出すという形でしたが,そろそろ薬剤の効果判定と同じような発想が必要だと思います。

日本人の生活様式に合わせて

廣畑 また,日本のメーカーが日本人に合った人工関節を作ることが課題だと思うのです。東南アジアや中国に行くと,「なぜ君たちはアメリカやヨーロッパの人工関節を輸入して無理に日本人に使っているんだ。日本の工業力をもって日本で作ったらどうだ」と言われます。
 輸入するのにはいろいろな理由があるかもしれませんが,問題は,海外のメーカーが,日本は文句なしに買ってくれるからとマイナーチェンジをすることです。タイプが変わったといっても機能的には大して変わっていないのにです。日本で企業として成り立つような,日本人に合った人工関節の開発をしないと,やがて他のアジア諸国に追い越されますよ。
小林 おっしゃるとおりだと思います。私は膝の人工関節の屈曲の問題が一番気になるのです。製法の工夫で,正座できるくらいの曲がりを考えてみたらどうかと言っても,欧米の人はその考え方に対して冷淡ですね。屈曲が120度いけば上等だと言う。
 どの人工関節も無痛という点では文句はないのですが,日本人,特に女性にとって屈曲の問題はばかにならない。礼儀作法に関係することが多いからです。少なくとも屈曲が130度程度あれば横座りができて,外出先のお宅でもあまり失礼な格好にならないと考えています。日本人向きの人工関節を考える場合,発想の転換が必要です。それには単なる模倣だけではだめですね。コンディラータイプが出現したあとの人工関節のデザインはパターンがどれも似ていて,このままでは進歩がありません。
丹羽 そのとおりです。実際に,日本を含めて東南アジアの人に合った人工膝関節を開発しようという動きがあり,私のところにも話が来ています。韓国,中国,台湾,シンガポール,香港と,まだきちんとしたプロジェクトまではいきませんが,そういう動きはあるのです。
廣畑 やはり生活様式に合った,人のための人工関節を作るように企業をバックアップするのが日本整形外科学会だと思います。現在のところ輸入品は患者にとって負担が相当大きいですね。
丹羽 よい製品ができれば,人工関節を使おうと希望する人も増えるでしょう。

骨軟骨,軟骨の移植のために

小林 人工関節だけでなく,若い人にとっては骨軟骨と軟骨の移殖でもう少し光明が見えてきてもよいように思います。基礎医学との連携がなければとても大きな仕事はできません。21世紀に向かってはこの研究を進歩させる必要があると思います。
丹羽 軟骨の移殖ができれば,こんなにすばらしいことはないですからね。
廣畑 それに関連しているかどうかわかりませんが,関節液を解析して成分がわかれば,人工関節液が可能です。以前から眼球の移殖の際には貯蔵液として人工関節液に近いものを作っています。軟骨移殖と同時に,それに付随する人工関節液も開発する必要があると思います。
 そういうものができれば,軟骨移殖でも,人工関節液の中に軟骨をひたしておいて必要なときに取り出して移殖することができます。
小林 それと接着剤の問題。強力でしかも組織液が浸透するような接着剤があれば,患者さんにとってこれほどの恩恵はありません。ことに神経,あるいは関節内の粉砕骨折に接着剤があると,早期に動かせて機能もよくなると思います。いくつかの接着剤が出現して,私たちも使っていますが,もう少し応用が幅広く,また確実なものが出現すれば,飛躍的に治療成績は向上していくと思います。
丹羽 私は少し生体材料にも関わっていますが,骨の接着剤は進んできています。例えば粉砕骨折のときに骨片をペースト状の接着剤に乗せるとか。もちろん金属で固定しておく必要はありますが。しかし軟骨や神経を接着させるのはまだまだこれからでしょうね。
小林 血管でもそれがあるとよいですね。
廣畑 血管,神経には必要ですね。現在はくっつけるのに異物を使っているわけですが,それよりも異物反応の少ない接着剤を開発すれば非常に便利です。
丹羽 関心が出てきているのは,靱帯を骨にどうやって接着させるかということです。先日歯科の先生が,歯根膜の骨へのアンカーの仕方の研究を発表していました。歯根膜のコラーゲンはターンオーバーが24時間ぐらいと非常に早いのですが抜けません。これはファイバーの構造に理由があって,同じようにまたコラーゲンが入り込むから抜けないのだという内容でした。膝靱帯もどういう形にアンカーされているか考える必要がありますね。

臨床のための基礎の進歩


丹羽 整形外科医はこのごろダイナミックな手術をしますね。非常にたくさん機械を置いて。しかし学生が「整形外科はダイナミックで華やかですね」と言うと,私は「手術をしなくても治るような技術も必要なんだよ」と言っているんです(笑)。基礎的な,軟骨なら軟骨の代謝や骨のリモデリングの研究がもっと進めば,手術をしなくなるかもしれません。
廣畑 整形外科基礎学術集会に久しぶりに出席したら,臨床問題もかなり取り上げられ討議されていました。
小林 よいことですね。
廣畑 これは年をとった人の責任でもあると思うんですが,「わしはわからんから」と言って若い人に任せてしまったらだめですね。臨床に造詣の深い人がテーマを出して,基礎学会との連携を重視する責任があります。やはり臨床のための基礎でなければ意味がないんです。
小林 繰り返しますが,そういう意味では日本は臨床と基礎の連携が非常に弱いと思います。

老化と関節年齢

丹羽 軟骨や骨の老化を防ぐような研究はありますか。老化の予防やメカニズムについて,筋肉など比較的取り組みやすいところは進んでいますが,軟骨や骨の老化をいかに防ぐかというのはありませんね。 廣畑 やはり代謝機構の研究が少ないためでしょうか。内分泌や栄養素の代謝機構の研究の問題になると思います。
丹羽 骨の老化や骨粗鬆症をいかに防ぐかには,運動と食事が重要と言われますが,軟骨の老化を防ぐのは何でしょうか。ヒアルロン酸が効くと言って注射をしていますが,例えば若い人と老人の関節液にどういう違いがあるのか,老化させないために何かあるのかという研究も必要ですね。
小林 関節軟骨の老化を防ぐ1つの方法は関節を常に動かしておくことでしょうね。関節は動くためにあるので,決して過重をかけろというのではなく,ある程度自然に動かしていることが老化や関節疾患を防ぐ基本のような気がします。
廣畑 骨細胞の寿命を書いた専門書がありますが,軟骨細胞がどれだけ生き長らえるかは書いていません。骨細胞の寿命は100年とありますからかなり長いもので,骨移殖が成功しやすい理由はその辺にあると思います。軟骨細胞の寿命は短くて,動かさないとすぐ変性してしまうのではないでしょうか。したがってこれからは暦年齢に加えてその人の関節年齢も評価すべきです。
丹羽 関節の年齢というのはユニークな発想ですね。
廣畑 関節の老化の基準がないと,どの程度の老化なのかわかりません。筋力と軟骨がそれだと思いますが。
小林 確かに関節は十人十色ですよ。
丹羽 暦年齢では絶対に決められませんね。
廣畑 だから関節については一元的に「老人」や「老人性」の定義はできないのです。

大規模な長期的研究が必要

丹羽 関節を動かすことが老化予防に重要だというお話には大賛成ですが,まだわからないこともありますね。
 アメリカのハーバード大では,心疾患について卒業生の長期フォローをして,疫学的な研究がなされています。関節でも,例えば医学生の膝のレントゲン写真を全部撮っておいて,それをずっとフォローするようにしてはどうでしょう。よく動き回る人とあまり動かない人では,どちらが軟骨が耐え得るかというように。
小林 ナチュラルヒストリーですね。
丹羽 そうすれば,30年なり40年のロングスパンの研究ができます。視点を変えたダイナミックな研究が必要です。公衆衛生では統計的な手法がかなり進んでいますから,うまくすればきれいに結果が出てくるかもしれません。いまはどうしても息の長い研究が少ないですからね。
廣畑 それと横断的な研究が少ない。
小林 スカンジナビア,特にスウェーデンのように,全国の医療機関がこぞって研究に協力するシステムができれば,大きな成果が得られると思います。スウェーデンでは,人工関節を入れた症例の名前その他はもちろん,機種まで詳細に登録されていますから,非常に大きなデータでものが言えます。これが進歩に貢献しているのですね。
丹羽 スウェーデンのデータを見ると,各種の人工関節についてきれいな結果が出ています。本当にすばらしい。日本でもできないわけはないと思います。膝関節については日本膝関節研究会でやるべきかもしれませんね。

関節は動くもの

廣畑 いろいろお話をいただいてきましたが,関節は動くものでなければだめだというのが私の持論です。手術をするにしても他の治療をするにしても,そのことを念頭に置いて対処すべきです。そのためには軟骨も大事ですが,動かしているのは筋肉です。筋肉がいかに重要で大きな役割を果たすかについては,どの関節も一緒だと思います。
 整形外科医は,関節は動かせなければならないという使命感を持って患者に接し,治療していく必要がありますし,それが一番大事なことだと思います。人工関節の開発でも,できるだけ動きやすい,正常関節に近いものを作っていくという考え方が必要でしょうね。
 本日はどうもありがとうございました。

(おわり)