医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(8)

利用度審査(1)

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 マネージド・ケアの本質は「金を出すから口も出させろ」ということにあるということは,第2回(第2203号)で触れた。今回は,保険会社がどのようにして口を出してくるかについて紹介したい。

マネージド・ケアの生命線

 利用度審査(utilization review)というのがその方法であるが,利用度審査はマネージド・ケアの生命線ともいわれ,管理医療の根幹を成している。マネージド・ケアの第一目的は医療コスト節減であり,過剰医療によって無制限に医療費が使われることを防ぐために,医師がコストのかさむ医療行為を行なう際には保険会社が事前にこれを審査するのが,利用度審査という制度である。
 コストのかさむ医療行為とは,入院,高額な検査(例えば核磁気共鳴検査),外科手術,専門医受診等であるが,これらについて医師は事前に保険会社に連絡し,その許可を得なければならない。
 利用度審査は,保険会社にとってはコスト抑制の生命線ともいえる制度であるが,医師にとっては大きなストレスの原因となっている。そして,良心的に患者を診る医師ほど,このストレスは大きいのである。毎回保険会社の許可を得るということ自体が事務的に煩雑なのだが,ときには医師のリクエストが保険会社から拒否されることがあり,患者のために最善の選択と信じて許可を申請したものが拒絶されれば,医師としてその心中は穏やかではない。
 審査する保険会社は,病名とリクエストの内容をコンピュータに照会し機械的に判断するのであるが,こんなことで患者のケアができるというのなら,それこそ医師は要らない。保険会社から「ノー」と言われて,おいそれと引き下がるわけにはいかないから,保険会社の審査担当者と電話で交渉することとなる。審査担当者は通常は保険会社に雇われた看護婦だが,運が悪ければ何ら医学的資格を有しない事務担当者である。

審査担当者との攻防

 以下,産婦人科医ジェフリー・M・サーストンの著書『思いやりが消えるとき(Death of Compassion)』から,このやりとりの実際を紹介する。
サ「ブルック・T・ジャクソンという患者のことですが,腹腔鏡下靭帯固定術について,一度は許可をいただいたのに,取り消されたのです」
「確かに一度は認められましたが,その後の審査で靭帯結紮術のような避妊手術は保険でカバーできないことがわかり,取り消しとなりました」
サ「靭帯結紮術でなくて,靭帯固定術なんですが」
「それは,ICD9623の8に対する治療ですか?」
サ「もし,その番号が性交不快症のことでしたら,その通りです」
「性交時の痛みは,医学的問題とはいえませんね」
サ「それは,見解の相違です。審査責任者と話をさせていただけませんか?」
「潤滑液は使われましたか? こちらのコンピュータでは粘膜の乾燥が一番多い原因だとしていますが」
サ「あなたと,細部にわたって議論するつもりはありませんので,どうぞ審査責任者と話をさせて下さい」
(その後も堂々巡りのやりとりが続いた末に,翌日,審査責任者が電話をかけてくる)
サ「この患者さんは強度の子宮後屈・後傾があり,これまで性生活というのは苦痛でしかなかったのです」
「これはICD9623の8ですか,9ですか?」
サ「昨日の方の話では9623の8ということでしたが」
「ちょっと待ってよ……。潤滑液は使われました?」
サ「この方が私の患者となってから3年,考えられることはすべてしてまいりました」
「それで,何をしたいって?」
サ「だから,靭帯固定術です」
「だから,何をしたいのかって,聞いているんです」
サ「この処置の医学的必要性を判断するのがあなたの役目でしょうに,この処置が何のことかわからないとおっしゃるんですか?」
「私は,55年間医者をやっているんだ。きっとあんたが生まれる前からな。口のきき方に気をつけてほしいね」
(サーストン医師は手術を具体的に説明する)
「その手術処置は保険会社のリストには載っていないですね。それに,性交不快症というのは生死のかかった問題とはいえないでしょう……。どうしてもこの手術が受けたいというのなら,患者さんの自費でやるしかありませんね。それではさようなら」

(この項続く)