医学界新聞

アメリカの医療現場

フィラデルフィア小児病院感染科の臨床研修体験から

長浜正彦(日本医科大学 5年)


 さる8月12日から2週間,ペンシルバニア大学(The University of Pennsylvania)の浅倉稔生教授の紹介のもとで,ペンシルバニア州にあるフィラデルフィア小児病院(The Children's Hospital of Philadelphia)の感染科(Infectious Disease)で臨床研修をさせていただき,アメリカの最先端の医療に触れることができたのでその一端を紹介したい。



フィラデルフィア小児病院の病棟

 まず,度胆を抜かれたのが病院の施設である。日本の感覚で言えばおそらく小児科だけで1000床(実際は300床と後で聞いてびっくり)はあるであろうと思える巨大な病棟は,病室も廊下も広くて清潔で,いわゆる病院の暗いイメージはまったくない。そしてコンピュータがどこにでもあり,いつでも患者の最新のデータを即座にチェックできる。 
 フェロードクターのポケットベルは5分おきに鳴り,電話もまた,どこにでもあるのですぐに対応できる。レントゲンやMRIなどの画像は,患者ごとに回転式のボードに貼ってあるので,いちいちシャーカステンに張り付けるまでもなく,機械のボタンを押せば目の前に出てくる。
 アメリカの病棟は約30床ずつに分けられ,そこにレジデント,学生,教授からなる医師団が24時間体制で30人の患者を診ている。病院にはその他に感染科,血液科など約20の専門科があり,その科の医師は自分の患者を診るだけでなく,病院全体の患者のコンサルテーションを行なっている。つまり,すべての患者は自分の主治医の他にも,病棟にいる医師団,専門医からなる医師団の3グループに診てもらっている仕組みになっている。
 私がローテーションに参加した感染科という部門は,病院の全ての患者の感染に関する診断と治療を指導する重要な役割を果たしている。この科の医師は常時,この病院に入院中の全患者の感染状況を把握している。例えば,医師が抗生物質を勝手に使うと耐性菌ができ,院内感染を起こす可能性がある。これを防ぐために,感染科は全入院患者の細菌の培養の結果と耐性菌の有無を把握しており,それに効く1番レベルの低い抗生物質のみを使用するように担当医に指示するのである。

舌を巻くほどの学生の医学レベル

 そういう事情もあって,アテンディングフェローからなる医師団は非常に忙しい。彼らと一緒に朝の9時から夕方の7時前まで,昼食の10分間以外は病院の各科を駆けずり回った。実際,その10分の昼食時間さえ作れなく,昼食抜きのときが2週間で2回ほどあった。
 最初の週はアテンディングのDr. Richard Gesserの下,フェローのDr. Krystine, Dr. Karyn Moshalと共に様々な患者を診ることとなった。他にペンシルバニア大4年生のMiriamとChristineの2人も同行したが,彼らの医学的レベルの高さには舌を巻いた。
 ところでアメリカの医学教育制度は日本とは異なり,医学部に入学する前に,少数の例外を除いて他の学部を卒業していなければならない。したがって全員が学士である。医学部は4年制であるが,プレメディカルに4年,メディカルに4年,レジデントに3~5年,フェローに3年と,一人前の医師になるまで日本とは比べものにならないほど叩き上げられるわけである。

検査データチェックに始まる慌ただしい1日

 私は毎朝午前9時の集合時間に1分たりとも遅れることなく,感染科のオフィスへ直行した。この巨大な病院で私が自力でたどり着くことができるのは,浅倉教授の部屋と感染科のオフィスだけなので,遅れれば置いていかれてしまい,煙に巻かれることになる。まずフェローのKrystineと一緒に患者の最新の検査データをコンピュータでチェックすることから慌ただしい1日が始まる。アメリカでは医療費が高いために,よほど重症でないかぎり長期入院はない。したがって入院患者は目まぐるしく変わっていくのでそれを毎朝チェックする。
 こうして午前中はコンピュータチェックの後,フェロードクターと2人で病院を回り,新顔の入院患者から馴染みの顔までひと通り診察する。また,前述の通り,どこにでもあるコンピュータで検査値に目を通し,その値をもって微生物科に顔を出す。そこで培地に関する情報を得て,患者の感染源を明らかにしていく。

うまくシステム化されているチーム医療

 アメリカの病院は,実に専門家同士のチームワークがうまくシステム化されており,感心させられる。例えば,呼吸器疾患で入院している患者に心雑音が聞こえれば,電話1本で循環器の医師が飛んでくる。あらゆる方面から専門家の意見を直接,しかも即座に聞くことのできるシステムが確立している。カンファレンスともなれば40~50人の医師が即座に集まって,自分の専門の立場から情報提供し,激論を交わす。そして教授もフェローもほぼ対等に意見する光景は圧巻だ。自分の専門外のことに関してはたとえ相手が1,2年目のフェローであってもしっかり耳を傾ける。裏を返せば,それほど専門家の知識が卓越しているのかもしれない。
 このようにして,各部門の患者をひと通り診察し,1時から教授クラスのアテンディングの先生が現れてミーティングをし,午前中に診た患者の話などの情報を交換する。それが終わると,次はアテンディングの先生を含む全員でもう一度回診をするが,その10分程前にカフェテリアに駆け込み昼食をとる。午後は,今度はアテンディングと一緒にもう一度病棟を回るが,フェローから午前中の報告がされる。

医師の風格を持つ学生

 学生も患者を受け持たされており,患者の容態を伝え,アテンディングとかなり内容の濃い議論を交わす。患者の両親に対する説明も,質問への受け答えも実に堂々としており,その姿は既に学生の域を脱している。1人の患者に対して,放射線科や微生物科の医師を交えて1時間以上話しあうことも珍しくなく,患者への説明もしっかりしたものだ。1人の患者に関わる医師の数も,割かれる時間も,日本に比べるとかなり充実したものだった。
 感染科を回って思ったのは,アメリカでは何かといえばすぐエイズであることだ。エイズ患者は易感染者が多く,マイコバクテリアやヘルペスが意外と多い。病室の入口には必ず洗面台があり,診察の前後で手を洗えるようになっている。隔離されている患者に対しては,入室前にマスクやグローブ,前掛けなどを着けるが,あまりに重症患者が相手の時は正直言って怖かった。

アメリカの医学教育システム

 学生のローテーションに加わってわかったのは,アメリカでは教育システムがしっかりしていることである。ドクターはどんなに自分が忙しくても学生を放っておくことはない。学生が持った患者に対して,単に診断や治療を導きだすだけでなく,それに付随した疾患や症例を,余すことなくアテンディングもフェローも全員が学ぼうという姿勢が感じられる。 
 実際,英語も上手でなく,臨床経験もないため,トンチンカンな質問をする私にも嫌な顔せず教えてくれた。そして,翌日には学生の受け持った患者に関連した最新のペーパーが,親切にも私の分までごっそりと渡され,疲れていてもすぐには寝られない夜が待っていた。
 今回アメリカの医療の現場に触れることによって,そのスケールの大きさ,学問への真摯な態度を垣間見た気がする。医師も人間である以上,職場,すなわち病院の働きやすさやハードの面での充実ぶりは,仕事への能率,完成度に大きく影響すると思う。そういった意味でアメリカの医師は,忙殺されながらも実に生き生きと働いていたように見受けられた。
 良いか悪いかは別として,学問的なレベルでもアメリカが世界の医学をリードしていることは事実である。それは,現在使われている最新の医療技術の多くがアメリカで生まれたことからも明らかであろう。アメリカの医師は1年に2か月ほど,前述のようにアテンディングとして働く他は,外来患者を診たり,研究に従事する時間を持ち,新しい医学をどんどん生み出している。世界共通語の英語をマスターして,アメリカの医学を学び,最新の医学論文も使ってトコトン討論し合うアメリカの医療現場で研修を再び受けたいと思った。
 最後に,今回の海外研修をアレンジしてくださり,適切な助言をいただいた浅倉稔生教授に心から感謝したい。