医学界新聞

第14回日本神経治療学会開催される

遺伝子異常はどう神経細胞に異常を及ぼすか



 さる6月19-20日,第14回日本神経治療学会が,下條貞友会長(聖マリアンナ医大難治研教授)のもと,パシフィコ横浜にて開催された。
 招請講演には,現在トピックスである神経成長因子をテーマに, Windebank氏(メイヨークリニック)による「Neurotrophic factorsの神経疾患治療への展望」が行なわれた。また,シンポジウムでは「末梢神経障害をめぐる治療の進歩」「遺伝子異常と治療への展望」「自律神経異常の病態と治療」がテーマに取り上げられた。特にこの中から現在最も話題を呼び,ここ数年,日本人研究者が世界的業績をあげている「遺伝子異常の病態と治療」(司会=新潟大教授 辻省次氏)を紹介する。

トリプレットリピート病の病態解明を

 このシンポジウムでは遺伝子変異として三塩基の過剰な延長を病因とする三塩基配列異常疾患,すなわちトリプレットリピート病を取り上げ,追加発言を含む5題が発表された。
 まず「Myotonic Dystrophy(筋緊張性ジストロフィー)の多臓器障害と遺伝子異常に関する検討」と題して長谷川節氏(慈恵医大)が登壇。この疾患の原因遺伝子はcAMP依存性プロテインキナーゼと共通部分が多く,CTG繰り返し数の増大異常をきたして発症に関与している。同時にプロテインキナーゼCを介する経路の異常が判明。長谷川氏は,この2経路に影響を与える細胞内情報伝達機構の障害が病因と考えられると報告した。また治療への展望として,本症に関与するプロテインキナーゼに直接作用する薬剤の開発,あるいはアンチジーン,アンチセンスセラピーの確立が望まれるとしながらも,現時点では,合併症の重症度を把握し,突然死の原因となる睡眠時無呼吸症候群などを引き起こさないような適切な患者管理が重要と述べた。
 この追加発言として,木下正信氏(埼玉医大総合臨床センター)が「Myotonic Dystrophyと遺伝子異常」をテーマに発表した。現在,本症の原因遺伝子がコードする蛋白キナーゼMt-PK(myotonin protein kinase)の構造が明らかにされ,各組織におけるメッセンジャーRNA発現に関する検討がなされている。木下氏は,今後,遺伝子治療が導入されるためには,(1)Mt-PKの機能の解明と,CTGリピートが非翻訳領域に存在することから,翻訳領域にどのような影響を及ぼしているか,(2)somatic instabilityのあり方と,CTGリピート数増大機序の解明など,越えなければならないハードルがあるとの見解を述べた。一方,CTGリピート数が世代を経るごとに縮小し臨床症状も軽減する家系があることから,その縮小機序が解明されれば治療への応用も期待できると報告した。

ポリグルタミン構造の異常延長が及ぼす影響

 続いて「伴性劣性球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の遺伝子異常と治療への展望」をテーマに,道勇学氏(名大教授)が登壇。アンドロゲン受容体遺伝子の異常,つまりグルタミンのコドンであるCAGの繰り返し配列の伸長がSBMAの病態を決定する重要な因子であることを示した。同氏らはCAGの異常延長,つまりポリグルタミン構造の異常延長がアンドロゲン受容体の転写活性に与える影響を検討し,本症におけるポリグルタミン構造の異常延長が,転写活性の第1段階であるDNAとの結合性に変異を与えている可能性を提示。また,本症の遺伝子治療の可能性について,異常アンドロゲン受容体遺伝子が存在しても,正常アンドロゲン受容体を共存させることで病態発現抑制や臨床症状改善の可能性が考えられると述べた。さらに同氏は「SBMAの遺伝子治療の鍵は,正常アンドロゲン受容体遺伝子の脊髄全角運動ニューロンへの選択的導入ではないか」と報告した。
 「ハンチントン病」の遺伝子異常と治療への展望については貫名信行氏(東大教授)が報告。ハンチンチン(ハンチントン病の遺伝子産物)がヒト微小管と結合することを証明し,さらにハンチンチンと結合する蛋白GAPDHが発見されたことから,微小管に結合したGAPDH-ハンチンチンが相互作用し,軸索輸送に影響を与えるのではとの見解を述べた。また,ポリグルタミン伸長を認識する抗体が発見され,ハンチントン病以外に他の小脳失調症の遺伝子産物も認識することを報告し,ポリグルタミンが新しく形成する構造部分を認識できる抗体が発見されれば,CAGリピート病治療の可能性は高まると述べた。

なぜ神経細胞が変性するのか

 最後に司会の辻氏が登壇し,「脊髄小脳変性症の分子機構と治療学への展望」と題して,特に歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)に焦点をあて報告した。トリプレットリピート病の解明されるべき問題点として,(1)なぜ減数分裂,体細胞分裂時に不安定性が生じるか,(2)トリプレットリピートが長くなるとなぜ神経細胞が変性し,各疾患に固有の分布を持って特定の神経細胞群が障害されるのか,の2点をあげた。DRPLAでは,ポリグルタミンをコードするCAGリピートの伸長がみられるが,この遺伝子産物の生理的機能についてはまったくヒントが得られていないのが現状。辻氏はDRPLA患者の8剖検例から,小脳における白質の大きさは正常と変わらないが皮質が小さいことが判明したとし,また高齢死亡患者の脳重が軽いことから,体細胞モザイクが広がることと全体的に脳が小さくなることの関係を述べた。また,DRPLAは病態機序の解明の段階で,治療に結びつけられるものはまだないとしながらも,治療に向け今後解明すべき点として,(1)DNAレベルでの異常(自身の細胞だけでなく,周囲の細胞を巻き込み障害を起こす,ポジションエフェクト),(2)ポリグルタミンを持つ蛋白に結合する蛋白など,蛋白レベルでの異常であるとした。この他,辻氏は,フロアからの質問で患者の加齢と疾患の関係を指摘されると,「本疾患の変成過程にエイジングのプロセスが非常に密接に関係しているのでは」と述べた。