医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

H. pyloriの疫学から遺伝子学的研究まで詳細に記述

Helicobacter pyloriと胃炎,胃癌 木村 健,榊 信廣 編集

《書 評》寺野 彰(獨協医大教授・内科学)

 生活様式の西欧化に伴い,やや減少傾向にあるとはいえ,胃癌はいまだに日本人の死因のうちトップクラスにある。その成因として萎縮性胃炎-腸上皮化性-胃癌というsequenceが推定されてはきたものの,その前提となる萎縮性胃炎の原因すら未だ明らかではない。

H. pylori発見による疾患研究の革命的転換

 ところが,1983年,オーストラリアのWarrenとMarshallにより,胃内に棲息するHelicobacter pylori(H. pylori)が発見され,消化性潰瘍,慢性胃炎との関連性が提案された結果,これら疾患の研究は革命的転換を遂げることになった。さらに1994年,WHOではH. pylori感染を胃癌のdefinite carcinogen(group 1)と判定し,H. pyloriと胃癌との関連を積極的に認定した。これらの世界的動向の中で,いまやわが国でもH. pyloriは消化性潰瘍のみならず,慢性胃炎,胃癌の原因であるとの認識が深まりつつある。
 しかしながら,このような結論に至るためにはまだまだ多くの克服すべき問題点が横たわっている。すなわち,H. pyloriの細菌学的特徴,胃炎,胃癌とH. pyloriとの疫学的因果関係,病理学的,遺伝子学的検討,そしてなによりもその発生メカニズムの研究など膨大な内容であり,巨大なジグソーバズルを前にした当惑に似たものを感じる。
 このようなときに,本書つまり『Helicobacter pyloriと胃炎,胃癌』が刊行された。まさに時機を得た出版であり,このような胃炎,胃癌とH. pylori感染との関連に関する混乱を少しでも整理しようとの編者らの苦心のあとが見受けられる。

胃炎,胃癌をめぐる極めて重要な資料

 本書はH. pyloriに関するわが国のトップクラスの著者により疫学から遺伝子学的研究まで詳細な記述がなされており,H. pyloriと胃炎,胃癌をめぐる極めて重要な資料である。編者らの意図は単にH. pyloriのみが胃炎,胃癌の原因であるというのではなく,これらの疾患の欧米特にWHOの見解に対する批判が読みとられ,非常に興味深いものとなっている。
 H. pylori感染と胃炎,胃癌はわが国で最も頻度の高い病態であるにもかかわらず,これらに関する現在までの研究はほとんどが欧米を中心にしたものであり,今後わが国独自の精力的な研究が要請されている。H. pyloriと胃炎,胃癌の関連に関する研究はまだ出発点に立ったばかりであり,今後どのような展開を遂げていくのか若手研究者の肩にかかっている。そのためにも本書はこれら研究者の入門書としても重要な位置を占めている。
 編者も述べているように「今日の推論は明日には書き換えられる運命にある」。われわれ消化器専門医としては,H. pyloriと胃炎,胃癌をめぐる研究の動向に常に鋭い触覚を働かせている必要がある。そしてわが国がH. pyloriに関する研究のリーダーシップをとり,胃癌後進国の汚名をできるだけ早く払拭したいものである。
(B5・頁236 税込定価11,845円 医学書院刊)


絶好の循環器病マニュアル

開業医のための循環器クリニック 五十嵐正男 著

《書 評》綾部隆夫(宮崎市・綾部医院)

 名著『不整脈の診かたと治療』により「聖路加の五十嵐」として名を知られた五十嵐正男先生が,このたび『開業医のための循環器クリニック』を上梓された。聖路加国際病院を退職された後,先生は1987年より湘南の地で循環器専門医として開業され,今日に至っておられる。本書は,先生の長年にわたる豊富な臨床のご経験をもとに,「自分1人で悪戦苦闘」し,「使える医療機器は限られ」た開業医師のための循環器病診療の手引きである。

一般内科医としての患者に対する責任のとり方

 本書は,「I 患者の評価」,「II 各種心疾患の診断と治療」「III 送り先病院の評価」の3つの大きな区分けがなされ,それぞれがさらに細かな項目から成り立っている。一読してまず感じたことは,著者のいつもの語り口で,明快かつ大変読みやすい記述がなされているという点である。一般内科医を対象とした書物であるという立場が,終始貫かれている。「病歴のポイント」では,日常遭遇することの多い病状について,鑑別診断が具体的に,わかりやすく解説されている。病歴を詳細に聞くことの重要さがよく理解できる。「各種心疾患の診断と治療」でも明快な記述に助けられて一気に読むことができる。「心不全」の項では,病態生理が臨床的な観点から簡潔明瞭に説明されている。治療法もあれこれ羅列することを避け,著者の臨床経験に基づいて最良と考えられる方法が,はっきりと述べられている。「虚血性心疾患」の項についても同様である。一般内科医としてどこまで検査,治療を行なうべきか,いたずらに患者をかかえ込むことがないように,患者に対する責任のあり方がきちんと示されている点が,とても新鮮に映る。どの時点で患者を専門医に送るべきか具体的に述べられている。そして,送り先の病院についても,どのような病院ならば安心できるのか,著者の考えがはっきり書かれている。病院の機能評価につながる大切なことである。

送り先病院の評価の6条件

 本書でユニークな発想は,「III 送り先病院の評価」であろう。著者は評価の基準として次の6条件を挙げ,それぞれについて考えを述べている。1)病院の全スタッフが,入院患者を人間として大切に,優しく取り扱ってくれるかどうか,2)病院の医療水準が一定レベルに達しているかどうか,3)緊急患者を原則としていつでも受け入れてくれるか,4)病院の建物・部屋が病人に安らぎを与えてくれるような雰囲気があるかどうか,5)退院時,あるいは病院外来通院の必要がなくなったとき,きちんと報告書を添え,患者を送った医師に返してくれるかどうか,6)検査は最低限必要なものだけをやり,不要なことは一切しないかどうか。日本の医療について著者の感じているじれったい思いが伝わってくる。
 病態生理についての明解な説明,具体的で示唆に富んだ診断・治療指針,そしてはっきりとした医療哲学を備えた本書は,開業医師にとってだけではなく,一般内科を取り扱うことのある勤務医師にとっても,絶好の循環器病マニュアルといえる。
(A5・頁194 税込定価3,708円 医学書院刊)


神経病理学における
Augenblicksdiagnoseの楽しみを満喫

神経病理学アトラス 岡崎春雄,今津 修 訳

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・神経内科)

視覚的記憶として脳裏に焼きつく図でなければアトラスでない

 形態学の醍醐味の1つは,Augenblicksdiagnoseであり,そのことを明快に教えてくれるものとして,アトラスが存在する。したがって,形態学のアトラスというものには,曖昧な図が掲載されていてはならない。一目見ただけでその形態が一生記憶に残るような,そんな図でなければアトラスの図とはならないし,またくどくどと言葉で説明しなければ理解できないような形態も,アトラスには不向きである。視覚的記憶として脳裏に焼き付くそんな印象的な形態それ自身が,言葉なくして自ずからが何者かをはっきりと示すようなもの,それが形態学のアトラスに要求される図である。
 今回,医学書院から出版された『神経病理学アトラス』は,すでに世に出されていた“Atlas of Neuropathology"(Okazaki, H & Scheithauer, B. W.)の,待ちに待たれた日本語訳である。日本語訳と言っても,原著者の岡崎春雄先生ご自身が,その下に学ばれた今津修先生と共同で訳出されたのであるから,単なる訳書といったものではなく,むしろ日本語による改訂版と言ったほうがよいであろう。

膨大なスライドから選ばれた図

 そして,このアトラスの最大の魅力は,そこに掲載された1,000枚を優に越える美しく鮮明な図が,まさに先に述べたような印象的で,かつ明快なものばかりであるという点にある。これだけの質の高い図をまとめるということは,並大抵の努力でできるものではない。おそらくこの数十倍の数にのぼる膨大なスライドコレクションの中から,長い時間をかけて丹念に選び出されたもののはずである。しかも,それらは全て,岡崎春雄先生という卓越した病理形態学者の,鍛えぬかれた単一のまなざしによって選ばれたものばかりなのである。おそらく,著者はこのアトラスを作成するために,多数のスライドを何度も何度も繰り返し見ながら,少しでも納得のいかない図は,どんどんと惜しげもなく捨て去っていかれたに違いない。そうでなくては,これだけ質の高い図ばかりを掲載することはできないと思う。
 これらの図は,(1)脳血管疾患,(2)感染性疾患,(3)腫瘍,(4)変性疾患,(5)脱髄性疾患,(6)中毒,代謝異常,(7)外傷性疾患,そして(8)周産期中枢神経障害と先天異常,の7章に整然と分類され,系統的に説明されている。また,所々に挿入された神経放射線画像や臨床像も,これらがいずれもが病理診断の確定したものばかりであるという点で,極めて貴重であり,病理形態学の理解を大いに助けてくれるものである。文章による説明も簡潔で解りやすい。

見て学ぶ楽しさを体験させてくれる本

 さて,このアトラスをどのように使うのがよいだろうか。もし,未だ神経病理学の勉強を十分に終えていない読者なら,始めから順をおってきちんと読むのがよいだろう。百聞は一見にしかず。たちどころに神経病理学が見えてくるはずである。また,もし神経病理学を既にある程度学んだ読者,あるいは神経病理学にいささかなりとも自信のある読者なら,どこでもよいから1ページをひろげ,そのページの図の1つひとつについて自分の診断を考えて見てほしい。そうしておいてから本文を読み,同じ図を見て語る著者の言葉を確かめれば,自らの神経病理学の実力を実感することができる。
 そして,このアトラスに接する全ての読者に,神経病理学におけるAugenblicksdiagnoseの楽しみを満喫してほしい。この本は,見て学ぶということの楽しさを,とことんまで体験させてくれる本である。
(B4変・頁336 税込定価28,840円 医学書院刊)


レジデントの汗が感じられる内容と構成

内科レジデントマニュアル(第4版) 聖路加国際病院内科レジデント 編

《書 評》青木 誠(国立東京第二病院・総合診療科)

 聖路加国際病院内科レジデント編集の内科レジデントマニュアル第4版が刊行された。
 このマニュアルは,新しく入ってくる後輩レジデントが,夜間の救急の場で,有効かつ安全な初期対応ができるように,先輩たちが自身の経験や失敗を基に,数多くの勉強会で討議し,内科スタッフの指導の下に推敲を重ねてできたことが,序文の中で述べられている。問題点の取り上げ方はレジデントの視点ではあるが,多くの医学情報の裏づけと指導医の適切な助言が背景に控え,聖路加国際病院の治療方針ともいえるものであろう。

絞り込まれた31の愁訴・疾患

 内容はポケット・サイズを重視したとのことで,31の愁訴や疾患に絞り込まれているが,初期対応が適切であるか否かが予後に極めて大きな影響を与えるものが,大半を占めている。各項目の始めには,頭の中に既にある情報を呼び出すのに役立つキーワードともいえる事柄や,取り組みかたの大筋が書かれてある。発症状況や身体所見が臨床決断に大きなウエイトを占める救急の場での,それらのとり方,状態の変化に対応した処置をしながら可能な検査を行なって鑑別診断を進めていく手順,さらに,例えば動脈血ガスを検査する間隔など,頭に加えて直接に手足を動かして診療に当たるレジデントの汗が感じられる内容と構成になっている項が多い。
 研修医の困ることの1つに,どの薬剤を,どれだけ,どのように投与するかということがあるが,この点については患者に害を与えない原則が強調されている。また1アンプルに含まれる薬剤量,アンプルによって含まれる薬剤量が異なる薬品,配合禁忌,投与薬品の溶解法と病状の変化に合わせた点滴スピードや病態による投与量の調整などが先輩からの注意として懇切丁寧に記載されている。第一選択の薬剤が無効の場合矢,投与した薬剤によって思わぬ副作用が現れて慌てたなどの経験のある人が少なくないのではないか思われるが,その対策まで記載されている項もある。

臨場感があり通読できるマニュアル

 第4版では病棟からのコールで多い発熱,敗血症に加え,夜間譫妄の項目が加えられているが,入院患者数に高齢者の占める割合が増加している現状に即した選択といえる。
 その他8項目の診療中の事故と対策,薬剤投与量の算定に必要な各種の表などが記載されているが,どれもが研修医の臨床の中から浮かび上がった問題点を取り上げている。
 記載されている救急対応の理解に必要な病態生理学的事項や各種の診断基準が,57項目のサイドメモで解説されている。何故にこのような処置がとの疑問に答えるものとなっているし,また診断基準やテクニカルタームに馴染みのない研修医が先輩たちのディスカッションに入っていくための助けになると思われる。
 ハウツー物は,一般に平面的な内容になりがちであるが,これは読んでいて,あたかも自分がシミュレーションの救急外来をやっているような臨場感があり,通読もできるマニュアルである。
(B6変・頁360 税込定価3,296円 医学書院刊)