医学界新聞

第100回日本眼科学会記念特集号

(5月15-19日/国立京都国際会館)

巻頭インタビュー 増田寛次郎会長(東京大学教授・眼科学)にきく


100周年迎えて“温故知新”を

 きたる5月15-19日の5日間にわたり,京都市の国立京都国際会館で開催される第100回日本眼科学会 総会では,100年の歴史を振り返って先達の果たした独創的な偉業を学び,それをステップとして21世紀 への新しい進歩を考えるということがテーマとなっています。つまり“温故知新”ということになるでしょ うか。
 第1回国際眼科シンポジウムをはじめとする別記のプログラム(4面に掲載)の他,眼科学の歴史を系 統立てて一堂に集めた記念展示と,曾野綾子さん,林文彦先生による講演会を一般公開の形で行ないます。 学会は従来,ともすれば専門家だけの集まりでしたが,今回の学会は一般に広く開かれたものとしたいと 考えて企画しました。
 それと特筆すべきは三島済一先生の大変なご協力による日本眼科学会100年史の編纂です。おそらく これが近代眼科の集大成を作る最後のチャンスではないかと思っております。年表を含めて全6巻,約 2200ページといった大規模なものとなる予定です。

日本近代眼科学の黎明と日本眼科学会の創立

 一口に日本眼科学史と言ってもこれは非常に古くて,漢方の時代も含めますと,それこそ戦国時代か らさらにその先までたどっていくことになってしまいます。
 ですから近代の眼科学ということで考えると,やはり明治になって漢方医学から西洋医学へ変わって からということになるでしょう。東京大学医学部外科教室勤務から眼科学研究のためにヨーロッパに派遣 されていた河本重次郎先生が1889(明治22)年に帰国し,同年10月に初代医学部眼科学教授主任として赴 任したことで,日本の近代眼科がはっきりとした形となって興ってきたと考えてよいと思います。
 日本眼科学会は1897(明治30)年に,前年ドイツ留学から帰国した須田卓爾先生が,ドイツのハイデ ルベルグ学会のような眼科学の学会を日本にも作り,年1回の学術集会の開催と論文発表の雑誌を作ろう ということを,大西克知先生,川上元治郎先生に提案したことから発足しました。それで第1回日本眼科 学会が,河本先生を会頭に,同年の2月27日から3月2日まで,東京・日本橋坂本町の東京医会本部で開催 されました。また最初の『日本眼科学会雑誌』は同じ年の4月に発行されています。
 それから戦前はヨーロッパ,特にドイツを中心とした眼科学を学び,第2次世界大戦後はアメリカに 学びました。現在もアメリカに学ぶ時代が続いてはいますが,わが国独自の研究はますます盛んとなり, 先端技術の進歩・普及も著しく,東南アジアからのたくさんの留学生を迎えるようになりました。
 また,1908年,9か月にわたるヨーロッパ視察旅行から帰国した河本先生が,わが国の方が優れてい る面もあると考えられて,当時の日本の治療技術のいくつかを諸外国にも知らせようとしたように,日本 の近代眼科学の初期の段階から先達の独創的な仕事がたくさん発表されています。世界的に見ても今の眼 科学の教科書の中に日本人の名前がたくさん残っています。現在でも優れた人たちが外国に出ていって発 表をしており,非常に高い評価を受けています。診療・治療面でももちろん世界のトップレベルを維持し ております。

わが国にも「眼研究センター」を

 しかし,基礎研究に関しては,研究のシステムが諸外国とわが国では異なります。諸外国にはほとん どの場合,眼研究所という組織ができており,基礎の研究者と臨床の医師が共同で研究を行なっています。 しかしわが国ではそのような組織がなく,眼科の医師が診療を終えた後に研究を始めるという状況ですの で,どうしても時間的,物理的制約から,眼科学における基礎研究の面では遅れているのではないかと思 います。
 ですから諸外国のように,眼科基礎研究医や臨床医とともに理学部や精密工学部などを卒業した専門 家も入った,研究臨床専門職を総括する眼科の総合研究所を近い将来,ぜひわが国にも作りたいと思って います。アメリカ,ヨーロッパのみならず,シンガポール,香港といったところでも既にそういった組織 でもって研究を行なっているのに,わが国は,最近ようやくそのような動きが出てきたかという段階です。 やはり基礎研究は研究者をしっかり組織の中に組み込んで,その人たちが落ちついて研究に打ち込めるよ うな環境づくりをやらなくてはなりません。現状では,眼科学教室に理学部出身で眼に興味のある研究者 に来てもらっても,その人が将来,教室の教授の地位につくということはありません。そういったことで はせっかくの優秀な人材が確保できないと思います。

高齢化社会における眼科学の課題

 そもそも眼科学というのは,視機能をいかに健全に保つか,あるいは損なった視機能をいかに元に戻 すかということを目的としていますが,これは今後さらなる高齢化社会を迎えるにあたって,高齢者の QOLを高く保つには視覚というのは最も大切な感覚であります。高齢となってもQOLをどうやって健全に 保ちつづけるかということがこれからの大きな課題です。
 疾病構造を見ても,かつてはトラホームをはじめとする感染症が主体だったのが,現在では加齢によ る眼球内の変性疾患が中心となってきています。加齢による疾患をいかに予防するか,また疾患によって 視機能が障害された場合には,どのように機能を回復させるかがこれからの,眼科学のテーマになってき ています。
 一方では技術革新が眼科にも取り入れられ,手術に関してもめざましい進歩がありました。例えば白 内障手術ひとつとってみても,3mmぐらいの小切開から混濁水晶体を吸引,除去し,水晶体のあった元の 場所に折りたたみ人工レンズを挿入することが可能になり,普及しています。すべての眼科の手術が顕微 鏡下で行なわれるようになりましたので,このように非常に精密・精巧な手術が可能になっています。
 新しい分野として,分子生物学や分子遺伝学の進歩によって,眼科の疾患もほとんどが遺伝と結びつ いた解明がされてきています。将来は遺伝子診断を行なうことによって疾病の予防につながりますし,さ らには治療まで行なわれるのではと予想されます。

日本眼科学会の総力をあげて開催される第100回大会

 21世紀が「脳の時代」と言われていますが,眼というのはいわば脳の一部の出店のようなものである とわれわれは理解しています。ですから脳の研究の進展とともに眼科学にも新しい研究分野が次々と拓か れることが予想されます。
 また,国際化ということが眼科の分野でもこれからどんどん広がるでしょう。特に失明予防という点 では,世界的な視野から積極的に私たちの持つ技術を役立てるように取り組まなくてはならないと考えて います。
 今回の第100回日本眼科学会は,日本眼科学会をあげての開催であり,プログラムや式典,祝宴など に日本眼科学会の理事,評議員のすべての方々が何らかの形で参加することを最後に申し上げ,1人でも 多くの先生がたのご参加を心よりお待ちしております。