BRAIN and NERVE Vol.73 No.11
2021年 11月号

ISSN 1881-6096
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 書評
  • 収録内容

開く

特集「『目』の神経学」を拝読して
書評者:中馬 秀樹(宮崎大准教授・眼科学)

 われわれは,外界からの情報を手に入れる手段(おそらく最も有効な)の一つとして,視覚を用いている。眼科医はその視覚の異常を扱う職業である。その中で,視力低下,視野欠損など,眼球から網膜,視神経を経て後頭葉視皮質に至る,いわゆる視覚路の病変を診断,治療管理することには長けている。しかし,本特集で扱われているのは,視覚路以外の視覚外路とでもいうべきものの生理作用である。ブルーライトやバイオレットライトに反応し,概日リズムや眼軸長の伸長,うつ病など精神状態にまで影響を及ぼす作用が網膜神経節細胞(以下,RGC)から生じることが,基礎研究から臨床に至るまで紹介されている。眼には視覚情報を大脳に伝える以外にも多くの生理的役割があり,その広大さには驚かされる。眼は心の窓ともいわれるが,まさにその通りで,外界からの視覚情報の中に,形態覚や色覚のみでなく,ひとの心象に影響を与える非視覚性の情報を“みている”といえよう。

 逆に眼は,脳の構造変化ではとらえにくい,神経変性疾患のアルツハイマー病や,パーキンソン病の早期発症の手掛かりになるかもしれない研究も進められているようである。RGCとその軸索である網膜神経線維は,中枢神経の一つであり,唯一肉眼で観察できる中枢神経である。RGCには大型のM型と小型のP型があることが知られており,アルツハイマー病では緑内障と同様にM型の経路が障害されやすいのではないかといわれていた。最新の網膜解析装置,OCTやOCTAを用いて,神経変性疾患の早期診断に挑戦している研究も紹介されており,その可能性の高さも考慮すると大変興味深い。眼は神経変性病変の窓といわれる日が来るかもしれない。

 また,われわれは,適切に涙が分泌されないと,ものをはっきりと見ることができないばかりか,羞明,異物感,疼痛,眼精疲労,不快感など,さまざまな困った愁訴に悩まされる。その涙の分泌の機序が,上唾液核などに言及して神経解剖学的に解説されている。その複雑さにあらためて驚くとともに,ドライアイと間違われる眼瞼痙攣や片頭痛,visual snow症候群などで生じる羞明,不快感のメカニズムが次第に判明してくるにつれ,その根底は,メラノプシン含有RGCから視床下部-上唾液核に至る経路にあり,全く関係のなさそうなドライアイとそれらの疾患の愁訴が結びついてくることは神秘的でさえある。

 二次元のテレビの画面でも,動き出せば途端に三次元に見えてくる。このように動きと立体視は密接な関係にある。これらは,先ほど述べたRGCのM型の経路に関連しているといわれている。本誌では,こうした三次元世界を作り出す脳の領域について,その研究内容と最新の結果,知見が述べられており,両眼視差と運動視差が統合されている領域が見事にあらわれている。また,運動残効という現象も,研究などを通してその状態や生ずる機序について述べられており,大変興味深かった。脳機能解剖部位としては,動きと立体視に関連するMT野が最も考えられるとされているらしい。実際は止まっているものが“動いて見える”のがポイントである。神経眼科では,MT野は,感覚と運動の橋渡しをする場所として認識されている。教育上,なかなか学生や研修医には理解しにくい概念であるが,このような生理現象を体験させることで,その部位が動きの“感覚”に関与していることを実感すると理解しやすいかもしれない。

 それに続く錯視のメカニズムのあと,最後に陽性視覚症状,幻視についてそのさまざまな原因,疾患とその特徴,病因が述べられている。このような視覚の不思議,多彩さ,眼から脳,脳から眼への視覚情報伝達,脳の視覚情報処理の多彩さを前もって知らされれば,このような不思議な陽性視覚症状が現れても何ら不思議でない感覚になり,すっと内容に入り込むことができる。よく考えられた構成で,大変刺激され,勉強になった。

開く

医書.jpにて、収録内容の記事単位で購入することも可能です。
価格については医書.jpをご覧ください。

目の働きはものを「見る」だけではない
坪田一男,他

概日リズムを位相制御する光受容体
小島大輔,深田吉孝

光による非侵襲的脳機能制御――バイオレットライトとOPN5の新機能
早野元詞,坪田一男

眼は「脳」の窓となり得るか?――認知症バイオマーカーとしての網膜イメージング
佐々木真理子

涙液分泌に関わる神経回路
中村 滋

奥行きを感じる脳のしくみ――両目はなぜ揃う?
光藤宏行

三次元視覚世界を創る脳の領域
番 浩志

錯視を生じる脳のしくみ――ゼブラフィッシュの運動残効から
久保 郁

錯視を生み出す視覚のメカニズム――目から脳へ
吉本早苗,竹内龍人

幻視症候群小辞典――幻視をきたすさまざまな病態
西尾慶之


■総説
ポリコーム群蛋白質を介した脳形成の地図をつくるメカニズム
山田夏実,椙下紘貴

安静時fMRIにおける動的機能結合の臨床応用
品川和志,他

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)における治療法の選択――免疫グロブリン療法を中心に
古賀道明,他


●現代神経科学の源流 第16回
ノーム・チョムスキー【Ⅳ】
福井直樹×酒井邦嘉

●脳神経内科領域における医学教育の展望――Post/withコロナ時代を見据えて 第3回
臨床教育アプローチを裏付ける教育理論
今福輪太郎,西城卓也

●臨床神経学プロムナード――60余年を顧みて 第9回
「若年性一側上肢筋萎縮症〔後の平山病〕」の英文原著論文をめぐる三様の評価
平山惠造

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。