医療のブラックボックスを解放するいのちの現場からの賛歌
書評者:佐々木 淳(悠翔会理事長/診療部長)
急速な人口構造の変化に伴う歪みは医療現場を直撃し,そこには常に無力感や怒りが存在する。
複数の慢性疾患を抱える高齢者には,急性期病院や専門診療など,これまでの医療の存在価値を支えてきた武器が通用しない。在宅医は病院が高齢者に最適化した入院医療を提供していないと苛立ち,病院は在宅高齢者の安易...
医療のブラックボックスを解放するいのちの現場からの賛歌
書評者:佐々木 淳(悠翔会理事長/診療部長)
急速な人口構造の変化に伴う歪みは医療現場を直撃し,そこには常に無力感や怒りが存在する。
複数の慢性疾患を抱える高齢者には,急性期病院や専門診療など,これまでの医療の存在価値を支えてきた武器が通用しない。在宅医は病院が高齢者に最適化した入院医療を提供していないと苛立ち,病院は在宅高齢者の安易な救急搬送に憤る。患者のニーズは満たされぬ一方で,病院も本来の機能とは異なる役割を強いられる。医療機関の経営は厳しさを増すが,満足感を伴わない医療費の負担増大に国民は納得しない。さまざまな対立軸が交錯し,医療者も患者も疲弊している。
特に病院という場所は社会の矛盾が最も明確に表現されるところなのかもしれない。
病院で勤務しながらも在宅医療を通じて地域の実情を熟知する著者は,そこで顕在化する問題の根っこを一つひとつ丁寧に解きほぐしていく。
医師になる以前にジャーナリストとして世界の貧困や紛争を見つめてきたその鋭い観察眼は,情緒豊かでありながら常に冷静に,弱者を弱者たらしめている隠れた真実をあぶり出す。そして,その言語化力で医療というブラックボックスを分解し,共通言語を持たない医療者と地域住民(患者)の強力な通訳者となる。
明らかになった課題に対しては,地域のさまざまなステークホルダーに配慮しながら最適解を探り出す。当事者として自らの立場を正当化することなく,また安易な「弱者の味方」でもなく,あくまでも俯瞰的な視点。医療現場の問題が地域に,そして地域で暮らす一人ひとりにつながっていく。医療者として,そしてひとりの地域住民として,課題の核が,実は私たちの中にあることを気づかされる。私自身も医療者としての自らの態度を省みるよい機会となった。
固定観念に縛られない自由な発想力と分析力,医療者そして政策家としての実務経験。さまざまなフィールドで活躍してきた唯一無二の著者ならではの展開であり,よりよい未来づくりのためのポジティブな提言集となっている。
しかし全編を読み終えるころ,これは医療ジャーナリズムというよりは,著者が関わった一人ひとりの人生のルポルタージュであり,生きることへの賛歌なのだということに気が付く。
どの命にも輝きがあるということ,人生には必ず終わりがあるのだということ,そして患者である前にひとりの生活者であるということ。全てのページに著者の「いのち」に対する尊厳と愛情が満ちている。愛おしく,そして時に切ないエピソードの数々は,医療者のエネルギーの源泉を思い起こさせるとともに,私たちの社会の優先順位に疑問を投げかける。
これからの私たちの社会を支えるために必要な「地域包括ケアシステム」とは何なのか。
それは,生きるということの意味を一人ひとりが考え,専門職も地域の住民も,自分自身にできることを一つずつやっていくことなのかもしれない。
現場で行き詰まっている医療者や行政関係者,そして医療のあり方に疑問を感じている全ての人に読んでほしいと思う。