第2版の序
初版の発行から6年が経過したが,この間の失語症学および近接する学問分野の理論・技術の進歩には目を見張るものがある.また少子高齢社会を迎えて医療福祉制度の改革が進み,病期別リハビリテーションが充実するとともに,言語聴覚療法を提供する場は病院・施設から在宅・地域へと拡がってきた.言語聴覚障害学は3年経つとその知識の半分が古くなるといわれるが,編集を通してそれを実感している.例えば失語症の機能訓練では刺激法が大きな位置を占めてきたが,現在では認知神経心理学的アプローチを中核として刺激法と行動変容理論を組み合わせた方法が国際的スタンダードとなっている.また失語症の問題を機能,活動,参加,背景因子の次元で捉え,総合的観点から言語治療を提供することが日常臨床の基本として定着し,さまざまな形態の職種間連携が求められるようなってきた.このような学問の進歩と臨床状況の変化を本書に反映すべき時期に来ているとの認識から,この度,第2版を刊行することになった.
本書は言語聴覚士を志す学生のテキストとして広く利用していただいているが,その真価は学生が言語聴覚士になって臨床現場に出たときに問われるだろう.そこで本書の作成に際しては,失語症学における重要な概念,理論,技術,価値観を体系的に学ぶことができるとともに,それを臨床に適用する方法論について深く理解できるよう心掛けた.本書に豊富に掲載されている評価診断や治療の実践例は臨床思考力を磨く材料として役立つものと思われる.
第2版ではかなりの章の内容を大幅に更新し,新しい理論・技術を取り入れたものになっている.特に次の章・項目は新たな執筆者を迎え,内容を刷新している;第1章「言語と脳」の3「言語の神経学的基盤」(26頁),第5章「失語症の症状」の1「言語症状」(74頁),第7章「評価・診断」(169頁),第8章「失語症の言語治療」の2「各期の言語治療」(208頁),3「言語治療の理論と技法」(214頁),3-F「実用的コミュニケーション訓練」(225頁),7-F「重度失語症の訓練」(316頁).また近年の臨床動向を受けて,「原発性進行性失語」(第6章-11,160頁),「社会的アプローチ」(第8章-3-G,230頁),「ニューロリハビリテーション」(第8章-3-J,239頁)について新しく項を設けて解説した.
編集においては標準テキストとしての正確性,客観性,総合性を保つよう留意したが,同時に言語聴覚障害学が発展し続けている若い学問であることを踏まえ,多様な理論・技法を偏りなく取り上げて網羅することに努めた.本書は,言語聴覚士を志す学生のテキストとなることを念頭において著されているが,基本的知識から最先端の理論までを含む豊富な内容は初学者のほか失語症学について新しい知識を得たいと思っている臨床家や各分野の専門家の興味や関心にも応えることができると思われる.本書が失語症臨床を深化する一助となり,読者の探求心を刺激することを期待したい.
本書の執筆者は失語症の臨床・研究の第1線で活躍されている先生方であり,豊かな経験をもとに難解な理論もわかりやすく解説していただいた.失語症臨床への科学的な眼差しと,熱い思いをもってご執筆いただいた方々に心から感謝申しあげる.
最後に,第2版の発刊にご尽力いただいた医学書院編集部の皆様に深く感謝申しあげる.
2015年1月
編集
藤田郁代
立石雅子