はしがき
看護の向上のための法律改正を受けて
看護とは,人間の自然治癒力を引き出し,生きる希望と力を与え,生涯にわたり尊厳をもって輝く人生を送れるよう支援することである。保健師助産師看護師法第5条では療養上の世話及び診療の補助という行為の外見を書いているが,それは看護師にしかできないことを書いているのであり,看護の定義を書いているわけではない。保健師助産師看護師法には看護とはなにかは書いていない。同法は行為規制法だからである。この法律だけで看護が決まるのではない。多くの法を理解して,国民が求める看護がわかる。
2009年は,この保健師助産師看護師法の基本である教育に関する部分に,戦後初ともいえる大改正があった。看護教育の柱の一番目に大学が位置づけられたことと,保健師・助産師教育を1年に延長したこと,そして免許取得後の臨床研修を努力義務としたことである。これらにより看護の質はさらに向上するであろう。この内容も本書では早速盛り込んでいる。
看護はじめ医療は,経済的面では最大で55兆円近くの産業規模であり,健康保険の対象となる国民医療費ベースでも34兆円にもなるわが国最大の産業である。医療で働く250万人のなかでも最大の集団である140万看護職の活躍が,医療の質を決め,国民に評価されることになる。
看護職が質の高い看護を提供するには,社会人として豊かな人生を送り,職業人としてその任務を十分に果たさなければならない。それには高い教養をもち,深い専門的知識と優れた技術技能を身につけるとともに,わが国の保健医療福祉に関する諸制度の概要とそれを規定する諸法令を理解しなければならない。社会において看護が大きな位置を占め,保健師・助産師・看護師がどういう役割を受け持っているかを正しく認識する必要がある。看護はじめ医療という仕事は,人間の生命に直接関係するだけに,そこに携わる人々の資格や業務内容が法律で厳格に規定されている。看護に携わる者が,国民の健康をまもり,与えられた職責を正しく遂行するためには,看護関係法令の理解が必要である。
本書は,看護に携わる者にとって最も重要な法である保健師助産師看護師法から説き,順次周辺に広げて,医事や衛生,社会保障などの関係法令を重点的に解説したものである。
学習にあたっては,これら法令を単に知識として学ぶだけでなく,なぜこのような内容になっているのか,看護との関係はどうなのかについて,他の科目で学んだこと,あるいは日常生活や実習での経験,さらにテレビ・新聞・インターネットなどからの情報とも関連づけて理解するように希望する。なお,附録に,保健師助産師看護師法および関係政省令と保健医療関係法のうち看護業務に密接に関係する部分の条文を掲載しているので勉学の参考にされたい。
法律というと,日常生活とはかけ離れたもの,難解なものという印象があり,敬遠されがちであるが,実際には,法律は私たちの日常生活そのものであり,知らず知らずのうちに,法からまもられ,法をまもっているのである。法とは,基本的にはだれもがまもることができる,ごく当たり前のこと,自然な内容であり,そうむずかしいことではない。読者の研鑽に期待したい。
少子高齢化と人口減少のなかで看護の役割は増大
今,わが国では,利用者の視点を中心にして,ノーマライゼーションとリハビリテーションの理念のもとに,医療など社会保障の施策が展開されている。2008年は出産が109万人にふえ,合計特殊出生率は1.37を回復したが,これは一時的な現象であり,厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所人口推計でも,基調は年間出生数が106万人以下にまで下がり,合計特殊出生率は1.26で推移するなど少子化が進むことが予測されるのがわが国の現実である。
相対的に高齢化も進展し,65歳以上の高齢者は2,900万人で,高齢化率は全人口の23%に,75歳以上の後期高齢者は10%にまで達し,女性の平均余命86.05歳とともに世界最高水準であるだけでなく,最近は年間死亡数が113万人と増加して,わが国は少子高齢・人口減少社会に突入している。
このため,国中でわが国の将来を考え,国会や厚生労働省社会保障審議会などにおいて,社会保障から社会のあり方まで幅広く議論し,新しいわが国の姿を模索している。
医療の分野では,医療制度改革が推進中で,給付と負担の適正化により安定的な医療保険制度の構築を目ざし,医療提供体制については,利用者の視点を中心においた改革が進んでおり,利用者と医療安全が基本である。
福祉の分野では,少子高齢化時代の介護を社会全体で支えるために介護保険が施行され,関係者の尽力によって順調に進んでいる。ただし人材の確保が課題である。さらに利用者主役を進めるために障害をもつ方々へのサービスが,障害の種別をこえて提供されようとするなど,社会福祉の基礎構造改革を進めている。基本的には社会を根本から見すえて,子育て支援や働き方を見なおし,男女共同参画のために,国をあげて体制整備の最中である。
看護は文化
このような動きのなかで,社会保障制度をまもり,だれもが普遍的にサービスを受けられる現行制度を安定的に維持していくことに,いささかの揺るぎもない。医療でも,利用者主役,地域主義,地方分権については最優先の課題として取り組まれているところである。利用者が施設や在宅の区別なく,本人の個性に応じた多様なサービスを受けるために,関連施策と連携をとり,医療は総合的に推進されなければならない。医療安全や地域連携で看護職に国民が期待している今はチャンスである。
医療はじめわが国の社会保障は,基本的にだれもが最高水準のサービスを受けられるという,諸外国に比べて遜色のない制度であり,内容,人員・設備水準も向上してきている。
これからは利用者本位のサービスを展開し,そのために自己評価,利用者評価および第三者評価をふまえ,とくにサービス向上の中核は安全であることを認識して利用者に接しなければならない。国中で安全やリスクマネジメントが大きく叫ばれ,将来の様相はかわっていくであろう。勤務のなかで,仕事を効率化し,楽にすることは利用者のためでもある。評価の導入で,努力が報われ,利用者満足度の高いシステムができる。社会の変革と制度の改革は飛躍の機会である。
看護は文化である。看護を見れば一国の文化水準がわかる。今まさに国民が看護への期待を高め,その役割が増大している。期待が高いから不満も大きいのである。現在おこっている改革の流れは看護職のための機会拡大でもある。今までできなかったことができるようになるかもしれない。
改訂にあたって
看護を中心とする関係法令のなかでも医療改革関連法について,最新の動きを入れて大きく充実した。また附録の掲載条文も必要な法令と部分を見なおした。2009年1月の前版発行以来,現在までに,2009年7月の看護の質を向上させるための保健師助産師看護師法の改正をいち早く盛り込んだのをはじめ,医療改革や保健衛生関係法改正の施行状況をふまえて,内容を充実した。さらに,社会保険法,福祉法についても大きく内容・構成をかえていっそう充実した。これからも新たな視点で引き続き内容の改善に努めていくので,読者の御鞭撻をお願いするものである。
なお,法令の内容は2009年10月1日現在のものをもとにしている。
2009年11月
森山幹夫
前版からの改正点
1.法律改正や充実のための改訂
(1)2009年7月に保健師助産師看護師法等が改正された。看護教育の基本にかかわるために,2010年4月施行の内容であるが盛り込んでいる。改正は,看護師養成に大学教育を実態に合わせて明記したこと,保健師と助産師の養成期間を実態に合わせて1年に延長したこと,看護職が卒後臨床研修を受けるように努めなければならないとしたことがその内容である。
(2)柔道整復師法等について国家試験であることが法律上明記されたので,それも加えている。
(3)医療法などについて,より理解を深めるために表現を改訂した。
(4)新型インフルエンザ対策について厳重な対策が法律で明記されたので,それも加えている。
(5)労働法や社会基盤の整備について,労働基準法や育児・介護休暇法についても改正されたので加えている。さらに,バリアフリー関係の法律を充実する方向で加えた。
2.新政権の発足に伴う法改正の予定
2009年9月16日に鳩山内閣が発足したが,新政権の発足に伴う3与党合意などから,看護関係法令の改正が予想される。その内容は,後期高齢者医療制度や障害者自立支援法の抜本見直しなどである。ただし,それらは法律事項であり,国会の議決が必要である。現時点では,その詳細な内容や施行時期が確定していないために本改訂には盛り込んでいない。なお,生活保護における母子加算の復活問題は法律事項ではないので,国会の議決を待たずにできることである。
なお,以上を含めて,3党合意や民主党マニフェストから,今後予想される保健医療福祉関係の法律改正制定内容は次のとおりである。
・後期高齢者医療制度(長寿医療)の廃止・見直し,その後のすがたは未確定
・障害者自立支援法の廃止・抜本見直し,その後のすがたは未確定
・子ども手当の支給,児童手当法が改正されることが予想されるが,詳細は未確定
・児童扶養手当を父子家庭にも支給すること
・年金制度の抜本改正,年金保険業務体制(当面は日本年金機構)のあり方
・派遣労働の範囲の見直し